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48 集結 2

 ウェイデルは樹海のただ中にそびえる岩山を前にして馬から飛び降りた。

 全身から汗をしたたらせた馬はかろうじて立っているといった有様だったが、ウェイデルに馬を構ってやっている余裕などない。

 鞘をつかんだままだったヴィズルの柄に手をかけて素早く周囲を見回したが、人の動きも、妖魔の気配もなかった。

 あっという間に取り囲まれるだろうと覚悟していただけに違和感を覚える。

 だが、深く憂慮(ゆうりょ)する事なく騎乗と焦燥(しょうそう)に乱れた息を整えると、彼女の心に合わせようともせず、心話を操る者すべてに聞こえるような心話(おおごえ)でアシェラトの名を呼びたてた。

 しかし、どんなに心を澄ましても心話(へんじ)(とら)えられない。

 ウェイデルはヴィズルをベルトの吊り具に戻すと、鯉口(こいぐち)を切って黒々と口を開けている横穴へ飛び込んでいった 。




 レヴァインはアギアンと名前の思い出せない見習い祭司の死体を見下ろしながら剣についた血をぬぐった。

 彼らに行く手をはばまれたのがザインの影響力から脱した後で助かった。でなければ床に転がっているのはレヴァインだったはずだ。

 それに、アギアンは魔法に頼りすぎていた。複雑な魔法より素早い剣のひと突きの方が効果的な場面もある。

 抜き身を手にしたまま振り返ると、レイリアはまだ血生臭い場面に背を向け、少女達を隅に押しつけてその視界をさえぎっていた。

「終わったぞ。とりあえず追っ手はこの二人だけだったらしい」

 レイリアは血を見るのを恐れてはいたが、レヴァインの後について先へ進み始め、苦痛にゆがんだ二人の死に顔が視野に入った時も目をそらさずに彼女達の自由の代価を現実として受けとめた。

「ヴェイン全体が浮き足立っていて、きちんと命令に従って行動できる者が少ないのよ。さっきから受信者を特定しない心話が飛び交ってる」

「俺達には好都合じゃないか。……どうした、レイリア?」

 レイリアの足が止まったのを感じてレヴァインが肩越しに彼女を見やった。

「彼が……ウェイデルが来たわ。アシェラトを呼んでる。でも、返事がないの」

「俺達にできるのはその三人を無事に連れ出す事だけだ」

「でも……」

「また、おまえを(かつ)いで行かなきゃならないのか?」

 もしレイリアがアシェラトを捜しに戻ろうとすれば、レヴァインは本当にそうするだろう。それに……レヴァインが言った通り、彼女が戻って一体何ができるだろう。

「わかったわ、レヴ。行きましょう」




 フェヴェーラは強張(こわば)った体を動かす痛みに()えながら鞍から滑り降りた。脚に力がはいらない。

 シェヴィンが支えてくれなければ膝を着いてしまっていただろう。「しがみついちゃダメだ。力を抜いて馬の動きに合わせろ」とか「(あぶみ)の上に立って腰を浮かせるんだ」とかいったシェヴィンの助言に従おうとはしたのだが、常歩(なみあし)の時には考えられなかった激しい揺れに、どうしても太腿で鞍を締めつけ、馬の首にしがみつくような格好になってしまったのだった。

「ごめんなさい。私……」

(こんなにフラフラしてたんじゃ、足手まといもいいところだわ。それに、ウェイデルはどこ?)

「上出来だ」

 暗いフェヴェーラの表情(かお)を照らす、輝く笑顔。

「振り落とされないでちゃんとここまで来られたじゃないか。ウェイにだって、それほど遅れた訳じゃないさ」

 人の気配を察してシェヴィンが振り返ったのと、その声が聞こえたのはほぼ同時だった。

「フェヴェーラ!」

 声の主を確かめようと振り向けられたフェヴェーラの瞳に映ったのは腹違いの姉の姿。そして……

「レヴァイン? まさか、どうして……」

 更に驚いた事に二人の後ろにくしゃくしゃになった月香祭(まつり)の衣装を着た少女が三人。

 中の一人、金色の巻き毛の少女が泣きながらシェヴィンに抱きついてきた。

「シェヴ兄ちゃん!」

「ミリア?」

 生まれた時から見知っている隣の娘。シェヴィンは干し草の(から)まったもつれ髪を無意識に()でてやりながらあとの二人を確認する。

「マルガ、エデュラ……」

 だが、それに続けた「カイレアは? アシェを見なかったか?」は、皆が一斉(いっせい)にしゃべりだした言葉でかき消されてしまった。

「黙れ!」

 レヴァインの一喝(いっかつ)

 口を閉じた一同の注意が彼に集まる。

「細かい説明をしている暇はない」

 レヴァインは他の者を無視してシェヴィンに視線を定めた。

「おまえの妹は多分ザインといっしょにいる。

 ウェイデルは心話でアシェラトの名を呼びたてていた。姿は見ていないが、ヴェインの奥に入っていったんだろう。

 総領とその跡取りと(もく)されていた男が死に、結界装置は壊れる、地面は揺れる、でっかい横穴はあくで中は大混乱だ」

「総領様と……跡取り?」

 妹の視線を受けたレイリアはゆっくりと(うなづ)いた。

「シャイア様は発作で。お父様は……」

 目を伏せたレイリアがその先を口にできないでいると、レヴァインが話題を変えた。

「今みんなを動かしているのはザインだ。それに……」

 一旦言葉を切って息を吸い込んでから続きを吐き出す。

「ライガは狂いかけている」

「レヴ、あなた私にはそんな事……」

 鋭い一瞥(いちべつ)がレイリアを黙らせた。

「でも、まだ……まだ大丈夫なんでしょう? まだ、なんとかする事が……」

 懇願(こんがん)するようなフェヴェーラの瞳。

 レヴァインはそれをまっすぐ見返せなかった。

「俺にはわからん。だが奴は俺におまえ達を連れてヴェインを離れろと言った。自分は並はずれた力を持った狂人だから、と」

「そんな……!

 でも、だからって引き返す事なんてできない。いくらライガ様がそうおっしゃったからって……」

「オレが戻るまで、この子達を頼めるか?」

 シェヴィンはまだ彼にしがみついていたミリアを引き離し、マルガとエデュラといっしょにレイリアとレヴァインの方へ押し出した。

「それはもうアシェラトから頼まれているわ」

「アシェに……。

 レイリア……だよな? フェヴェーラに、妹さんにそっくりだ。最初アシェがヴェインの外へ出たのはアンタの手引きだったって聞いた」

「でも、結局私の力が及ばなくて……」

 アシェラトがなぜザインに捕まってしまったのかを彼女の兄に話さなければと思うのに、レイリアの口はそれをためらった。

 シェヴィンはうつむいてしまったレイリアの手をとって両手で握りしめる。

「妹を、アシェラトを助けようとしてくれて、ありがとう。なるべく早くここから離れてくれ。

 ……レヴァイン、頼む」

 (うなづ)き返すレヴァインにレイリアの手をゆだね、岩山(ヴェイン)に向かって駆け出そうとした時、フェヴェーラが小さく「鍵!」と声をあげた。

「レヴァイン、あなた首環の鍵を持ってない?」

「……? ああ、確かまだ持っていたはずだが……これか」

 隠しから小さな鍵を取り出したレヴァインは、フェヴェーラの首環の鍵穴に差し込んでカチリと音をさせた。

「だが、俺ならそれは(はず)さないな。さっき首環(こいつ)のおかげで命拾いしたんでね」

 直ぐさま外してしまおうと首環にかけたフェヴェーラの両手が止まる。

「禁呪の首環はザインの魔力も(さえぎ)るのよ」

「でも首環をしたままじゃ心話が使えないわ。ライガ様達の居場所が……」

「オレにそいつを貸してくれ。どっちみちオレには魔法なんて使えないしな。

 アンタがおかしな真似を始めたら、縛って動けなくしてやるよ」

「それより、俺のをしていけ」

 レヴァインは自分の首環をはずしてシェヴィンに差し出した。

「フェヴェーラの首環もおまえが持っていろ。ザインが笛を吹き始めたら、はめてやればいい」

「ありがとう。……アンタ、なんか雰囲気が変わったな」

 一瞬、レヴァインの口元に浮かんだのは、どこかあたたかみのある微笑。

 しかし、その横で首環を外したフェヴェーラの表情が絶望にゆがんでゆく。

「ライガ様が応えてくださらない。心話は届いているはずなのに」

「ライガもウェイといっしょで心話は得意じゃないんだろ?」

「ええ。何か手が離せない事をなさっていてお応えになれないのかもしれない。でも……」

 最悪の想像が皆の脳裏をよぎった。

「ウェイは? それにアシェとはまだ連絡できないのか?」

「アシェラトとはだめね」

 即座に答えが返ってきた事からすると、レイリアはずっとアシェラトを呼んでいたらしい。

「ウェイデルの心話( こえ)は時々きこえていたわ。角ごとに立ち止まってアシェラトの名前を呼んでいる感じ。

 ……あ、また聞こえた」

「彼とは道々話をするわ。とにかく、ライガ様のお側に……」

 その時、姉妹の顔が青ざめた。

「なんて事……」

 多少心話の心得のあるレヴァインの表情も渋い。一人、つんぼ桟敷(さじき)に置かれたシェヴィンは目顔(まがお)でフェヴェーラに説明を(うなが)した。

「さっきザインの心話(こえ)がきこえたの。アシェラトは祭殿にいる。そしてザインも」


※鯉口を切る : すぐに刀が抜けるように、鯉口(刀の鞘口)をゆるめておく。また、刀を抜きかける。

※隠し(ポケット)


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