55 炎の柱 4
「僕の死体はヴェインがあった穴の底で水につかっている。
僕は……少なくとも君の前には二度と現れないつもりだ。だから……」
「アンタは死んだと思えって?」
シェヴィンの口調は、はっきりと彼の気持ちを伝えていた。
「無理、だろうな。私がウェイの中にいて、こうやってウェイの体を使えると知ってしまっては」
(だが、今のウェイには支えが必要だ。すべてを知って、傍に居てくれる誰かが)
立て続けに受けた衝撃に麻痺していたウェイデルの感情が、犯してしまった過ちの重さをじわじわと感じ始めているのがわかる。その重みに耐えかねて心が軋み始めるのは時間の問題だろう。
そうなった時、静かに微笑みかけ、手を差し伸べ、あるいは一緒に泣き、必要ならひっぱたいてやれる体をライガは持っていない。そうでなくても、アシェラトを殺してしまったライガにウェイデルをいたわる資格はない。
そう考えて冷静に状況を判断し、対策を講じようとしている自分に驚く。もっとずっと手酷い傷を負っていても不思議はないはずなのに。
あれは彼ではなかったと、黒魔術師のしでかした事だと、無意識に責任逃れをしているのだろうか。
それとも黒魔術師的な性癖が、自分で思っているより強いのだろうか。
彼がしようとしているのは純粋にウェイデルを思っての行為ではなく、シェヴィンが苦しむ様を見ていたいという歪んだ欲望から発しているのではないだろうか。
そんな疑惑に囚われつつも、予定の科白を口にする。
「だから、ウェイの傍について見張っていればいい。
私がウェイの体を使わないように。ウェイが罪悪感から逃れようと心を眠らせ、私に体を明け渡してしまわないように」
「アンタ一体……」
「シェヴ……俺は……」
「ウェイ?」
入れ替わりは唐突で、あまりにも滑らかだった。
しばし呆けたようにウェイデルを見つめていたシェヴィンは、自分の喉から乾いた笑いが漏れるのを聞いた。
さっきの、ウェイデルからライガへの交代もそうだったのに、鳴り物入りとまでいかなくても、何か、もうちょっと超自然な現象が起きるのを期待していたのに気づいたからだ。こんな時に……。
「シェヴィン?」
ふらりと立ちあがったウェイデルが不審の眼差しを向ける
「なんだか……ちょっと前まで想像もできなかったような事ばかり起きて……。
何もかも、夢みたいで……」
虚ろに笑い続けるシェヴィンの頬に枯れ果ててしまったと思っていた涙が伝った。
「夢なら……よかったのに。だけど、アシェは本当に……。
女神はお仕えしてる巫女じゃなく、滅多に神殿に行く事すらしないオレを助けた。
オレにはわかんないよ。神様って何だ? 魔法って何なんだよ? なァ、答えろよ、魔法使い」
ウェイデルはだらりと両手をさげ、言葉もなくたたずむ。
「オレは……オレはどうしたいんだろう?
何でそんな事がわかんなくなっちまったんだろう?」
「シェヴィン、もし俺を見ているのが辛いなら……」
地面に視線を落としたウェイデルの科白は途中で遮られた。
「辛いよ。苦しいさ。アンタを見てるとライガがやった事を思い出さずにいられない。
それに……アンタのせいじゃないってわかってんのに、アンタを恨んでる自分に気づかされる。オレはそんな心の狭い奴だったのかって、情けなくなる。
けど、もしこのままアンタがオレの前から消えちまったら、オレは……オレの気持ちは本当に行き場がなくなっちまう。
だから、オレがどうしたいのかわかるまで一緒に……。
いつまでたっても、わかんないのかも、しんないけど……」
(まったく……なんて奴なんだ……)
シェヴィンはいつだって眩しいくらい前向きで、本当にいい奴で……。
それなのに自分は……。
「俺を殴ってくれないか。俺自身の過ちの分と、ライガの分と」
情けないが、こんな事くらいしか思いつけない。シェヴィンへの償いというより、ウェイデルの気を楽にする為でしかない頼み。
そんな身勝手さを見抜いたかのようにシェヴィンの目が険悪に細められた。
「誰かを殴ったぐらいでオレの気持ちが晴れると思ってんのか?」
彼には珍しい這うような低い声。
「それとも、オレと一緒にいるとライガが出てこられないから、そんな事を言ってるんじゃないだろうな? オレと離れたくて」
「さっき、聞いていたんだろう? 俺は……ライガと俺は、今の状態を終わらせる方法を探しに行こうと思ってる。賢者の塔に帰るかもしれないし、西域をくまなく歩き回る事になるかもしれない」
おそらく想像もできないほど危険な旅になるだろう。何年かかるか、何十年かかるか……いや、終わる事があるかさえ定かではない。
そんな無謀な冒険につき合ってもらうなど、虫が良すぎる。達成される見込みの薄い目的が叶ったとしても、シェヴィンに利する点など何もないのだから。だが……
「足手まといだ……とでも言いたいのか?」
馬鹿にするな、とシェヴィンの眼が語っていた。彼の能力、ウェイデルを思う気持ち、そして、せめぎ合う理性とどうにも手懐けられない感情とに板挟みにされている苦しさ、すべてを低く見られていた事に憤る。
「ついて行ってやるさ。地の果てまでだって」
驚きに目をみはり、言葉もなく突っ立っているウェイデルの、いわゆる間抜け面というやつに後ろ暗いような、ちょっとした満足を覚えてしまった自分は、やはりどこか変わってしまったのだろうか。
(けど……たとえそうだとしたって、オレはオレだ)
「オレが納得するまで、くっついて離れるもんか」
きっぱりと言い切ったシェヴィンが浮かべたのは以前と同じ、<何があろうと上手く切り抜けてみせる>という自信を感じさせる不敵な、けれどどこか茶目っ気のある憎めない笑みだった。
おしまいの炎が 光と影をかもし
世界を葬り去った
哀しみをうたう風が雲を呼び
輝ける稲妻を閃かせた
天の轟きは雨を誘い
熱い大地を鎮めた
水の流れは大地えぐり
すべての生命は虚無へ還った
はじまりの炎が 光と影をかもし
世界を形造った
生まれたばかりの風が雲を呼び
輝ける稲妻を閃かせた
天の轟きは雨を誘い
熱い大地をなだめた
水の調べは生命育み
大地の子らは天に恋がれた……
少しでもこの作品に好感を持っていただけたら、下の★をクリックしていただけると嬉しいです。感想大歓迎。




