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47 集結 1

(ここ……かしら?)

 セグラーナが示してくれた場所はアシェラトが監禁されていた部屋とはかなり離れた一画にあった。

 またしても辺りに人影はなく、扉には(かんぬき)がかかっているだけで、鍵さえついていない。まるで倉庫か家畜部屋のようだ。

(私は特別待遇だったのね)

 ためらいがちに閂を引き抜き、そろそろと扉を開ける。中は廊下より更に薄暗く、(ほこり)と干し草、人間が生きていくうえで放たざるをえない臭いが入り混じっていた。

 目が闇に慣れるとハエがたかった木桶と壁に寄せて積みあげられた干し草の山が見分けられる。

「マルガ、ミリア、エデュラ!」

 室内に足を踏み入れ、干し草に埋もれて横たわっていた少女達を見つけたアシェラトの小さな、けれど叫ぶような声。

 三つの顔がゆっくりとアシェラトの方へ向けられ、見ているものを認識できないようにぼんやりした表情と数度のまばたきが返ってきた。

 アシェラトはマントのフードを後ろにずらして髪と顔をあらわにする。

「アシェラト様……?」

 体を起こしたマルガが(つぶや)く声を合図にしたように六つの目から涙があふれだした。

「大丈夫……もう大丈夫だから……」

 そうではない事を充分に認識しているアシェラトが声の震えを抑えながら膝を着き、まろび寄ってきた少女達をかき(いだ)くと、泣き声の三重奏が響き始める。

「カイレアは? あの子はいっしょじゃないの?」

「ちょっと前にどこかに連れて行かれたの。サミアとジェエルはずっと前に……」

 ミリアがしゃくりあげながら答えた。

 アシェラトはウェイデルからサミアとジェエルはその幼い命を落としたと聞かされていた。

 カイレアも……間に合わなかったのだろうか?

(四人の居場所をお尋ねしたのにセグラーナはこの場所しかお示しくださらなかった……。

 でも、もしかしたら私の力不足かもしれない。お導きを正しく解釈できなかっただけかも……)

 もう一度、祈ってみよう。アシェラトがそう考えた時

「おい、扉が開いてるぞ!」

 廊下で男の声がした。

(見つかった!)

 反射的に立ちあがったアシェラトは、少女達をそのほっそりとした体の後ろにかばう。

「まさか……遅かったっていうの?」

 しかし、続いて聞こえてきたのは聞き覚えのある声だった。

「おいっ、レイリア、待て!」

「レイリア!」

 息をあえがせながら戸口に姿を現したのはレイリア、そしてその背後に(とび)色の髪の青年。

「アシェラト!」

 目を見開いて凍りついたレイリアはすぐに状況を理解し、溜め息のような声をもらした。

「どうして……」

 よろめいたレイリアを青年が支える。

「あなたはとっくにヴェイン(ここ)を出ていなければいけなかったのに。

 この子達は私が……いえ、私が悪かったんだわ。何もかも話しておけば……ああ、でもそうしたらやっぱりあなたは今ここにいたでしょうし……」

「ごめんなさい」

 アシェラトも事情を了解した。レイリアがアシェラトにマルガ達の事を教えなかったのは、少女達を助ける気がなかったからではなく、アシェラトだけは確実に助けたいという気持ちが強かったからだと。

「四の五の言ってる暇はないぞ、レイリア。……アンタもだ」

 レヴァインはレイリアを廊下に引っぱり出してから、室内に踏み入り、(るび)える少女達といっしょにアシェラトを押し出した。

 同時にその廊下の端にキニケンから<アシェラトが幽閉場所から姿を消している>と連絡を受けて彼女を探しに来たザインが姿を見せる。レイリアが結界装置を破壊したと聞いた時から、それを予期しておくべきだったと唇を噛みながら。

「やはり、ここだったか」

 ザインはレイリアとアシェラトの行動に対する予測が当たっていた事に安堵(あんど)したものの、レヴァインの禁呪の首環に視線を走らせて苦い表情を浮かべた。

 それでも、流れるような動作で(サッシュ)から笛を抜き取り、口元へ運ぶ。

 素早く剣を抜き、前へ出るレヴァイン。

 妖しの調べが奏でられ、レイリアの腕がレヴァインの体に巻きつく。

「レイリア! やめろ! くそっ!」

 少女達の腕がアシェラトをとらえて、出てきたばかりの獄屋(ごくや)に押し込もうとする。

「セグラーナ! お力をお貸しください!」

 アシェラトは ―― 月隠(つごもり)の昼ですら完全に消え去ることはない ―― 微かな、微かな月光の名残をつかまえて見えない網を編み、少女達に投げかけた。

 それはザインの笛の音(まほう)をさえぎり、マルガとエデュラが自由を取り戻す。だが、全員に着せかける網を編むには月齢が悪すぎた。

 アシェラトはむしゃぶりついてくるミリアの腕をつかみながらレヴァインに呼びかける。

「ここは私がなんとかします。レイリアとこの子達を連れて逃げて」

「なんだと?」

 レヴァインは彼の持つ剣で自らを傷つけかねないレイリアに手を焼きながらチラリとアシェラトを見やる。

「私には無理でもあなたならレイリアとミリアを引きずっていける。シェヴィンが……兄がウェイデルといっしょに近くまで来ているの。だから、この子達を……。

 今はセグラーナのお力が弱い。私も長くはあの笛に抵抗できないかもしれない。そうなったら……」

「わかった」

 レヴァインは躊躇(ちゅうちょ)しなかった。なんといってもアシェラトよりレイリアの方が大事だったせいもある。

 剣を鞘に収めると、もがくレイリアを強引に肩に(かつ)ぎあげ、あいている方の手でミリアの腕をひっつかんでアシェラトの横をすり抜けた。

「マルガ、エデュラ、彼について行って! ミリアをお願い!」

 厳しい眼差しでザインを見据(みす)えたまま叫ぶ。

 レイリア達が遠ざかってしまえば、ザインは演奏をやめて力ずくでアシェラトを捕らえようとするだろう。そうなればいくらザインが柔弱に見えても、男の力にはかなわない。

 アシェラトは執拗(しつよう)(から)みつこうとする操り糸を、月光の(ころも)ではねのけながら一心に祈る。

 が、既に神通力( ちから)は限界まで引き出されていた。目眩(めくらま)しの光さえ呼び出せない。

『アシェラト! どこにいる? 応えてくれ、アシェ!』

 突然響いたウェイデルの心話( こえ)

 アシェラトがそれに応えようとした刹那、背後に動きを感じた。振り返ろうとしたが間に合わず、何者かの左腕が彼女を抱きすくめ、口元に甘い臭いのする布を押し当てられる。抵抗は長続きしなかった。眠りを誘う香りがアシェラトの肺に満ち、意識が遠のいていく。

「遅いぞ、キニケン。おかげでレヴァイン達を捕まえ損なった」

「申し訳ありません。しかし、アギアンがうまくやってくれるでしょう」

「だといいがな」

 ザインはアシェラトを担いだキニケンを従えて廊下を進みながら、忙しく心話を交わし始めた。


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