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聖女

チェルシーは農家の娘として生まれた。

王都よりもずっと西にある、山岳沿いの小さな村の農家だ。

畑と民家以外に何もない村だった。もちろん、豊かではない。村人全員が貧しかった。

田舎の農家での子供たちは、労働力だ。

だから、農家は大家族になる。

チェルシーの家も大家族で、自分が何番目の子供だったのか、はっきりと分からない。

多分、七番目か八番目。下にも何人もいた。

毎日毎日、土を掘り返し、草をむしり、水を運んでいた。

売り物にならない作物が、主な食材だ。

時々、野菜が売りに行っても余るほど豊作になった場合は、食卓が豪華になる

だから、育てている作物がたくさん実ればいいのだと思った。

たくさん育てばいいと、一生懸命お世話をした。

チェルシーがお世話をすると、作物が大きく育つと、両親は喜んでくれた。

本当に、何故か分からないが、チェルシーがお世話をしている一帯だけ、ひとまわり野菜が大きいのだ。

「チェルシーは優しいから、植物が愛情を感じ取っているのかもね」

一つ上の姉が、焼き芋をほおばりながら褒めてくれた。

そんな風に暮らしていた。

それは、年数を経ても変わらない。兄はお嫁を貰って、畑を耕している。姉たちは、お嫁に行って、畑を耕している。

みんな、同じ村の同じような農家で同じようなことをして暮らす。

チェルシーも、あと数年すれば、同じようにどこかにお嫁に行くのだと思っていた。


十歳のとき。

天候不順によって、村に飢饉が襲った。

この貧しい村は、もう飢えて死ぬことを覚悟するほど、長雨で作物がみんな腐ってしまった。

だが、チェルシーが世話をしていた植物だけは、全く影響を受けなかったのだ。

それどころか、雨を吸ってさらに元気に、大きくなったように見えた。

飢饉の状態を視察に来た領主が、村で唯一作物が実るチェルシーの家を不思議がり、家にやってきた。

チェルシーにとって、初めて見る綺麗な服を着た偉い人だった。

子どもたちは、失礼があってはいけないからと家の外にいるように言いつけられていたけれど、常にない状態というのは、気になるものだ。

兄弟姉妹、みんなで家の中を覗いていた。

領主も気が付いているようで、時折こちらをみて笑ってくれた。

領主は父と母に、野菜の育て方などを聞いていた。

他と違うことをしていないかと問われても、二人は首をかしげるばかり。

チェルシーだって、大人に教わった通りに育てていたから、何か特別なことをしたことはない。

領主は、この農地の生育状態の良さに感動し、ここで育てられている作物が何故こんなに立派に育っているのかが分かれば、他の土地にも転用できると考えた。

詳しく調べなければと、王都から各分野の専門家を連れてきた。

彼らは、土や肥料などを調べ、水も調べていたみたいだった。

邪魔にならない場所で遊ぶようにと言われ、他の子たちは川に遊びに行ったが、チェルシーは自由な時間でも何かを育てるのが好きで、家の裏で草むしりをしていた。

チェルシーは、勝手に花壇を作っていた。

そこで、畑にはないお花を育てていたのだ。

食べられないから役に立たないけれど、チェルシーはお花が好きだ。

綺麗で可愛くて、見ているとわくわくする。

その日も、いつも以上にお花をお世話する時間が出来て、地面に座り込んで草を抜いていた。

「――そのお花は、君が育てたのかな?」

突然声をかけられてびっくりした。

振り返ると、全身真っ白な服を着たおじいさんが立っていた。

真っ白な服が、真っ白なままなんて――きっと、とてもお金持ちだ。

お金持ちで偉い人と話すなんてしたことがなくて、チェルシーは慌てて立ち上がったけれど、何と返事をして良いのか分からなくて、もじもじしていた。

そうすると、おじいさんはチェルシーの前に膝をついて、にっこり笑ってもう一度言ってくれた。

「お花が綺麗だね。君が育てたのかな?」

服が汚れてしまうとあたふたしながら、チェルシーはこくこくと首を縦に振って頷いた。

「そうです。食べられないけど、綺麗だから」

おじいさんは、さらに笑みを深めて、チェルシーの手を取った。

「どうやら、分かったようだ」

手を引かれるままに、家の中に入る。

まだお客さんがいるから、家の中には入ってはいけないと言われているのに。

家に入ると、すぐに椅子に座った領主と目が合う。

おじいさんと、おじいさんに手を引かれるチェルシーを見て目を丸くした。

「カーシル様?その子は?」

領主さまに『カーシル様』と呼ばれたおじいさんはにこやかに答えた。

「神のお導きです」


チェルシーがおじいさんだと思った男性は、神官だった。

土地の調査を王都に依頼すると連絡すると、状態の話を聞いて、王都の神官がわざわざこの田舎まで出向いてきたのだ。

田舎の領主などより、よほど王都の神官の方が持つ権力は大きい。

そのカーシルが、チェルシーを聖女だと認定した。

チェルシーにとって、聖女なんて、絵本の中だけの存在だ。聖女に自分がなったと言われても、よく分からなかった。

絵本の中で聖女様は、誰よりも慈悲深く、祈りで多くの人々を救うのだ。

聖女はいるだけで、多くの恵みを与え、国を豊かにするのだと言い伝えられている。

チェルシーが知っているのは、たったそれだけだけど、そんな聖女に、チェルシーがなるらしい。でも、この村にチェルシーがいても、多くの恵みが与えられたことはないのに。

「チェルシーと一緒に、王都へ行きましょう」

カーシルが言う。

領主さまよりも偉い人が、チェルシーに一緒に行こうとお願いをする。

とてもドキドキした。


王都に行けば、家族とは離れ離れだ。二度と会えないかもしれない。

寂しいなとは思うが、だから王都に行きたくないとは思えなかった。

チェルシーはとても大切にされるはず。

父も母もいつも忙しく、かまってもらったことはないが、優しかったと思う。兄も姉も遊んでくれたし、弟も妹も可愛かった。

兄弟姉妹は、いつも一緒にいた。

兄弟姉妹がこんなに多くなかったら、もっとたくさん食べられるのにと思いながら、少なかったら、もっと働く時間が長くなるだけなのも分かっていた。

不幸ではなかった。

でも、「幸せ」だと感じたのはどれくらいあっただろうか。

家族は大切だ。

でも、「なによりも大切」ではない。

美味しいごはんと綺麗な服がもらえると分かって、そんなものいらないから家族と一緒にいたい……とは思えなかった。

薄情だろうか。

でも、きっと両親も兄弟姉妹にも、チェルシーと離れたくないなんて感情はない。

聖女をここまで育て上げた報奨金という名目で、チェルシーを王都に送り出すことでお金がもらえる。チェルシーを神の御許へお返しするという誓約書を書いていた。

カーシルにどういう意味か尋ねた。神様がいる場所に行くなんて、死ぬみたいだと思ったから。

チェルシーはこれから聖女としてのお役目を果たす。一生涯を神に一番近い場所――王都にある大聖堂で祈りを捧げ、神に一番近い場所で一生を終えるそうだ。

つまり、もう家族には会えないということだ。

もらわれていく時点でそれは分かっていたので、チェルシーは分かりましたと頷いた。

王都に旅立つ日、家族みんな寂しくて泣いた。

「元気でやるのよ」

母がそっと抱きしめてくれた。

チェルシーは泣きながら頷いて、馬車に乗り家族に手を振った。

空はどこまでも青くて、枯れてしまった畑に、ようやく緑が戻りつつあった。



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