プロローグ 法廷で
「元・リビエーレ伯爵家令嬢、パウラ・ド・リビエーレに、百晩解体の刑を言い渡す」
その判決に、法廷に詰めかけた傍聴人たちはどよめいた。年老いて落ち着いた風貌の裁判長ですら、グラン王国史上でも類を見ない残酷な量刑を言い渡す事実に興奮したのか、少しだけ声が上ずっていた。
唯一冷静さを失わなかったのは、その刑罰を言い渡された当人だった。
「お嬢様」というには少し歳を取っていて、長い収監でやつれ果てていても、まだ美しく誇り高く、凛と胸を張った被告。今年二十五歳になる、パウラ・ド・リビエーレその人。
「被告人、意見があれば発言を許す」
それは法廷の慣習だ。実際に、判決が下った後、被告の反論が容れられることはない。
それに、伯爵フランツ・ド・リビエーレとその娘・パウラが領民に行ってきた悪逆非道に、今更反論の余地はなかった。彼女の父のフランツは、この前の法廷で火炙りの刑に処せられることが決まったばかりだった。
パウラもまた、その時の父と同じように落ち着き払っていた。
「いいえ。いつから刑の執行が始まるのか、それだけ教えていただけるかしら」
「明日の晩だ。それまでに面会したい者があれば、牢の監守に告げるがよい」
「特におりません。ご教示感謝いたしますわ、裁判長」
どよめいた法廷は、パウラの落ち着きにかえって静まり返る。領民を虐待し、重税を巻き上げ、散々に苦しめた悪魔のような伯爵家の娘。しかしその姿は、裁きの際になって、悪の覚悟とすら言えるような奇妙な静謐さに満ちていた。
裁判長ですら、その堂々とした態度に呑まれたように、やや急いて最後の手続きを宣言する。
「それではグラン王国法廷は王の名において、刑の執行人を指名する。パウラ・ド・リビエーレに百晩解体の刑を執行するのは、王国法廷処刑人、アンドレア・シャルコー」
その名を呼ばれて、傍聴席の奥から一人の男が進み出た。処刑人がそばにいたと知って、近寄ることを避けるようにさっと人々は道を開ける。
風貌だけなら、貴族と言っても通るような気品に満ちた男。ただし、処刑人の証である黒いマントと赤いブーツが、彼の立ち居振る舞い全体に、消えない暗さを落としていた。青白い顔を少し俯けて、大股に
裁判長の前に歩を進める。
満座の注目が、伯爵令嬢から処刑人に移ったその一瞬。
「アンドレア」
小さくつぶやいて、パウラ・ド・リビエーレは砂のようにその場に崩れた。