娘の卒業式
短めです。
娘の通う高校の卒業式がありました。
残念ながら仕事の忙しい私は出席出来ませんでしたが、妻は勤める会社を休んで式に出てくれました。
娘は4カ月振りの登校が卒業式になってしまいました。
なぜなら娘は1月の中旬から入院しているからで、卒業式も病院からの許可を取り、一時外出での出席なのです。
娘の病気、それは鬱病です。
詳しくは活動報告に書きましたので割愛しますが、最初は些細な体調不良からでした。
入院時を思い出しますと、卒業式に出られた事は奇跡のように思えます。
担任の教師を始め、学校関係者の尽力無くては、卒業は無理だったでしょう。
昨年の10月から娘は学校に通えなくなり、定期試験も二学期の期末試験から受ける事が出来なくなりました。
入学以来2年6ヶ月の学校生活で、欠席したのが3日、遅刻も1日だけだったのが良かったのは間違いありません。
出席日数、卒業に必要な単位。
妻は学校と何度も話し合いを進め、無事卒業と相成りました。
卒業式の前日、久しぶりに帰宅した娘はとても嬉しそうでした。
注文していた少し高級なお寿司。
それは娘のリクエスト。
「美味しい!!」
喜びの声を上げ、寿司を食べる娘の姿に、私と妻は入院前の一ヶ月間、何も食べられなくなり、点滴と栄養ドリンクで命を繋いでいたのを思い出して胸が熱くなり、殆ど箸をつけられませんでした。
その後、娘は自室のハンガーに掛かっていた高校の制服を見ていました。
クリーニングから返ってきたばかりの制服。
それを見詰める娘は無言でした。
娘の胸に去来した気持ちは一体どんな物だったのか、それは私に分かりません。
「…これ目立つかな?」
ポツリと言った娘の右手首には病院でつけられた入院患者識別バンドが填められてます。
「長袖だから大丈夫よ…」
妻はそう言いました。
入院中、精神病棟患者との面会は家族のみの30分で、友人等は許可されません。
友人達と制服で会う最後の機会が卒業式になりました。
式当日は学校の最寄り駅でいつも一緒に登校していた友人達と待ち合わせの約束をしたと教えてくれました。
もちろん娘の体調では電車を使えせんので、妻が車で駅前まで送り、そこからの話です。
入院している病棟内は携帯の持ち込みが大丈夫でしたから、連絡をマメに取り合っていたから交わせた約束です。
退院後も病気との闘いはこれからも続いて行くでしょう。
私と妻は娘をずっと、私達の命が続くまで、支えていきます。
家族ですから当然です。
仲の良かった友人達は入院中の娘に沢山の電話やメールで支えてくれた。
ありがたい話です。
そんな友人達も4月からみんな違う大学に進んで行きます。
おそらく大学生活が始まれば、娘との縁は徐々に減り、やがて消えて行く友人も居るでしょう。
しかしながら、支えてくれた恩は消えません。
彼等には本当に感謝します。
「生きてて良かった」
娘の言葉。
それに私は答えます。
生きていてくれて、本当にありがとう。