16 デイロスの大蛇 1
月見月 十六夜
「……でも、それじゃフェヴェーラはどうなるの? あの子は心からライガ様を慕っているのよ。
ライガ様にだってあの子が必要だわ」
珍しくレイリアがわずかに声の調子をあげた。あくまでもわずかに、であってこの娘が金切り声を張りあげるなど想像もできんな、と埒もない事を考えながらバラドが答える。
「仕方あるまい。私とてこんな事態になるとは夢想もしなかったのだ」
レイリアとバラドの手を貸りたレヴァインは首尾良くヴェインを逃げ出しただけでなく、フェヴェーラをさらっていってしまった。
レイリアはその事態に責任を感じてはいたが、どう対処していいかわからなかった……いや、今までだって物事に対処する方法がわかっていた事などない。彼女はただ人を傷つけぬよう、自分が傷つかぬよう流されて生きてきただけだ。
ただ一度、思い切って自分で判断し、行動した結果がこれだとは……。
でも、そう、自分のやってしまった事の責任はとらなければ。あるいはやってこなかった事の。
そんな思いがレイリアに、シャイアに命じられた通りレヴァインを探索するふりをしながら偽の痕跡を残し、捜索隊を間違った方角へ導く事しかしようとしないバラドに詰問させたのだった。
「仕方ない? お父様はそれで済ませておしまいになるおつもりなの?」
「ではおまえは私にどうしろと言うのだ? レヴァインの痕跡を隠したままフェヴェーラだけを連れ戻せるのなら私だってとっくにそうしている。
総領様の目は節穴ではない。フェヴェーラを連れ戻す事は即ちレヴァインに死をもたらす。
そしておそらくは……私とおまえの死をも」
「ライガ様の……」
弱々しくかすれた呟き。
一旦言葉を切り、あえぐように息を吸い込んだレイリアは腰の前でギュッと両手を組み合わせて震えを帯びた、それでもさっきよりはしっかりとした声音で父親に話しかけた。
「ライガ様のお力ならきっと……」
「ライガの力だと?」
ぽってりした眠たげなまぶたの奥でバラドの青い瞳がギラリと光る。
「レイリア、おまえはまさか……」
いつもの温顔が嘘のように恐ろしげな表情を浮かべて迫ってきた。
「お話ししたわ、ライガ様に。私とお父様のした事を」
レイリアの頬でバラドの平手が音をたてる。
「馬鹿なことを!」
「いいえ……」
頬を押さえたレイリアが目に涙を浮かべ、それでもバラドの顔から視線をそらさずに言い募った。
「いいえ、馬鹿な事とは思いません。そうしなければレヴァインが持っている呪物の事を説明できなかったし、あの事を知らせなければライガ様がフェヴェーラの居場所を知る事はできない。
三人で力を合わせれば……」
それがしてしまった事を後悔するようにチラリと右手を見、腰の後ろにまわして左手で右手首をつかんだバラドは苛立たしげに左右に行ったり来たりした。
「ライガはレヴァインを好いてはおらん。私の事もだ」
「だから二人が殺されてもライガ様は平気だとおっしゃるの?
この私が殺されても?
ご自分のせいでフェヴェーラの父親と姉と兄がみんな殺されてしまっても?」
「それは……」
レイリアの言う通りだろう。
基本的にライガは生物の、特に人間の死を好まない。まして自分のせいでフェヴェーラの身内……たとえ肉親らしいあたたかい感情で結ばれてはいないとしても……が死ぬなど、考えたくもないはずだ。
「私がお話ししたのは三夜前。でもあの方はまだフェヴェーラを追って飛び出していかれていないし、私達もこうして自由にふるまっている。
ライガ様はとてもやさしいお方。ちゃんと私達の事を考えてくださっているのよ」
レイリアの瞳はその表面に映しているものを見てはいない。
バラドは彼の二人の娘をこうまで惹きつけるライガという男に嫉妬を覚えている自分に気づいた。
いや、彼が嫉妬しているのは娘を奪われた父親としてだけではない。ライガの強大な魔力、総領シャイアをあれ程に固執させる力に対してずっと嫉妬し続けてきたのではなかったか。
だが、思案気バラドが口にしたのはこれだけだった。
「しかし、おまえも言ったようにあの男はフェヴェーラを必要としているのだ。……何物にも代え難い程に」
「やはりウェイデルが応える気にならぬ限り居場所はわからぬ、と言うのじゃな?」
レイリアとバラドが壁の耳を恐れながら話し合っていたと同じ頃、座したシャイアと向かい合い、一段低い床に立っているライガが眼を伏せる。
「残念ながら」
「儂にはそなたが残念がっておるように見えんのじゃがな」
「……」
シャイアは黙したままのライガをしばらく見つめてから語をついだ。
「まあよい。……それにフェヴェーラの事を気にするなと言うても無理じゃろう」
いつもの位置……シャイアの左……に影のようにたたずむザインが口を開く。
「月香樹の村を探らせた者によれば、ウェイデル様は村の若者と西へ向けて旅立ったという事です。ライガ様のお言葉が伝わったのは間違いないでしょう」
「ライガの考えた通りヴェインで迎え入れればたやすいが……」
「大祭まで夜がありません。
ウェイデル様が何らかの魔法的な移動手段を持っているのでない限り、順調にいってもここへ着かれるのはその間際になるでしょう。
私としてはあの二人が出来うる限りまっすぐ西に向かったと仮定してデイロスに罠を張りたいですね」
「私がウェイに西へとしか言わなかったからか?」
「それもあります。が、実際ヴェインは月香樹の村の真西にあたり、あなたはご兄弟と違ってご自分の位置を隠そうとはしておられない。むしろ積極的に呼びかけておられるはず」
「だから少なくとも私のいる方向を感じたウェイデルは連れ去られた娘達の身を案じて最短距離を行こうとするだろうな」
「そういう事です」
ザインの唇に薄い笑みが浮かんだ。
「バラド殿と祭司達がレヴァイン一行の捜索にあたっておられるので、またライガ様に労を執っていただかねばなりませんが」
「その捜索の件なのですが……」
ライガに皆まで言わせずシャイアはピシリと言い放つ。
「そなたは関わらずともよい!」
「ですが……」
「そなたがウェイデルを連れ来たってもまだ見つかっておらぬようなら、捜索に加わるがよかろう。それまではザインと行動を共にし、己の義務の遂行に全力を傾けるがいい」
「……おおせの通りに」
ライガはその長身を深く折って礼をし、鋭い光を放つ二組の瞳から面をそらせたまま素早く退出した。
少しでもこの作品に好感を持っていただけたら、下の★をクリックしていただけると嬉しいです。
感想大歓迎。
今日は夜までたくさん更新します。




