第22話.戦力充実
5月25日……
太平洋戦線は膠着しているがインド戦線では陸軍が中国の後方支援の下、進撃を続け遂にはシロンにまで迫っていた。
シロンはインド東部にある町でスコットランド高地に似ている事から東洋のスコットランドと呼ばれている場所である。
イギリス軍はここで日本軍を食い止めるつもりであった、マウントバッテン将軍は死守を命じ一歩も引かぬつもりであった。
対する日本陸軍は最新兵器を投入する、10両のみではあるが一式中戦車を投入しさらに新砲塔チハも大量に送り込んだ。
これならM3軽戦車ぐらいならわりと楽に勝てる、すくなくとも今までよりはまともに戦えるという事である。
そんなインド戦線を、ドイツのメッケルは視察に来ていた。
「…という事であります」
「うむ」
(……これが日本陸軍か……話には聞いていたが弱体…我がドイツ陸軍の敵ではなさそうだ…)
実はメッケルがインド戦線を観戦にきていたのも日本陸軍の実力を知るためである。
…しかし日本陸軍はドイツと比べるとひどい装備を使用しておりおまけに機械化も不十分、これなら日本を相手にしても陸戦ならあっさり勝てると彼は考えた。
さらにそんな日本陸軍相手に劣勢なのはイギリス軍、この事から植民地のイギリス軍は大した事がないとメッケルは思った。そんな中日本も将校を東部戦線に派遣しており観戦の結果、ドイツ軍の強さを知り自軍の貧弱さを痛感したという。
そんな中、日本本土では日本陸軍が新型戦闘機のテスト飛行を行っていた。
佐々木首相も変装してまでその飛行機を見にきていた。
「これが……キ84………ですか」
「はい!3月に初飛行をしたばっかりであります、ただ現在エンジンプロペラのトラブルで悩んでりますが来年には実戦配備の予定であります!」
「ほほお……これはまた…」
四式戦闘機『疾風』、重戦闘機としては軽量であり運動性能も高く格闘戦にも向いているうえに丈夫な機体とハ-45という高出力発動機により600kmは簡単に越える戦闘機である。
高度5000では624km/h、高度6000で640km/h、高度6120では631km/hを誇る日本機としてはNo1に輝くほどの高性能機である。
しかも、この時点で戦線は膠着し日本も積極的な行動に出れないがアメリカも積極的には動けず、その為本土は無傷でたまに潜水艦に輸送艦が撃沈されたりはするもののそれ以外にも中国経由で運び、米潜水艦がいない日本海を航行するという安全なルートも確保されており燃料も十分工員は不足気味になっているものの戦局自体は悪化しておらず資源もまだ枯渇はしていない。
「それで、実際に操縦した感想は?」
「良好です、格闘戦もできるかと思います」
「…メッサーシュミットやフォッケウルフに勝てると思うか?」
「勝てる…とは断言できませんが……優秀な搭乗員がいれば互角の戦いはできるかと思います」
実際、史実でも疾風はP-51といい勝負を展開した(ただし末期は搭乗員の錬度不足や不調によりP-38にも蹴散らされたが)。
…っという事は性能に大差がないbf109やもう一つのルフトバッフェの主力機であるfw190とも十分に戦える性能はあるという事である。
「なるほど…」
佐々木は制空権を得るためにはすくなくともあの2種の戦闘機に勝てる戦闘機が必要であると考えていた。この頃国民は知らなくても政府や軍部の一部は本当に対独開戦になる可能性があると危惧しておりその為にはドイツの優れた兵器に少なくとも互角に戦える兵器が必要であった。
疾風もそのうちの一つとして陸軍から非常に期待されていた。
しかし、航空機と艦艇はともかく陸上兵器はぶっちゃけいってドイツ軍と戦うには力不足すぎた、なのですこしでも差を縮めるべく日本軍は努力をしていた。
そこでまず、一式中戦車の改良型としてチヌ車こと三式中戦車の開発が始まった。
開発は一式中戦車の量産が開始された3ヶ月前から開始され今年9月末には製造を開始できるという、その能力とは…まず攻撃力だが一式中戦車は47mm戦車砲を搭載していたが三式中戦車は九〇式野砲を改造した38口径三式75mm戦車砲を搭載し攻撃力の強化が計られた。
防御力は一式中戦車と同等だが機動力は44km/hから38km/hとチハレベルまで低下している。
ただし重量は20t以下と軽いため外地へ運ぶのも比較的用意である。
このほかにもいくつかの車両が開発され良好な性能を示し次第、日本の後方支援基地としても機能している満州や中国の工場での生産が急がれていた。
これらの努力によって日本には新兵器が増えていきついでに満州や中国での生産は順調に進んでいた為、同盟国にこれまでにはなかったぐらいの戦車部隊、さらに陸軍の一式戦闘機や海軍の安価で単純で性能もそこまでは悪くない光電ニ一型も生産されそれらによる従来よりも強力な航空隊が創設されていた。
日本はこの戦線膠着期を利用して自国はもちろん同盟国の戦力強化も行いその計画は順調に進んでいた。
海軍については駆逐艦『冬月』が本日竣工、日本海軍は戦没した駆逐艦の数がまだ少なくかなりの数が温存されていた。まだまだ冬月型が数隻建造予定でありさらに性能を犠牲にして大量に艦艇を建造すべく松型駆逐艦、橘型駆逐艦の建造を急いでいた、そして将来復活し強力になるアメリカ海軍に対抗すべく小型護衛空母である札幌型航空母艦の建造も急ピッチで行われていた。
雲龍型、大鳳の建造も急ピッチで、信濃や息吹も急いで改装が行われていた。すべて復活したアメリカ海軍との戦闘や対独戦に備えての整備である。
特に前者の場合、ドイツ海軍よりも強力でドイツよりも遥かに工業力が高いアメリカは強敵であった。今までこそ開戦時の奇襲攻撃や奇想天外な作戦、そして途中からは勝利の波という強力なものにのつたおかげで勝ち進んできたものの今度やるとすればそうはいかない。
それこそ最悪の結末を迎える可能性が高い。
予想では昭和19年初頭に修理されたパナマ運河を通って米国の大艦隊が太平洋に現れる、エセックス級だけでも8隻、カサブランカ級なんて数えるのがめんどくさいほど太平洋に現れまた真珠湾で損傷した艦、これまでの開戦で損傷した艦、そして新造された多数の艦も現れさらに人も沢山。
緒戦の勝利はなんだったの?と訊きたくなるような物量でアメリカ軍は攻めてくる。
軍の予想ではフィジー及びサモア、そしてニューカレドニアの奪回作戦が発動され続いて飛行場確保の為にソロモン諸島、守りが手薄なニューギニアを攻略、要塞化されているラバウルは迂回方針である程度日本軍を痛めつけたらマーシャル諸島へ北上、同時に戦力がまた充実してきたら南太平洋で釘付けになっている間にハワイ諸島を奪回、続いてミッドウェー、要所を攻略すればいよいよ日本本土空襲の為とフィリピンへの足がかりとしてマリアナ諸島を攻略、そこからB-29による爆撃を開始。
その後はフィリピン奪回へ、さらに時が経つとマリアナ諸島と日本本土の中継基地として硫黄島に攻め入り台湾か沖縄を攻略後、戦力を蓄えて本土に上陸してくるだろうという事になっている。
実際アメリカ軍が立案している反攻計画はそんな感じである。
戦線を拡大しすぎた日本はそうなれば維持はできないであろうと誰もが予想していた、
そこで日本もそうなった場合に備えて『国家防衛戦線縮小計画』を立案、これは基地などをとことん破壊してから撤退してアメリカを困らせ機動部隊で嫌がらせ攻撃を行いながら徐々に戦線を縮小していき絶対国防圏まできたらそこは死守しマリアナ決戦で勝利しアメリカと講和をするというものである。
しかし対独戦ともなればそんな戦略は通用しない、なんたってドイツは海では防げない。
かといって今の連合軍の地上兵力はドイツに比べれば貧弱であり頼みのソ連も今は防衛するだけで精一杯であった。
来年、昭和19年こそ、日本の運命を決める年であろう。
日本としては対米戦のほうがやりやすい、陸続きではなく海軍力があれば海で防げ実際に日本海軍は世界三大海軍と呼ばれるほどの規模と実力を持っているからだ。一方の対独戦はやりにくい。陸軍力や航空兵力ではドイツに圧倒的に劣っているからだ。
その為には戦力温存が必要だ、日本は陸軍に対し進撃停止命令を出す。
陸軍はシロンを占領したがそこから先へは進撃しなかつた。
かといって連合軍も余力はない、対独戦にすべてを投入したいぐらいであった。
8月にはインド戦線も膠着し、日本には束の間の平和が訪れる。
ただし、いつアメリカを中心とする連合軍の反攻が開始されるかという恐怖と隣り合わせの平和であった………
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