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嫌いになったはずだ(ダイナン)

言い切った時、後ろから悲鳴のような声が上がった。

「チェルシー様っ!?」

振り返ると、小柄な女性が走っていくところだった。

「――チェリー?」

何故、ここにチェルシーがいる?

城で、王太子妃の教育を受けているはずだ。もう、オルダマン侯爵家には戻れないと聞いていた。

「チェリーがいるなら、なぜそう言ってくれないんです?先にお土産を渡して、ただいまと……」

ここまで駆け上がってきて一方的に喚き散らした自覚がありつつも、言ってみる。

会えるならば、エドワードよりもチェルシーに先に会いたかった。

余談だが、強行軍で帰ってきたけれど、チェルシーへのお土産は忘れていない。

通常時からチェルシーに似合いそうなものは渡せる渡せないに関わらず、買っておいたし、帰るとなったらしっかりと美味しいお菓子や珍しい花なども持って帰らなければならない。久々に戻ってきたのでと言いながら、城へ面会に行く気満々だった。馬車には、ダイナンの荷物よりもチェルシーへのお土産の方が多いかもしれない。

まあ、今からでも会いに行こう。

旅の汚れが付いたマントを脱いで、チェルシーを追おうとしたところで、エドワードから肩を掴まれた。

「無理だろうな。お前は今、嫌われたから」

エドワードを振り返り、眉間にしわを寄せる。

「私が、チェリーに?そんなわけがないでしょう」

チェルシーから嫌われる要素がない。なんなら、世界で一番大好きだと言われる自信もある。言われたことはないが。

エドワードが呆れた顔をするのを見て、思い付く。

「ああ、しまった!私が結婚すると聞いてショックを受けたのか。慰めないと――」

あわよくば抱きしめて、そのまま逃亡を企てよう。

思い付いた考えは、とてもいい発想だった。

ニヤリと笑ったダイナンを睨み付けつつ、ゆっくりとエドワードが言葉を紡ぐ。

「いや。お前が、自分との結婚を拒否したことにショックを受けたのだよ」

「……はい?私が、自分と?え?」

「お前の結婚相手は、チェルシーだ……ったな。今、破談になったが」

大きくため息を吐いて、わざとらしく大きな声で「別の嫁ぎ先を探さなければ」などとぬかしている。

「どういうことですか!?」

先ほどの声を上回る声で叫ぶと、険しい顔をしたエドワードが、初めて聞く声量で怒鳴った。

「お前のせいだろうが!この、バカ息子が!!」

情勢ぐらいは情報収集しておけ、このボケが。という、初めて聞くエドワードの暴言。そして、その後に説明されたのは、そんなことよりもさらに驚くべき、王家のチェルシーへの仕打ち。

「向こうに結婚する気がないならば、呼び戻せなかったのですか……!」

ダイナンは、世界中に叫びまわってもいいほどに結婚する気があるというのに!

「王家は、チェルシーの力を測っていた。その最中に惜しむようなことを私が言えば、手放したくない理由があるのかと勘繰られるだろう」

チェルシーは聖女の力が無ければ、ただの農民の娘だ。

とてもとても可愛くて、傍に居るだけで癒しになる天使のような……ただの娘だ。

「ならば、放置した方が、まだ手元に戻って来る可能性があったからな」

オルダマン侯爵家が我関せずを貫けば、チェルシーの力を裏付けるものが薄くなる。侯爵領の豊作は、たまたまであり、チェルシーとは全く関係ないという態度を示したのだ。

王家を謀っているような行動だ。謀反だと言われればそうなのだろう。

だが、オルダマン侯爵の謀反など、誰も証明出来ないのだ。

エドワードは、侯爵家当主として、養女として引き取ったチェルシーと王太子が結婚することを望んでいるように行動していた。

オルダマン侯爵家の繁栄は留まるところを知らないものになる――はずだった。

王太子とチェルシーの婚約は、まだ正式に国民に発表されたものでなかったため、婚約破棄ではなく、白紙。――なかったことになった。

王太子が不貞により婚約予定の女性以外を妊娠させたということは公にはされない。

王太子は、元々相思相愛だった女性との間に子ができ、順番が逆になってしまったが、正式に婚約者として、産後に結婚式を挙げる。……とだけ、国民に発表されることが決まった。

貴族の間では、チェルシーとの結婚が決まっていることは公然の事実だった。

それにもかかわらず、チェルシーは最初からいないものとして扱われることになったのだ。

貴族間の情報を掴んでいれば、俺は、チェルシーの立場をすぐに知ることが出来ただろう。

エドワードに呼び出されるよりも早く帰って来られていたかもしれない。

チェルシーの結婚を知ることが辛いと、目をそらし続けた結果が、これだ。


チェルシーは聖女だ。

力が弱かろうがなんだろうが、彼女が見つかった時に、そうやって城へやってきている。豊穣の力を持つ聖女を、放り出すわけにはいかない。

もちろん、国外に出すことも出来ない。

王は焦り、王太子の側妃としようとエドワードに提案した。

ただし、妊娠して、結婚が決まった正妃のすぐ後に側妃を娶るわけにはいかない。もう数年、チェルシーを侯爵邸に引き取り、このまま待っておくようにといわれたのだ。

エドワードは、とある友人に『陛下から数年待つように言われた』と悩みを打ち明けた。正妃として立つ前に、側妃が内定しているなんて、ブレイズフォート公爵にも申し訳ないと思わないかと、相談した。

そして、そのとある友人から友人へと話が広がり、ブレイズフォート公爵に伝わったのだ。

当然、ブレイズフォート公爵が、娘がないがしろにされたと怒り、側妃の話はなくなった。

エドワードは、そんなつもりではなかったと王に謝罪し、何年でも待つと訴えたが、王太子との結婚はなくなってしまった。

というわけで、チェルシーの結婚相手がいなくなったと何食わぬ顔で、言った。

その謝罪している姿を見たかった。

そんな見え透いた演技を、どんな顔でしたのだろうか。

呆れるダイナンを放って、エドワードは淡々と話を続ける。

「王家は、チェルシーが城に来れば王家の所領が豊作になると思っていたのだろうな。だが、いつまでもオルダマン侯爵家の領地は豊作で、国有地は今まで通り。どうやら、私が何やらうまいことやっていると思われたようだな。チェルシーの力は、微々たるものだと判断された。だが、一部貴族はそうとらえていない者もいる。そいつらからチェルシーを奪われるよりは、お前に、と思ったのだが」

「喜んで!」

勢いつけて返事をしたダイナンに、エドワードは冷たい視線を投げた。

「チェルシーは、今、思いっきりお前のことが嫌いになったはずだ」



「――っ!???!違うんだ!チェリー!!」

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