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桜の花びらの、そのあとを

作者: 藤夏燦

葉桜になった桜並木を、私は根上がりしたアスファルトのふくらみに立って見つめていた。

つい数日前まで満開だったのに、昨日の嵐のせいもあって、あっという間に花びらは散ったようだ。

桜の幹にはまだわずかに露が残って、少し雨臭い。

雨上がりの空は青くつきぬけるも、薄桃色の桜の花びらは、空を見上げる私の視界の中にはない。

根上がりしたアスファルトの畝に、べったりと張り付いている。または、横を走る自動車のタイヤの溝に、切り刻まれるようにして吸いついている。そうしてばらばらになって、いつの間にか、いなくなる。

桜の花びらは散ったあと、どこへ消えるのか。

ふと、そんな疑問が浮かんで来た時、私は去年まで大好きだった桜並木が、突然嫌いになった。


去年の春も、私はここに立っていた。高校3年生になった。

「水川さん、おはよう」

「あ、おはよう」

一年のとき、同じクラスだった男子が声をかけてきた。たしか名前は「君野くん」だったか。

「何してるの?」

「いや、桜きれいだったなーって」

「ね。もうほとんど散っちゃったけど」

「うん。学校はじまるまでに、散っちゃったね」

私は少し寂しそうにそう言った。

この桜並木は私の町の小さな通りの脇に植えられている。大通りと違って車通りは少ないが、学校までの通学路なので、歩いているうちの学校の生徒は多い。

「また来年みれるよ」

君野くんは笑ってそう言った。

来年。来年は卒業しているのか。

このときはそんな風に思っただけだった。


そのあとのクラス発表で、君野くんとは別々のクラスになったことを知った。

喉ぼとけがはっきりとしていて、前髪が切りそろえられていない、背の高い男子だった。

部活はバレー部かバスケ部で、いつも放課後は体育館から君野くんの低くてやわらかい声が聞こえていた。

私が君野くんについて知っていることは、それくらいだった。


それでもあのとき声をかけてくれたのは、一年生のときに同じクラスだったからだ。毎日の退屈な授業も、体育祭も文化祭も、同じクラスのなかに私と君野くんはいた。

別に私にとって、特別な存在だったわけじゃない。

君野くんよりももっと仲の良い男子はたくさんいたし、好きな人も別にいた。

でも高校3年生の春に、この桜並木の下で声をかけてくれたこともあって、なぜか今日は君野くんのことを思い出していた。

(満開だった桜の花びらは、いったいどこへ消えるのだろう)

私はもう一度、根上りの上に立って、そんなことを思った。

ほんのわずかな間とはいえ、たくさんの人の心をつかんで満開に咲き誇ったあの桜の花びらたちは、美しく散ったあと、どうなるのだろう。

アスファルトや水面には落ちるとして、そのあとはどうなるのか。焦げのように黒く腐乱し、土にのまれてしまうのか。あるいは錆のように変色して、ドブのなかで水をせき止めるのか。

それは誰も知らないし、興味も示さない。

私は桜の花びらのそのあとが、私の、私たちの青春に重なったように思えた。

青春という短くも華やかな期間。

誰もが憧れ、恋をして、夢をみる。だけどその青春のそのあとを、私はまだ知らないし、誰も教えてはくれない。

同じ房のなかで、同じ木のなかで咲き誇ったとしても、その花びらたちはみんな散り散りになって消えていく。

私たちも同じだ。同級生の進路を、私はほとんど知らない。

君野くんの進路も、もちろん知らない。


卒業式の日にもらった卒業アルバムで、私は君野くんの下の名前が『君野春人はると』であることを知った。

寄せ書きにはたくさんの思い出が詰まっているし、卒業してもみんなと連絡はとれるはずなのに、なぜか私はむなしくなった。

私たちは、あの桜が咲き誇ったような季節にはもう戻れない。

隣で美しく咲いていた花びらたちも、どこかへと消えていく……。そしてその中のいくらかとは、もう二度と会うことも思い出すこともない。


ああ、やっぱり私は桜を嫌いになりそうだ。

そう思いながら息を吐いて、私は根上りのふくらみから跳ねるように降りると、いつも歩いていた高校の方向とは逆のほうへ、桜並木を歩き始めた。


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