プロローグ
「大切を押し付けられた聖女」の改稿です。
コミック化するのにあたって、エピソード等増やしました。
王城の、王族と、その方々に許された者しか入ることが出来ないバラ園。
そこには真っ白なテーブルクロスに覆われた真っ白なテーブルと、その上を彩る色とりどりのお菓子とお茶。
そんな美しい光景の中、陽の光に当たってさらに輝く金髪をなびかせて、この国の王太子が座っている。
チェルシーは、テーブルにつくことも許されず、その前にじっと立っているだけだ。
下賤な生まれであるチェルシーが、この国の王に次いで二番目に高貴な方と同じテーブルにつくなど許されることではないのだそうだ。
だったら、お茶会などしないでくれればいいのに、こうして、共に過ごす時間を設けなければいけないらしい。
目の前で美味しいものを広げられて、給仕をするような仕事があるわけでもなく、周囲を見渡すことも、王太子を見ることも許されずに、ただ立っているだけの時間。
この苦痛なだけの時間も、何度も繰り返されれば、慣れてしまった。
頭の中で別のことを考えながら、目を伏せたままじっと時が過ぎるのを待っている。
だけど、この日はいつもと違うことが起きた。
王太子が視線を上げたのだ。
輝く金髪と晴れ渡った初夏の空のような青い瞳。女性でも羨むほど白い肌と完璧に配置されたパーツ。誰よりも整った容姿を持つ王太子が、温度のない視線をチェルシーに向けた。
感情を乗せないと、本当に人形みたいだな。
なんて、現状と全く関係ないことを考えた。
「チェルシー・オルダマン侯爵令嬢」
彼――王太子、サミュエル・ドヴォクオークリー殿下は、書類を読み上げるようにチェルシーの名前を呼ぶ。
「はい」
彼の婚約者であるはずのチェルシーは、返事をする以外に言葉を発することを許されていない。
「エメラルドが懐妊した。彼女と早急に婚姻を行うことになった。あなたとの婚約は白紙となった」
一息で言い終わると、伝えることは終わったとばかりに紅茶のカップを持ち上げた。
――は?
などと声を発したら、きっと、冷たい視線で睨まれるのだろう。
簡単な、とても簡単な伝達。
意味が分からないはずがない。短すぎて、聞き取れなかったことも無い。
聞こえなかったことにしようかと思う隙さえも無い。
今までやってきたチェルシーの苦労も努力も我慢も諦めさえ、全てなかったことにする一言に彼女は。
「かしこまりました」
そう返事をするしかできなかった。