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花鉢(ダイナン)

「チェリーと結婚したい」


ダイナンがそう願うようになるのは、当たり前だった。

妹だ、家族だと言っていたが、無意識に彼女を妻とする風景が浮かぶ。もうごまかしがきかないほど、チェルシーを女性として愛している。

「お前がチェルシーに独占欲を見せた時から分かっていたよ」

エドワードにもソフィアにも、チェルシーの愛称呼びを許さなかったときから、ダイナンの執着心を分かっていたという。

チェルシーが来たばかりの頃だ。

そんな昔から、ダイナンが認識もしていないのに、そう思われていたのは恥ずかしい。

時間があればチェルシーに構おうとしていた自覚があるのに、執着心は自覚していないなど、どれだけ鈍いのだ。

「だったら、分かるだろう」

認識していない時でさえ執着していたのだ。ダイナンがチェルシーのことを好きだと自覚すれば、妻としたがることなど想定していたはずだ。

だが、エドワードは首を横に振った。

「チェルシーは、王太子妃として育てよと命じられた」

王太子妃として教育せよと預けられた聖女を、臣下が娶ることなどできるはずもない。

しかも、チェルシーを引き取ってから、オルダマン侯爵家は、さらに繁栄を遂げている。

何を育てても豊作で、上質な農作物ができるのだ。

王家が、チェルシーのおかげでないかと考えているのは、簡単に推測できる。

「チェルシーがこのまま娘としていてくれるのは、私も嬉しい。しかし、それは聖女を、私腹を肥やすための道具として扱ったと、王家から謀反の疑いをかけられる」

そうして、オルダマン侯爵家が没落すれば、チェルシーを後見する家はなくなる。

王太子妃の後見となれるのならば、手をあげる家は数多くあるだろう。

だが、チェルシーの愛らしい笑顔を守ってくれる家はどれだけある?

「もしも……もしも、あの子が冷遇された時のため、私はこの権力を手放さない」

チェルシーが、どんなに完璧なマナーを身につけたとしても、農民の娘だと嘲笑われることがあるだろう。

蔑まれ、足を掬われ、何かあった時。

その時に、オルダマン侯爵家の養女となっているチェルシーには力がある。その力を与えてあげられる。

冷徹な視線が、エドワードから向けられた。

この権力を脅かすなと、オルダマン侯爵家後継として、王太子妃となるチェルシーを支えろと視線だけで言われた。

――頷くことしかできなかった。

エドワードの言うことが正論だ。チェルシーを守りたいなら、ダイナンと結婚なんて考えるべきではない。彼女のために、彼女を支える権力を携えること。それが、ダイナンにできるチェルシーを守ることだ。

他の男に抱かれるチェルシーを見たくない。

王太子の腕に手を添えて微笑むチェルシーを見たら、暴力さえふるってしまいそうな激情が自分の中にある。

本当は、もう少しエドワードの元で勉強をしてから行くはずだった留学を早めることを希望した。

しばらく離れていれば、きっと、穏やかに彼女を見ることが出来る。

結婚して幸せそうなチェルシーを見て、初めて、彼女を諦めることが出来るだろう。

それまでは、結婚は考えられないとエドワードに伝えると、深いため息を吐きながら了承してくれた。


ダイナンは、チェルシーに小さな鉢植えを準備した。

チェルシーは、庭の一角で育てている花壇がある。それを知っているダイナンからわざわざ渡された鉢植えを見て目を瞬かせた。

「これを……これだけを、大切に育てて?」

もしも、チェルシーの力が及ぶ範囲が『望んだ範囲』ならば、この小さな鉢植えだけに向けさせれば、他への思いが少なくなってくれるかもしれない。

チェルシーの貴重さをこれ以上広めたくない。

なんとも醜い欺瞞。

鉢の中には、小さな古い種を植えてある。庭師が言うには、休眠状態だから、水と光を与えて時間をかけないと発芽しないと言われた。

一時的にでも、彼女の奇跡の力を抑えたいと思った。

「私にくれるの?」

チェルシーは目を丸くして鉢植えを受け取った。

「ああ。チェルシーが花を育てるのが好きだと言っていただろう?私が種を植えてみた」

もしも芽が出なくても、ダイナンが見様見真似でしたものだからと言い訳ができる。

起こる事態を想定して、その時にとるべき行動を算出してしまう自分の頭がイラつく。

「う……わあ」

チェルシーが、目を見開いたまま、鉢植えを両手で抱えている。

目の錯覚か……チェルシーの周りに、光の粒子がキラキラと舞い上がっているように見える。

「すごい。すごい。――嬉しいっ」

チェルシーは、ついに涙まで浮かべて、ダイナンにお礼を言う。

嬉しい嬉しいと言いながら、鉢植えを横から下から上からと、あらゆる角度で見ている。

錯覚じゃなかった。光が、チェルシーからあふれ出ているんだ。

彼女から現れた光の粒子は、楽しそうにくるくると舞って周りに広がっていく。

木々が、草花の色が濃くなる。目に見えて、植物の勢いが増す。

もちろん、鉢植えだって例外でなく、ちょこんと双葉の芽を出した。

チェルシーはそれにも目を瞬かせるだけで、「ちょうど芽が出るタイミング見れたね」と無邪気に笑っている。

あと一カ月は、芽が出ないはずだったんだ。

そう訴えても、何の意味もない。

「ありがとう。お花のプレゼントなんて、初めてもらった!」


―――――なんだと?

さっきまで、自虐的な気分に囚われたり、光に気を取られたりと忙しかった。なんなら、ちょっと闇に囚われそうなほど悩んでいたが!

そんなダイナンの心情などどうでもいい問題発言を聞いてしまった。

「初めて――」

の、花。

あんなに欺瞞に満ちた鉢植えが、チェルシーにとって、初めてもらった花。

恋人同士でもらう花束は、最上級の愛の表現だという。

それが!あんな小さな鉢植えだと?

「だめだ。チェリー。初めて贈った花がそれでは違う」

「だめですか?」

きょとんと首を傾げるチェルシーは安定のかわいらしさだ。

「それはプレゼントだ。花は咲いてないし、鉢植えだから、小物扱いだ」

花ではないと主張すると、首を傾げながらも頷いた。

心なしか、残念そうにも見える。そのせいか、鉢から芽を出した双葉は、あっという間に色を濃くしていたのだが、その状態でとどまっている。あの状態が続けば、チェルシーは種から一気に果実にまで成長させられるかもしれない。

「大切に育てる」

にこにこと笑うチェルシーは、自分の力はどこまで理解しているのだろう。

光をまき散らす状態を見たのは初めてだ。あんな状態を見たら、チェルシーは聖女どころか、天使の扱いになってしまうかもしれない。

チェルシーを喜ばせるのは、人前は避けるべきだと学んだ。


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