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42 大儀と野望 4

 その部屋に見張りはいない。扉に施された封印だけで充分だと考えられていた。その封印は並人(なみびと)には破り得ぬものだから。

 だが混沌の書があれば話は別だ。

 たとえ写本であっても……原典は遙か昔にそれを使って混沌への扉を開こうとした祭司といっしょに(ちり)と化してしまった……そこにはウェリアが混沌から切り取られた頃の()き出しの力が秘められている。

 レイリアはヴェインを(おお)う結界を造りだしている装置が納められた部屋の前に立つと、左掌に写本を載せて胸の前に掲げ、その上に右手をかざした。

「混沌の子、王子ミトラの血を引く者がここに乞う。知識の護持者よ、我に貴き言葉を知らしめたまえ」

 写本から閃く青白い光。鋭い痛みがレイリアの身体を貫き、息が止まる。

 彼女が呼吸をする事を思い出したのは一体どれくらいたってからだろう。震える指先でそっと表紙を開くと、力の言葉が、文字という形に封じられた混沌の王子の魔力が、レイリアに向かって押し寄せてきた。

 フェヴェーラのように幼い時から魔法の才を認められて特殊な訓練を積んできた訳ではない彼女は、その圧倒的な力に翻弄(ほんろう)されそうになる。

 だが扉の封印を解くくらいならこれで充分だろう。新たなページをめくる事なく写本を閉じると左手に抱え、つるりとした白い石の扉に右手を押しつけた。

 冷たい

 骨まで凍りつきそうな冷気を押し返すように、掌を通して写本から得た力を流し込む。

「消え去れ、汝の役目は終わった」

 彼女のものではないような低い声が、混沌の言葉を紡ぎ出した。

 同時に、とてつもなく堅固に思われた扉が一瞬で霧散する。突然抵抗がなくなったせいで右手が前に突きだし、よろけそうになった。

 こんな風に扉が開くとは知らなかった、いや、写本から封印を解く力を引き出した時点でわかっていたはずなのだが、未熟な彼女には理解できなかったのだ。

 眼をまばたいたレイリアは、激しく鼓動を打つ心臓が飛び出してくるのを押さえようとするように写本を強く胸に押しつけると、淡い光の()れだしている部屋へと足を踏み入れる。

 他に何もない広い部屋の真ん中にそれはあった。

 思っていたよりずっと小さい。

 レイリアの背丈ほどの高さで幅も奥行きもその半分くらい。全体が冷たい光を放ち、細い銀線を複雑に編みあげて作られたカゴの中で、真ん中に立つ支柱に取り付けられた長さの異なる何十もの金属の腕が、まちまちな速さで回転している。いくつかは右に、残りは左に。

 様々な音程で装置の各所から発する、聞こえるか聞こえないかのかすかな音の重なりが、圧力を伴っているかのような不快感となって()き散らされていた。

 王子ミトラ自身が創造したとされるそれは、触れれば折れそうなほど華奢(きゃしゃ)に見えたが、ここの上方にあるすべての岩が落下してきても傷ひとつつかないと伝えられている。

 強い魔法をぶつけるしか装置を壊す方法はないのだった。

(レヴはまだ眠っているかしら?)

 こんな時にそんな事を考えてしまうのは、これからやろうとしている事をわずかでも先延ばしにしたいと思っているからだろうか?

 意を決したレイリアは再び写本を開き、彼女に耐えうる限りの力を引き出すと装置に向かってそれを投げつけた。




 アシェラトは洗濯カゴを抱えたまま、外へと続く扉を押し開けた。

 陽光(ひかり)が……

 ぽかりぽかりと浮かぶ真っ白な雲が風情を添える青い空。

 そのまばゆさに目がくらんでよろめき出る。ほんの十夜ほど離れていただけだというのに、<外>は圧倒的な力で彼女の心を揺さぶった。

 風といっしょにあたたかな光が肌を()でてゆき、そちこちから鳥達の声が響く。葉ずれの音、肩先をかすめて飛んでいった虫の羽音。草の臭い。

 何度もまばたきしたアシェラトの目に涙がにじんだのは、まぶしさのせいばかりではない。

(しっかりして。外に出たとはいっても、あなたはまだ結界の内側(なか)にいるのよ)

 ヴェインの全住民の住まいである岩山の周囲には十から二十ヴァズマール程の幅で空き地が造られていた。

 空き地の端からはすぐに樹海がはじまっている。その樹海と空き地の境目(さかいめ)辺りに結界が張られているのだった。

 右手の少し離れた場所に洗濯場があった。

 放し飼いのニワトリやヤギの(ふん)を踏まないよう、ゆっくりと近づいていく。ありがたい事に二人の先客は黙々と洗濯を続けていて、顔をあげる事すらしなかった。

(お願いレイリア、急いで。マントを着たまま洗濯する訳にはいかないわ)

 その願いが届いたかのように魔法の波動が襲いかかり、アシェラトは「あっ……!」と叫んで洗濯カゴを取り落とした。

 洗濯女達も何かを感じたらしい。不安もあらわに立ちあがると定まらぬ視線を周囲に投げかけ、次いで互いの不安を確認し合うように顔を見合わせると、洗いかけの洗濯物をそのままにして岩窟(がんくつ)の中へ駆け込んでいった。

 結界が消えている。

 アシェラトは持ってきた洗濯物の下から小さな背嚢(はいのう)を引っ張り出すと樹海に足を踏み入れた。


※1ヴァズマール(約1.5メートル)


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