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「エルフリーナ・ヴィッツリー! 其方との婚約を今日ここで破棄する!」
「...はあ」
「!? はあとはなんだ!? 其方、自身の罪を理解しているのか!?」
「自身の罪って...なんですか?」
「な、なんだと!?」
婚約破棄の舞台は切って落とされた。
しかし、重要な役割を担う悪役令嬢は困惑していた。
エルフリーナ・ヴィッツリー侯爵令嬢は3歳の時にパウル・ルントシュテット王子の婚約者になった。
なぜそんなことになったかというと、エルフリーナの母親とパウルの母親が学園時代の親友だったからだ。
それにくわえて、エルフリーナ達が生まれた次の年に大規模な感染症が蔓延して多くの子供が亡くなった。
王妃が妊娠したことが分かると貴族はこぞって子供を産む。自分たちの子供が王族の結婚相手になることを夢見てのことだが、16年前のあの時あれほど生まれたと言うのに王子に見合う爵位と年齢の子供が少なく、王家は未来の王妃を保護するためにも慌ててエルフリーナを婚約者に指名した。
「3歳の子供に婚約者なんて分かるとお思いですか...?」
古い記憶を思い返す度に一人質疑応答を繰り返す癖がついてしまったエルフリーナ。
心の中では真っ暗な部屋で一つだけのライトに照らされている。
「母親の気持ちとしては情状酌量の余地はあると思います。ええ、王家との婚姻関係という名誉に加えて親友の息子が義理の息子に、なんて素敵ですよね」
しかしその目は『他人ごとならなね』と物語っている。
「しかしですね、『エルちゃんは金髪で青い目の王子様ってカッコいいと思わない?』とか『王子様が迎えに来てくれるお話しって素敵よね!』とか夜毎お休み前の本読みで囁き続けるというのは誘導尋問というよりは洗脳に近いんじゃないでしょうか?」
細い指を顎の下で組んで遠い目をするエルフリーナ。
「確かに『お母様、エルはカッコいい王子様と結婚したいです!』って言いました。でもその王子様ってのは絵本の中の王子様のことですよね...」
頭を抱えるエルフリーナ。
「ええそれでも貴族令嬢ですもの、政略結婚は義務であると理解しておりますわ。ですが、せめて互いに将来の伴侶として交流していくなどということが必要だと思いませんか?」
手に持ったハンカチをぎゅっと握りしめる。
「~~~3歳にご対面したのが最後ってなに!? それはもう会ったことがない人ってことと同じでしょうが!」
パッシーンとテーブルを叩くエルフリーナ。
以上、エルフリーナ脳内放送だ。
場面は戻って、きらびやかな舞踏会のホールに響き渡る朗々とした声に衆目が集まる。
金髪に碧眼、麗しい見目のパウル・ルントシュテット王子が堂々とした立ち姿で王族の席から階下に立っている令嬢に婚約破棄を宣言したのだ。
王子の横にはピンクのオーガンジーを重ねたボリュームのあるドレスを着た令嬢が腕に絡みつくように並んでいる。
王子の視線の先には、深い海のような紺碧の長い髪に琥珀色の瞳に散りばめた星を閉じ込めたようなエルフリーナがいた。
「其方、エルフリーナで間違いない、な?」
(なんで微妙に質問形式なんだ...?)
貴族各位は心の中で疑問符をつける。
「はい、私がエルフリーナ・ヴィッツリーです」
(あの方が...)
ホールにさざ波のように声が流れる。
「あ~...。こほん。其方はここにいるカーラ・ロッソ嬢にひどい嫌がらせをしたな!学園で噂を広め彼女に友人を作らせず孤立させ、さらに優秀なカーラの成績を落とすため教科書を破いたり、嘘の教室を教え閉じ込めたり...」
どこか覚えた内容を読み上げるような王子に対し、エルフリーナが挙手をする。
(挙手?挙手して止めちゃうの?王子の話を?)
ざわざわとする貴族達。
「王子殿下、私はカーラ嬢に嫌がらせなどしておりません」
「なんだと!しらを切る気か!?なんと図々しい性格なんだだ!」
エルフリーナは言いにくそうに眉根を寄せて口ごもりながらも続ける。
「その、私はカーラ嬢とお会いしたことがございませんので」
王子は驚きを隠せないで大きな声をあげる。
「会ったことがないだと!? 学園で同じ学年に名を連ねているというのに、知らないと! 」
大袈裟に手を振り上げて額に手を当てる王子に、挙手をするエルフリーナ。しかし王子は無視して続ける。
「カーラが平民クラスだからと言いたいのか?平民の顔など覚える必要がないと?なんと高慢な!」
エルフリーナは目を見張って声を挙げた。
「いいえ、そのようなことは」
「では知っているに決まっているだろう!学園で一番だと評される可愛らしい姿だけでなく、淑やかで慎ましやかなカーラを知らないとはあり得ない! ははあ、さては其方カーラの愛らしさに嫉妬して知らないふりをしているのか」
にやりと顔を歪めた王子はカーラの細い腰を引き寄せる。
その途端、方頬を吊り上げてにやりと微笑んだカーラは
「まあ、エルフリーナ様、これ以上嘘はつかないでください!私はあなた様の数々の嫌がらせに耐えてきましたが、もうこれ以上は我慢できません!」
エルフリーナは再度挙手をする。
「なんなのだ!さっきから授業でもあるまいにひょこひょこ手を挙げて!」
エルフリーナはとても言いづらそうに口元に手を添えて王子に囁いた。
しかし声が小さすぎて聞こえなかった。
「なんと言ったのだ?」
エルフリーナは困った顔でもう一度伝える。
しかし殿下がエルフリーナに近づくのをカーラが阻んでまた聞こえなかった。
いらいらしたパウルはふんぞり返って吐き捨てた。
「はっきり申すが良い!どうせ婚約破棄は覆らんのだ!」
エルフリーナは諦めて言った。
「王子殿下、私は学園に通っておりません」
「...は?」
聞こえなかったのかしら?
首をかしげて大きな声でもう一度言う。
「ですから、私は学園に通っておりません」
「...はあああああ!?」
(そうだよね~だって深窓の令嬢どころか、幻の令嬢と呼ばれているんだから)
貴族達の心の声が重なった。
短いお話しですが、楽しんで頂けたら幸いです!