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51 魔石と魔剣 3

「セグラーナ! アンタの巫女が死にかけてるんだ、何とかしろよっ! オレの声が聞こえないっていうんなら、アンタなんかただの役立たずだ!」

 人の力ではアシェラトを救えない、そう認めてしまったシェヴィンの涜神(とくしん)ともとれる絶叫。

 いつもならそんな兄の言動を厳しく非難するアシェラトは、薄れゆく意識を保とうとする努力だけで精一杯だった。

 彼女が恐れているのは死ではなく、自分の死によって兄やウェイデルが受けるであろう痛手、そのせいで起きるかもしれない悲劇、いや、惨劇だった。

「ちくしょう……助けてくれよ……アンタはやさしい女神だろう」

 こらえていた涙が(せき)を切る。

 シェヴィンは血の気が感じられなくなっているアシェラトの手を離し、床に組み伏せられたままのライガを(にら)()えた。

「殺してやる! もしもアシェが助からなかったら……」

 言い終えると同時に弓矢を取り、ライガの周りに控えていた翼も腕も持たない四頭の魔獣に向けて次々と矢を放つ。

 すべての使い魔を失ったライガだったが、ウェイデルが青い炎と魔獣のうなりに気をとられた隙をついてヴィズルの柄をつかみ、短い呪文を呟いた。

 ウェイデルの両手に無数の氷の針で突き刺されたような痛みが走る。左右共にライガの手首をつかんでいた手が開き、上体がのけ()った。

 体をひねって脚の上に乗っていたウェイデルを転がしたライガは、すかさず立ちあがって呪文を唱え始める。

 体勢を立て直したウェイデルが飛びかかったが、ライガを包み込んだほの青い光に(はば)まれた。

「いい加減に聞き分けろ、ウェイ。私とおまえが争ったところで何も解決しない。

 セグラーナの巫女の事は、生け贄となって魂を永遠の煉獄(れんごく)(とら)われるよりは幸せだったと思うんだな。元々その為に連れてこられた娘だ」

「なんて事を言いやがる……!」

 シェヴィンの科白が終わらぬ間に、(はがね)と白木、二本の矢がいっしょにライガに向かって飛んできた。が、どちらも結界を破れずに落下する。

「ウェイ! オレは……オレはもう我慢できない。いくらおまえの兄弟だからって……」

 舞台を飛び降りたシェヴィンが剣を抜いてライガに斬りかかった。

 ライガを守る光がその役目を果たす。いや、それだけではなかった。

 冷気が剣を伝わってシェヴィンの肉体(なか)に入り込み、感覚を麻痺させる。かじかんだ手から剣が落ち、金属と岩盤がぶつかる高い音をたてた。足を動かそうとして均衡(きんこう)を崩し、その場で後ろに倒れかかる。

「シェヴィン!」

 (あわ)てて駆け寄ったウェイデルが、友の体を抱きとめる。

 腕の中の体は氷のように冷たく、意識はあっても(こご)えて口をきく事さえ(まま)ならないようだった。

「ライガっ、シェヴィンに何をしたっ?」

「ちょっと大人しくしてもらおうとしただけだ。おそらく、命に別状はあるまい」

「おそらくだと?

 おまえは本当に心の底から黒魔術師になってしまったのか? 俺やフェヴェーラの知っているライガは、いなくなってしまったのか?」

 そう口にしながらウェイデルは青い石のはまった指輪を抜き取り、シェヴィンの服の隠しに滑り込ませる。

 それまでずっと、どうしていいのかわからず黙って成り行きを見守っていたフェヴェーラがそれを見咎めた。

「いけないウェイデル! そんな事をすれば……」

 シェヴィンをそっと床に横たえたウェイデルはフェヴェーラを無視して呪文を唱え、印を結ぶ。

 ただでさえ魔法に関してはライガの方に分があるうえ、《滅ぼすもの(ヴィズル)》が向こうの手にある今、まともな魔法勝負など問題外だった。

 すべての魔力を右手に集中し、<無意味な事を……>とウェイデルの行動を冷ややかに見つめているライガに殴りかかる。本来なら冷気で弾き返されるはずの拳は熱い炎に包まれ、氷の壁を融かすように結界を突き抜けるとライガの顔を殴りつけた。

 ライガがよろめく(さま)に合わせるように青い光が揺らめいて消え、ウェイデルはライガと共にヴィズルの柄をつかんだ。

 一振りの剣をめぐって争う四本の手。

 ウェイデルとライガの(うち)なる炎と氷が 《 滅ぼすもの(ばいかい) 》 を通して現実(うつつ)の世界に顕現(けんげん)する。

 めまぐるしく入れ替わる熱気と冷気。

 烈風が渦巻き、空気が閃光を発した。

「ライガ様っ! ウェイデル! お願い、やめて!」

 フェヴェーラの叫びは魔法の轟音にむなしく駆逐(くちく)される。

 ヴェインが(きし)みだした。

 祭殿は魔術空間において魔法の振動に共振し、術者にそれを返す事で魔力を増幅させるよう造られている。だが、ライガとウェイデルの放つ桁外れな魔力を受けて物理的な振動をも始めてしまったのだ。

 そちこちに細かな亀裂(きれつ)が走り、微細な岩(くず)がこぼれ落ちる。

 今すぐやめさせなければヴェインが崩れてしまう!

 二人の間に割って入ろうと決意したフェヴェーラが半歩踏み出すと、足下に何かが転がった。

 きらめく赤い石を持つ金の指輪。

「どうして、これが……」

 指輪を拾いあげたフェヴェーラは、ウェイデルが指輪をシェヴィンに託した事を思い出した。

 どういう経緯(いきさつ)でかはわからないが、シャイアが保管していた指輪を手に入れたライガが、ウェイデルとの対決に先立って自身の魔力が抑制されないよう気を配ったのではないだろうか。ひょっとしたらフェヴェーラの肩を抱いた時に急に思いついたのかもしれない。

 普通ならこれほど強い魔力を持つ物を身につければすぐにそれとわかるはずだが、近くに《滅ぼすもの(ヴィズル)》がある為にそちらの波動に気をとられてしまっていたのだろう。

 フェヴェーラに炎石との親和性が欠けているのも理由のひとつと考えられる。これがウェイデルなら即座に強い共振を示したはずだ。

 だが、指輪はフェヴェーラに希望を与えた。そう、指輪。二人の指にそれぞれの指輪をはめる事ができれば……。

 もはや躊躇(ためら)っている暇はない。

 感覚が戻り始めた痛みに(うめ)き声をあげているシェヴィンからウェイデルの指輪を取ったフェヴェーラは、魔法の衝撃から身を守る呪文を唱えた。彼女の作り出す障壁など、あの二人の傍で長くは保たないだろうが。

「ライガ様!」

 (なま)の魔力と魔力がぶつかり合う激しい渦のただ中に飛び込んだフェヴェーラは、ウェイデルとヴィズルを奪い合っているライガの腕に手をかけた。

「何をする!」

 フェヴェーラを振り払おうとしたライガが片手をヴィズルから離す。

 と、引き合う力をなくしたウェイデルの腕がぐいと引かれた。柄頭の方をつかんでいたせいで、(つば)あたりを握っているライガの手を支点に柄頭と切っ先が弧を描く。とどめる間もなく刃がフェヴェーラの体に食い込んだ。深く。

 ほとばしる鮮血。

 驚愕(きょうがく)苦悶(くもん)の叫び。フェヴェーラとライガと……ウェイデルの。

 倒れてゆくフェヴェーラ。

 ウェイデルとライガの震える手からヴィズルが落ちる。

「うわあぁァァ ―― っっ!」

 頭を抱え込んだライガが膝を着き、涙を流しながら激しく身悶(みもだ)えた。激痛が、分裂したライガの魂を貫いて奥深い思いを目覚めさせる。

「フェル、フェル……僕のせいだ……僕の。君を守る為だったのに。君と、ウェイを……。

 闘うべきだった、自分の力で。呪縛の苦痛から逃れようと闇の力に……。

 自分の心の暗黒を見誤っていた。奴の言葉を信じるなんて……。

 最も暗い部分でさえ、僕には君達を傷つける事はできないと信じて……信じようとしたなんて……」

 切れ切れに絞り出された言葉。

 フェヴェーラはわかっていますというように微かな笑みを浮かべる。

「ライガ様……」

 かぼそい声でそう口にすると、開いた右手を差し出した。掌に載せたふたつの指輪の重みにすら耐えかねるように甲を床に滑らせて。

 涙にかすんだライガの目が曇りなくきらめく青い石に吸い寄せられる。

 彼の心と同じ波長(ひびき)を持つ石。

 できるかもしれない。闇の心を呼び出さなくとも。この指輪と、ヴィズルがあれば。

 ライガは譫妄(せんもう)と覚醒との間を目まぐるしく行き来し始めたフェヴェーラの手に右手を重ねた。

「ありがとうフェル。僕は……僕は必ず、君を……」

 二つの指輪を取り、立ちあがりながらひとつを指にはめる。そして顔を伏せたまま、為す術もなく立ち尽くしていたウェイデルの手をとった。

「許してくれ。随分ひどい事をしてしまった」

「ライガ……?」

 顔をあげたライガはウェイデルの視線を(とら)えながら、残った指輪を半身の指に滑り込ませる。

 ウェイデルの裡で炎が輝いた。

「ライガ!」

「こんな結果になってしまったが……会えて本当にうれしかった。

 おまえは……そうなっていたかもしれない僕だから」

 言い切らぬうちに背を向け、ヴィズルを拾いあげる。

(ライガ! やめろ!)

 心がそう叫んでいるのに体が動かなかった。ウェイデルの思いよりライガの痛みの方が大きかったから。

 これから起こる事を予期しながらも、ウェイデルはフェヴェーラの傍にひざまづき、目を閉じて指輪の石にくちづけるライガを黙って見ているしかなかった。

 ライガは呪文を唱えながら一度(ひとたび)ふたつの氷石を触れ合わせ、両手で抜き身の刃をつかむ。剣身を()らしていたフェヴェーラの血と、ライガの血が混じり合った。

「氷の魔力を秘めたる魔石(いし)よ。その魔力のすべてをもって、フェヴェーラを救え……」

 決して大きくはない声が、魔法の波動にのって祭殿の隅々にまで響き渡る。

「我の命を(かて)に!」

 ヴィズルの切っ先がライガの(はら)を貫いた。

「フェル。君にこんな重荷を負わせる僕のわがままを許してくれとは言わない。だけど、どうしても……君に生きていて欲しい」

 ライガは最期の力を振り絞ってフェヴェーラの唇に唇を重ね、そのままくずおれて体の重みで剣が深く突き刺さっていくに任せる。

 淡く青い光が二人を包み込んだ。

「ライガ ―― っ!」

 魂がもぎ取られていく……

 突然暗闇に突き落とされ、はぐれてしまったあの時とは違う。どこかにあると知っていながら見つけられなかった、あの時とは。

「ライガ! だめだ! やっと、やっと会えたのに……」

 眼前が赤く染まる。

 知らぬ間に右手でライガの体を突き抜けたヴィズルの切っ先を、左手でその柄をつかんでいた。

 ライガからは呻きひとつ漏れはしない。その器はすべての機能を停止していた。

「ライガ……ちくしょう! 許さない! ()ってしまうなんて、絶対に許さない!」

 孤独感と絶望が運命の無情を呪う怒りに変わる。炎と熱情を司る魔石がそれを増幅し、すべての抑制を吹き飛ばす激情がウェイデルを捉えた。

 炎が燃えあがる。ウェイデルの魂に、右手の指輪に、左手につかんだ赤い魔石(いし)に。(ヴィズル)とウェイデルの体によって環が形成され、魔力が巡った。ひと巡りごとに、より強く、より速く……


(シェヴィン!)

 その命の終わる直前、はっきりと意識を取り戻したアシェラトは巫女の神通力(ちから)、否、兄妹の(きづな)で一瞬にしてシェヴィンの置かれている状況を把握(はあく)し、全身全霊で守護女神(セグラーナ)に祈りを捧げた。

(シェヴィンを……兄を安全な場所に!)


 ナメクジの通り道のような血の筋を残して舞台の端に()い進んでいたザインは、意識を弾き飛ばされそうになる程の強い魔力が発動するのを感じた。

 次の瞬間、ウェイデルの体から炎が吹き出す。実態のない霊気ではない。木や油のかわりに、ウェイデルの魂を燃やして未曾有(みぞう)の熱と光を発する物質としての炎。

 それは舌先を触れただけで祭殿の天井を蒸発させ、更に上を目指す。轟音を発し、爆発的にふくれあがり、すべてを平らげながら……

(これが……ウェイデルの力。ウェイデルひとりの……。

 ライガ様、御兄弟(あなたがた)の真の魔力(ちから)、見極められなかったのは本当に、残……念……)

 灼熱(しゃくねつ)の輝きがザインの体を飲み込んだ。


※隠し(ポケット)

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