1 処刑室
拘束具のついた鉄のベッドが一台と、普通のベッドが一台。
鉄のベッドのそばに、あらゆる器具の載った車輪付きの棚が一台。椅子が一脚。ガラスのケースが一つ。
天井には大きな鏡と、夜でも部屋を煌々と照らす魔術ランプ。
普通のベッドのそばに普通のサイドテーブルとランプ。コート掛けと、茶を沸かせるくらいの小さな魔術ケトル。
格子のはまった、カーテンのない大きな窓。
それが「処刑室」のすべてだった。
一脚しかない椅子に深々と腰掛けて、処刑人は待っていた。
手枷をはめたパウラを「処刑室」に運び入れ、看守たちは重いドアの外に引き下がっていく。ドアのある壁はガラス張りになっていて、いつでも外部の視線に晒されているのだが。
「罪人、パウラ・ド・リビエーレ。これより罪を償う覚悟はありや」
それは処刑人の決まり文句だ。
パウラ・ド・リビエーレは顔を上げた。
社交界の誰一人、笑みを見たことが無かったという冷酷な美貌。その頬が今、薔薇色に染まって、薄い唇がふわりと綻んでいる。
「ええ。よろしくお願いしますわ、処刑人さん」
処刑人は鼻で笑って、答える代わりに続けた。
「先に刑罰の説明をする。お前は今晩から、毎晩解剖される。あちらの鉄のベッドの上でな。解剖の手順はある程度決まっているが、多くは処刑人の裁量に委ねられている。生きたまま臓器を切り刻まれ、取り外され、お前は当然、想像を絶する苦痛の中で死ぬ」
「ええ」
「死んだあと、この刑罰にしか許されていない魔術によって、お前は生き返らされる。それが百晩続く」
処刑人の声に抑揚はなく、無感情だった。青白く端整な顔を俯けて、黒い長い髪を垂らしていた。囚人から表情を伺えないようにしている。
「百晩経ったらどうなるのです」
「百晩?どの囚人も一週間後にはもう殺してくれと懇願するんだ。いつ殺すかは、こちらの慈悲次第だがな。せいぜい私の手を煩わせないでおくことだ」
「そう。なら、目いっぱい煩わすことといたしますわ」
足についた鎖をずるり、と引きずって、パウラは一歩前に出た。
「私はあなたにさばかれたいの」
沈黙が降りた。パウラはふと、唇を抑えた。
「いいえ、その、つまらない洒落のつもりじゃなくて…言葉ってよくできていますわね。裁く、も、捌く、も、同じ一言なんだから」
「安心しろ、そもそも意味が分かっていない」
処刑人は顔を背けて立ち上がった。
「夜までは安息の時間だ。その鎖でつながれた範囲なら、好きに動き回って結構。鉄のベッドのそばの壁に扉が切ってあるのが見えるか?あの奥が便所だ」
「便……お化粧室のことなんかどうだっていいわ」
もう一歩、処刑される令嬢は処刑人の方へ近づき、手を伸ばす。
「覚えていない、アンドレア?私は覚えている」
「……」
「あなたは私の領民だった。私がこの手で、あなたを何度も罰したのです」
処刑人、アンドレア・シャルコーは顔を上げた。青白い顔の中の、燃えるような黒い瞳が、パウラの灰色の瞳を射抜く。
「忘れるものか、パウラ・ド・リビエール。……お前が私に何をしたか、全て忘れなどしない。だから今、私はお前を断罪するのだ」
しかし憎悪に満ちたその表情は、パウラの一言で困惑した表情に変わった。
「よかった」
「よかった?」
「いえ、よくはないわね」
「よくはないと思うが」
少し首を傾げたパウラは、言葉を探すように困惑した表情で眉をひそめた。悪逆を重ねた二十五歳の貴婦人にはとても見えない、真剣な表情。
「……とにかく、あなたに会いたかったの」
その言葉に、再びアンドレアは顔を背けた。
静かに椅子に沈み込み、すべてをシャットアウトするかのように、目を閉じた。