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結婚しない(ダイナン)

ダイナンがチェルシーへの思いを自覚してから、一年がたった。

チェルシーは完璧にマナーを覚えた。感情の制御はまだ苦手なようだが、若いデビュー前の令嬢など、そんなものだ。

王から直々に聖女を城に戻すように通達されたのだ。

よくこれまで引き延ばせたものだと思う。

チェルシーが城へと行く日付が決まって、すぐに留学を決めた。

この家から出て行く彼女を見送りたくなかった。

「お兄様。お体に気を付けてくださいね」

だけど出立の日、ダイナンは、それをものすごく後悔した。

――どうして、俺はチェルシーを置いて行こうとしているんだ。

泣くのを我慢して、一生懸命笑顔を向けてくるチェルシー。

「チェルシーも、元気でいるんだよ?手紙を書いて確認するからね?」

淑女教育が進んで、公式の場では表情を取り繕えるようになったが、家族の前では感情表現が豊かな子が。寂しいのに、ダイナンのために涙を我慢している。

そんなもの、ダイナンが我慢しなければならなかった。

彼女を城へ送り出すことをしてやらなければいけなかった。

チェルシーがいたから、母が亡くなった悲しみに気が付き、同時に癒されもしたのに。ダイナンはそれを返すこともできない。

――ごめん。情けなくて、ごめん。

心の中で謝りながら、最後にチェルシーを抱きしめた。


それが三年前。

ダイナンは周辺国を巡り、各国の情勢や流通について学んでいた。

座学として学んでいた他国の言葉も堪能に扱えるようになった。オルダマン侯爵領の農産品の流通ルートが確立できそうな取引相手が数件見つかっている。

あとは、街道の整備をするか、運河を動けるようにするか、その他の運搬方法を考えていく予定だ。

留学生として学校に通いつつ、こうやって販路を広げていくことに、やりがいを見出していた。

そんな時に、エドワードから緊急の知らせが届いた。

今、手の中にある手紙が信じられなくて、短い文章を何度も読み返した。

『ケッコンサセル。スグカエレ』

エドワードから届いた電報だ。

遠方へ緊急の連絡をするときに使われる方法だ。通常の手紙であれば、オルダマン侯爵家からダイナンがいる場所まで手紙を出せば一カ月はかかってしまうが、電報であれば三日で届いているはずだ。少ない文字数しか送れないが、緊急の要件の時などに使われる。

何かの間違いかと思うが、こんな短い文章で、勘違いがあるはずもない。

――俺が、結婚?

三年経った。

三年経ったから、チェルシーへの気持ちが冷めただろうとでも言いたいのだろうか。

こんなにいきなり、何があった?

オルダマン侯爵領は、チェルシーが城に行ってしまっても、変わらず豊作が続いている。

資産だけでいえば、もしかしたら王家を超えてしまっているかもしれない。

そのオルダマン侯爵家が、長男を突然結婚させなければならないほどの何か。

オルダマン侯爵が資産を増やしたことによって、何か不都合が起きたのだろうか。勢力が大きくなりすぎたせいで、王家に謀反の疑いでもかけられたか?ダイナンがいる国とは反対の国との戦争でも起こったか?

意識して祖国の情報を遮断したものだから、全く想像がつかない。

貴族の義務。領民のため。

幼いころから教育されたものは、しっかりと根付いている。

血を継いで、領民を守り抜かなければならない。それが、チェルシーを守ることにもなる。

理解しているけれど、納得できない。

エドワードに話を聞かなければ。

早急に王都の家に向かった。


手紙を受け取ってから十日間。

休憩もほとんどとらずに強行軍で戻ってきた。

どうしても結婚をしなければならないのかと、寝不足の頭が理性を壊していく。

チェルシーをこの腕に抱きたかった。

懐かしい実家に着いた途端、チェルシーのことで思考が塗りつぶされる。

あの花壇も、樹も、全部チェルシーが愛したままなのに、ダイナンはこの家に別の女性を迎えなければならない。

まだ、チェルシーが結婚したという話は聞かない。そうだとしたら、エドワードが手紙で伝えてくれることになっていた。嫡子であるダイナンが結婚を考えるべきだからだ。

それまでは、考えなくていいはずだった。

どうして、俺は、チェルシーよりも先に結婚をしなければならないんだ。

馬車から駆け下りて、使用人が玄関ドアを開けるのを待たずに自分で開けた。

「ダイナン様!?」

家令が咎めるように呼び掛ける声を聞きながら、エドワードの執務室に向かった。

「父上!どういうことです!?」

その苛立ちのまま、ドアを開けて叫んだ。

「どういうこと、とは?」

執務机に座ったエドワードは、目を丸くして俺を見ている。

自分でもひどい格好のまま、ひどい顔色で感情のままに叫んでいるのは分かっている。

一日休めば、おとなしく理由を聞いて、納得して結婚だってするだろう。

だけど、今は悲劇に浸りたい。

初めて愛した女性を忘れて、別の女性を迎え入れなければならないのだ。感情の制御なんて、今はやってられない。

怒りを発現させないと、こんなやるせない想いを抱えて、壊れてしまいそうだった。

「私は結婚などしないと言ったでしょう?」

「事情が変わったのだ。だから、お前に結婚してもらおうと――」

エドワードが、珍しく焦った表情で立ち上がる。

俺を宥めようとしているのか、落ち着けというように手のひらを向けられる。

だが、人生が終わった瞬間だ。

ダイナンは、明日から人形のように一生生きていく覚悟をしなければならないのだ。今くらい、今日くらい感情を乱したって許されるはずだ。


「どんな事情が変わろうとも、私は、愛する人がいると言ったでしょう。私は、彼女以外と結婚する気はない」

何度もエドワードが遮ろうと声をかけてくるが、言いくるめられる前に吐き出してしまいたい。

ずっとずっと苦しい。

本当は諦めたくなどないのに。

だから、最後の悪あがきを許してもらいたかった。


「それまでは、私は決して彼女を諦めることはできません」




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