04 邂逅(かいこう) 2
七曲り。
その名の通り、道が七たび大きく曲がっている場所である。しかも、その中央部は谷底。つまり、七曲りのどちらの端から進んでも急な下り坂ときつい登りの両方を経なければならない。更に道の両側には背の高い木々が鬱蒼と生い茂っている。
底の部分にいる隊商を両側から襲う。それが盗賊の常套手段である。
が、今回少しばかり手筈が狂ってしまった。
斥候の報せによれば次の獲物はしけた小商人でたいした収穫は望めないが、西域の奥を旅するには護衛の数が少ない。こいつは楽勝だという事で配置につき、今か今かと隊商の到着を待ちわびていたところ……
隊商とは逆方向から七曲りを行く一頭の葦毛の馬。
鞍上には深々とフードをおろしたマントをまとった小柄な人物。見たところ荷物もなく、わざわざ襲って後からくる隊商に気取られる危険をおかす事もない、と、そのまま見過ごすハズだった。
が、件の難所もあとわずかで抜けるというその時。
キツネに追われでもしたのか、飛び出してきた野ウサギに葦毛が竿立ちになって乗り手のフードが外れマントがはだけた。
一房に編まれた長い銀髪がこぼれ、やわらかな身体の線があらわになる。顎の細い卵形の顔。透けるような白い肌。絶妙の線を描く細く、くっきりとした眉。やや小さめに行儀良くおさまった鼻。
物陰に潜んでいた盗賊の一人が偶然にもその顔を見知っていた。
「おい、ありゃあ月の女神の巫女じゃねェか?」
「なんだと? そいつァ……」
「本当か? だとすりゃシケた隊商なんざやってる場合じゃねェ」
「ああ、あの女を捕まえりゃ……」
「身代金がたっぷり拝めらァ」
「いくぞ!」
アッという間だった。葦毛が落ち着く暇もなく、盗賊団の約半数、二十人近くが獲物の周りを取り囲む。
しかし、絹を裂くような悲鳴を予想していた盗賊共は逆に威圧的な眼差しにたじたじとなった。
巫女は盗賊達を睨め付けたまま短く祈りを捧げ、両掌で葦毛の目をおおうと、軽く目を閉じる。
「ぉぐわァァっっ!」
閃光!
両眼を貫く痛みに野盗共が声をあげる。
巫女が呼び出したのは眩い光の柱だった。それは質量すら感じられそうな圧倒的な輝き。
数瞬後、ぼんやりと視力を取り戻しかけてきた盗賊共の前に巫女の姿はなかった。
「ちィィッ! ひでーめにあったぜ、あのアマ……。とっつかまえてぶちのめしてくれる」
「向こうの奴らも呼ぶんだ。追えっ! 逃がすんじゃねェぞ!」
入り乱れる蹄の音、鬨の声。前方から聞こえてくるそれはどう考えても……
「盗賊? まさか……大当たり、ってか? ……勘弁してくれよ」
口の中でブツブツ呟いているところをみると、先程サバラスに言った言葉は出まかせだったらしい。
シェヴィンはウェイデルに合図して一旦馬を止め、弓の弦を張った。馬上用の小ぶりな弓で射程こそ短いが金属を加工して作った矢は強力で、何より素早い連射が可能だ。
鞍の矢筒から矢を引き抜くのと、一頭の馬が視界に飛び込んできたのが同時だった。乗り手の背中に長い銀の髪がなびくのを認め、シェヴィンは溜め息とも唸りともつかない声を漏らした。
「アシェ……」
すぐ後に続く、盗賊団とおぼしき男達を眼にすると矢をつがえ、ウェイデルに声をかける。
「どうやら先頭はオレの知り合いらしい。悪いが、アンタの剣で護ってやってくれ。オレは少し連中の数を減らす」
「シェヴィン!」
巫女が彼らの手前で叫び、止まろうとする。
「止まるな! そのまま行けっ。ウェイ、頼む!」
「わかった!」
ウェイデルは腰の剣を抜き放ち、馬を回して巫女の後ろに着く。
「シェヴ……」
「奴なら大丈夫だ。引き際は心得てる。さァ、早く!」
ヒュッ!
「ぐわっ!」
ヒュンッ!
「げへっっ!」
弓弦が鳴るたび、盗賊の一人が馬から転げ落ちていく。
「そろそろ、限界かな……」
四本目の矢をつがえながら呟く。
「はっ!」
矢を放つと同時に馬首をめぐらし、ウェイデル達の後を追った。
ウェイデルが合流した時、サバラスは既に臨戦態勢をとらせ、その辺りで最も見晴らしの良い場所 ―― 箱馬車の屋根 ―― に登ったコリン達が 弩 に太矢をつがえようとしていた。
「ウェイデル!」
サバラスの横で剣を構えたバドが叫ぶ。
「その娘さんはっ?」
サバラスの問いに答えている暇はなかった。
「くるぞ! 盗賊団だっ」
言うなり、コリンの弩がうなる。続いてデイル、アルク。
「オレに当たったらどうすんだよっ!」
わめきながらシェヴィンが駆け込んでくる。
「弓の名人はお前だけじゃねェよ、馬鹿」
弩を投げ出し、屋根から飛び降りながらアルクがなじる。射程も長く、強力だが次矢をつがえるのに時間のかかる弩をこれ以上使うのは得策ではない。
「はン、そいつはどうかな」
シェヴィンは鞍から矢筒を外し、身軽に屋根によじ登る。剣と剣とが打ち合わされ、本格的な戦闘が始まった。
あちこちで響く金属音
怒声
悲鳴
いななき
すべてがめまぐるしく動き、刹那の判断を求める。
サバラスの護衛隊の人数が少ないのは雇い主の商人の懐具合のせいというよりも、古強者のサバラスが選りに選った腕利きばかり ―― 当然一人あたりの賃金は平均より高い ―― を集めているという自信によるところが大きい。
数で圧しているとはいえ、巫女の魔法のせいで手順を狂わされ、元々あるかなきかだった統率さえ失った盗賊共はすぐに自分達が格上の戦士達を相手にしてしまった事に気づく。
生涯好きになれないだろう不快な感触と共に、髭面の盗賊の胸に深々と剣を突き差し、噴き出す血しぶきと共に引き抜く。
拳で額をぬぐったウェイデルはシェヴィンから託された女性をチラリと見やった。
一種の地獄絵図ともいえそうな混乱のさなかで取り乱す事もなく、常にウェイデルの庇護下におかれるよう自らも馬を操り、最適な場所へと移動している。
(たいした女性だな……)
そんな事を思っている僅かな隙に野盗の一人が打ちかかる。
「でェやァァ ――!」
「うっ!」
反射的に剣で相手の剣を受け止める、が
「しまっ……」
ヌルリとした返り血に柄まで染まっていた剣が手の中で滑り、弾け飛ぶ。
ドシュッ!
「面倒かけんじゃねェよ!」
シェヴィンの叱責が響き、背中に矢を打ち込まれた盗賊が馬からころげ落ちた。
「恩にきるよ」
言って、肌身離さず持ち歩いている背中の包みに手を伸ばす。馬を降りて剣を拾っている暇はない。
包みの防水布を取り去るより早く新手が襲いかかり、ウェイデルは棒状のその荷で剣を受ける。
そして抜き放たれる、きらめく刃。
《滅ぼすもの》 ――
それは賢者の塔で託された魔剣。
ウェイデルの身内にたぎるような力が湧きあがり、すべてを薙ぎ払いたい衝動にかられた。
「いけない!」
巫女の声がウェイデルを引き戻し、相対する盗賊が訳も分からぬまま力の波動を感じて慄いているのを知る。
「失せろ」
静かなその声にすらヴィズルの魔力が込められているようだ。
ウェイデルに睨みつけられた盗賊は音をたてて唾を飲み込むと、一目散に逃げ出した。
それがきっかけになったのか。既に三分の一ほどに頭数の減っていた盗賊共がいっせいに逃げ散っていく。傷ついた仲間を前鞍に引きあげていく者も何人かはいたが。
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時間をあけてになりますが、今日中に5話まで更新予定です。よろしくお願いします。