17 デイロスの大蛇 2
月見月 十九夜
頭上にはびっしりと葉をつけた枝が生い茂り、昼間だというのに薄暗い。獣道をたどり、深く積もった朽ち葉の下に隠れた木の根や岩の露頭を避けながら馬を進めていく。東へ……。
「何してる?」
振り返ったレヴァインはフェヴェーラの様子を見て不安になった。彼女の魔法は宝物庫からくすねてきた鍵付きの首環で封じられているはずだというのに目を閉じて何かに意識を集中しているような感じだ。
「私はもうクタクタなのよ」
レヴァインが綱を牽いている馬の上で目を開いたフェヴェーラの顔は心労と連日の強行軍にやつれている。二本のおさげに編んだ長い髪も埃にまみれ、ほつれたままになっていた。
薬を使ってフェヴェーラの意識を奪い、馬の背に縛りつけてヴェインを脱出してから既に七夜。初めは抵抗しようとしたフェヴェーラも魔法が使えず、かよわい女の身であればとりあえずは彼らに従うしかないと男物の衣服を身につけて黙々と馬を進めていたのだった。
「居眠りして馬から転げ落ちないようにするだけでどれだけ大変な思いをしているかわかってもらえるかしら? たとえ魔法が封じられていてもこういう時に連祷を唱えるのはそれなりに役に立つものよ」
フンと鼻を鳴らしたレヴァインもフェヴェーラよりマシな様子をしているとは言い難い。
馬が通れる道を切り開く為に再々鉈を振るい、一度など泥沼に丸木橋を渡す事までせねばならないような道行きに疲れ切り、髭をあたるどころか顔を洗うゆとりさえない有様で、それはもう一人の連れ、剣闘士型とでも言うようながっしりした体格のディードでさえ同じだった。
魔法のひとつも使えれば少しは楽になるのだろうが、ヴェインの祭司達に居場所を探知されないよう身につけている首環……鍵はかかっていないがフェヴェーラがはめられているのと同じ物、身につけている物の魔力を封じると同時に魔法による視覚から使用者を隠す働きを持つ……のせいでそれも出来ない。
「デイロスさえ越えれば少しはゆっくりさせてやるさ」
「無駄よ。デイロスを越えたからって追跡の手がゆるむ訳がないわ。あなたが身ひとつで逃げ出したのならともかく、混沌の書の写本まで持ち出したからには、シャイア様はどんな事をしてでも私達を見つけだそうとなさるでしょう。
それに……」
「おまえを連れ出したからにはライガも黙っていない、とでも言いたいのか?」
フェヴェーラの表情がこわばった。
それを見たレヴァインが皮肉な笑みに口元をゆがめる。今までフェヴェーラを不安がらせるのが面白くてたまらないといった様子で彼女が何を言っても歯牙にもかけなかったのだが、レヴァイン自身だんまりを続けるのに飽きたのか、突然舌の回りが良くなったようだ。
「まったくおめでたい連中だ。総領に命じられたら<はい、わかりました>と恋愛ごっこだ。俺はそんなものが愛だなんて認めない! 反吐が出るぜ」
「あなたに認めてもらおうなんて思わないわ!」
フェヴェーラはレヴァインを見下すように顎をそびやかした。
「フン……本当にむかつく女だ。俺がなぜおまえを連れてきたかわかるか? どこかに売り飛ばしてやる為さ。おまえが汚され、屈辱にのたうち回り、身も心もボロボロにされるのを見る為だ。
そいつをライガに見せてやれないのが残念だが……。ああ、その前におまえに好きにさせてやるって約束したよなディード」
先頭を進んでいたディードが振り返ったのにうなづいてみせる。野卑な笑いがディードの顔いっぱいにひろがった。
「どうして……」
ヴェインでのレヴァインは常に不満に満ちた眼と皮肉にゆがんだ口元をしていたとはいえ、誰にもこんなむき出しの憎悪を投げつけたりはしなかった。
嫌われているのはわかっていたが、まさかそこまで……。
「いちいち理由を数えあげてやらなきゃならないのか、お偉い巫女さん? なんで俺がそんな手間をかけてやらなきゃならない? おまえには一生わからないだろうよ。ずっと悩み続ければいい。<レヴァインは……兄さんはどうしてこんなひどい仕打ちをする程、私を憎んでいたのかしら?>ってな。
それに<どうしてライガは私を助けに来てくれないの? 私を愛しているなら何を差し置いても来てくれるはずなのに>か?」
「ライガ様は……」
「ライガ様は……なんだ?」
何かに締めつけられているような胸に無理矢理息を吸い込んで答える。
「ライガ様には果たさねばならない義務がおありになるのよ」
「いかにもその通りだろうよ。所詮奴はシャイアとザインの操り人形。おまえなんかの為にヴェインを飛び出して来たりはしないのさ。
今頃はレイリアあたりとよろしくやってるんじゃないか? ザインは大儀の為なら自分の妻くらい喜んで差し出すだろうしな」
レイリアという名が一瞬レヴァインの表情を翳らせた。だが思ってもみなかった可能性を指摘されて動揺を示したフェヴェーラはそれに気づかない。
(レイリアをライガ様に……。あり得る……いえ、当然そうするはずだわ)
レイリアは……、ライガは……、それをどう思うのだろう?
初めは二人とも戸惑うだろう。それでもとにかくライガはレイリアをやさしく扱うはずだ。まるで壊れ物に触れるように、初めてフェヴェーラと接した時のように。
そして元々レイリアは自らの意志で夫を選んだ訳ではない。彼女もあの不可解でいかにも冷たい雰囲気のザインよりライガに惹かれていくのではないだろうか?
(何を考えているの、私は……?)
フェヴェーラはライガに仕える者であり、彼の監視役、それだけだ。
ライガが彼女を傍においていたのは、そうしなければならなかったからだし、孤独感を埋めてくれる相手が欲しかったからだ。それがフェヴェーラでなくてもきっと受け入れられていただろう。
「どうした? ひどく考え込んでるじゃないか? そんなにあの男を取られるのが悔しいか?」
「馬鹿な事言わないで!」
「そんな怖い顔して怒るなよ。うれしくなるじゃないか」
レヴァインのにやにや笑いがフェヴェーラの苛立ちを募らせた。なぜ、自分はこんなにも苦しい思いをしているのだろう?
空を飛ぶ鷲獅子の背にまたがったライガはレイリアに教えられた呪物のかすかな反応を感じて心の視線を向け、素早くその辺りを走査した。禁呪の首環をつけている三人を直接遠視する訳にはいかないが、彼らがどんな地形の場所を進んでいるのか知るのは役に立つかもしれない。
が、近くにザインがいるせいで、それ以上の事はできなかった。本当はそんな風に魔力を使う事さえ危険なのだ。すぐにも鷲獅子を方向転換させてフェヴェーラがいるはずのその場所へ飛んでいきたいという思いを、他人の心の動きに敏感なザインに気づかれないように抑えるだけで大変な努力を要したのだから。
フェヴェーラ達は既に樹海の端、デイロスの大蛇にたどり着こうとしていた。
『ここで待ちましょう』
ザインの心話が届き、ライガは自分のとザインが乗っている鷲獅子とを着地させる。例の呪物の反応がある場所からさして遠くない場所に。
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