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44 灼熱の光 1

「アシェラト!」

 突然ウェイデルが声をあげて立ち止まった。

「アシェラトだって?」

 先を進んでいたシェヴィンが脱兎(だっと)のようにフェヴェーラの脇をすり抜けてくる。

「ウェイ、一体……」

 勢い込んで問いかけるシェヴィンの肩に、慌ててついてきたフェヴェーラの手が置かれた。

「邪魔しない方がいいわ。彼、心話はあまり得意じゃないから」

 そう言ってから心話が得意でないのはライガだったと思い直したが、改めてウェイデルに目をやって、その様子から自分の考えは間違っていなかったと思う。

「心話って……アシェからか? だったら……」

「落ち着いて。私も、多分そうだと思うだけ。他にこんなに集中しなければならない理由も思いつかないし」

 言われてみればウェイデルは目の前で交わされている会話も耳に入っていない様子で、その眼は焦点が合っていない。

「ライガ様が相手ならもっと楽に話せるはずでしょう?」

「じゃあやっぱりアシェから……!」

「そうだ」

 唐突なウェイデルの答えに、飛びあがって喜ぶかと思われたシェヴィンは逆に言葉をなくしてしまった。懸命に目を見開いて(にじ)み始めた涙を乾かそうとしているように見える。

「フェル、レイリアは君の姉さんだったな?」

「……? ええ」

「彼女がヴェインの結界を造り出していた装置を破壊したそうだ」

「レイリアが? まさか? そんな……何かの間違いじゃ……」

「アシェラトはレイリアという女性の手引きでヴェインの外へ出たと言っている」

 うなるような声を漏らしてシェヴィンが近くの幹に寄りかかった。表情がくしゃくしゃに(ゆが)んでいる。

「シェヴ、アシェラトは元気だそうだ。ひどい事は何もされなかったと伝えてくれと言われた」

「ちぇっ、伝言でしか話ができないなんてまどろっこしいな。女神(セグラーナ)もこんな時くらい気を利かせてオレとアシェが直接話せるようにしてくれてもよさそうなもんなのに」

 科白とは裏腹にうれしそうなシェヴィンの様子にウェイデルも軽い笑い声をたてた。

「まあ、そう言うな。とにかくアシェは無事だったんだ。シェヴが女神に文句を言っていたって伝えてやろうか?」

「おい! よしてくれよ。その冗談は笑えないぜ」

 さして信心深いとは言えないシェヴィンは、うっかり不敬な言葉をもらして巫 女(アシェラト)に叱られた事が何度もあるに違いない。

「ところで……」

 シェヴィンの表情に(かげ)りがさす。

「他の女の子達は?」

「ちょっと待ってくれ。()いてみる」

 ウェイデルの口元が引き締まり、眉間にしわが刻まれていった。

 良くない知らせを予期してシェヴィンが手を握りしめ、フェヴェーラは視線を落とす。が、ウェイデルが口にしたのはアシェラトからの返答ではなかった。

「アシェ! いけない、やめるんだ!」

「どうしたんだ、ウェイ!」

 ただならぬ雰囲気にシェヴィンがウェイデルの両肩につかみかかった。ウェイデルはそのシェヴィンの顔をまともに見られない。

「アシェラトが……。アシェは女の子達が一緒にさらわれた事を知らなかったんだ。自分が助け出すと言って……」

「なんだって……!」

 よろよろと後ずさったシェヴィンはいつの間にかウェイデルの右手がヴィズルの柄にかかっているのに気づいた。そこから力を得ようとするように(あか)い石が埋め込まれた辺りをきつく握りしめている。

 樹海が、ざわついたように感じられた。見ていなくてもフェヴェーラが身を強張(こわば)らせたのがわかる。

「シェヴィン。……フェヴェーラ」

 落ち着いた、力強い声だった。それぞれの相手にしっかりと眼を()えて呼ばれた名前。気を()まれた二人は無言のまま(うなづ)いた。

「馬をつれて後ろの方へ離れていてくれ」

 決然と先へ進んでいくウェイデルの後ろ姿に問いかける。

「何をしようってんだ?」

「馬で走れる道を造る。

 木や草には謝るしかないが、動物達の被害が少ないように祈っててくれ。いや、ともかくも俺の思惑通りに魔法が働いてくれるように、の方が肝心だな」

「道を造るって……おい!」

 ウェイデルは朽ち葉やキノコを蹴散らして足場を固めると、レヴァインとディードが苦労して切り開いた隘路(あいろ)をふさぐように踏ん張った。

 深呼吸。

 精神を静める為の短い呪文、束の間の瞑想。

 そして、キッと前方を見据え、ゆっくりとヴィズルを引き抜く。

 その背中を見つめているシェヴィンの胃の辺りがキリキリした。まるで自分が弓になって引き絞られているような感じだ。フェヴェーラはひざまづいて祈りだした。

 ウェイデルは早口の小声で呪文を唱え、ヴェインの方角へと向けられたヴィズルがまばゆく輝き……

 剣先から炎がほとばしった。

 いや、それは炎などという物ではない。どこまでも続くかと思われる白熱の光の束がまっすぐに走り抜け、触れた物すべてを一瞬で灰にした。

「す……げえ……!」

 まぶしさに耐えかねて両腕で顔をおおっていたシェヴィンが眼を開くと、ウェイデルが立っている先から、幅三ヴァズマール長さ一ラスタ以上もある細長い型抜きですっぽりと抜き取られたように樹海が消えていた。

 両側から流れ込んだ風に、細かな灰が帯状の雲となって真上へ吹きあげられていく。

 ウェイデルは重ねた両手を地面に突き立てたヴィズルの柄頭に置いて体を支えていた。

 恐る恐るシェヴィンがその前に出てみると、既に熱くはなく、灰もあらかた吹き飛ばされてしまっている。地面のあちこちが薄くて黒っぽい硝子のような物でおおわれ、踏みつけると乾いた音をたてて細かく砕けた。

 だが最も不思議なのは、幹半分光に触れた木が燃えあがる事もなく半分になった枝に緑の葉をつけたまま立っている事だ。どこにも火が残っている様子はない。

「本当に……なんて威力(ちから)なんだ……」

 これが、ウェイデルがあれほど使うのを恐れていた魔法の力なのか。

 ライガとの一件の時にはシェヴィンにその威力が実感できる何かが起こった訳ではなかったからわからなかったが、これこそまさに畏怖(いふ)すべき力と言うべきだろう。

「シェヴィン」

 声をかけられて振り向くと、その気持ちを(とが)めるようにフェヴェーラが首を横に振った。

「この力を一番恐れているのはウェイデルだと思うわ」

 ウェイデルはさっきと同じ姿勢のまま、自らが造った道を(にら)みつけていた。

 己の所行(しょぎょう)の結果を憎悪するようなその目つきに、ウェイデルがそれを世界を破壊する行為と看做(みな)しているのだとわかった。

 鋭い痛みがシェヴィンの胸をえぐり、次の瞬間、彼は底抜けの笑顔を浮かべてウェイデルに駆け寄った。

「すごいぜ、相棒。こんなすげェ事ができんなら、なんでもっと早くやっといてくれないんだよ?」

 ウェイデルに返事をする余裕も与えずに彼の横を通り過ぎ、ついでにポンと背中を叩く。

 そして馬達を広くなった道へ()いてくると弓と矢筒以外の荷物をすべておろしてしまった。

 フェヴェーラに手を貸して鞍にまたがらせ、彼女の馬が自然についてくるように自分の馬と繋ぎ合わせると身軽に鞍に飛び乗る。

「なに呆けてんだ、ウェイ。さっさと馬に乗れよ。その為に道を拡げたんだろ? それとも乗り方を忘れちまったのか?」

 ウェイデルが苦笑とも溜め息ともつかない声をもらし、ヴィズルを収めて馬にまたがった。

 追い越し様シェヴィンの肩をポンと叩く。

「急ごう。アシェラトが心配だ」


※三ヴァズマール(約4.5メートル)

※一ラスタ(約12キロメートル)


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