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一緒にがんばる(ダイナン)

次の日から、チェルシーの教育が始まった。

彼女は、人の表情を読むことに長けている。表情が作られたモノかどうか、本能でかぎわけるというか、自分がどう思われているのかを無意識で分かるようだ。

エドワードは、チェルシーに正式な家庭教師をすぐにはつけなかった。

「私たちの仕草をまねさせればいい」

そう言いながら、チェルシーをソフィアの傍に置いて、動きを真似るように言いつけた。

それで落ち着いたのだろう。彼女は、素直にソフィアの傍で色々なことを学んだ。

チェルシーが我儘だと言われていたのは、言葉遣いが下手だったからだと分かった。

固いレースの感触は、着古した麻の服よりも着心地が悪いらしい。

貴族たちがボロ布と称する農民が着る服が、自分たちの高価なドレスより着心地がいいなんて、考えつきもしないに違いない。

手をたくさん加えた食事は、素材の味を知るチェルシーには合わなかったし、柔らかすぎる寝具は彼女の体力を奪うだけだった。

言葉遣いを覚え、本来の明るさを取り戻したチェルシーは、我儘など、片鱗さえない。

何より、こちらを見て嬉しそうに笑ってくれるその顔がとても可愛い。癒される。

チェルシーを家族として引き取れたことは、押し付けてきた他の貴族に感謝してもいいくらいだ。

オルダマン侯爵家でのチェルシーの教育は順調だった。

チェルシー相手に、てこずる事などない。

彼女は優秀で、字を覚えたら次は、本を読むのは楽しいと、次から次へと知識を吸い込んでいった。この子に教えられないなんて、城の人間は無能の集まりだ。

「家族の中で感情を表して何が悪い?公式の場では動揺を表さないように訓練すればいいだけの話だ」

エドワードがそう言って、チェルシーに優しい笑顔を向ける。

ソフィアも、暗い顔で黙々と準備していたのが嘘のように、向こうの国のことを調べて、自分が何をしたいのか考えるようになった。

「蚕という虫が紡ぐ布が特産らしいの。虫ねえ……今から練習すれば、平気になるかしら」

「虫は、毒をもつもの以外怖くないよ」

チェルシーに言われて、嫌だと思っていた絹にも興味を持ったようだ。

「すごい、お姉さま!こんな柔らかな布を虫が作るの?どんな虫かな?どうやって作るんだろう?教えて、お姉さま」

絹は、素晴らしい布だ。ただ、汚らしい虫が作ったという噂が立って、この国ではほとんど流通していない。

「そうね。私もよくは知らないの。もっと知らなければ、怖いばかりだわ」

チェルシーに、いつも、すごいすごいと言われながら、ソフィアはたくさん本を読んでいるようだ。

「私、嫁ぎ先の家族とも、こんなふうになれるようになるわ」

ただ、素直にうれしいと伝えるのだと、ソフィアは笑う。

ソフィアは、チェルシーを見て微笑みながら、結婚相手といい関係が築けそうだと微笑んだ。

オルダマン侯爵家に優しい風が吹く。

今まで見えていなかったものが見えてくる。

周りの評価は、ダイナンの周囲だけの評価だ。では、街ではどう思われているのか、他国では?自分が考える常識は、どこまでの人間にとっての常識なのか。

もっと広い世界を見たいと思った。


家庭教師をしばらくつけないというのは、エドワードがチェルシーの心情を思いやってのことだが、

「そういうことだから、私はチェルシーと買い物に行ってこようと思う」

――本音は彼女と過ごす時間のためだ。

「何がそういうことだよだったら、俺が行く」

ソフィアにチェルシーを独り占めされていて、悔しい。ダイナンもチェルシーといる時間を増やしたい。

「私との時間を増やして、もっとチェルシーの仕草を真似たらいいのだ」

「だったら、俺でもいいだろう!」

「若いお前より私の方が……」

言い争っていると、ドアをノックする音が響いた。

「なんだ」

ダイナンが応えると、ソフィアの侍女が顔を出して申し訳なさそうに頭を下げる。

「ソフィア様が、チェルシー様と一緒にお買い物に行かれました」

「なんでっ」「なぜっ」

思わずエドワードと声が揃った。

「チェルシー様が可愛く着飾れたので、街へ行って淑女の行動を見せてくるとの伝言でございます」

出かけた後に報告させるというソフィアにさすがとしか言いようがない。

ソフィアのことだから、とても可愛らしくチェルシーを仕上げて出かけたのだろう。一緒に行きたかった。

「では、旦那様はこちらの書類を。ダイナン様は、課題を仕上げてくださいませ」

この日帰ってきたチェルシーは、さらに愛らしく、街がどんなに楽しかったか教えてくれた。

「今度は俺と行こうな」

「いや、私とだな。私がエスコートしよう」

妹を溺愛するってこんな気分なんだろうなと思った。


チェルシーは、紛うことなき聖女だ。

愛らしいという意味では天使だが、この国での認識として、聖女なのだ。

彼女の素直な感情表現が、俺たち家族をすくい上げたことよりも明確な事象が起こっていた。

初めて、チェルシーがイチゴを食べた時、目を輝かせた。

「おいしい!こんなおいしいものがあるなんて!」

領地から献上された農産物だ。

「そうだね。豊作になったら、また献上されてくるかもしれないよ」

「そうなの?そうだといいなあ。もっとたくさん食べたい」

チェルシーの言葉に、エドワードは目を細めて、イチゴを取り寄せるように家令を伝えたのを俺は知っている。

その時は、チェルシーに甘いなと思っていただけだった。

その年は、驚くほどイチゴが豊作だった。

例年であればもう終わるはずのイチゴがいつまでも届く。そして、イチゴを傷める雨が降らない。

「ああ、このままでは米が不作だな。備蓄している米を出す準備を」

オルダマン侯爵の領地は広い。そのため、社倉が各地に作られている。そこから、平等に配られるのにはそれなりに時間がかかる。不作が判明してからでは遅いのだ。

俺が頷いて書類をめくっていくと、隣で本を読んでいたチェルシーが不安そうに見上げてきた。

「お米がなくなってしまうの?」

「ああ、大丈夫だ。そのために準備をするのだからね」

エドワードがチェルシーの頭を撫でると、安心したように微笑んだ。

「すごいのね。私は、自分が育てているものしか知らなかった。そうね。イチゴばかりたくさんあっても困ってしまうのね」

なるほどと頷くチェルシーはとても可愛い。

エドワードからチェルシーを奪い取って、俺が頭を撫でる。

「高級品がたくさんできれば、お金はたくさん入って来るから、不作になっても大丈夫だよ」

実際、イチゴが例年になく豊作だったおかげで、備蓄を多くできている。

「ま、不作にならないことが一番だけど」

どんなに準備をして備蓄食料を配っても、不作の状況によっては、飢餓に陥る領民は出てしまう。

少し不安そうになったチェルシーの顔を覗き込んで、微笑む。

「だから、大変になりそうな時ほど、領主は、頑張るんだ。チェルシーも一緒に頑張るよ?」

「うん、頑張る!」

たくさん学んで、どうすれば飢える人が減るのか、勉強する理由を教える。

彼女は素直に頷いて、「お米がいっぱいできたらいい!」と叫んだ。




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