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大成功(ダイナン)

正式に婚約を交わしたならば、高位貴族として王への報告は義務だ。

これを端折ると、謀反を疑われたり、公式な場に表せられない何かがあると勘繰られて、非常に面倒なことになる。

だから、ダイナンは行きたくはなかったがチェルシーを伴って謁見の間へ赴いた。

王は何かを仕掛けてくるだろうとは思っていた。

婚約誓約書の署名後は、甘やかして甘やかして可愛がって、兄妹から正式に婚約者になった喜びを表現しようと思っていたけれど。

そうして、チェルシーが喜んでしまったら、城に花が咲き乱れる。

そうすれば、どうにかしてチェルシーを手に入れようとするだろう。

外用の笑顔を見せて、事務的な態度を貫けば、チェルシーが寂しそうな顔をしている。

違うんだ!

ああ、手を握って、抱き寄せて、頬とかあわよくば唇にキスをして慰めたいっ。

だが、チェルシーの力は、城に行く前に一緒に暮らしていた時よりも強くなっている。

あの頃は、どんなに笑っても花が咲き乱れるようなことはなかった。

今だって、エドワードとダイナン、チェルシーの三人で和やかに食卓を囲んで、笑い声があがっても蕾が咲くようなことはない。

花が咲き誇るほどの力があふれた原因。

それを考えた時、ダイナンは顔がでろでろに緩むのが抑えられない。

エドワードが嫌そうに同意する。

「……お前だな」

ダイナンが、チェルシーに愛を伝えた時に、奇跡は起こった。

多分、チェルシーが今までと比較にならないほどに幸福を感じたのだ。

――え、なにそれ。めっちゃ可愛い。

真っ赤になりながら、すごく幸せだと、こんなに見える形であらわされたのだ。

悶えるダイナンを冷めた目で見つめて、エドワードはさらに指示を出す。

曰く『婚姻誓約書の署名後の謁見が終わるまで、邸に帰って来るまでチェルシーには義務的に接すること』

ダイナンは緊張で震えるチェルシーを見て罪悪感に苛まれる。

どうして、幸せの絶頂を二人で喜ぶことが出来ない!

抱き寄せて大丈夫だと言ってやれば、チェルシーは震えが止まるだろう。もしかしたらすり寄ってさえくれるかもしれない。

それを、してやれないのだ。

エドワードからの指示は、理解できる。ダイナンも、納得の上同意した。


案の定、王はチェルシーの力を試そうと花が咲いていない植物を準備した。

遠回しでなく、直接的な試し方に、王もチェルシーの力を信じていないのだと思った。

オルダマン侯爵邸の花が咲き乱れた奇跡について、街はあっという間にうわさが広がった。

しかし、噂は庶民の間でのこと。

貴族はそもそも街歩きなど滅多にしないし、貴族街など馬車で通り過ぎるだけだ。オルダマン侯爵邸の庭を直接見た貴族はいない。

だからこそ、高位貴族たちは、一瞬で花が咲き乱れたなどというのは、噂に尾ひれがついて大げさになったものだと嘲笑う。

庶民の娯楽の少なさに、同情するように見せかけて、ちょっと花が増えただけで幸せだなと蔑むのだ。

実際に見た使用人たちも、自分の主人がそう言っているのに「見た」のだとはいえず、黙っている。

それに、婚約の祝いを受けた時には鉢植え一つ花を咲かせることは出来なかったという噂が加わるだろう。

王を見れば、予想通りだと言わんばかりに頷いている。

チェルシーが必死に花を咲かせようとしているのは、誰の目にも明らかだ。

だけど、花は咲かない。

涙がこぼれそうになるほど必死なチェルシーを助けたい。

貴族の先頭に立つエドワードと視線が交わる。『耐えろ』と視線だけで言われた。

ダイナンは、無表情でチェルシーの隣に立ち続けた。


そんな辛い時間が過ぎ去って、帰りの馬車の中。

あまりに辛すぎて、邸に着く前にチェルシーを慰めてしまった。

この馬車が通り過ぎる道で花が咲き乱れたら厄介だ。

褒めつつ、甘やかしつつ、でも喜んではいけないとやっていると、チェルシーがむくれた。

……やりすぎた。

夕食の少し前の時間にエドワードが帰宅して、チェルシーの今日の謁見までの態度を褒めた。

「いきなり試験のようなことをされて怖かっただろう。それなのに、堂々とした立ち居振る舞いだった。とても誇らしかったよ」

「本当ですか!?よかった!」

チェルシーがほっとしたように微笑む。

邸に帰ってきてから、存分に甘えてもらおうとしたのに、不審な目を向けられて逃げられていた。我慢できずに馬車の中から甘やかそうとして中途半端にやったことが敗因だ。

帰ってきてから、『頑張ったな』と言いながら存分に抱きしめればよかった!

エドワードは、ダイナンとチェルシーの微妙な空気感に気が付いているのにフォローしてくれない。

「ああ。頑張ったなチェリー」

無理矢理会話に参加してみた。

チェルシーはおずおずとダイナンに顔を向けて軽く微笑んで見せた。

ようやく向けてくれた笑顔が嬉しくて、満面の笑みで返せば、さらに笑顔を深めてくれた。

「チェリー。明日から、ずっと一緒にいられる。ゆっくりと結婚式の準備をしよう」

しかも、超特急で。来月には正式に夫婦になりたいほどだ。

「はい!」

チェルシーが微笑む。


ようやくこれから婚約者としての生活が始まるのだ。


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