22 取引 3
きちんとそろえた両手といっしょに膝の上に笛を置いたザインは外の様子に心と耳を傾けながら目を閉じて静かに座していた。
狭い天幕を共有している少女達はライガの存在には反応を示さなかったというのに、天幕の隅で無言のまま手を取り合って震えている。ザインの発する冷たい霊気に怯えて、とでもいうのだろうか。
天幕の外では人質を返す返さないの交渉をしているとは思えない穏やかな雰囲気でライガがウェイデルと酒を酌み交わしていた。話の大半は子供の頃の思い出話で、ウェイデルは「ああ」とか「うん」とか言っているだけの事が多かったが。
祭の夜の出来事からして、ライガがいくら説得を試みてもウェイデルがヴェインへの同行に同意するとは思えなかった。
それでもザインの立場としてはライガのやる事に表立って逆らう訳にもいかない。望みのない説得に時間をかけ過ぎている、と思いはしても、彼にはライガがザインの介入止む無しと納得する頃合いまで待つしかなかった。
何かがひっかかっている。
八年前ライガにかけられた呪縛は強力なものだ。今は失踪中とはいえフェヴェーラもいる。ヴェインの暮らしに馴染み、進んでウェイデルを呼び込もうとしたライガが今更裏切るような真似をするとは思えない。
しかし、あの時……力を求めてその魂を危地に呼び込むのでなく、己を捨て去ってでも護ろうとした半身の為になら、もう一度同じ事ができるのではないだろうか?
このところライガが気を張りつめ、容易にその思考に触れさせようとしないのは、ライガが言うようにウェイデルにすべてが筒抜けになるのを防ぐ為ではなく、ザインやシャイアに知られたくない事を画策しているからではないのか?
今のライガはいいように操れた八年前の世間知らずな少年ではない。他でもないザイン自身がシャイアと共に彼を、必要とあれば恐ろしい程に冷酷になれる混沌の魔術の使い手に育てあげたのだから。
バラドやレイリアの様子にも不穏なものがある。
そう考えるとフェヴェーラの失踪さえレヴァインまでを抱き込んで行われている大掛かりな陰謀の一部ではないかとさえ思えてくる。
(考えすぎだな……。さてライガ様、時間はもう充分に差しあげましたよ)
何かを嘲るように唇をゆがめたザインは愛おしむように笛をなで、口元へ持ちあげた。
チビチビと酒をすすっていたウェイデルは耳の奥がムズムズするような奇妙な感覚に襲われた。知らず、左手でヴィズルの鞘をつかみ、親指で鯉口を切る。
が、変わった事は何も起こらない。
いや、天幕のひとつの垂れ布がゆっくりとあがり、二人の少女が現れた。広場の端から舞台にいるところを見ただけだったので顔を覚えているはずもなかったが、衣服やその憔悴した様子からさらわれた月香樹の村の少女に間違いないように思われる。特に拘束されていた様子はないが、こんな小さな女の子がおまえはデイロスの西岸にいるのだと聞かされれば、逃げ出す気力もなく、ただおとなしくしているしかなかったのだろう。
天幕の中にいるはずの者に何か言いつけられたのか、おずおずと彼らの方へ近づいてくる。
「……?」
目顔で問いかけるウェイデルにライガは軽く肩をすくめてみせた。
「ザインが痺れを切らせたらしい」
「つまりそれは……?」
「そう時間切れだ。残念だよ、ウェイ。おまえには自分の意志でヴェインに来てもらいたかった」
「おいライガっ! なんの真似だっ?」
素早く立ちあがったライガが短剣を抜き、金髪の少女の背後からその喉首に刃をつきつけた。
「おまえは馬鹿馬鹿しい正義感とやらにかられてこの娘達の安否に強い関心を持っているんだろう? この娘の命を助けたいと思うんなら、鞘にいれたまま剣をこちらへ投げろ」
「ライガ……おまえ……」
床几を倒して立ちあがり、ヴィズルの柄に手をかけたウェイデルだったが、抜く事ができずにライガを睨みつける。
「その鞘は強力な封印。鞘に収まっていては魔力を使えない、そうだろう? そして魔剣なしのおまえの魔力は……」
ライガの視線がウェイデルの指輪へむけられた。指が白くなる程にきつく鞘を握りしめた左手の中指にきらめく青い魔石に。
ライガの表情がフッとゆるむ。あたたかく穏やかな、それでいてどこか哀しげな微笑。
「まだそんな指輪が必要だとはな。ヴェインへ来ればおまえも本来の力が使えるようになる。ウェイ、剣をこちらに……」
風を切る音
「うっ!」
ウェイデルの背後から放たれた一本の矢がライガの右腕をかすめ、構えていた短剣が地面に転がった。
※鯉口を切る : すぐに刀が抜けるように、鯉口(刀の鞘口)をゆるめておく。また、刀を抜きかける。
※床几(腰掛の一種)
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