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ここにキスをされるのが好き?

「会いたかったよ。チェリー。お土産もたくさん持って帰ったから、後から一緒に開けよう」

想像したとおりのことを言われて、チェルシーはふふっと笑う。

そうして、開いたままのクローゼットを見て、ふと疑問に思う。

「そういえば、お兄様。何故、私がいる場所がわかったの?」

外に出たように見せかけるものはたくさん作った。

それなのに、ダイナンは窓に近づくことすらせずに、一直線にクローゼットを開けた。

「あんな結び目で、負荷がかかったとは到底思えないし。それに、人ひとり、カーテンが支えられるわけないだろう?やってはいけないからね。降りる前にカーテンがレールから外れて落っこちるよ」

――知らなかった。小説の中のお姫様は、カーテンに捕まって窓から逃亡していたのに。

チェルシーは、勉強以外の物語をたくさん読む時間はなかったが、身分差のある愛の逃避行の物語が好きだった。

「だから、逃げたとみせかけて、部屋にいるなと思って」

ダイナンが簡単に言い放つ。

「それでも、他を全く探さないで、すぐに見つけたでしょう?」

チェルシーは、侯爵令嬢として、それなりに広い部屋を貰っている。今居るリビングと別に寝室だってあるし、広くはないが、シャワー室やトイレだってついている。ベッドだって大きいから、そこを探したって良いはずなのに。

「チェリーはかくれんぼのときは、いつもあそこだろう?」

当然のように言い放たれて、チェルシーは固まる。

そうだった。

オルダマン侯爵家に引き取られたのは十歳だった。本当は、もうかくれんぼなんて子供っぽいと思うくらいの年だ。

だけど、ダイナンやソフィアが、時にはエドワードまで自分を探して回ってくれるのが嬉しくて、一緒にかくれんぼをして欲しいとせがんでいたのだ。

ただし、かくれんぼをするのは好きだったが、暗い場所で一人になるのは怖くて、宝物の山に埋もれるために、いつもあそこに隠れていた。

だけど、あそこは最高の隠れ場所で、早々に見つかる事なんてなかったのに。

「チェリーがわくわくしながら隠れているのなら、付き合ってもいいけれど、泣いているチェリーを放っておくことは出来ないからね」

なんでもないことのように言っているが、だったら、あのかくれんぼをしている時、『チェリーはどこかなあ?あれえ、いないなあ』と独り言を言っていたのは。

ダイナンがクローゼットの前を行き来するたびに両手で口を抑えて笑うのをこらえていた。とてもドキドキワクワクして楽しかった。

――知っていたのか。

ダイナンを見ると、にっこりという擬音が似合う笑顔を見せられた。

八年越しに、子供の頃のかくれんぼの真相まで分かってしまい、とても恥ずかしい。

ダイナンは、チェルシーの手を恭しく持ち上げ、指先にキスを落とす。

「ずっと好きだった。こんなふうに触れることが出来るようになるなんて、夢のようだ」

ダイナンも、チェルシーと同じように夢のようだと思ってくれている。

それが嬉しくて、チェルシーも微笑んで頷く。

ダイナンの唇が、啄むように手首から段々と上にのぼってくる。……どこまで上ってくるのだろうか。すごく恥ずかしくなってきて、手を引くが、離してくれない。

チェルシーの手を取る手とは逆の手が、彼女の腰を抱いていて、体ごと離れることもできない。

「あ、あの、お兄様、そこらへんで……」

声をあげて止めるが、ダイナンは止める気がないようだ。

「ん。チェリーはここにキスをされるのが好き?」

ちょうど二の腕に差し掛かったところで唇が止まる。

好きとか嫌いとかの話ではないのだ。……あえて言うなら、ぞわぞわする。

「諦めきれなくて。チェリーが王子と結婚して幸せになったなら、諦めもつくかと思って待っていた」

二の腕に唇をあてたまましゃべらないで欲しい。

「ああ。待っていてよかった……!」

「きゃうっ!?」

柔らかなところに突然吸いつかれて、変な声が出てしまった。

「ああ、ごめん。感極まってしまったよ」

ダイナンが唇を放すと、そこは少し赤くなっていた。

謝るように鬱血痕をぺろりと舐めて、ダイナンが顔を上げた。

チェルシーは、舐められたことももちろんだが、言われた内容にも動揺して、きっと顔は真っ赤になっているに違いない。

「お、お兄様は、我慢してはないですか?」

我慢さえしてなければいい。

彼が幸せならば、ダイナンと結婚できることが嬉しくないはずがないのだ。

「我慢はしている」

「えっ!?」

しかし、間髪入れずに返ってきた言葉に、チェルシーはさらに驚く。

「チェリーを寝室に連れ込みたいのを、必死で我慢している。――まさか、我慢しなくていいのか?」

「それは我慢してください!頑張って!」

応援までしてしまった。

元々、貧しい農場で育ったのだから、営みはそれなりに知っている。目にしたことは無いが、父と母がそれをして、妹と弟ができたはずだ。

不満げに口をとがらせてダイナンが見てくるが、チェルシーが言ったのはそんな我慢ではない。

「そ、そうではなく!あの、私と結婚することについて……」

「ああ、なるほど。それも我慢の連続だな」

眉を寄せるダイナンを見上げる。

連続?

「すぐにでも籍を入れて夫婦になりたいのに、父上がドレスだ、会場だと邪魔をするだろうな。一月は必要だとか言いだすかもしれない。しかも、着飾った可愛いチェリーを大勢に見せなければいけないことも我慢しなければならないのだろうな。ずっとチェリーを抱きしめていたいのに、多分挨拶もさせられるし。部屋だって……」

「そ、そうですね!頑張りましょう」

滔々と流れだした甘い言葉に耐え切れなくなってしまい、遮った。

何を我慢だと感じるのかは、人それぞれなのだなと思った。

ダイナンは、チェルシーの返答に不満げな顔をしてから、諦めたように息を吐いた。

そうして、真面目な顔をして立ち上がる。

首を傾げて見上げたチェルシーの前で、ダイナンは跪いて手を差し出した。

「チェリー。俺と結婚してくれるか?」

ダイナンが、『私』ではなく『俺』と言った。それは、言葉を繕うことをしないとき。家族内でも、ほとんど使わない一人称だ。

ダイナンが『俺』というときは、とても動転している時か、緊張している時だと知っている。

改めて言われた言葉に、チェルシーの胸が高鳴る。

さっきまで悲しみでつぶれそうだったのに。

こんなにしぼんだり膨らんだりしたら、チェルシーの心臓が壊れてしまうかもしれない。

一度口を開けて、声が出なくて、一度胸に手を当てて大きく息を吸った。

その間も、ダイナンは真剣な表情でチェルシーを待っていてくれる。

嬉しくて。幸せで。


「はい」


心の内から湧き上がる悦びのままに笑みを浮かべて、返事をした。

「~~~~~っ、やっぱり少しだけ!」

突然、ダイナンが抱き付いてきて、押し倒される。

「えっ?ええっ?」

「キスしていい?」

嬉しそうなダイナンが、覆いかぶさったままチェルシーの目をのぞきこんでくる。

――そんなこと聞かれても!

じわじわと確実に体温が上がって、チェルシーは、これ以上ないくらい真っ赤になっているはずだ。

「殿下は、何もしなかったのだろうね?」

ダイナンを見上げたまま動かなくなったチェルシーを、楽しそうに見下ろしている。

「は……はい。話も、ほとんどしたことが、ない、のでっ」

チェルシーの返事に、ダイナンは満足げに微笑む。

「俺も初めてだから。初めて同士、ゆっくりと練習しよ……痛えっ!?」

突然、ダイナンが頭を押さえて落ちてきた。

受け止めようと手を伸ばすが、触れる前にダイナンは浮かぶように離れていく。

何が起こったのか分からずに、ダイナンを追いかけるように体を起こすと、彼の襟首をつかんだエドワードが立っていた。

「お、お父様!」

こんな状態を見られたことが恥ずかしくて、慌てて立ち上がろうとするが、手で制される。

「チェルシー、大丈夫だ。ゆっくりしていなさい」

優しい言葉とは真逆に、エドワードは、ダイナンを床に放り投げる。体の大きさはダイナンの方が大きいのに、不意を突かれたからなのか、やられるがまま、転がっていた。

「痛い!」

ダイナンが呻くが、エドワードは、全く息子に目をむけない。

「チェルシー、大丈夫か?嫌だったら嫌だと言いなさい」

エドワードが気づかわし気にチェルシーの顔を覗き込んでくる。

「いえ、誤解を解いてもらったので、大丈夫です」

「無理をしていないか?あんな無神経な発言をする男が嫌なら嫌でもいいぞ。結婚せずにゆっくりしてもいいし」

あんな無神経な発言、とは、きっとダイナンがエドワードの執務室で叫んだことだろう。

「なんてことを言うんですかっ!?」

ダイナンが飛び起きるが、エドワードにもう一度首根っこを掴まれる。

「手が早すぎるだろう?何をしてくれているんだ?愛娘に手を出された父親の気持ちがわかるか?」

いや、その掴んでいるのは、愛息子のはずだが。

エドワードの剣幕が怖いのか、ダイナンは視線を逸らしている。

「いや、流れ的に、そういう感じに……」

そう言い始めたダイナンを無言で引きずりながら部屋を出て行く。

エドワードの思いがけない力に、チェルシーは無言で見送ってしまう。

「チェルシー!後からまた来っ……痛いですよ!」

チェルシーに慌てて手を振って、後半はエドワードに向かって文句を言う。

「当たり前だ!このバカ息子が!」

叱りつけられながらも、ダイナンはチェルシーにずっと手を振ってくれた。

親子げんかしながら出て行く二人を、座ったまま見送ってしまった。

「チェルシー様、お顔を冷やしましょうか。お菓子の準備もいたします」

アナがチェルシーを覗き込んで微笑んでいた。

顔を上げると、外に逃げたように見せかけるための細工はあっという間に無かったことになっている。

「ありがとう。……ごめんなさい」

外に放り投げたシーツも、洗濯に出されるのだろう。手間を増やしてしまった。

アナは、チェルシーの謝罪は聞こえなかったように微笑んで冷やしたタオルを差し出してくれた。

冷たいタオルで目元を覆い、ほっと息を吐くと、落ち着いて来て……じわじわと顔が熱くなってくる。

冷やしているのに、顔が熱くなるとは。

ゆっくりと深呼吸をして、落ち着こうとするのに、ダイナンを思い出せば、顔が熱くなってしまうのだ。

ついでに、勝手に顔がにやけてしまう。

一生懸命冷やしているふりで、タオルで顔全体を覆ってみる。

周りにも分かってしまうだろうが、仕方がない。

だって、嬉しい。

嬉しくて、幸せで、感情なんて隠せない。

本当だったら、飛び跳ねて回りたいのに、ソファーに座ってタオルで顔を覆っているのだ。チェルシーには上出来だ。

だけど、ダイナンがもう一度来てくれるまでには、赤くなった顔は戻したい。からかわれたりしたら、もっと赤くなってしまうもの。


チェルシーは、幸せな悩みを抱えながら、ゆったりと座っていた。



作業おわんなかった……。

眠いので、寝てきます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「あんなこと、とは、きっとダイナンがエドワードの執務室で叫んだこと。」 「あんなこと」と言ってるセリフを見つけられませんでした。 どこで言ってましたか?
[一言] |人ひとり、カーテンが支えられるわけないだろう? カーテンはともかく、20世紀のカーテンフックとカーテンレールは3歳児の体重さえも支え切れませんでしたよ…… まだ新築のマンションだったのに…
[気になる点] 元々、貧しい農場で育ったのだから、営みはそれなりに知っている。目にしたことは無いが、エドワードと母がそれをして、妹と弟ができたはずだ。 エドワードに唐突に不倫の冤罪が・・・
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