39 大儀と野望 1
レイリアは作戦会議と称して一時的に彼女のものになっているフェヴェーラの部屋へレヴァインを連れ込んだ。
何をするにしても血まみれの格好をなんとかしなければ誰かに見咎められた時面倒だし、ザインと共有している部屋へ案内する訳にいかなかったからだ。
すぐにも誰かを殺す為に飛び出して行きそうだったレヴァインも、レイリアのかつてない勢いに圧され、しばらく待っていてと言われた時もおとなしく従った。
「とにかく何か食べてちょうだい。話はそれから」
手と顔を洗い、濡れた布で髪をぬぐって服を着替えたレイリアは、共同食堂の鍋底をさらって冷たくなった豆粥と野菜の煮物を調達してきていた。
<食うものも食わず>と言っていた通り、見るからにやつれたレヴァインを案じての事だ。
レヴァインは多少苛々した様子を見せながらも、フェヴェーラがライガの為に自室で漬け込んでいた薬酒を満たした杯といっしょに食物の載った盆が差し出されると黙って匙を取りあげた。
レイリアはレヴァインが匙を手にしたまま左手で大きな木製の杯を握りしめ、薬酒で流し込むように食事をする様子に、目を伏せ、ほっと息をつく。
「俺が物を食ってるのがそんなにうれしいのか?」
顔をあげると匙と杯を宙に浮かせたままレヴァインが彼女を見つめていた。
「そう、うれしいわレヴ。
あなたは忘れていたようだけど、人は食べたり眠ったりしなければ生きていけないのよ」
答える前にレイリアの体が震えたように、一瞬表情が凍りついたように見えたのは気のせいだろうか?
(緊張しているんだろう。いや、怯えているといった方が正解か。
この俺だって、自分がやろうとしている事をやり遂げられると本気で信じている訳じゃない。
ただ何か……何かとんでもない事が起こりそうな、そんな予感に居ても立っても居られなくなっただけだ)
食事を終えたレヴァインは空になった杯を置いて大きく欠伸をした。更に立て続けに欠伸を噛み殺す。
(酒のせいか?)
眠気にあらがって目尻に溜まった涙を袖口でふきながら、彼が飲み干したのは大きな杯でがぶ飲みするような弱い酒ではない事に思いあたった。
ここ数夜ロクに眠っていないうえ、空腹が満たされたせいもあるだろう。
しかし、レイリアが何と言おうと今の彼に眠っている余裕など……。
「レヴ? 眠ったの?」
レイリアは食卓に顔を伏したレヴァインの肩をそっと揺すって、彼がぐっすりと眠り込んでいるのを確かめた。
(ごめんなさい。私にはこれしか方法が思いつかなかったの)
レイリアは酒に眠り薬を混ぜていた。薬は無味無臭ではなかったが、薬酒は臭いも味もきつく、彼女が入れたのは普通なら効かないかもしれないほど少量だった。
(それだけ、あなたの体が休息を必要としていたのよ)
気力だけで起きていたレヴァインの体には酒だけで充分だったかもしれない。彼女の力ではレヴァインを寝台まで運べなかったので、顔の下にやわらかい枕をあてがい、背に毛布を掛ける。
これで、レヴァインが誰かを殺したり、誰かに殺されたりする前に彼女に考える時間ができた。
湯浴みをしようとしたライガはレイリアを手伝いに呼ぼうとして、やめた。別れ際の彼女の様子を思い出したのだ。
『気に病む事はない。ザインがうまくやるだろう。そういうのは奴のお手の物だからな』
心に響いてきた声にギクリとする。まだこの状態に慣れていない。
ザインが昔のライガを再び封印しようとした時、疑似人格に過ぎないはずの黒魔術師が、祭司長としての精神と共存する精神として黒魔術的思考を位置づけた。
比喩的な意味でなく、心の中の自分と対話するというのは妙な感じだ。
『いくら私が私情を捨ててヴェインの大儀に尽くすよう形作られたとはいえ、黒魔術師ほど冷酷ではない。
貴様の考えている対処の仕方は気にいらないな』
バラドの血に染まった衣服を乱雑に脱ぎ捨てながら、うっかり声にだしそうになった思考を自分の意識の裡へ投げかけた。
『わかっている。だが、そのうちおまえもこういう考え方が気に入るようになる』
『その前に貴様を消してやる』
『それは無理だ。私は既に力を得た。例え一時は追い払えたと思っても、黒魔術を使う度に復活する。
ヴェインの祭司長である限り、黒魔術と縁を切る事などできない相談だ』
厳しい顔つきで洗い場を横切ったライガは、かけ湯もせず大きな水音をあげて湯船に足を突っ込んだ。息を止めて背中から湯の中へ倒れ込む。
全身の力を抜いてポカリと浮きあがると目を閉じたまま、ぬるい湯に身を任せた。
『わかったようだな』
黒魔術師が実在の唇を使ってニヤリと笑った。祭司長であるライガが積極的に肉体を支配しようとしていない時にはこういう事もやってのけられる。
『無駄な努力に時間を費やすのはやめる事だ。……それより、腹をくくれよ?』
『ウェイデルの件か……』
『私にわかっているという事はおまえにもわかっているはずだ』
『シャイア様の望んでいる力を得るには昔のように、いや、それ以上にしっかりとウェイデルと心を通わせなければならない。それは貴様や私にとってあまりにも危険だ。
ザインの仕事は芸術的だが、あの真っ直ぐで力強いウェイデルの力と本来の心が共鳴すれば、心を撓めている箍が弾ける可能性が高い』
『ならどうする? せめて奴を殺して倍の魔力を手に入れるか?』
『そんな事をすれば心の底で眠っている自分が壊れてしまうかもしれないぞ。
ウェイデルはもう一人の自分なんだ。目を閉じ、耳をふさいで心を閉ざしていてもその死は感じるはずだ。
彼だけが壊れるのなら願ったりだが、我々の精神すべてをズタズタに引き裂いてしまうかもしれない。
さっきの貴様の言葉をそのまま返してやるよ。そんな事は言われなくともわかっていたはずだ。考え方は違っても、我々は同じ記憶と頭脳を使っているんだからな』
『もちろんだ。だが、これがちゃんとした議論の手順ってものじゃないか?
まずは論点をはっきりさせてから、対応策を協議し、決を採る』
『黒魔術師というのは言葉をもてあそび、人を惑わすのが好きだったな。
まあいい、それで貴様の対応策は?』
『シャイアに代わって我々がヴェインを支配する、というのはどうだ?』
慌てて身を起こそうとしたライガは、一旦頭まで沈んで湯を飲み込み、無様にもがいて派手なしぶきをあげた。
『なんだって?』
『ザインがおまえや他の人格をいじくり回すのに夢中になっている隙に、奴の魔力を利用しておまえにかけられた大儀への枷に細工しておいた。
それでも完全に外してしまうのは難しいが、ゆるめるくらいなら楽にできるはずだ。
元々大儀への拘束はおまえに対してのもので私には無効だ。
私のやろうとしている事に目をつぶって、少しの間この体を自由にさせてくれれば、シャイアとザインを片づけられる。それからゆっくりと枷を壊せばいい。
よそ者の我々が直接総領になる訳にはいかないだろうが、フェヴェーラを祭りあげれば済む事だ。
その上でウェイデルを王国へ帰すなりすればいいだろう。
奴の魔力を取り込めないのは残念だが、あの魔剣と指輪だけでも手に入れられれば……』
湯船から出たライガは二、三歩よろめいて、洗い場に片膝を着いた。
『ああ、私の考えを知って、もう大儀にさいなまれ始めたんだな。
いいから考えるのをやめろ。後は私がうまくやってやる』
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