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わんわん泣いた後は

ひとしきり泣いて、目を開けると、みんな目も鼻もが真っ赤で、綺麗な顔がボロボロだった。

「本当に一緒に泣いてくれたのね。ありがとう!」

エドワードなんて、自分が泣いたことに驚いているのかもしれない。一人、呆然としていた。

「ああ、チェルシー。あなたが来てくれて嬉しいわ」

チェルシーは泣き止んだというのに、ソフィアはまた泣き始める。今度はチェルシーを抱きしめて。

泣き虫だなと思って、チェルシーは、彼女の腕の中でじっとしておくことに決めた。

何をそんなに感動したのか分からないが、泣き始めたら止まらない人なのだろう。

チェルシーは気のすむまで泣いた。

だから、ソフィアにもう少し付き合うくらい構わない。


カチャカチャとカップの音がして、目をむけると、お茶の準備が整えられていた。

ソフィアもそれに気が付いたのか、そっとチェルシーを離して、恥ずかしそうに顔を隠しながら微笑んだ。

「ごめんなさい。チェルシー。私ったら、泣きすぎだわ」

反省したように言うソフィアを、チェルシーは逆に捕まえて首を振る。

「違うの。私がお願いしたんだもの。それにいっぱい答えてくれたの。ソフィア様は、とても優しい」

チェルシーが言うと、ソフィアはまた泣きそうに顔をゆがめる。

「姉さん、キリが無いだろう。とりあえず、椅子に座ろう」

ダイナンの笑いを含んだ声に、ソフィアは自分が床に座り込んでいたことに初めて気が付いたようだった。

「あら。もう、私ったら。チェルシー。座りましょう?」

「はい」

ソフィアが出してくれた手を握って立ち上がる。

「それと、チェルシー。私はあなたをチェルシーと呼ぶから、チェルシーは私のことをお姉さまって呼ぶのよ」

突然の言葉に、目を瞬かせる。

ソフィアはすごくいいことを思い付いたと言わんばかりに嬉しそうに笑う。

「だって、チェルシーはこの家に来たのだもの。私の妹になるのよ」

その理論で行くと、城に行ったときは、チェルシーは国王の娘になってしまう。

それは違うのではないだろうか。

「私のことはお父様と呼びなさい。これから、私の娘になるのだからね。チェルシー」

そう思っていたら、隣からエドワードが頷きながら言う。

「えっ?」

驚いて見上げると、赤い目を恥ずかしそうにしながら、エドワードは目をそらした。

「俺は、お兄様か。悪くない」

「え、えっ?」

エドワードの突然の砕けた口調にも驚いたが、ダイナンまで、一緒にチェルシーをこの家の家族として扱ってくる。

「では、チェルシーはここに座りなさい」

まだ驚いているのに、エドワードにひょいと抱えられて、椅子に座らされた。

その隣に、エドワードが座った。

「あら、じゃあ反対の隣は、私が座るわね」

反対側には、侍女にぬれタオルを貰いながらソフィアが座る。

「え!?ずるいぞ!」

ダイナンがチェルシーをひょいと抱えあげる。

「ダイナン!」

「私はチェルシーとお菓子を食べるのよ!」

エドワードとソフィアに責められながら、ダイナンはチェルシーが座っていた椅子に座り、その上に彼女を座らせた。

つまり、抱っこの状態だ。

「チェルシーは小さいから、こうした方が食べやすいだろう?」

テーブルの上が見渡せて、食べやすいのは食べやすいだろう。

しかし、チェルシーは十歳なのだ。小さいけれど、抱っこで椅子に座るような年齢ではない。

次から次へと驚くことをされて、チェルシーが言葉を探している間に、目の前には紅茶の準備ができてしまう。

「まあ。次は私に抱っこさせてちょうだいね」

ソフィアが呟き、エドワードはじっとチェルシーを見ていた。もしかして、順番だとでもいうつもりだろうか。

「あの、私は、十歳です!」

「ああ、俺は十五歳だ」

「私は十七歳よ」

自己紹介の延長だったつもりはないのに、年齢を教えてもらった。

「チェルシー、何が食べたい。言ってみなさい」

エドワードがトングと皿を持ってチェルシーに聞いてくる。

抱っこの状態のおかしさを訴えるのは後回しにして、チェルシーはテーブルの上を見回す。

色とりどりのお菓子が準備されていた。

城では、いつも一つだけだったし、マナー教育があるから、いつも満足に食べられなかった。

チェルシーは、反発ばかりして、食べるのが上手になっていない。教師曰く『すさまじく下品な食べ方』をしてしまうかもしれない。

こんなに優しい人たちに眉を顰められたくないなと思う。

「チェルシー。うちの料理長のタルトは絶品なのよ。食べて」

ソフィアがひょいとつまんでチェルシーの口の前に持ってくる。

思わず一口食べた。

「待て。俺が。こちらのショコラの方がいいだろう」

エドワードまで、トングを放ってチョコレートをチェルシーの口の中に放り込む。

「チェルシー、美味しい?」

ダイナンが聞いてくる。

チェルシーは、呆然と口を動かしながら、こくりと頷いた。

「だったら、笑おう。大声で笑いたいんだろう?美味しいって笑って」

ごくんと口の中のもの全部飲み込んで、ダイナンを見上げた。

チェルシーを見て、とても嬉しそうに笑っていた。

「美味しい……お……いしい、嬉しいっ」

チェルシーは、家を出てから、初めて食べ物が美味しいと感じた。

とても嬉しいのに、また涙が出てきそうだった。

ダイナンは、そんなチェルシーを見て、笑みを深めた。

「うん。それはよかった」

オルダマン侯爵家での初めてのお茶の時間は、マナーなんて全く気にしないものだった。

「マナーっていうのは、一緒にいる人が不快にならないためにするものだから」

エドワードは、チェルシーのおさらにケーキをつぎ足しながら言う。

一緒にいる人が不快にならないのなら、それでいい。

公式な場では必要だが、国が違えば、マナーは大きく違う。同じ国内でも異なる場合だってある。

その場のマナーを知って使うことは、相手を尊重していると伝えるもので、とても大切なものだ。だけど、毎日毎日マナーを気にしていなくてもいいと言う。

マナーに縛りつけられる必要がないと言うのだ。

「食事は楽しむべきものだからね」

最初は、一緒に楽しく食べようと言われた。

そうして、いざというときにできるように、普段の食事から練習をする。

まだ、チェルシーはその段階ではない。

「まずは、体を大きくしよう」

エドワードはそう言って笑った。

「チェルシー、好きなものはなんだ?」

ダイナンが聞いて来て、チェルシーは考える。

そもそも、スキキライするほど食べ物の種類を知らない。

「ええと、果物」

チェルシーは、料理の名前を知らないのだ。チェルシーが知っているような煮っころがしや味噌煮などは、きっとこっちでは食べないのだろう。

カーシルに、それが食べたいと言ったら、そんなものは王都に無いと言われた。

「そうか。それはデザートだな……。じゃあ、美味しかったものの特徴を言ってみて」

特徴といっても……ダイナンは、チェルシーが好きなものを食べさせようとしてくれる。

お茶もお菓子も美味しいかって聞いてくれた。

もしかして、最高に贅沢な食べ物を、食べたいと言っても我儘な子だと言わないでくれるだろうか。

「あの、お兄様」

「うん!」

ぱあぁっと輝くような笑顔でダイナンがチェルシーを見た。

黙っていると凛々しい顔つきだから、少し近寄りがたい雰囲気があるのに、ダイナンは笑顔を絶やさない。

作った穏やかな微笑みではなく、嬉しそうだったり恥ずかしそうだったり、いろいろな笑顔を見せてくれる。

「た……たまご、が、食べたいです」

「卵?」

「お誕生日の時だけ、食べられた卵がとっても美味しくて」

チェルシーが育った村は貧しい。

チェルシーは肉や魚を食べたことが無かった。家畜を潰してまで食料を確保しなければいけない事態を経験したことがないということなので、幸せともいえるのかもしれない。

鶏が、チェルシーの家には二羽いた。

毎日、二個ずつ卵を産む。それを五日間ためて、十個になったら売れるのだ。

卵はいい値段になる。それを売らずに家族で食べるなんて、とても贅沢なのだ。

家族の誕生日の日、誕生日の人だけが卵を一つだけ食べることが出来る。

「卵料理か。なるほど。――伝えてくれ」

ダイナンは頷いてから、最後の言葉だけ侍女を振り向いて言った。

「それで、チェルシー。私のこともお姉様って呼んで」

「私のことはいつお父様と呼ぶのかな」

「さあ、チェルシー。もう一度お兄様と呼んでご覧」

三人からべたべたに甘やかされながら、その日の午後は楽しく過ぎて行った。


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