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45 灼熱の光 2

 レヴァインはライガが嫌いだ。

 彼の父(バラド)を押しのけて祭司長になった事、総領のお気に入り(フェヴェーラ)を侍女にしている事、そのように生まれついたというだけで努力もせず手に入れた強大な魔力、落ち着き払った物言い、顔半分高い位置から彼を見下ろすとらえどころのない煙色の瞳、そのすべてが。

 頭ではライガが利用されているだけの(とら)われ(びと)に過ぎないとわかっていても、存在意義を認められた事のないレヴァインの劣等感が、ライガの才能を嫌悪するあまりその全人格を否定しようとする。

 だが、ライガに対して恐怖を抱いた事はなかった。ついさっきまでは。

 たった今ライガが口にした科白、その理解を超えた微笑にレヴァインは手の震えを抑えられない。

 ライガはまた表情をなくして宙を見つめており、口の中で何かを(つぶや)いていた。まるで独り言を繰り返し続ける白痴(はくち)のように。

(奴は本当に狂っちまったのか?)

 思わず出口に向かって後退(あとじ)さる。

 落ちた視線の先に、目を見開いたまま動かなくなったシャイア。真っ白な薄い髪、染みだらけの(しわ)くちゃな皮膚、開いた口の端から流れた(よだれ)の跡。

 長い間彼を抑圧し続けてきた偉大な総領だった生き物は、憐れな程しなびた卑小な存在に変わっていた。

 あっけなさ過ぎる。劇的な対決を期待していた訳ではないが、これではあんまりだ。

 父も彼の知らぬ間に死んでいた。

 ライガは狂いかけている。

 突然、立っていられない程の虚脱感に囚われたレヴァインはよろよろと歩を運んで扉口に手をついた。

 ふと心に浮かんだのは心細げなレイリアの顔。彼女は無事だろうか。

(ふっ……もうザインなんざ、どうでもよくなっちまった。あのくそったれにも言ってやりたい事が山程あったはずだってのに……)

 彼が何もしなくてもヴェインはもうお仕舞いだろう。

 短剣を使って壁掛けを引き裂いたレヴァインは手早く傷口を縛り、足早に廊下へ出て行った。




 心を平静に保つ為の呪文を唱え終わったライガは目を閉じて小さく溜息をついた。長年彼を縛り続けてきた者の抜け殻を突き刺すように一瞥(いちべつ)してから続き間へ移動する。

 真っ先に目につくのは(あるじ)を失った黒檀(こくたん)の椅子。

 何を思うでもなく歩み寄り、十代を超える総領達に()られてきた肘掛けに指先を滑らせた。

「その椅子にお掛けになるおつもりですか?」

 ライガの背後、壁を(おお)っている布の後ろからザインが現れる。

「いつから隠れていた? 結界装置が壊されたというのにおまえが総領の元(こ こ)へ来ないのはおかしいと思っていた。

 ……他の祭司共はおまえが遠ざけたのか?」

 静かな口調。振り返ってザインを見ようともしない。

「結構いいところを見逃したようですよ。

 おかげで疑問の山を抱え込んでしまいました。なぜレヴァインがいるのか、シャイア様がどのように亡くなられたのか……。

 他にも色々とお聞かせ願いたい事があります。お察しのように他の者達にはここへ近づかないよう心話(れんらく)してありますから、ゆっくりお話しできますよ」

 ライガはザインの動機を推測して含み笑いをもらした。

「シャイアもバラドも死んだ。おまえにはヴェインをまとめてゆくだけの人望はない」

「はっきりおっしゃいますね。ですが余所者(あなた)にもその椅子に座る資格はありません」

「……そうだな」

「先程あなたはウェイデルの名といっしょにフェヴェーラ様の名を口にされた。彼女はヴェインの近くへ来ているのですか?」

「フェヴェーラと一緒になる事でおまえがヴェインを牛耳(ぎゅうじ)れると思うのか? 私の魔力(ちから)を後ろ盾に?」

「アギアン、グライド、キニケン、ザルツ……皆、信念も決断力もない輩です。ヴェインの伝統を保持する方法が他にありますか?

 それとも、あなたは完全に呪縛から脱したのですか?」

 振り向いたライガは殊更(ことさら)に背筋をのばしてザインを見下ろし、尊大な態度で問いかける。

「だとしたら、どうする?」

 ザインが動揺したとしても、それは一瞬の間という形でしか現れなかった。

「強がりはおやめください。あなたは呪縛をゆるめるのに成功したかも知れませんが、すべての糸を断ち切った訳ではない。

 さっきレヴァインに御自分が何をなさるかわからないとおっしゃっているのを聞きました。

 あなたは壊れかけている。私の助力が必要です」

「それこそ強がり、と言うんじゃないのか? 貴様はついさっき私の呪縛を強化したはずだったろう?

 おまえの顔は感情を映さないが、(おまもり)をなでたり、握りしめたりするのは不安を静める為だ」

「なるほど……」

 ザインの唇の片端に自嘲(じちょう)の笑みが浮かんだ。

「しかし、それで状況が変わる訳では……。

 なんだっ!」

 ヴェインが、その巨大で頑丈な岩山が、揺らいだ。低い地鳴りが鼓膜と肌を震わせる。

 小卓の上の燭台(しょくだい)が倒れ、岩床に落下した水晶球が砕け散った。壁龕(へきがん)から飛びだした黒革の小箱が床に跳ね、開いたフタの下から指輪がこぼれ落ちる。

「これは……」

 ライガは足下に転がってきた赤い宝石がきらめく金の指輪を拾いあげた。彼が知る(よし)もなかったが、シャイアが魔法の行使を楽にする為に水晶球を利用していたせいで、水晶球の破壊と共に小箱の封印が解けたのだった。

「それは!」

 ザインの手が指輪に向けてのばされる。ライガは指輪を隠すように手を握りしめた。

「私の指輪だ。今こそこれが必要なのかもしれない。愛する者達を傷つけぬ為に。

 ……もう何年も見た事のなかった指輪がこんな風に戻ってきた。これが運命ってやつだとしたら出来過ぎていると思わないか、ザイン?」

「その宝石は本来魔力を抑える為ではなく、増幅する為にあるのです」

「魔法に正しい使い方などありはしない。役に立つか立たないか、それだけだ。そう教えてくれたのはおまえだろう」

「あなたに必要なのは力です。それを抑える事ではありません」

「少しばかり魔力が増したところであの魔剣を持ったウェイデルに太刀打(たちう)ちできるとは思えないな。

 外へ出てあいつがやった事を見てくるといい」

「まさか、さっきの地震……!」

「何をやったのかはわからないが、ウェイデルの仕業なのは確かだ。岩山(ヴェイン)に大穴があいているんじゃないか」

「ここに居てください。混沌の書の信奉者として、ヴェインの大儀を代表する者として命じます」

 完全な拘束力を持っていた訳ではないが、それでもその言葉には力があった。

 ザインが出て行ってしまうと、ライガはよろめくように黒檀の椅子に座り込む。

 握っていた拳を開いて指輪を見つめ、また握りしめ、再度開いて中指にはめ、あつらえたような収まりの良さに驚き、指をひろげた手をかざして宝石の色合いに見入った。

「この指輪が役に立つ使い道……か。

 問題は何の、誰の役に立てたいのか、だな。……どうすればいい? 僕は……」


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