第11話 差し出されたのは、命令ではなく
それは、朝の執務が一段落した頃だった。
「……王都から?」
ユリウスが差し出した封書を見て、私は一瞬だけ手を止めた。
王家の紋章。
見慣れているはずなのに、胸の奥がかすかにざわつく。
「正式な召喚状、ではありません」
彼は、言葉を選ぶように続けた。
「“協力のお願い”という形式です」
私は、ゆっくりと封を切った。
文面は、丁寧だった。
過剰な命令口調も、威圧もない。
王都における一部行政記録の混乱について、
貴殿の専門的知見を仰ぎたく存じます。
つきましては、可能な範囲でのご助言を――
署名は、中央政務院。
個人名は、記されていない。
「……ずいぶん、控えめですね」
思わず、そう口にしていた。
以前の私なら、考えられなかった。
呼び出され、命じられ、従う立場だったのだから。
「どうしますか?」
ユリウスが、慎重に尋ねる。
私は、すぐには答えなかった。
頭の中で、いくつもの可能性が浮かぶ。
・利用されるだけではないか
・功績だけ持ち帰られるのではないか
・戻れば、元の立場に引き戻されるのではないか
そのどれもが、現実的だった。
執務室の扉が、静かにノックされる。
「入るぞ」
アルトだった。
「……王都から、連絡が」
私がそう告げると、彼は封書に目をやった。
「内容は?」
「協力要請です。命令ではありません」
「そうか」
彼は、それだけ言って、椅子に腰を下ろす。
「どうしたい?」
問いは、短い。
だが、逃げ道はなかった。
「……正直、迷っています」
私は、素直に答えた。
「王都に戻るつもりはありません。でも、無視すれば、別の形で歪みが大きくなるかもしれない」
「義務感か?」
「……いいえ」
少し考えてから、首を振る。
「今は、義務ではありません。ただ――」
言葉を探す。
「整えられる歪みを、知ってしまった以上、見ないふりはできない、と思ってしまって」
アルトは、私をじっと見た。
「利用される可能性もある」
「はい」
「名誉だけ奪われるかもしれない」
「それも」
「それでも?」
私は、息を吸った。
「……条件が、あります」
アルトの眉が、わずかに動く。
「聞こう」
「私が動くなら」
私は、はっきりと言った。
「・辺境伯領の一員として
・成果は、記録として公開され
・個人の手柄にされないこと」
王都に戻るのではない。
あくまで、“外部協力者”。
「それと――」
一拍置いて、続ける。
「最終判断権は、私ではなく、仕組みに委ねること」
人ではなく、構造。
誰かの気分で、歪められないように。
アルトは、しばらく黙っていた。
やがて、短く頷く。
「悪くない」
その声には、わずかな笑みが含まれていた。
「……いいのですか?」
「君の判断だ。私は、止めない」
そして、付け加える。
「ただし、一つだけ」
「はい」
「戻らなくていい。
王都が必要としているのは、君ではなく――君のやり方だ」
胸の奥が、静かに熱くなる。
「それを、忘れるな」
私は、深く頷いた。
その日の午後、返書を書いた。
丁寧に。
淡々と。
ご要請、拝見いたしました。
以下の条件のもとであれば、
技術的助言という形での協力は可能です。
条件を書き連ね、最後に名を記す。
――辺境伯領所属。
それだけで、心が落ち着いた。
封書を閉じたあと、私は窓の外を見た。
用水路の水は、今日も安定して流れている。
領民の声が、遠くから聞こえる。
「……戻らない」
小さく呟く。
王都は、もう私の居場所ではない。
けれど、王国は――無関係ではいられない。
選ぶのは、私だ。
誰かの婚約者としてではなく。
追放された令嬢としてでもなく。
一人の“整える者”として。
その自覚が、静かに胸に根を張っていく。
王都は、まだ気づいていない。
本当に動き始めた歯車が、
どこにあるのかを。
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