クソ男に振り回される日常
『明日、8時に駅前集合ね。遅れないでよー?』
昨日時宮と一緒に帰った時、成り行きでLINEを交換した。そこに書かれたメッセージ。
時宮はいつも車通学らしくて、時宮の家とも意外と近かったから、私の最寄り駅まで迎えに来てくれるみたい。
何で? って思ったけれど、
「友達と一緒に学校行くのって楽しいでしょ?」
とのこと。あいつは本当に、天性の人たらしだと思う。
さて。
……現在時刻午前8時25分。始業のベルは8時40分。
……いや、私は車で送ってもらう側ではあるんだけど、本当に、それにしてもじゃないかな?
「遅れそう?」 って連絡しても未読無視だし、電話にも出なかったし。
タチが悪いのは、私が先に行くと連絡を入れようにも、彼がそのメッセージを見ない可能性が高いところだ。
……一応あんな奴でも恩義は感じてるし、それに私だって、時宮と一緒に学校行きたいし……。
なのにこのザマ。あいつマジで何なの?
私が一緒に学校行きたいって言ってこれならまだ分かるよ? でもあいつから言っといてこれは流石にじゃない?
そんな事を考えていると、遠くから轟音が響き渡った。……車の音だ。
もしかしたら、と思い音のした方へ顔をやると、遠くからクラシックな高級車がこちらへ向かってきた。
……多分あれで間違いない。私のイライラがもうそろそろ限界を迎えるであろう一歩手前のタイミングで、車が来てくれた。
よく見ると、窓から誰かが顔を出している。
「ごめん遅れた〜」
時宮がニコニコしながら私に手を振っていた。
爽やかで、絵に描いたような笑顔。誰が見ても一目惚れするようなそんな表情で、手を振っていた。
私はこいつをぶん殴りたくなった。
◇
起きたら8時だった。
いつものように姉2人と妹2人に起こされ、一緒に朝食を食べていたときに、そういえば今日伊吹と一緒に学校行くんだったと思い出した。昨日のことだから普通に忘れていた。
社会人で長女の彩芭姉さんが運転する車に5人で乗って、妹2人を小中学校に送った後、伊吹さんの最寄駅に向かわせる。
幸い、彩芭姉さんの仕事はもうちょっと後だし、次女の彩華姉さんも、今日は大学が全休?っていってなんか休みの日らしいから、あとは僕を送るだけ。
……ていうか大学って何か土日以外にも毎週休みあるような気がするんだけど気のせいじゃないよね?
「できれば急いで〜。できればでいいよ〜」
「あんたね、こういうことは前日に言いなさいよ。いつもみたいに8時に起こしちゃったじゃない。それに運転するの私なのよ? もっと申し訳なく思いなさいよ」
「ごめんってば」
はは、彩芭姉さん怒ってる。怖〜。まあ僕が悪いんだけど。
「まあまあ、いろねえ。こうくんも反省してるみたいだし、許してあげなよ」
「そうだそうだ!」
良く言った彩華姉さん!
「彩華ねぇ……。あんたがそうやって甘やかすからこうが調子に乗るのよ。ほんっと、こうは私が居ないと何も出来ないんだから……」
「怖いねぇ、こうくん」
「怖いよぉ、彩華姉さん」
まあさすがの僕もちょっとは悪いって思ってるから、今週の土日に埋め合わせする予定を立てた。2人きりでショッピングしろだってさ。
女の人の買い物って長いから気乗りしないんだけど、まあ今回だけは甘んじて受け入れよう。
「……それでもう一回確認なんだけど、そいつは彼女でも何でもないんだね?」
「ただの友達だよ。昨日知り合って、僕の傘下になってくれそうな子」
「うーん、女の友達っていうのがお姉ちゃんとしてはモヤモヤしちゃうけど……まぁ、こうくんがそういうなら。それに、こうくんの傘下になるならどの道私達とも顔合わせするだろうし」
さっきから姉妹全員彼女じゃないか気がかりっぽいけど、まあいいや。
みんな僕のこと大好きなブラコンなんだろうね。なら仕方ない。
ちなみに統治部のことは家族みんな知ってる。
母さんと父さん、彩芭姉さんは呆れてるけど、たまに手伝ってくれる。
彩華姉さんと妹2人は全面協力してくれてる。
いやあ、理解のある家族で素晴らしい。恵まれた家庭だ。
お、そろそろ駅につくな。伊吹は……多分あれかな? あれっぽい。
◇
「ねぇ、時宮。今は何時だと思う?」
「僕が起きたのが8時くらいだから……、8時10分とか?」
「8時半よ」
「あれ? そうなの?」
うわあ伊吹怒ってる。僕の姉さんが居るからブチギレてないだけで、多分これ相当キレてるなあ。
「……てか伊吹って普通に朝礼? みたいなの出るんじゃないの? 始業のベル間に合う? 大丈夫?」
「誰 の せ い だ と 思 っ て ん の」
「僕だね」
「ちょっとは反省しろ……!」
「ごめんってば」
みんな時間に縛られてて大変そうだね。僕みたいにもっと楽に生きればいいのに。
車の中でいっぱい話そうと思ってたんだけど、伊吹がプンスコしてるせいで、あんまり話は弾まなかった。
まあその原因作ったの僕だけど。
◇
「へぇ、始業って40分なんだ。ギリギリ間に合って良かったね」
「あんたのお姉さんに車飛ばしてもらって、私が全力ダッシュしてギリギリ門に入れたけど、教室では既に朝の会が始まってるだろうね」
「朝の会なんて別に聞かなくていいでしょ」
「あんたは! そうかも! しれないけど! 私は! 聞く! 人間なの!」
伊吹はまだツンケンしてるなあ。今日は活動もするから、今のうちに伊吹のご機嫌取りをしておかないと。
「なら、先生には僕から伝えておくから」
「そういうことじゃない」
あれ?違ってた?……ならこうかな。
僕は予備動作無しで、伊吹の顎を手に取り、伊吹の顔と僕の顔を近づける。
「ひゃぁっ!?」
「ごめんってば。これから気をつけるから許して」
「こんなんで……! 許してもらえるとっ……!」
「今日はメイクしてきたんだね」
「!!!!!!」
「とっても綺麗」
「……ぁりがとう、ござぃまひゅ……?」
……決まった。名付けて、無理やり話題を変えよう大作戦!
どうせ伊吹、いつ僕にメイクのこと聞かれるのかなってソワソワしてただろうから。僕も君も都合が良いこのベストなタイミングで言わせてもらったよ。
……さて、伊吹はなんかその場で棒立ちになってるし、僕はさっさと部室へ行きますかね……。