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私エルフリーナ・ヴィッツリーが覚醒したのは10歳の時だった。
その日、私は3つ上の兄ウァルターと共に領地の森に忍び込んでいた。
私の父が治める領地には魔物が出る森が接しており、ヴィッツリー家には王国とは別に自家の騎士団を持っている。
普段から騎士達に構ってもらっていることもあり、兄も私も騎士に憧れていたため、森に行って魔物を狩って騎士団に入団できると認めてもらおうと思った。
そして森で出会ったのが、ファイヤーブルだった。
牛に似ているけどその大きさは通常の牛の倍以上でしかも炎の魔力を持っている。
騎士であっても3~4人で狩らないと難しい魔物だ。
「エルフリーナ!」
兄の叫び声が聞こえた時には既にファイヤーブルの射程距離にいた私は正面から炎を受けた。
いや、受けるところだった。
それまで私は魔力の発現はしていなかったが、まさに飛んで火に入った虫が火事場の馬鹿力で九死に一生を得た訳だ。
私の魔力は主に爆破魔法だった。
爆破魔法ってなによ、と思うだろうが、主となる水・炎・土・風・光・闇などの魔力を使って爆破攻撃する力に特化しているのだ。
だから属性は全てあるのだが、出来ることはただひとつ、爆破すること。
水を使って爆破、炎を使って爆破、土を使って...ってもういいわ。
とにかく、この時ファイヤーブルを木っ端微塵に爆破したことによって急激な魔力枯渇に陥り1週間寝込んだ。
そして目が覚めた時、私の記憶にこれまで読んだこともない見慣れぬ本の内容が刷り込まれているのに気がついた。
何が起きたか分からなくて混乱したが、私は誰?ここはどこ?ということはなくて、頭の中に演劇の脚本のようなものがあって、その中で私エルフリーナは悪役令嬢という役割だった。
未来のエルフリーナは王子の婚約者であることを鼻にかけ、ドレスや宝飾品を買い漁り『未来の王妃にふさわしい物を身に付けなくては!』が口癖だった。
しかし、実際の私は華々しい王都に住んでいるわけではなく、魔物が出る森に接した領地で暮らしているのでドレスなんて年の始まりくらいしか新調しない。
『私は王子殿下の婚約者ですもの、誰よりも尊ばれるべきだわ!』
しかし、実際の私は尊ばれるどころか、森に行ったことで父を始め母からもなんなら執事のセバスチャンからも果ては騎士団勢揃いでこてんこてんに怒られ、体が治ってからは反省文を20枚も書かされた。
その他にも、本の中のエルフリーナは
『王都の学園に通って王子殿下と過ごすわ!』
『私の取り巻きにしてやってあげるわ!』
『私以外の女性が殿下に近づくことは許さない!』
『あの女を見るも無惨な目にあわせてやるわ!』
など、およそ理解し難い行動をする予定だった。
自分の精神状態が危ぶまれて来たとき、つい話してしまった騎士の一人が言った。
「エルフリーナ様は魔力枯渇によって遠見の能力を授かったんでしょうか」
「でもこんなエルフリーナになるなんて絶対に嫌だわ」
騎士は笑って言った。
「それは予定のエルフリーナ様なんでしょう。だから反面教師として、反対の行動をすればいいんじゃないですか?」
わがままを言わないエルフリーナ。
取り巻きを作らないエルフリーナ。
嫌がらせをしないエルフリーナ。
そして最大の目標は、王子の婚約者でないエルフリーナになること。
「それは名案だわ、レオンハルト!」
レオンハルトは小さい頃からずっと私の従騎士としていてくれている。
「さすがはレオンハルトだわ!大好きよ!」
ぎゅっと抱きしめると優しく抱きしめ返される。
艶やかな銀髪に深い藍色の瞳がともすれば冷たい印象になりがちだが、実際は仲間思いの情の深い性格だ。
...ついでにいえば、森に行ったことを一番怒ったのはレオンハルトで、しばらくの間トイレ以外はぴったりと文字通り背中について回られたため、二度としないと心に誓った。
「よーし、絶対に悪役令嬢エルフリーナにならないようにするぞ!」
「ついでに普通の令嬢っぽくなるよう励んでください」
「至って普通の令嬢よ!」
「いえ、普通の令嬢はジャムの瓶を開けようとして爆破したりしませんから」
「ぐぬぬぬ」
斯くして、私は王都を鬼門にして社交界から遠ざかり、お母様からの王子様洗脳を聞くたびにジャムの瓶を爆破することで封じ、貴族なら誰もが通う学園に通わず家庭教師に教わり、悪役令嬢の役割から遠ざかることに成功した。
...はずだった。
学園に通わない貴族子女が同等の教育を受けたことを証明する高等教育終了試験を受けるため、王都に来なければならないこの日までは。