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10  謀(はかりごと)

紅星(こうせい の)五年 月見月(つきみつき の) 十一夜


 瑠璃(るり)色の瞳。腰まで届くまっすぐな暗い金色の髪。

 鎖骨のくぼみが(のぞ)くピッタリした深緑のドレスに身を包んだレイリアは、小さいが形の良い胸や腰のくびれかたまで腹違いの妹によく似ていた。妹と同じように装身具はつけず、少女のような声で話す。

 違いと言えば、そのおどおどと落ち着かなげな視線。まるでそうする事を(とが)められるのを(おそ)れるかのように遠慮がちにこぼれる笑み。年齢とは逆にフェヴェーラの方がしっかりと落ち着いた雰囲気を持っている。

 部屋の入り口でライガを出迎えた彼女はいつものように世間話ひとつするでなく、まっすぐに奥の続き間にいる(ザイン)の所へ案内し、扉代わりの掛け布をあげた。

「これは祭司長殿、わざわざご足労頂いて恐縮です」

 いつもながらの慇懃(いんぎん)挨拶(あいさつ)。口元にはかすかな歓迎の笑みさえ浮かべているが、この男の瞳は何も語りはしない。

 ライガは反射的にその緑の光から眼を()らし、勧められるまま斜めになった背に大きなクッションをあてがった(やなぎ)細工の肘掛け椅子にかける。

 落ち着いた色の掛け布と絨毯(じゅうたん)(おお)われた室内には眠気をもよおすような甘い香りの香が()かれ、低い天井からぼんやりとした光を放つコケの他は、ライガの脇の小卓に置かれた芯を短く切った蝋燭(ろうそく)の小さな明かりがあるだけだった。

「まずは一杯いかがですか?」

 ザインが手で小卓に置かれていた緑の(びん)を示すと、戸口でたたずんでいたレイリアが無言のまま進み出、時を()て黒ずんだ獣の形をした銀製の栓を開ける。年代物の硝子の杯に血の色をした酒が注がれた。

 瓶を戻したレイリアは軽く会釈をして、そっと後ろへ引き下がる。

 ザインは立ったまま気取った乾杯の仕草をし、芳醇(ほうじゅん)だが独特の渋みを持つその酒に口をつけた。

「ところでウェイデル様の件ですが、まだ成果はあがりませんか?」

 ライガにおおいかぶさるようにして()く。

 ザインのこの癖が嫌で、次回こそ勧められる椅子を断ろうと思うのだが毎回それができずにいる自分が腹立たしい。

 どうもこの男は苦手だ。

 ライガの方が年下だが、建前上とはいえ祭司長という地位はヴェインの民の指導者である総領シャイアの次席である。昔はザインから魔術の指導を受けもしたが、学ぶべき技倆(ぎりょう)のすべてを身につけた今のライガが遠慮する(いわ)れはどこにもないというのに。

「残念ながら。力が増幅されるかと祭殿でもやってみたんだが」

 ライガは酒の赤い色を見つめ、その(おもて)に恐怖に見開かれた青い瞳を見たような気がして一瞬顔をしかめる。杯を取り、一息に飲み干した。

「用というのはその事なのか?」

「いいえ。まもなく行われる祭りの贄の件なのですが……」

 ザインはライガの顔と、その手の中の杯とを等分に見やりながら酒を注ぐ。

「シャイア様が特別の贄をお望みです。ついてはライガ様のお力をお貸し願えないかと……」

「それはまた……」

 ライガは片方の眉をあげて驚きを示した。

「余程の獲物なんだろうな? 貴様の手には負えない、と?」

「素早く、確実にやりたいのですよ。<翼あるもの>のいくたりかを使役(しえき)していただければ、と」

「それは構わないが。しかし、知っての通りあの者共は利口とは言い難い。何が起こるかわからない状況になるとすれば、私も出向かない訳にはいかないだろう」

「そう願えれば。祭司長殿がヴェインを留守にするなどかつてなかった事ですが、なんとしても、こたびの贄を手に入れたいのです。シャイア様の許可はいただいてあります」

「いつもながら早手回しな事だ」

 その目的やザインの意図とは関わりなく、ライガは胸が躍るような興奮を覚えた。

 ()して見栄えのいい連中とは言い難いが、翼あるものの背に乗って空を駆ける、という考えに()かれたのだ。思わず、普段は避けたがっているザインの双眼を正面から見つめてしまう。

「それで、標的というのは?」

「きっと、あなたも驚かれるでしょう。そのような娘が存在するのを知れば」

 なぜかライガは背筋がゾクリとするのを感じた。




「で、奴はそれを承知したのか?」

 レヴァインがレイリアを連れ込んだのはザインの居室からほど遠からぬ小部屋。普段は使われていないその部屋は手入れが悪いせいで外光を取り入れる魔法がきれ、コケの光もまばらで、薄暗いヴェインの中でも特に暗く、湿っぽい。

「ええ。あの方もいっしょに行かれるそうよ」

「婆さんがそれを許したのか?」

 レヴァインの声には明らかに驚きが込められている。

「やめて、レヴ。シャイア様の事をそんな風に言うなんて」

「フン! 相変わらずだな。どうしておまえはそういつもビクついてるんだ? いくらあの婆さんが地獄耳だからって、聞こえやしないさ」

「そういう事ではなくって……」

 レイリアはうつむいて黙ってしまう。レヴァインはハッと息をひとつ吐くとレイリアの肩を抱き寄せ、髪をなでてやった。

「総領だかなんだか知らないが、俺達のひいばあさんだって事にかわりはないだろうが。いくらなんでも、可愛いひ孫娘を祭壇に捧げるような真似はしないだろうさ。

 もっとも、不浄(ふじょう)な血が流れるこの俺になら何をするかわからんがな」

「レヴァイン……」

 レイリアの肩が震え、レヴァインは余計な事を言ってしまったのを悔やんだ。

「悪かった。頼むから怖がるのをやめて、俺に奴らが何を話していたのか教えてくれないか?

 知っての通り、俺は婆さんに目の(かたき)にされているうえに大した魔法も使えない。お袋はここの暮らしに馴染めなくて、俺が物心つく前に死んじまったし……。

 このヴェインで俺の相手をしてくれるのはおまえと親父だけだ」

「そんな事はないわ。母だって……」

「キャナリーは義務として俺を育ててくれただけだ。良くしてくれたとは思うけどな。

 なあ、別に悪い事をしようって訳じゃない。俺は奴らの鼻をあかしてやりたいだけなんだ。

 なんでもいい、例えば、そう、奴らが狙ってる生け贄を先に捕まえてくるとか……例の、ウェイデルってのを引っ張ってくるとか」

「そんな勝手な事をしたら……」

愉快(ゆかい)じゃないか? やっかい者のレヴァインがあのザインや祭司長殿の鼻先から獲物をかっさらってくる。……その時の奴らの表情(かお)が拝めるなら命をかける値打ちがあるってもんだ」

「レヴ、レヴ、お願い……」

「そう心配するなって。大丈夫だ、失敗したっておまえにお(とが)めはないさ。俺が話さなきゃ、おまえがこの件に関わってるなんてわかりゃしない」

「私が心配してるのはあなたの事よ。それに、あなたはあの人の恐ろしさを知らないんだわ」

「恐ろしい、だって?」

 レヴァインは苦々しげに顔をしかめ、吐き捨てるように言う。

「あの人ってのは誰の事だ? おまえの妹が仕える祭司長様か? おまえのひいばあさんか? それとも、おまえの愛する夫、ザインその人か?

  いやいや、そうじゃない。きっとおまえはあの人達、と言おうとして言い(そこ)なったんだ。おまえは恐ろしい奴らばかりに囲まれて暮らしてるんだ。

 いい加減に気がつけよ。奴らの言いなりになってるだけじゃ、ダメなんだ。少なくとも、俺はごめんだ。俺はこんな所にいるのは真っ平(まっぴら)だ。

 だが、奴らはここに馴染(なじ)めない者をただ出て行かせる事もしやしない。ヴェインは秘密の場所だからな」

「痛い……」

 知らず、レイリアの肩をきつくつかんでいた。

「いいか、よく聞け。奴らの頭の中には 《 混沌の書 》 の教えを守る事しかないんだ。ミトラって、混沌の王子だかなんだかがやろうとしていたように混沌への扉を開いたら、この世界(ウェリア)がどうなるかだって、わかっちゃいないっていうのに、だぜ。

 昔の祭司の中には、混沌の書に書いてある事は大嘘で、俺達はすべてを手に入れるんじゃなく、そのまま世界(ウェリア)がぶっ壊れてみんな死んじまうって言ってた奴だっているって話じゃないか」

「本当……なの?」

「ああ。そいつはその考えといっしょに闇へ葬られたんだが、親父はどうやってかそういう記録を引っ張り出してきたらしい。親父はもちろん、ちゃんと婆さんに伝えたさ。だけど、すんでの所で親父が始末されちまうところだったらしいぜ。

 な、奴らは俺達がどうなるかなんて知ったこっちゃないのさ。

 だから、俺達は俺達で考えなきゃならない。どうすればおまえみたいにビクビクと(ちぢ)こまって生きていなくていいか? どうすれば生きたいように生きられるのか?

 今までのままじゃ、ダメだ。シャイアのやり方じゃ、ダメなんだよ」

「わかったから……放して」

 ようやくレヴァインはレイリアの顔が苦痛にゆがみ、自分の指が彼女の白い肩に赤黒い(あと)を残してしまったのに気づいた。

「悪かった。つい……」

「大丈夫よ。後で治療師(ラギ)の所へ行くわ。彼女なら、半夜もたたずに(あざ)が消えるようにしてくれるでしょう」

 レヴァインはレイリアから顔をそむけ、横目で彼女を見やった。

「ちゃんと口止めしておけよ。ザインに問い(ただ)されるとマズイ」

 その内容とは裏腹にレイリアはレヴァインの口調に謝罪の意をくみとれた。だから彼女も自分の言葉にふたつの意味を持たせたつもりだ。

「わかってる」

 そっと、レヴァインの腕に触れる。

「でも、レヴ……」

「なんだ?」

「ヴェインを変える事なら、お父様がやろうとなさっているわ。何もあなたが無茶をしなくても……」

「フン……」

 レヴァインはレイリアの意見をせせら笑うように鼻を鳴らしたが、その表情には複雑な感情が表れている。

「親父はただ、婆さんが死ぬのを待ってるのさ。そうなりゃザインやライガを抑えてやりたいようにできると思ってるんだ。

 だけどあの婆さん、あと百年だって生きそうじゃないか。それに、親父だって俺のやりたいようにはやらせてくれないさ」

「お父様はあなたの事をちゃんと考えていらっしゃるわ」

「生け贄になるはずの女に手をつけて、自分の子を(はら)ませた男がか?」

「レヴァイン!」

 レヴァインは片腕で手近な壁に寄りかかると、溜め息をついて、額を腕に預けた。

「どうも……今夜はどうかしちまったらしい。おまえを傷つけてばかりだな。

 おまえに俺の気持ちをわかってくれとは言わない。ただ、頼む、協力してくれ」

「レヴ……。あなたにはヴェインは耐え難い地獄なのね。

 でも、シャイア様やザインと争うような事はやめて。本当に殺されてしまうわ。その代わり、あなたがここを出て行く為にならできる事はなんでもしてあげる」


蠟燭の芯を短くするのは節約の為です。ウェリアでは明かりは贅沢品なのです。


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