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46 灼熱の光 3

 ウェイデルは全速で馬を駆っていた。(むち)など持ち合わせていなかったから、あえぐ馬の尻をヴィズルの鞘で容赦なく打ちながら。

 酷使のあまり黒灰色の死の道に乗馬の(かばね)を残す事になるのではと危惧(きぐ)しながらも、どうしようもない切迫感(せっぱくかん)(とら)われて。

 馬に乗りつけないフェヴェーラが遅れるのにも構っていられなかった。彼女の面倒はシェヴィンがみてくれる。




 マントのフードを目深にかぶったアシェラトは薄暗い通路を足早に移動していた。

 月隠(つごもり)が近く、月の出る刻限は遠いとはいえ、ヴェインを(おお)っていた結界が消えた今はセグラーナの神通力(ちから)を借りられる。

 月光が夜闇に家路を浮かびあがらせてくれるように、女神はアシェラトの祈りに応えてとるべき道を示してくれた。日光()の下のようにはっきりとした道筋ではなくても、分かれ道にさしかかる都度ひとつの方向がほの明るく見える気がする。

 今回も人影を見かけずに目的地まで到達できるかと思いかけた矢先。

 細い廊下から、上下に続く幅広い階段と数本の通路が交差する小広間で人々を眼にした。

 一人で、あるいは年寄りや幼い者の手をひいて、手ぶらのまま地下へ下りていく者達。

 数は多くないが同じように、けれどこちらは大なり小なり荷物を抱えて外へ向かっていく者達。

 階段の前をうろついて、誰彼の区別なく通りかかった者をつかまえて質問を浴びせ、満足のいく答が得られぬまま次の通行人をつかまえようとする男が一人。

(している事は違っても、みんな同じ表情(かお)をしている。不安に(おび)え、何か(すが)るものを探している。……それは私も同じね)

 アシェラトは階段前の男につかまらぬよう素早く広間を横切ると、細い通路のひとつに飛び込んだ。




「祈りを、祈りを捧げるのだ」

 祭司の一人であるザルツは、混沌の祭殿へ流れ込んでくる取り乱した民人達に声をかけ続けていた。

 結界装置の破壊とそれに続く地震。

 その地震の原因は閃光と共に一瞬にして地上第一層に巨大な横穴が穿(うが)たれたからだという噂。目の前にいた人間が光に包まれて跡形もなく消え去ったのを見た者もいるという。

 この世(ウェリア)の終わりだと怯え騒ぐ民達が心の支えを求め、誰に指示された訳でもないのに(つど)い来る。

 だが皆を静めねばと声を()らしているザルツ自身、不安で仕方がなかった。

 結界の消滅後、おろおろと時を無駄にしていると、ザインとシャイア、バラド、ライガは緊急の用件で手が離せぬゆえ、心話を送るのも、居室を訪ねるのも控えろとの心話(めいれい)を受けたきり何の説明もない。

 つまり彼を質問攻めにしている民同様、縋るものを求めて祭殿へやって来ただけなのだから。




 なくなっていた、百もの厚い岩壁、家具、寝具、食器、衣類、書物……何もかもが。

 そこにあるのはただの空間だけ。粘土の山に筒を差し込んで抜き取ったように、岩山(ヴェイン)の地表と同じ高さの階層が、殆ど反対側に突き抜ける辺りまで一直線に消失してしまっていた。

 ザインはその、できたばかりの隧道(ずいどう)の脇、元は独立した部屋であった場所に腕が落ちているのを見つけた。きちんと袖をまとい、切断面に少量の灰がついているだけで、どこを見ても残りの肉体(からだ)も一滴の血の跡もない。足先で蹴飛ばすと灰が落ちて生焼けた鮭色の肉が露出した。

 一体何人が、こういった遺品すら残さず消散してしまったのだろう。

 艶を帯びた滑らかな道をたどり、穴のあいた外壁に進む。

 額に手をかざしながらまばゆい陽光の下に踏み出したザインは、岩山のみならず樹海までもが消失しているのを知った。どれほど遠くからこの力を放ったのか。

 触れてはならない力

 そんな言葉が脳裏をよぎる。

(何を弱気な事を……。世界(ウェリア)が滅びるならそれもまた一興。そう思ってきたんだろう?

 それに……)

 ゆがんだ笑みを浮かべたザインは樹海を貫く道の向こうに小さな点が動くのを認めた。どうやら馬を駆る人影のようだ。

(ライガ様、お二人の限界(ちから)、見極めたくなりましたよ。たとえ、どんな結果になろうとも)

 ザインは祭司の一人(キニケン)に心話でアシェラトを連れてくるよう命じながら、ヴェインの奥へ引き返した。




 レヴァインが結界装置のあった部屋へ駆け込んだ時、レイリアはまだそこで床にへたり込んでいた。

「レイリア……大丈夫か?」

 レヴァインの姿を認めたレイリアが力無く微笑む。

「無事なのね、レヴ。よかった。私は大丈夫、力を使い果たしただけ。それより……」

 やっぱりあなたは誰かを殺してしまったの? 苦悩に満ちたレイリアの表情が、そう問いかけていた。

 視線をそらせたレヴァインが低く呟く。

「誰も殺しちゃいない、俺の手では」

「誰が……死んだの?」

「婆さん、総領様さ。発作を起こして……」

 無言のままのレイリアの瞳から涙があふれだした。

「泣いている暇はないぞ。立てるか、レイリア?」

「レヴァイン?」

 レイリアは涙をぬぐいながら差し出されたレヴァインの手をとって立ちあがる。

「早くヴェイン(ここ)を出た方がいい。よくわからないが、とんでもない事が起こりそうな気がする。さっきの地震も気になるしな」

 レヴァインはまだ地面が揺れているかのように身を震わせた。

「何かの予兆だとでも?」

「俺には予知(さきみ)能力(ちから)なんてない。だがこの前ヴェインで地震があったのはいつか知ってるか?」

「いいえ。私が生まれてからはなかったはずよ」

「俺もさっきのが初体験さ。多分もっと歳をとった連中も地震なんざ話に聞いた事か、外での経験しかなかったはずだ」

「そう……ね。そんな事にも気がつかないなんて、装置を破壊した衝撃で感覚が麻痺してたみたい。みんな、さぞかし怖がってるでしょうね。

 でも、理由はどうあれ、あなたがヴェインを出る気になってくれてうれしいわ。

 でも、ここでもうひとつする事があるの」


隧道トンネル


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