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やる気に繋がる

翌日、早速、仕立て屋が屋敷を訪れ、結婚の衣装を作成するとチェルシーの採寸に取り掛かった。

「チェルシー、ごめんね。取り急ぎ終わらせないといけないことが多すぎて、最終的に私と衣装を合わせるときは来るから」

ダイナンは、エドワードと一緒に執務室に籠ってしまった。

使用人たちも、どことなく慌ただしく動いているようで、とても忙しそうだ。

昨日は帰ってきたばかりだというのに、ずっと一緒にいてもらったし、これ以上我儘を言う気はない。

――ただ、少し寂しいだけだ。

「チェルシー様、とってもお綺麗です。ふふ。結婚式が楽しみですね」

アナが、そう言いながら、次から次へと布をチェルシーにあてていく。

「そう?そうかな。結婚式……」

周りの仕立て屋さんも、アナの言葉に同調して、次から次へと褒めたたえてくれる。

チェルシーも、着飾った姿は意外にも悪くないと思える。ダイナンの隣に立って霞まないかと言われれば、自信はないけれど。

アナが楽しみだと笑ってくれる。チェルシーだって、ダイナンと結婚するのはとても楽しみだ。物語の主人公にでもなったような気分で、ふわふわする。

「ダイナン様、チェルシー様が美しすぎて外に出したくないっておっしゃいますわ」

「ふふ。大袈裟ね」

アナの言葉に、チェルシーはようやく声を立てて笑った。

周りも微笑み、チェルシーの言葉ではなく、アナの言葉に同意した。

「大袈裟ではないのですが。まあ、そんなことを言い出したら、花婿は追い出してやりますわ」

花婿なしの結婚式。

それは、チェルシー的には悲しい状況ではないだろうか。

そんなこと気が付かないはずがないアナは、うっとりとチェルシーを見ている。

「チェルシー様の婚礼衣装をお世話できるなんて。幸せです」

本来ならば、チェルシーは王太子と結婚する予定だった。そうならば、チェルシーの婚礼の準備は、城の女官たちが取り仕切ったはずだ。チェルシーには何の望みもなかったから、全く構わなかったのだが、今は、少しだけ違う。

望みが、一つだけ。とても難しいかもしれないが、もしもできるならば。

「お兄様に、綺麗だと思ってもらいたいです」

チェルシーは顔を真っ赤にして呟いた。

チェルシーは、無意識に周りを萌えの渦に巻き込んでいた。



チェルシーが侍女や仕立て屋を悶えさせている頃、ダイナンとエドワードは膨大な処理を必死でさばいていた。

「婚約証書は、お前が戻って来る前に受理させている。あとは、本人が署名するだけになっていた」

すでにチェルシーの嫁ぎ先は国内であればどこでもいいと、王から許可を得ている。

聖女を国外に出すわけにはいかないが、ほとんど力を持たない名前だけの聖女など、金を必要とするだけだ。厄介払いのように、チェルシーはオルダマン侯爵家に押し付けられた。

そうして、エドワードはダイナンとの婚約を求めた。

王は、オルダマン侯爵が政略の道具として扱うつもりだと考えていたところ、嫡子と結婚させると聞いて驚いていた。

エドワードは、重ねてこうも説明した。

オルダマン侯爵家領は充分潤っており、政略の必要性が無いこと。それどころか、この上さらに力をつけるとすれば、いらぬ憶測を呼ぶだろう。そのような疑いを持たれたくない。また、婚期が遅れた嫡子を結婚させるにもいい機会だと。

ぺらぺらと語り、最後に「厄介者を押し付けられた、せめてもの情けをいただきたい」と粘れば、結果、婚約誓約書は早々に受け取ってもらったのだ。

――はずなのに、署名するその証書を文官どもが出してこない。

エドワードが舌打ちしそうな表情で貴族院への申請書を数枚仕上げる。強制的に書類を提示させる書類だ。

「署名させずに時間稼ぎをしようとしている」

ダイナンが前もって帰宅の正確な日時を伝えていれば、証書も先に受け取っておくことが出来たのに、急に帰ってきたため、証書提示の申請を昨日、行った。

その申請に基づいて、翌日、つまり今日、証書へ署名できるはずだった。

それが、『諸般の事情』により、できないと連絡を受けたのだ。

一度受理した婚約証書への署名を拒否するなどできるはずがない。だというのに、諸般の事情などというものにより、本日よりしばらくは署名させる対応ができないというのだ。

昨日の、オルダマン侯爵邸の花の咲き乱れが、あっという間に広まったせいだ。

チェルシーの力が、思ったよりも強いかもしれないと王家が知ってしまった。城にいた間には、城の庭園などには何の変化もなかったらしいので、力の発動条件などを調べているかもしれない。

チェルシーがオルダマン侯爵家養女になってからの領地の豊作は目を瞠るものがある。

チェルシーの力とは無関係だと一旦は判断したはずだが、もう一度調べ始めたかもしれない。

オルダマン侯爵領内を調べたとしても、何もありはしないのだが。

聖女の力の発動条件などがあると思われたら、さらに面倒なことになる。

オルダマン侯爵家は、聖女の力を独り占めしたいわけではない。

ただ、チェルシーを幸せにしたいだけだ。

それが、ダイナンの傍であればいいと願っている。

王家が圧力をかけて、証書提示を遅らせているのだろうが、こちらは正式な手続きに則り、しっかりとすぐさま署名させてもらうようひたすら書類を積みかさねている。

そのために余計な書類は増えるが、向こうが権力で来るならば、これしか対抗手段がない。

「しかし、噂が早いですね」

ダイナンは、積み上げられた手紙を見てうんざりする。

無駄な書類が増えた上に、手紙も大量だ。

実際見たのか、噂を聞きつけただけなのか、王都に住む貴族たちからの真偽を確かめる手紙だ。

面倒だが、無視できない。

無視や適当な返事をすれば、『聖女を占有しようとしている』と思われ、反感を買い、王家が大義名分を得て介入しやすくなる。

逆に、丁寧に対応すれば、オルダマン侯爵家に味方した方が『聖女の恩恵』に与れると、こちらにつく人数が増える。

全ての手紙に早急に返事が必要だ。

「お前が暴走するからだ。せめて婚約証書への署名が終わってからだったら」

「暴走したわけじゃありません。チェリーが目の前にいてプロポーズしない男はいません」

エドワードは、少々、次代当主の頭が心配になった。

そんなわけないだろうと言ってやろうとしたが、忙しかったのでやめた。

「ああ、チェリーが可愛い。婚礼衣装は採寸から一緒にいたかったのに。この手紙の山がっ」

採寸から一緒にいてどうするつもりだ。チェルシーが下着姿になる時には追い出されるはずだろう。

却って忙しい方がよかったのかもしれないと、密かにエドワードは思った。

お互いに書類に没頭し、時折、家令が追加の手紙を届けに来る。

この量は、王都に住む貴族以外からも来ているかもしれない。とすれば、明日も明後日も、問い合わせの回答に忙殺される。

チェルシーに会いたい。執務室でお茶でもしていてくれないだろうか。それは、彼女が気を遣ってのんびりできないか。だったら、ダイナンがチェルシーの部屋で執務を行うのはどうだろう。

ふと、ダイナンが手を止めて、エドワードを見る。

「父上、庭園の不可思議な現象に初めに気が付いたのは誰です?」

ダイナンの静かな声に、エドワードも手を止める。

「庭師だと聞いている。リドルに報告が上がって、私も確認した」

「庭師に話を聞けますか?」

庭園の花は、一斉に花開いたと聞く。

その一瞬を通りから見ることができるほどオルダマン侯爵邸は、開放的ではない。しっかりとした壁に囲まれているし、通りからはそれなりに距離がある。花びらが舞い上がって、初めて侯爵邸の外を通る人たちにも、中の様子に気が付かれたのだろう。

だから、庭師が第一発見者だというのは確実だ。

「何を聞く?何か、手紙に気になる内容があったのか?」

だが、最初に目にしたからと言って、特別な報告はない。早いか遅いかだけだ。目撃した瞬間にだけ何か特別な現象があったとは聞いていない。

エドワードの問いかけに、ダイナンはしっかりと頷く。

「タイミングです。花開いたのは、私がチェリーを見つけた時か、プロポーズをした時か、はたまた押し倒した時……その後のお土産を開けていた時か」

「?報告を受けてから、チェルシーの部屋に行って、チェルシーを押し倒しているお前を見つけたから、その前だ」

ダイナンは、「なるほど」と小さく呟いて頷いている。

真面目に相手をしてしまったことを後悔しながら、エドワードは一応聞いてみる。

「――それが、何に必要だ?」

「私のやる気に繋がります!」

どうやら、ダイナンは疲れたらしいと判断して、エドワードはお茶の準備をするように合図をした。

「抱きしめた瞬間だったら、チェリーはそれほど喜んだということでしょう!うわ、滅茶苦茶可愛いっ!」

興奮するダイナンを横目に、エドワードは遠い目をして紅茶をすする。

――チェルシーが関わると、息子は馬鹿になるな。

終わりが見えない書類に埋もれながら、またペンを持ち上げた。


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