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43 大儀と野望 5

 眠りの中でそれを感じたザインは、自分が跳ね起きた理由が飲み込めなかった。辺りは静寂に満ちており、変わった様子は何もない。夢のせいだろうか?

 だが、再び横になろうとしかけた時、あまりにも平穏過ぎる事に気づいた。

 母親の胎内にいた時からずっと感じていたせいで、あたり前になってしまっていた微かな息苦しさ……姿も重さもない何かに()し掛かられているような圧迫感……が消えている。

 魔法の感覚をのばすとすぐにその原因がわかった。

 寝台横に(そろ)えてあった()き物に足を突っ込み、几帳(きちょう)に掛けていた衣服に袖を通しながら心話でシャイアに呼びかける。が、(こた)えがない。

 シャイアの身にも何か?

 寛衣の前をはだけたまま、帯と笛をつかんで走り出した。

 ザインの居室とシャイアのそれはごく近い。心話に応えがない以上、扉口で案内(あない)を乞うような真似はしなかった。扉を慎重に押し開けると音もなく室内へ足を踏み入れる。




 レヴァインが何も感じなかったのに、ライガとシャイアが殴りつけられたような衝撃を受けたのは、それが魔法の波動だったせいだ。

 ライガはふらふらとよろけて手近な壁にもたれかかり、膝を折ったシャイアは床に両手をついた。

「結界が……結界装置が……」

 何が起きたのかわからずにいたレヴァインが、うわごとじみたシャイアの(つぶや)きを聞いて破顔(はがん)する。

「結界装置が……壊れたのか? やってくれたな、レイリア!」

「レイリア? レイリアがどうしたというのじゃ?」

 立ちあがり、目をぎょろつかせたシャイアがよろよろとレヴァインに近づいていった。

「まさか、あのレイリアが……」

 シャイアはレヴァインの言葉の意味を察して動揺している。

 それを知ったレヴァインの胸に言いようのない満足感が生まれた。ひどく小さく感じられるシャイアを見下ろし、やさしいとさえ言える口調で一語一語区切るように話しかける。

「そう、そのまさかさ、ひいおばあ様」

「驚いたな……」

 背中を壁に預けたままのライガがポツリと感想をもらした。シャイアと同じくらい信じ難いといった面持ちをしている。

 だが、どちらもさっきの衝撃がレイリアが結界装置を壊したせいだと得心(とくしん)しているようだ。

「レイリア……おまえまでが……。

 レヴァイン、おのれが……おのれがレイリアを……ううっ!」

 レヴァインにつかみかかろうとしたシャイアが胸をかきむしって倒れかかった。半歩と離れていない場所に立っていたレヴァインは左腕の痛みも忘れて自然とその体を受け止める。

「なんだっ……」

 両腕をつかまれたシャイアの震える手が、すがるようにレヴァインの衣服を握りしめる。空気を求めて開け閉めされる唇からもれるのは意味のない(うめ)き。それでも、その双眼はレヴァインの瞳をとらえて放さなかった。焦点を失いかけながらも、すべてを読み解こうとするように見開かれ、己の意志を貫く力を放射しようとしている。

 だが、激しい痙攣(けいれん)がその肉体を鷲づかみにした直後、生がシャイアから抜け落ちていった。

「おいっ! どうしたっていうんだ? 何とか言えよ、婆さん!」

 揺すぶられるままガクガクと揺れる首。だらりと垂れた両手。

 レヴァインは、ヴェインの独裁者であり力の象徴である総領と対決しにきたのではなかったか。

 彼の手の中の(しな)びたこれは一体……。

「死んだのか?」

 ライガの問いにレヴァインはシャイアをつかんでいた手を放し、泣き笑いといった(てい)で答えた。

「死んだ? 冗談じゃない! そんな簡単に……こんなにあっさり()かれてたまるもんか。

 俺はまだ……」

 つかつかと歩み寄ってきたライガは床に転がったシャイアの脈をみて言い放つ。

「心臓発作だったようだな。それはもうただの死体だ」

 レヴァインが二、三歩よろめいた。

「なんだっていうんだ……なんだっていうんだよ、くそっ!」

 やり場のない思いに意味なく腕を振り回すと、思い出したように左腕がうずき始めた。傷は深くないとはいえ、まだ血がしたたり続けている。

 が、そのおかげで取り乱さずに済んだといえよう。とりあえず止血だけはしておかなければならない。

(しかし、奴はどうする?)

 ライガはこの後どうでるつもりだろう?

 レヴァインが見つめる前で悠々と自分の短剣を拾いあげ、懐の鞘に収めたライガがハッと息を飲んだ。ガクリと片膝を着き、苦痛に顔をゆがめて頭を抱えこむ。

「まだだ、まだおまえの出る幕じゃない……」

 誰に向かって話しているのか。それは、かろうじて聞き取れるような(ささや)き。そして……

「やめろ!」

 一声大きく叫ぶとストンと両手を落とした。数回肩で息をしてから、ゆっくりと立ちあがる。いや、立ちあがった後でさえ、肩が上下していた。

「レヴァイン」

 何もない中空に視線を向けたままライガが口を開いた。だが声音はしっかりしており、その横顔を見つめているレヴァインには、それが彼に対する呼びかけだとわかる。

「レイリアを連れてヴェインを出ろ。

 そして、できればウェイデルとフェヴェーラに、ここへは来るなと伝えてくれ。私には自分が制御できなくなってきている」

「自分が……狂ってきてるって言うのか?」

「そう言われても仕方がないような状態だと思う。問題は私がただの狂人ではなく、並はずれた力を持った狂人だという事だ」

「何が……」

 喉をつまらせたレヴァインは音をたてて唾を飲み下した。

「何が起きると思ってるんだ?」

 それまでまったく無表情だったライガがレヴァインに、一瞬、なんとも判断し難い微笑を投げかけた。

「それがわからないから、怖いんだ」


※几帳(パーテーションの一種)


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