プロローグ クソ男との出会い2
僕の名は時宮 虹彩。クソカスである。
もしも人が、先程の一連の流れを見たのであれば、僕に対するイメージは 「あまりにもノンデリカシーだが、慧眼を持つ謎めいたイケメン」 となることだろう。
ここで、僕についてとても良くご存知な我が家の長女、時宮 彩芭さんに、僕に対するイメージを聞いてみました。
『ムカつくけど、絶世のイケメンであるのは間違いないわ。ノンデリカシーってのも正解』
『でもね、あいつは慧眼なんかもってない。稀代の詐欺師よあいつは。あいつはね、私が居ないと本当に何も出来ないんだから』
とのこと。というわけで、僕の先程までの行動の答え合わせをしていこう。
Q:なんで先生は敬語なの?
A:僕が敬語で喋ってと言ったから
先生が僕のことを好いている、という点は間違いではないし、先生が僕の傘下に加わっているというのも間違いではない。だが、普段僕と先生はタメ口で話す。
ならば何故伊吹さんの前では敬語だったか。
それは、伊吹さんに 「この人は何者なの……?」 と思ってもらうため。
ただ、先生の口で傘下と言うのは簡単だが、それでは効果が薄い。
敬語という間接的な表現によって、僕と先生の上下関係というものを、伊吹さんに強調させる。
だから予め、僕は先生に敬語で話してほしいと伝えておいた。それで敬語。それだけ。
Q:どうやって先生を傘下に加えたの?
A:僕が卒業したら結婚しようって言ってやった
僕はかっこいいからね。女相手なら大体これで何とかなる。社会人の彼氏無しなら尚更。
先生あれでも20代後半で彼氏も居なかったらしいからアホほど喜んでた。いやぁ、チョロい。
ちなみにだが、僕はこの言葉を別の傘下にも言っている。僕を信じた彼等彼女等が悪い。
Q:なんでひと目見ただけで伊吹さんの色々なことが分かったの?
A:先生に聞いたから
何で悩んでいるか、家族構成はどうとか、ここに来るまでの経緯はどうだとか、予めメッセージアプリで聞いたからだ。
先生は生徒の個人情報をある程度知っているからね。それも有効活用させてもらった。いやあ、ありがたい。お陰でミステリアスさを醸し出せたよ。
Q:来る前まで何読んでたの?
A:漫画
僕は小説が読めないんだ。活字は眠くなる。だから本のカバーをなんか賢そうな小説のものに取り替えただけで、中身はただの漫画。なろう系。
小説片手に夕日に照らされる僕。いやはや、絵になる。
Q:伊吹さんの外見からどんなことが分析できましたか?
A:さぁ?
まあ顔の素材は良かったのに芋かったから宝の持ち腐れとは思ったけど、親のくだりとかは完全に偏見。
先生から色んな情報送られた後に、他の部員に慧眼の原稿考えてもらって、それを音読しただけ。
あ、ほら、ポケットからカンペはみ出てる。僕の言ったことは8割くらいテキトーだと思ってもらって良い。
入念な計画を重ねに重ねてミステリアスな僕が生まれたわけだ。実際の僕はこんな感じ。
・左右の握力が《《合計》》30kgしかない
・何も無いところで転けそうになるくらい運動オンチ
・ガリガリ。小学生時代のあだ名は「ひのきのぼう」
・中学時代のテストの平均点は16点(副教科込み)
・高校受験ではカンニングとコネを使い、特進クラスに入る
・差別主義で、不謹慎なお笑いが大好き
・他人の不幸がフォアグラの味
・法を犯しても僕なら許されると割とマジで思ってる
などなど。枚挙にいとまがないのでこの辺でストップしておこう。
閑話休題。
伊吹さんがちょっとずつ自分の心の内を僕にぶつけだす。
僕はそれを見てすぐさまスマホで《《ある操作》》を行う。
「高校受験に失敗して、やりたかった事が殆ど出来なくなっちゃって。そんなことがあったからか、何かに興味を持っても、どうせ私なんて上手くいかないって思うようになって……」
「うんうん」
どうしようクソどうでもいい。興味無ぇー。
『へー。高校受験失敗したんだ。 僕は(カンニングで)大成功したけどねwwww』ぐらいの感想しかでねぇ。
ていうか僕不幸自慢嫌いなんだよね。なんかキモいから。
「父親は最初から私に期待してなかったっぽいからまだ良かったけど、母親が過干渉っていうか、教育ママで……」
「高校受験に失敗してから、ずっと愚痴をこぼすようになって、尚更私なんかって思うようになって……」
「そっか……」
それ先生から聞いたし言わなくて良いよ。時間の無駄。早送り早送り。10秒スキップ。
それから5分ほど、伊吹さんの話を聞いていた。いやあ長かった。体感30分。
あ、これだと誤解を招くな。僕は、伊吹さんの話を《《聞いていない》》。
本当に最初の一文くらいしか聞いていない。相槌もテキトー。
僕は人の話を聞くのが苦手でね。すぐに飽きちゃうんだ。途中からさっき読んだ漫画のこと考えてたし。
だから、言い直そう。僕の代わりに、《《僕の傘下に聞いてもらった》》。
さっき僕がスマホを操作していたのは、音声通話を起動させるため。この場に居ない僕の傘下が、リアルタイムで伊吹さんの話を僕の代わりに聞いてくれていたのだ。
そして、それに対するベストな返答を考えてもらい、カンペとして僕のスマホに送ってもらう。
後は僕がそのカンペをそれっぽく読み上げれば済む話。これぞ統治部式。聞き上手の極意である。
ものぐさだと思うだろうか。人の無駄遣いと思うだろうか。回りくどいと思うだろうか。なんとでも言えば良いさ。これが自己流。僕はこれで満足してるし、これで相手も満足できる。
さて、電話越しの彼がカンペを書いてくれるまで、とりあえず場を持たせるとしよう。
「……辛かったんだね」
「……あなたに、……私の気持ちなんて、分からないでしょ」
うん、マジで分かんない!! ほんと、何が辛かったんだろうね。話聞いてないから分かんねぇや。
「理解してる、とは言わないよ。伊吹さんのことは、伊吹さん自身にしか分からないんだし」
「……私、中学の頃はこんなんじゃなかったの」
え? 何? まだあるの? 回想いらないよ?
「私、中学の頃はもっとイケてたし、メイクもファッションももっと頑張れてたの。 自分で言うのも何だけど、結構モテてたんだよ?」
「……うん」
? いきなり何言ってんのこの人。
あー、あれか。過去の栄光に縋り付く哀れな人間だ。カワイソ。生きてて楽しいのかな?
「でも、高校から自分に自身が持てなくなっちゃって、私なんかがいくら頑張っても、可愛くないって、思うようになって……ヒグッ」
「メイクも……上手く出来なくなって……! ファッションも、恥ずかしいって……! 思うようになって……!」
それ理由になってるか?人の心がマジで分からん。
お、カンペ来た!
……って、何これ?
『お前の得意分野だろ。眼の前の女を落とせ。これだけは言ってほしい言葉とかはこっちで送るから、他はお前の匙加減でやれ』
え? そんなんで解決できんの?
まあいいや。それなら僕の得意分野だ。
「……伊吹さんは、魅力的な人だよ」
「……あなたは、嘘が下手だね。……芋いって言われたの、覚えてるんだよ?」
よーし。んじゃ、女を落とす講座でも始めるとするかな。
名付けて、「時宮流、モテテクニック(ただし、イケメンに限る)」だ! 今回は自分に自身の無い女に対して。
一つ、相手の隣に座り、目を見つめる。
二つ、相手の話は遮らず、最後まで聞く。(外部委託済)
三つ、相手の手に自分の手が少し触れる程度に添える。
とりあえず、どの場面でも定石はこう。一と二はクリア。
「……言ったろ?宝の持ち腐れだって。伊吹さんは魅力的な人だと、本心で思ってるよ」
「……お世辞が本当に上手いんだね」
では、ここからレッスンを始める。
LESSON 1
相手から自分が欲しい話題を引き出す。
「何かに興味を持っても、どうせ私なんてって、思ったんでしょ? ……ということは、何か興味のあるものはあったんだよね?」
「……まあ」
「聞いてもいい?」
「……吹奏楽。軽音と音楽繋がりで、ちょっと興味あった時期もあって。 ……でもうちの学校、結構強豪って聞いて」
「それに始めるとしても高校生からだから、周りの人が中学の頃からやってきてる人ばかりだと、馴染めないって思っちゃって」
「うんうん」
手の振動を感じ、僕はスマホをチラリと見る。
『相手は自分に自身をつけたいのと同時に自分の居場所が欲しいという願いもある』
『家庭環境や部活について、滑り止めで受かった高校だという疎外感。色んな要因があるけれど、結局その子は最終的に、居場所が欲しいんだと思う』
ほほう。なるほど。
「何にも興味が無くなったってわけじゃなくて良かったよ」
「……でも、何に対しても、自信が出なくて」
「自信は、どうしたら生まれるか、知りたい?」
さあ、クライマックスだ。
LESSON 2
決して相手を否定しない。
LESSON 3
僕のことを、《《自分にとっての特別だと思い込ませる》》。
「自分の居場所が無いって思っちゃうと、自分に自信が無くなってくるんだよ。 ……だから、居場所を作れば良い」
「居場所……」
「そう、伊吹さんが少しでも落ち着いていられるような居場所。 そこには、伊吹さんのことをちゃんと見てくれる仲間がいるんだ」
「そんな場所……、今の私にあるのかな?」
「ここを、伊吹さんの居場所にすれば良い」
LESSON 4
相手に、僕と相手が同じであると思わせる。
「僕はさ、性格がこんなんだから、学校に居場所が無いんだ」
「だからクラスにも行けないし、入学式も怖くて行けなかった。自分が認められなかったらどうしようって」
どっちも面倒くさくて行ってないだけだけど。
「だから、統治部なんて名前で、無理やり自分の居場所はここだって思うようにしたんだ。……部員だって、この学校の人じゃなくて、地元のずっと仲の良い友達ばかりだし」
全部嘘である。心の弱った人間は矛盾まみれのこと言っても真に受けてくれるから助かるね。
「……そうだったんだ」
「うん。……まあ、僕の話なんてどうでもいいかもだけど」
「……でも、僕が言いたかったのは、伊吹さんと僕は似てるってこと。一人じゃないってこと。……伊吹さんは僕と似てるから、分かってあげたいんだ。支えてあげられたらいいなって思うんだ」
ここでのポイントとしては、 「似てるから、君の居場所はここにある」 と言うのではなく、 「似てるから、僕が君に居場所を作ってあげられたらなと思う」 と言うこと。
伊吹さんの震える手に、僕の手を添える。
「……自分に自信が持てるようになるのは、まだ先の話かもしれないけれど、少なくとも僕は君のことを見ている。……それだけは覚えていてほしい」
「……ひぐっ」
「……辛かったね、今まで頑張ってきたんだね、《《伊吹》》」
「うっ……うぅ……………!!!」
茉白伊吹は号泣した。ずっと耐えてきた彼女はこの日、初めてこの学校で居場所を見つけた。
時宮虹彩は号泣している茉白伊吹を見て――
(お、多分この反応的に成功したな! いやあ我ながら流石のセンス。かっこいい。自分に惚れそうだ)
特に何とも思っていなかった。
◇
「……少しは落ち着いた?」
「うん、おかげさまで」
茉白伊吹の顔からは、少し元気が戻っていた。
「今日はもう遅いし、ここまでにしようか」
「あっ……」
この時間が、彼といる時間が終わってしまうと知り、茉白伊吹の心はすぐに悲しさで溢れた。
「せっかくだし、一緒に帰ろうよ」
「えっ?」
時宮虹彩から予想外のことを言われ、茉白伊吹は素っ頓狂な声を出してしまう。
「何? 僕と一緒に帰るのは嫌? 悲しいなあ」
「……いいの?」
「当たり前じゃん。あんなに沢山話したんだよ? もう仲の良い友達って思って良いと思ったんだけど……」
「友達……。……なら! ……明日もまた、この部室に来て、良い……?」
「勿論だよ! 来てくれると嬉しいな」
まだ、悩みが全て無くなったわけではない。
だが茉白伊吹は間違いなく、これからは前を向いて生きられるだろう。そう、彼女自身も強く思った。
これは時宮くんが、人を誑して仲間を増やし、一番偉くて尊敬される存在になるまでのお話である。