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03  邂逅(かいこう ) 1

紅星(こうせい の)五年 月見月(つきみつき の) 十一夜


「 ―― !」

 (しび)れるような、戦慄(せんりつ)

 ソレ、はあまりにも突然で。なつかしい、と言うよりは()けていくようで。あまりにも自然で、そして……

 有頂天(うちょうてん)になっていられたのは、ほんの数瞬だけだった。

 ライガ ――

 そう、それは彼の半身、ライガの呼びかけ。しかしウェイデルには感じられた。感じてしまったのだ。

 異質なモノを。

 何か、暗い、(かげ)りのようなモノ。それがライガの魂を(おお)い、変えてしまっていた。<異なるモノ>に。

『ウェイ、ウェイデル』

 呼びかけは続いている。彼の魂に。震える心に。

()いたい……逢いたいんだ、ウェイ』

(逢いたい!)

 ウェイデルにとってもそれは同じだった。どれ程この時を待ち望んだ事だろう。(いく)百の夜を彼を(さが)してさすらっただろう。なのに……

『返事をしてくれ、ウェイ。近くにいるんだろう? かすかだが君の気配を感じたような気がする。ウェイ、どこにいる?』


「なぜだ……」

 知らず、(つぶや)いていた。ウェイデルの思考がグルグルと渦巻く。

(なぜ俺は(こた)える事ができない? なぜ心を開いてライガを受け入れられない? なぜ素直に喜べない?

 俺の心は歓喜に震え、熱い涙を流しているというのに……。

 何が俺の思いを強張(こわば)らせる? 俺の叫びに鎖をかける? 何が……)

「ウェイ! おい、ウェイデル」

 肩をつかまれ、手荒に揺さぶられている。

 目に映ったのは、馬に乗り、弓と矢筒を(たずさ)えた青年。少しクセのある銀髪。森の緑に溶け込む色の上衣とズボン、細身の剣を身に着けている。

 ウェイデルより(ひと)(ふた)つ歳上のはずだが、実際より幼く見える整った顔に不安の色が浮かんでいた。

「何だよ? 一体どうしたって言うんだ? ボーッとしちまって」

「シェヴ……」

 ようやく我に返ったウェイデルは自分の馬が歩みを止め、隊商から取り残されている事を知る。

「すまない、シェヴィン。考え事をしていた」

「考え事ォ?」

 シェヴィンの語尾が跳ね上がり、言外に信じられないといった響きを含ませた。

「しっかりしてくれよ。 《 月香樹(げっこうじゅ)の村 》 が近いとはいえ、この辺りはまだ盗賊も多い。

 いや、 《 月香祭(げっこうさい) 》 が近いぶん、増えてるだろう。何しろ祭の見物人を当て込んでごっそり荷を抱えた商人達が集まって来てるんだからな」

「ああ、わかっているさ。その荷を(まも)るのが俺達の役目だ。遅れて悪かった」


 王国の都がある 《 大都島(おおつしま) 》 を浮かべた湖 《 陽の淡海(ひのあわみ) 》 の西方約十ラスタから世界(ウェリア)の西端とされる山脈 《 炎の衝立(ついたて) 》 までの広大な土地を一般に 《 西域 》 と呼ぶ。

 砂漠や霧深い沼沢(しょうたく)地、原生林を抱え、正確な地図すらないこの地域は王国にも帝国にも属さず、自由都市群のようなしっかりした自治組織もない無法地帯である。

 賢者の塔での修行を終えたウェイデルはヴァルデリュードの助言と、別れた時にライガが西に向かったという事実から、彼の半身を求めて西域の奥へと足を踏み入れていた。

 背に何やら棒状の物を(にな)ったウェイデルは、生成(きな)のシャツに黒いズボン、皮のサンダル、肩と左胸、右手の甲から手首にかけてを保護する軽い防具を身に着け、幅広の革帯に小物入れと剣、という身なり。

 (うなじ)の辺りで切られた髪が軽く風になびく様は少年の頃と同じだが、身の丈は十と半スパンを越え、左手の中指には銀と青とにきらめく指輪がピッタリとおさまっていた。

 シェヴィンは連れよりも七スパニールほど背が低く、同じ()せ形でもウェイデルの骨太で筋肉質な感じに比して、やや華奢(きゃしゃ)な印象を与える。

 秋の半ばのさわやかな風が、森の中を()って走るお粗末な道を吹き抜けていく。

「行こう」

 ウェイデルは手綱を取り直すと、軽く馬の腹を()り、隊商の後を追い始めた。


 ほどなく、二人して隊商末尾の定位置へと戻り、護衛の一人であるアルクに凄い目つきで(にら)まれた。

 彼らの護る隊商は小さな荷車四台、箱馬車一台という小規模なものである。

 護衛は禿(はげ)頭の大男サバラスを(かしら)に、そろそろ中年も終わりにさしかかっているが左頬の刀傷さえなければなかなかの男前であるアルク。

 ボサボサの金髪でウェイデルと同じくらい長身のコリン。

 小柄で身の軽さが自慢のデイル。

 若いのに半白髪のバド。

 そしてウェイデルとシェヴィンの七人。

 御者や雇い主である小太りの商人とその弟まで含めても総勢十四名という頼りない人数であってみれば、彼の怒りはもっともな事だった。

 が、シェヴィンはどこ吹く風でにっこりとアルクに笑いかける。

「後方は異常なし。ま、もし盗賊共が襲ってくるとしたらこの先の 《 七曲り 》 だろうけどね」

「わかってるんなら持ち場を離れるな。おまえさん月香樹の村の()だろう。この辺りのヤバさはよく知っているはずだぞ」

「了解、了解。以後気をつけるって」

 言って、ヒラヒラと片手を振ってみせ、ウェイデルと(くつわ)を並べる。

「相変わらず調子のいい奴だな」

「誰のせいだと思ってンだ?」

「すまない」

「ま、いいけどね。アンタと同じでオレの契約は月香樹の村まで。つまり、今夜には連中ともおさらばだ。今さら機嫌とったってはじまらないさ。

 それより、何だよ?」

「……?」

 時折、シェヴィンの話の展開についていけなくなる。

「考え事ってさ。……ちょっと普通じゃなかったぜ、さっきのアンタ。

 何て言うのか、まるで魂が抜けちまったみたいなカンジで」

 ウェイデルの心に先刻のライガの声がよみがえる。『逢いたい、どこにいる?』それはそのままウェイデルの心の叫びでもある。今すぐにでも返事を……

「ウェイ?」

 ウェイデルの逡巡(しゅんじゅん)(またた)きひとつの間だったが、シェヴィンは敏感に何かを感じ取っていた。月の女神(セグラーナ) の恵みを受けるといわれる月香樹の村の民は見えないものを見るのだろうか。

「アンタまたどっかいっちまってただろ? そういうの、オレに失礼だと思わない?」

「シェヴ……まいったな」

 思わずクツクツと笑い出してしまう。

 その銀の月を映した翡翠(ひすい)のような瞳には特別な魔法が存在するようだ。

「何でもない、と言ったら、怒るんだろうな」

「当たり前だ。言っとくけどオレはただのおせっかいや興味本位で()いてるんじゃないぜ。

 これから先、大事な時にアンタがまたさっきみたいになっちまったらこっちの身も危ないんだからな。話してもらう権利はあるんじゃないか?」

「そうかもな。

 だが、どう話せばいいのか……」

 ウェイデルはしばらくうつむいて軽く唇を噛んでいたが、サッと顔をあげると前を見つめたまま語り始めた。

「俺には双子の兄弟がいる。俺達二人は何もかもが全く同じで、寝るのも、起きるのも、腹が減るのも、病気をするのも……好きになった女の子さえいっしょだった」

 ウェイデルの眼にチラリと苦痛の影がよぎる。

「実際、ライガが負った火傷で俺が火ぶくれをつくった事も、俺がつくった切り傷でライガが血を流した事もある」

「ライガ……それがアンタの相方の名前かい?」

「ああ」

 言ってウェイデルは黙り込んでしまう。

「で……?」

「そんな風だから、俺とライガは言葉を使わなくても、どんなに離れていてもわかりあえた。魔術でいう 《 心話 》 とも少し違う。いつもひとつだったんだ。

 だが、ある出来事をきっかけに俺達は(たもと)を分かち、それから半年ほどたったある夜……」

 ウェイデルの胸にあの時の恐怖がよみがえる。彼のものではない。ライガの恐怖。

 心が押し(つぶ)されそうな。

 叫ぶ事さえできない。声までもが闇に飲み込まれ、五感のすべてが狂気にむかって逃げ出してゆこうとする ――

「またかよ、おい」

 知らぬ間に手綱を強く握りしめ、馬を立ち止まらせていたらしい。

 シェヴィンが少し前に出た馬上で身体をひねってウェイデルを見つめていた。すぐに馬を進め、話を続ける。

「ある夜、ライガの気配が消えた」

「消えた?」

「そうだ。急に何も感じなくなった。まるで……まるで蝋燭(ろうそく)の炎を吹き消したように。それまで感じていたライガのすべてが……消えてしまった」

 シェヴィンは黙して、またしても黙り込んでしまった連れが先を続けるのを待った。

「死んだわけではないとわかっていた。そんな風には感じなかった。ただ……ただ何か大きな力が……。

 扉が、閉じてしまった。それが一番近いかもしれない。しっかりと封印された扉が俺達の間をふさいでしまった、というのが。それ以来ずっと、俺は……。

 とにかく、もう何年も音沙汰のなかったライガの声が聞こえたんだ」

「声?」

「心の声、と思ってもらっていい。聞こえたんだ、ついさっき。逢いたい、と。ウェイ、逢いたいんだ、と」

「心の声、ねぇ。アシェはセグラーナのお声(おつげ)を聴く事があるって言ってたけど……」

 シェヴィンは小声でブツブツと呟き、

「それで、アンタは何て?」

「何も……」

「え ?」

「何も、応えられなかった……」

 ウェイデルの声には苦悩があふれていた。

「それって……もしかしてオレが邪魔したせい?」

「違う!」

 シェヴィンの懸念(けねん)は言下に否定された。

「そうじゃない。できなかった……できなかったんだ、応える事が。

 俺の中の何かが邪魔をした。うれしさに震える俺の心の奥底で……そう、警鐘(けいしょう)が鳴った。おかしい、と」

「何が……変だったんだ?」

「わからない」

「わからない? そいつは確かに……その、アンタの兄弟、ライガだったのか?」

「間違いない、ライガだ」

「だけど……」

「確かだ!」

「……悪かったよ。別に疑ってるわけじゃないさ。けど、何かおかしかったんだろ? その、アンタが返事をしたら危ないって感じるような……」

「危ない?」

 ウェイデルの身体がビクリと震えた。その眼が問いかけるようにシェヴィンを見つめる。いや、何かに(おび)えるように。

「危ない……だって?」

「アンタの本能が警告してくれたんだろ? 危ないから返事をするなって」

(そんな事が……)

「この半年、いっしょに旅をしてきてオレは自分の同様、アンタの勘ってやつを信用するようになってんだ。世の中には理屈じゃ説明できない事を自然にわかっちまう奴がいるもんさ。

 アンタだってわかってたんじゃないのか? わかってたけど、わかりたくなかっただけじゃないのか?」

(そう……だろうか?)

「なんだよ。また、だんまりか? そりゃ、アンタだって色々考える事もあるんだろうけど……」


 閃光(ひかり)


「なんだっっ!」

 前方、薄曇りの空にまばゆい輝きを放つ光の柱。一筋の糸がまっすぐに天から降りてきているような。

「消えた……」

「なんだったんだ、今の?

 あ……まさか?」

 シェヴィンの顔色が変わった。

「アシェ……。はっ!」

「あ、おい、シェヴ!」

 止める間もない。ウェイデルはすかさず疾駆(しっく)していくシェヴィンの後を追う。

「シェヴィン、ウェイデル! ……どこへ行く?」

「盗賊だっ!」

 シェヴィンはあっという間に五台の馬車を追い抜き、サバラスに問われて叫ぶ。

「なんだと? おいっ、おまえら……!」

 サバラスの声はシェヴィンには届いていない。

「盗賊だと? さっきの光か? バカな……。

 しかし、ヤツらの勘は気味が悪いほどよく当たる。……コリン、皆に伝えろ。前方からの襲撃に備えるんだ」


※十ラスタ(約120キロメートル)

※十と半スパン(約189センチ)

※七スパニール(約12.6センチ)

 作中の日付は気にしなくていいです。でてきたら「日付が前か後ろのどっちかに飛んだんだな」と思ってくださるくらいで。

 作中の暦や度量衡に興味を持ってくださった方は「ウェリアと呼ばれる世界」というタイトルの短編扱いで投稿していますので、そちらをご覧ください。


 少しでもこの作品に好感を持っていただけたら、下の★をクリックしていただけると嬉しいです。 感想大歓迎。

 時間をあけてになりますが、今日中に5話まで更新予定です。よろしくお願いします。

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