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20  取引 1

 捜索対象がそれなりに時間のかかる魔法でも使って境界をざわめかせてくれればともかく、遠視者が相手の容貌(ようぼう)や魂の波長とでもいうようなものをよく知っているか、対象者の髪や爪といった身体の一部、せめて何か愛用品のようなものを手にしているのでなければ、禁呪の首環などなくても魔術で居場所を探知するのは難しい。

 ライガとウェイデルの間の共感によってさえ位置がつかめない以上、ザインとライガにできるのは魔術的な警報装置を仕掛けてデイロスの西岸でウェイデルの到着を待つ事だけだった。

 小さな天幕を(のぞ)き込んだライガは手をつけられていない二つ(ふたつ)の雑炊の器に目を留めて表情を(かげ)らせた。

「また、ほとんど食べていないじゃないか」

 十二歳くらいの少女が(むしろ)の上に力無く座ったまま無表情にライガを見あげた。くたびれた月香祭の巫女の衣装をまとい、乱れるにまかせた淡い金色の髪がゆらゆらした動きに合わせて揺れる。

 同じような状態の隣の少女は膝を抱えこんだまま顔をあげる事さえしなかった。

 ひざまづいたライガは少女達を元気づけようと、やさしく手をのばす。が、うつむいたままの少女の銀の髪に指先がふれた瞬間、何かを思い出したようにハッとして手を止めた。

「食欲がなくても食べておくんだ。でないとザインに無理矢理食べさせられるぞ」

 戻した手を握りしめて少女達から顔をそむけると無感情な声で言い放って立ちあがる。

 そして……それは突然ライガの内奥に響いてきた。

 ウェイデル ――

 ヴェインでシャイアにウェイデルの居場所がわからないと言ったのは嘘ではない。が、お互いの肉体的な距離が縮まったせいか、近くに彼がいるのが感じられた。昔のようにすべてを共有する半身としてではなく、異質な、だが心惹かれる存在として。

 ウェイデルもライガの気配を察したようだ。わずかだが彼の動揺が伝わってくる。警報はまだ発されていなかったが、ザインが彼の存在に気づくまで長くはかからないだろう。




「シェヴィン……」

 緊迫感をはらんだウェイデルの声が低く響いた。

「ライガが連れ去られた女の子のうち二人を返すと言ってきた」

「どういう事だ?」

 足に()いている板のせいで簡単にウェイデルと正対できないシェヴィンは相手の表情がよく見えない事に苛立(いらだ)ち、ひどくもどかしげだ。

「俺と交替させるって事らしい。いい機会だ。俺はこのままライガといっしょにヴェインとかいう所へ乗り込むから、シェヴはその女の子達を連れて村へ帰ってくれないか?」

「なっ……馬鹿な事言ってんじゃねーよっ!」

「そう言うと思った」

 ウェイデルはフッとひとつ息を吐いてから呟いた。

「ったり前だろ? そんな話に乗ったらおしまいだって事くらいアンタにだってわかるハズだぜ。それにオレはアシェを取り戻すまでは何があったって帰らないからな!」

「だが、まともに動く事ができない俺達と違ってあっちには空を飛ぶ魔物がいる」

「そんなの、オレが射落としてやるさ」

 言いながら何か起こった時すぐ使えるようにと弦を張って背負っていた弓を手にし、矢筒から二本の矢を引き抜く。

「待てよ! それより、連中に向こう岸まで運んでもらった方が楽じゃないか?」

「なんだって?」

「ライガは俺を殺したい訳じゃない、話をしたがってるだけだ。むこうが何かに対して俺の同意を得たいと思っているんなら、俺の連れにも手を出したりはしないだろう」

「だから取り引きに応じるフリをしてあっちへ渡っちまおうってのか?

 つまり、オレにこないだアシェをさらっていったような気味の悪い魔物の背中に乗れって?」

「それとも魔物を倒しながら、あと二千だか三千ヴァズマールだか板をひきずって歩くか?」

「う……」

 ウェイデルはシェヴィンのうめき声とそれに続く沈黙を同意の印ととった。

 腰に巻いている縄をたぐって後ろに()いていた葦舟(あしぶね)を引き寄せてから、再びシェヴィンに声をかける。どうやらその間にもライガと話をしていたようだが。

「頼みがある……」

「何があってもライガには手を出すな、とかいうんだったらお断りだぜ。オレはアシェを助ける為に必要だと思ったらたとえアンタの兄弟相手でもためらわずに弓をひくからな」

 きつい言葉とは裏腹に、シェヴィンの表情はウェイデルに対する気遣(きづか)いからくる苦悩にあふれていた。

 ウェイデルもそんなシェヴィンの心情を察して厳しい顔つきで(うなづ)く。

「わかった。……でもひとつ、どうしてもやってもらいたい事がある」




『ライガ様』

 ザインの心話が届いた。彼らの頭の中に待ちわびていた警報が鳴り響いている。

『わかっている……』

 頭をさげて天幕の低い出入り口をくぐったライガは、サッシュにたばさんだ笛を無意識に握りしめているザインの後ろ姿を見て、多分いつも通り眉ひとつ動かしていないだろうこの男も少しは緊張しているらしいと感じた。

「ウェイデルが(こた)えた」

 ザインはライガとウェイデルの会話に波長を合わせて聞き耳をたてる事ができないのを不快に感じていたが、彼らの共感が普通の心話と違う以上どうしようもない。

 所在なく突っ立ったまま視界のきかない草の原を(にら)むように見渡していると、傍に控えていた妖魔共が飛び立った。肉声か心話によって命令が下されたのだろうが、どちらであったとしてもそれを聞き逃してしまったらしい。自分はそんなにぼんやりしていただろうかと(いぶか)りながら振り返った。

「今ウェイデルを迎えにやった。素直にヴェインまで来てくれるとは思えないが、とにかく話し合いに応じるそうだ」

 ライガはザインが近づいてくるのを見て手短に状況を説明する。

「あちらがどのような心づもりでいらっしゃっても構わないでしょう。どのみち来ていただく事になるのですから」

 灰色の髪が落とす影の中で緑の瞳が冷たくきらめいた。


※筵(()(わら)・竹・(がま)などの植物を編んでつくった敷物)

※1ヴァズマール(約1.5メートル)

作中の暦や度量衡に興味を持ってくださった方は「ウェリアと呼ばれる世界」というタイトルの短編扱いで投稿していますので、そちらをご覧ください。


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