お土産
お茶とお菓子を楽しんで、ホッと一息つくと、たくさんの荷物が運び込まれてきた。
「ダイナン様からのお土産です」
呆れた様子を隠さずにアナが教えてくれる。
さっきお土産をたくさん持って帰ってきてくれたと言っていた。
素直に嬉しくて、机の上に並べて置かれる箱を眺めて……眺めて……。
「チェルシー様、こちらのテーブルにも置かせていただいてもいいですか?」
侍従が運び込んでくる数が、思った以上に多くて、少し引きつつも頷く。
――どれだけ買ってきたの、お兄様。
結局、勉強机も花台も食卓もソファーの前のテーブルもお土産でいっぱいになってしまった。
この量は、帰国が決まってから買った量ではないと思う。
忘れないようにするためか、一つ一つにカードが挟まり、地名が書いてある。
「アナ。地図はあるかしら?」
アナは、すぐに地図をもってきて広げてくれる。それと、ペンとメモ紙も。地図に数字をつけながらプレゼントにも同じ数字を振れば、どこのお土産なのかすぐに分かるという。
「すごいわ、アナ!」
チェルシーは手を叩いて喜んで、早速地図の上で地名を探し始めた。
でも、探し始めてすぐに手を止めて、部屋のドアが気になってしまう。
――お兄様はいつ来てくださるのだろう。
後から……とは言っていたが、どれくらいしたら、また来てくれるのかが気になる。
多分、ダイナンの自室に行ったのだと思う。確認はしていないが、チェルシーの部屋でさえそのままにしていてくれたのだ。留学が終わって戻って来る予定があったダイナンの部屋だって、そのままのはずだ。
部屋で、入浴をして着替えをして……それから?
一緒にお土産を開けようと言っていた。きっと、開けながらいろいろな話もしてくれるのだろう。
地図を見て、さらに楽しい話になるだろう。
ダイナンから聞く話も楽しみすぎて、そわそわしてしまう。
地図に番号を振るところから、一緒にした方が楽しいかもしれない。
アナは、先ほどチェルシーが使った茶器の片づけをしている。
少し気になるからというだけでわざわざ声をかけるほどではないよねと思って、そっと立ち上がる。
ドアを少しだけ押して開いてみる。
声がしないので、廊下には誰もいないのだろう。
ダイナンは、部屋に行って、そろそろ戻ってきてくれるのではないだろうか。
もしかして、こちらに向かってきてくれているとか。
チェルシーはそっとドアから首だけ出して、廊下を窺う。
キョロキョロと見回してみようとして、ドアの横に立っていた警備の人間と目が合ってびっくりしてしまう。チェルシーよりも、向こうの方がびっくりしただろうけれど。
しまったと思いながら愛想笑いしたところで。
「――チェルシー様?」
声をかけられる。
通りがかった家令が目を丸くしてチェルシーを見ていた。
「どうかなさいましたか?」
普段から穏やかに佇んでいる家令に、驚いた顔をさせてしまった。
途端に、自分がしていたことがはしたないことだと思いだした。
咎められているわけではないけれど、心底驚かせてしまった。チェルシーは首をすくめて謝った。
「ごめんなさい。なんでもないの」
もしかしたら、エドワードとダイナンが廊下で話をしているかもしれないと思ったのだ。そうしたら、いつになるかを聞いて、『早くしてね』と我儘も言えるかも知れないと思った。
それで、まだかな……と廊下を覗いてしまった。
なんとも、淑女らしくない振る舞いだった。
気になるなら、片付けをしている途中だからといっても、アナに廊下の様子を見に行ってもらうべきところだ。
エドワードの執務室は、チェルシーの部屋よりも応接室に近い。来客にも対応するよう、1階の玄関近くにある。
逆にチェルシー室は屋敷の中央付近にあって、チェルシーの部屋は三階だが、エドワードとダイナンの私室は二部屋とも二階だ。
階が違うのだから、ダイナンが部屋に戻ったのならば、チェルシーの部屋から廊下を覗いたくらいでは見えない。
だというのに、廊下に顔だけ出すなんて。
自分の行動が恥ずかしくなって、ささっと部屋に引っ込んだ。
ドアを閉めると、背後からも声が掛けられる。
「チェルシー様?」
部屋の中にも、チェルシーの奇行を驚いているアナがいた。
「どうされました?御用でしたら、私がお伺いいたします」
本当にそうだ。お願いすればよかったのに、どうにもそわそわして、一人で歩いてしまった。
いたたまれなくて、足早にソファーまで戻る。
「そうね。ごめんなさい」
チェルシーはソファーに座って、小さくなって反省する。
ダイナンに久しぶりに会えた後から、淑女の仮面はぽろぽろと剥がれ落ちて行ってしまっている。
「お兄様は、どうされているのかと思って」
――恥ずかしい。
オルダマン侯爵家にいた頃も計算に入れれば、八年間も淑女教育を受けているのに。
城では、こんなことをすればとても叱責されていた。
一月も経たないうちに、甘やかされて品のない行動をとるようになるなんて、どうかしている。
「まあ。では、確認してまいりますね」
だけど、アナは嬉しそうに微笑んで確認に向かってくれる。
「でもっ……おっ、お忙しいようだったら、別に、いいの。そんな、急ぐ用事があるわけではなくて」
考えてみれば、忙しくなくても、長旅の後だ。ゆっくりしたいに決まっている。
帰った直後にチェルシーがいじけてしまって、慰めてもらったから、ダイナンはまだ旅装を解くこともできていなかった。
それなのに、さらにわがままを言うなんて。
これから、結婚する相手なのだ。時間はたくさんある。
そう考えてから、自分の考えを反芻。
結婚?
結婚……。
――お兄様と結婚……!
自分で思い描いて、自分で赤面した。
そうだ。結婚が決まったのなら、これからたくさん話す時間だってあるし、ずっと一緒にいられる。
こんな忙しい時にわざわざアナを使いに出してまで調べないといけないことではない。
チェルシーの言葉をドアの前で待っているアナに首を振った。
「いいえ。やっぱりお疲れなはずだわ。明日で――」
言いかけた時、ココココンッと軽快にドアを叩く音がした。なんというノックの仕方だと、目を瞬かせている間に、返事を待たずにぱっとドアが開く。
「チェリー!」
「ダイナン様!」
ダイナンと彼を追う家令が部屋に駆けこんできた。
「お兄様!?」
ダイナンは、髪が濡れたままで、ズボンははいているけれど、シャツを軽く羽織ってタオルを首にかけていた。
「お返事も待たずにドアを開けられるなんて!」
アナが咎める声を出すが、それも無視して、チェルシーに駆け寄ってくる。
チェルシーは慌てて立ち上がってダイナンを迎え入れるが、思わずはだけた胸元に視線が向かいそうになってしまい、視線をうろつかせる。
「お召し替えを終わらせてからと申し上げたでしょう!」
ダイナンのすぐ後ろから、家令が上着とタイを持って怒っている。
そりゃあ、こんな格好で走っていったら、怒るだろう。
「チェリーが寂しい想いをしているのに、呑気に身なりを整えている場合じゃないだろう?」
家令に怒り返して、ダイナンはチェルシーの横に座る。
いや、身なりはぜひとも整えて欲しい。挙動不審になっている自覚がある。
そのチェルシーの態度をどうとったのか、ダイナンが心配そうに身をかがめる。
「チェリー。何かあったか?」
こんなに慌てさせるほど、なにか心配させてしまっただろうか。
「あの、いえっ、私、べつに」
「さっき、不安気に廊下へ顔を出していたとリドルから聞いた。私を待っていた?」
リドルとは、家令のことだ。
家令が、さきほどのチェルシーの行動をダイナンに伝えてくれたようだ。それで、彼は急いでチェルシーの元まで来てくれたのだ。
ただ、少しでも早く来て欲しいという我儘だったのに、こんなに慌てさせてしまった。
チェルシーは罪悪感と、少しの高揚を感じてしまう。ダイナンが何よりも自分を優先して急いできてくれたことが嬉しい。
「はい。ごめんなさい。そんなに慌てさせるつもりはなかったの」




