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必ず守る

「はい。ごめんなさい。そんなに慌てさせるつもりはなかったの」

入浴中だったか、入浴を終えて着替え中だったダイナンは、家令に話を聞いた途端、こちらに大急ぎで向かってくれたということだろう。

そんな格好で走ってくるほど急がせるのは想定外だ。

「謝る必要はない。急いだ分、チェリーと一緒にいられる時間が長くなるのだから」

ダイナンは、甘く瞳をとろかせて微笑む。

それは、こうして想いを伝えあう前には決して見せてくれなかった表情だ。

「そんなに寂しかったなら、部屋まで来てくれて構わないのに。ああ、チェリーはなんて可愛いんだろう!」

言いながら、感極まったダイナンが、チェルシーを抱き寄せる。

そのシャツがはだけたままで抱き寄せるのは何としてもやめてもらいたい。

頬に熱い胸元がくっつくではないか。

思わぬところでダイナンの素肌に触れることになってしまい、チェルシーはカチコンと固まってしまっている。

逞しい胸板が頬に当たる。

頭の上に頬ずりをされている感触がある。

こんなあられもない格好を披露された上に、可愛い可愛いと呟かれて、顔を上げられない。

「ダイナン様!お召し替えを!!」

家令が二人の間に力ずくで割り込んでくる。

ダイナンは不満げだが、チェルシーは助かったと息を吐く。

「久しぶりのチェルシーなのだから、もっと好き勝手に堪能させてくれてもいいじゃないか」

久しぶりの、のところで、チェルシーはやっと思い出す。

「お兄様、お疲れでしょう?どうぞお座りください」

さっきまで座っていたソファーに誘導し、向かいに座ろうとすると、手を引かれて隣に座らされた。

ダイナンは、あっという間にタイまで結んで上着を着ると、チェルシーの肩に手を回し、引き寄せる。

「土産が届いたようだね。よかった。一緒に開けたかったんだ」

部屋中のテーブルに置かれた箱を見ながら、ダイナンはにこにこと笑う。

「アナが地図も用意してくれたのです」

「それはいいね」

ダイナンは、離れていた三年間の話をたくさんしてくれた。どの土地に行っても、チェルシーを思い出して、お土産を買ってくれたようだ。

会えていない時にも、そうやって思い出してくれていたと聞いて、胸が高鳴る。

会いたいと思っていたのは、自分だけでなかった。

ダイナンは、箱を開けて物を見ると、それを買ったときの情景を思い出すようで、一つずつ説明をしてくれた。

「これは、雪花セッカと言って、その名の通り、雪の中で咲く花だよ。白く小さな花を無数に咲かせる。こちらでは珍しいからね。押し花にしてみた」

中には、手作りのものまであって、驚きだ。

「わあぁ。綺麗です。お兄様、こういうものを作るのもお上手なんですね」

「ふふ。初めてしたんだ。チェルシーのためでないと、こんな労力なんて使う気にならないからね」

ごく自然に、チェルシーは特別だと言われ、ポッと頬が赤くなる。

ここで暮らしていた時にも言われ慣れているような言葉も、ダイナンの視線と声のトーンが甘くて、些細なことでも赤面してしまう。

そうして、頬を赤くするたびに、ダイナンはうっとりと微笑んで、

「可愛い」

と、チェルシーの頬にキスをするのだ。

あまりに空気が甘やかで、チェルシーはさらに固まってしまう。

そこに、ノックの音が響く。

アナが対応して入室してきたのは、エドワードだった。

「ああ、土産か。私にも見せてもらえるかな」

「……父上にはありません」

チェルシーはえっと驚くが、エドワードは分かっていると平然と頷く。そうして、向かいのソファーに座ると、持参した書類を読み始めた。

「お忙しいのでは?」

ダイナンが聞けば、エドワードはあっさりと頷く。

「ああ。もう少ししたら、お前にも手伝ってもらう」

土産を見たいと来たはずなのに、エドワードは土産に一瞥もくれずに読み終わった書類にサインをした。

「今、ここにいるのは、何のためです?」

「リドルから、抑制のためにここで執務をしてくれと頼まれた」

抑制?首を傾げるチェルシーとは対照的に、ダイナンは分かったようで、眉間にしわを寄せる。

「余計なことを」

「自制できなさそうだったのだろう」

「鋭意努力中ですよ」

よく分からないが、エドワードもここに居てくれるらしい。

チェルシーは、仲の良い親子の会話をにこにこと笑いながら聞いていた。

「お父様。お土産の中に、星のような飴があったのです。一緒に召し上がりませんか?」

金平糖という、星のようで、小さな可愛らしい飴だ。瓶詰になっていたそれを差し出すと、エドワードは目を細めて頷く。

「それはいいな。美味しそうだ。どの色をくれるかな?」

赤、青、黄色、白。どれもこれも可愛らしくて、チェルシーには選べない。

「お父様が選んでください」

瓶を両手で差し出すと、顎を触りながら、エドワードが瓶を受け取る。

「ふむ。では白をもらおう。……チェルシー、口を開けてごらん?」

瓶から一粒取り出して自分の口にいれた後、エドワードは素直に口を開けたチェルシーの口の中にも一粒放り込む。

「同じ白だ。甘いな」

「はい。とっても美味しいです」

「――って、何しているんですか!私がしたかったのに!」

ダイナンが瓶を奪い取り、チェルシーに一粒差し出す。

「チェリー、もう一度口を開けて?」

「は……えと、今はまだ口の中にあるので、できません」

食べかけのものが入っている状態で、それはできない。そもそも、口を開けて見せるのだって、ダイナン相手はなんだか恥ずかしい。

「くっ……!チェリー、父上はもう気にしなくていい。忙しいようだから、話しかけるのもしないほうがいいからね。そこに座っているただの置物だと思おう」

「お、置物……?」

さすがに、エドワードにそんなことは思えない。

だが、忙しいようだから話かけていけないと言われれば、了承するしかない。チェルシーは頷いて、次の箱に取り掛かった。

箱を開けて、ダイナンが説明をしながら地図に印をつけてくれる。

「チェリーも一緒に行こう。どこに行きたいか考えてね」

ダイナンと旅行に行けるなんて。そんなことが本当にできるのかと、ドキドキする。

そうして、全てのお土産を開け終わるころには、随分と遅い時間になってしまっていた。

地図は、印だらけだ。逆を言えば、ダイナンはこれだけの土地を巡り、多くの知識を得て回ったということ。

チェルシーは感嘆のため息を吐いた。

「チェリー、明日は結婚の準備をしよう。そうだな、屋敷を花で埋め尽くして、この街道も全部飾り立てよう。チェリーの美しいドレス姿も楽しみだ」

結婚の準備!?言われた内容に、冗談ではないかと思ってしまうが、ダイナンはうっとりとこちらを見つめてくる。

「屋敷はもう、花に埋め尽くされている。それより、結婚の準備よりも前に、ダイナン。やらなければならないことがあるだろう」

埋め尽くされている?さらりと言ったエドワードの言葉に首を傾げるチェルシー。

同じく、ダイナンも隣で首を傾げていた。

「やらなければならないこと?結婚準備よりも前にですか?ありません」

「はっきりと否定するな。結婚相手の親への挨拶だ」

エドワードが、腕を組んでソファーで胸を張る。そして、チェルシーに隣に来るように促す。

チェルシーは言われるがままエドワードの隣に移動するが、ちょっと意味が分からない。

結婚相手の親。この場合は、エドワードしかいない。

チェルシーがエドワードに、ダイナンとの結婚を求めるのなら分かる。チェルシーは、結局は養女だ。後継のダイナンの嫁として不足していると思われる。

それでも、チェルシーが聖女であることを考えて、ダイナンの妻になることを許可してくれた。

そして、今。

チェルシーはエドワードの隣に座り、ダイナンは求婚者の位置にいる……ような気がする。

「……許可はいただいたと思いますが」

「オルダマン侯爵として、事務手続きは了承した。が、チェルシーの親として、お嬢さんをくださいと言われたいのだ」

チェルシーはどうしようとダイナンとエドワードの両方に視線を行ったり来たりしている。

エドワードは、王太子相手であればそういう挨拶はなかったはずだが、ダイナン相手であればできると嬉しく思っている。娘がいれば、この局面を迎えてみたかったのだ。ちなみに、ソフィアの時にも向こうはしっかりと挨拶に来た。

「私の親でもあるので、そこは割愛させていただきます」

「お前に娘はやらん」

チェルシーはびくりと体を震わせ、それを見たダイナンは頬を引くつかせる。

エドワード相手であれば、無視してもいい。書類は通っているはずだ。彼がチェルシーを窮地に追いやるような下手を踏むはずがない。

これは茶番で、エドワードの個人的な趣味だ。

だが、ここでダイナンが嫌がってチェルシーが悲しむくらいならば、ひざを折る。

ダイナンは立ち上がり、片手を心臓の上に置き頭を下げた。

「ダイナン・オルダマン侯爵家嫡男でございます。チェルシー・オルダマン侯爵令嬢を妻に迎える栄誉をお与えください」

「チェルシーはとても素直でいい子だ。大切にしてくれるな?」

「もちろんでございます。この身が持てる最大の愛情を注ぎましょう」

エドワードは、そっとチェルシーに視線を向ける。

彼女は、真剣な表情で頭を下げ続けているダイナンを食い入るように見つめていた。

「何があっても?」

これから、王家の干渉が予想される。エドワードは家令から報告を受けている外の様子から派生するこれからのことについて考えを巡らせる。

「はい。彼女が幸せに微笑んでいることが、私の存在価値。彼女を決して手放しはしません」

「さすがに執着が過ぎるな」

「さっさと許可をください」

ダイナンが姿勢はそのままに、イライラと先を促す。

エドワードは笑みを浮かべて、隣のチェルシーに顔を向ける。

「チェルシー、いいかな」

彼女は、目を潤ませたまま、エドワードに向き直り、一つ大きく頷いた。

「よし。では、結婚を許可しよう。――必ず、守るぞ」

ダイナンはその言葉に、エドワードの目を見て強く頷く。

「当然です」



その日、オルダマン侯爵邸は季節など関係なくあらゆる花が咲き乱れ、どこからか飛んできた花の種さえも舞いながら花を咲かせた。

その奇跡の光景は、道行く人の足を止めさせ、ある者は大切な人をわざわざ呼びに行った。

オルダマン侯爵邸の前の通りは、何かの催し物でもあるかの如く、人を溢れ返させた。


侯爵邸の庭にある植物が、全て一斉に花を咲かせ、王都中の話題となってしまったことを、チェルシーはまだ気が付いていない。



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