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13  月香祭 1

月見月(つきみつき の) 十四夜


 ウェイデルとの接触を果たせず、フェヴェーラも見つけられぬまま、その夜はやってきた。

 ヴェインの守りに不可欠な者を除いて、バラドをはじめとする祭司達がレヴァイン一行の捜索にあたっている為、それはザインとライガの二人だけで行われる事となった。

 ゆえに二人は決行に先立って近隣の集落からさらってきていた幼児達を祭壇に捧げ、魔界と呼ばれる異界から魔力を引き出した。しばらくはフェヴェーラの事もウェイデルの事も忘れ、これから行う大仕事に集中せねばならない。

「噂以上に盛大な祭のようだな」

 ライガは行き交う人々の多さ、にぎやかさ、そして、雑多な雰囲気に少しばかりたじろぎながら立ち止まり、連れを見やる。 

気圧(けお)される、とでも?」

 ザインは左手で灰緑のサッシュに差した、いつも手放さぬ銀色の横笛をなでながら応えた。

「そうだ、と言ったら私をお払い箱にして他の者にやらせてくれるのか?」

「ライガ様の代わりの務まる者などおりません。あなたは(たぐ)(まれ)なお方です」

 さりげなく周囲に気を配りながら、いかな大根役者でもこれほど見事な棒読みは出来まいというくらい淡々と支持を表明する。

「熱烈な信頼に感謝するよ。……その言葉が真実(ほんとう)ならいいんだが」

 嘆息(たんそく)混じりに(つぶや)いて再び歩き始めた。

 日の高いうちに先夜目をつけておいた箇所に幾つか魔術を助ける仕掛けを施し、ザインの演奏に適した場所を確保しなければならない。

 セグラーナの神通力(ちから)が最高に達する夜、それは体力に限りのある人間でしかない巫女を通じて女神の恵みが多くの者に与えられ、巫女の力が最も弱まる夜でもある。




 村のそこここで魔除けの力を持つとされる月香樹(げっこうじゅ)の香が煙る。

 ズラリと並んだ露店。

 生成の麻布や木の器、鍋釜などの日用品や地元産の乾果、クルミといった物から、遠く 《 星の淡海(あわみ) 》 の岸辺から運ばれてきた蜘蛛の糸で編まれた薄いレース、パルフェンの香料、バラの花びらのようなシャンの石鹸、オルルイの香油、鉄床山(かなとこやま)の刃物、エンラッドの青い陶器、そして 《 海の帝国 》 の真珠や珊瑚まで、あらゆる種類の品を(あきな)う商人達。

 月香樹(げっこうじゅ)の村の人々は一目でそれとわかる伝統衣装に身を包み、客人(まれびと)達も華やかな衣装をまとって、店をひやかし、値段を交渉し、賞品付きの遊技に興じる。

 今宵は月香祭。おそらくは西域で最大の祭の夜だ。

 西域奥地のこととて、普段は自衛の為に他村の人間を寄せつけない月香樹の村が開放され、神殿や寄り合い所、各家々の納屋や家畜小屋までもが旅人に(のき)を貸し、村を囲んだ月香樹の林には、そこここに開けた空き地のすべてに大小色とりどりの天幕が立ち並んでいる。

 人いきれ。

 重なり合い、意味を失った言葉が蜂の羽音のようにウェイデルを包み、流れ去り、取り囲む。

 ふうっ、とひとつ溜め息をついたウェイデルの瞳に、西空で太陽が(あかね)裳裾(もすそ)を拡げ、切れ切れに浮かぶ雲の下面を鬱金(うこん)に、中空を紫に、そして夕べの星のまたたき始めた東の空を藍色へと染めていくのが映った。

 まもなく日が完全に沈み、新しい夜、月見月の十五夜が始まる。

「なんて表情(かお)してる?」

 肩を叩かれて気づくと、晴れ着を着たシェヴィン。白繻子(しろじゅす)襞襟(ひだえり)チュニックに明るい緑のサッシュとケープ。弓張月と満月を模した二連の銀のペンダント。細長い月香樹の葉を編んだ銀緑の冠が銀の髪に映え、(いく)つもの腕輪が音をたてる。

「どうせ俺はおまえほどイイ男じゃないからな」

「何言ってやがる。せっかくの色男もそんな仏頂面(ぶっちょうづら)じゃ台無(だいな)しだって言ってんだよ。溜め息なんかついちまって。

 どうしたんだ?」

「いや、なんて言うのか、ちょっと……」

 言葉を探してためらう。

「また片割れの事かい?」

 シェヴィンの瞳に見あげられていると、なんでも理解してもらえそうな気になってくるから不思議だ。

「おかしな感じなんだ。<声>が聞こえているわけでもないのにすぐ近くにいるような。なんだかひどく落ち着かない」

 シェヴィンは困ったもんだというように軽く肩をすくめた。

「アンタが近くにいるって思うんなら近くにいるんだよ。だけど、定められた時期ってのがあってその時がくれば自然と逢えるし、そうでなきゃいくらジタバタしたって逢えないのさ」

「予言者みたいな事を言うんだな」

「アシェが言ってたセグラーナのお告げは<運命と出会う為、東から大きな力がやってくる>だったろ? きっとアンタとライガの事さ、オレはそうだと思う。

 だから、さ、そんな風に独りでうだうだ考え込むのはやめろよ」

 シェヴィンはウェイデルの背中をどやして、周りを指し示した。

「見ろよ、みんな楽しそうだぜ。大体、祭の夜だってのにその格好はなんだ?」

 ウェイデルは防具を外しただけのいつもの旅装束のまま。村に着いて以来シェヴィンの家にやっかいになり、彼の母親がなにくれと世話をやいてくれるおかげで、きれいに洗濯され、香料の香りさえしてはいたが。

「華やかな服なんて持ってない。それに……」

「お袋やアシェが用意した服を断ったんだろ? ちょっとは女共の楽しみにつき合ってやってもいいのに。

 それに、その剣……。いくら大事な物だからって、それはないぜ。背中にしょってるのがなんだってんで、いつものヤツと取り替えたんだろ? だったら、柄に巻いてる汚い布を外せよ。せっかくの細工がもったいないじゃないか?」

 言いながら柄に手を伸ばそうとして、ウェイデルに手首をつかまれた。

「説明が足りなかったかもしれないが、これは本当に特別な剣なんだ。見せびらかすような物じゃない」

「わかったよ。悪かった、つまらない事を言って」

 シェヴィンは決まり悪そうに頭をかく。

「祭だからって浮かれ気分にならなきゃいけない訳じゃないよな? でもさ、少しは楽しいフリをしてみろよ。やってる間にフリじゃなくなるかもしれないぜ?」

 言って、今度はシェヴィンがウェイデルの手首をつかんで、引っ張りだした。

「シェヴ……?」

「早く行かないと、いい場所がなくなっちまう。今夜はアシェの舞があるんだ。兄貴のオレが言うのもなんだけど、一見の価値あり、だぜ」


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