エピローグ
現在、オルダマン侯爵家は、結婚式の準備で大忙しだ。
主にダイナンが急がせているせいだが。
ダイナンとチェルシーの結婚を、隣国のソフィアへ手紙で伝えるため、エドワードはペンを取る。
もしかしたら、すでに噂で知っているかもしれない。
連絡が遅いと怒られるのかなと思いながら、チェルシーの愛らしさを書き加えた。これで、怒りが収まるに違いない。
チェルシーの結婚となると、ソフィアが無理矢理帰ってきそうだなと思い、エドワードは、ため息交じりにやれやれと呟く。
しかし、その表情は、嬉しくて仕方がないと言っているようなものだ。
「お父様!ダイナンを止めてください!ドレスを一気に二十着も作るっていうんです!」
最近、ようやく『お兄様』と呼ばなくなったチェルシーが焦った顔でエドワードを呼びに来る。
「はあ?一気に?何を考えているんだ、あいつは」
そうでしょう!と困った顔をするチェルシーとエドワードの認識はズレている。
チェルシーはもったいないと思い、エドワードは一気に作らせるなんて、チェルシーの可愛らしさを吟味しながらしっかりと作らせねばと思っている。
また、暴走を始めている息子を止めるべく、エドワードは執務机から立ち上がった。
「ソフィアに手紙を送るが、チェルシーはどうする?」
「お姉さまに?わあ。このあいだ見つけたとても綺麗なお花を押し花にして入れたいです」
案の定、チェルシーはソフィアに手紙を書く気になった。
これで、ソフィアの怒りは完全に沈下したと、エドワードはほくそ笑む。
エドワードとチェルシーは共に、仕立て屋とダイナンが待つ部屋に入る。
「ダイナン。一気に作ると適当なものが出来てしまうだろう。チェルシーが社交場で嗤われたらどうする」
「チェリーを嗤うような馬鹿は消します。……適当に作っているつもりはないのですが、どれもこれも似合うので、困りましたね」
エドワードとダイナンは並んで生地とデザインを眺め始める。
チェルシーは、そうじゃないと二人を止める。
「私の体は一つしかないので、ドレスはそんなに必要ないの」
オルダマン侯爵の体面もあるので、たった一枚しか持っていないということは出来ないが、二桁は多すぎる。すでに持っているものもあるのだから、結婚だからといってそんなに作る必要はない。
「明日のチェリーが着るドレスもいるだろう。明後日も、その次も、ニ十着あっても、一月もたないじゃないか」
あれ、本当だ。なんて思って、一瞬、反論が思いつかなかった。
その隙に、ダイナンはエドワードといっしょに注文するドレスをさっさと決めてしまう。
「もう!ちょっと待って!」
毎日新しいドレスが必要なんて。そんなわけがない!毎日チェルシーは一人だ。
「可愛いチェリー。私の選んだドレスを着る君は、どんなに可愛いんだろう?想像するだけで幸せだよ。完成が楽しみだね?」
仕立て屋に声をかけようとするチェルシーを捕まえ、ダイナンが彼女の耳元で囁く。
その途端、花瓶に生けられていた花の中にあった蕾が美しく咲き誇り、満開となる。
最近、この現象が見たいために、使用人たちが蕾ばかりの花を活けていることは、公然の秘密だ。気が付いていないのは、チェルシーくらいだ。
満開になった花に気が付き、チェルシーの頬はさらに熱を持つ。
仕立て屋たちも、歓声を上げて、全力で仕上げると意気揚々と帰っていった。
顔を真っ赤に染めて、チェルシーが恨めし気にダイナンを見上げる。
ダイナンは、ただ恥ずかしがっているだけだと分かっているから、笑顔をとろけさせて、魔法の言葉を囁く。
「チェリー。愛しているよ」
今日も、オルダマン侯爵家では、花が咲き乱れている。




