1.衝撃の告白
「私、彼の子供を授かりました」
部屋に入ってくるなりまだ椅子にも掛けず、妹がそう言った。
「……子供? 赤ちゃん?」
「ごめんなさいお姉さま。私、侯爵様の子供を、授かりました」
「侯爵様って…、私の夫の、貴女の義兄の、イベリスのこと?」
こくりと、涙目を俯かせながらもハッキリとうなずいた妹をまだ呆然とみやる。
いつから私の妹と私の夫は男女の関係を持っていたのだろう。
10年の婚約期間を経て3日前に妻となったばかりの私は、まだ夫と初夜を迎えていないというのに、だ。
確かに、夫のイベリスが妹のクレオに想いを寄せているようだと以前から気がついてはいたが、まさか二人がそれほど深い仲にまで進展しているとは、全く思いもよらぬことだった。
私自身は夫のイベリスを好もしく思ってはいるものの、愛しているのかどうかは正直よく分からなかった。
数日前に結婚したのだから、これから何十年もの時を共にして、徐々にこれが愛だと分かるような気持ちになるのだろうと思っていた。
それに夫も私も貴族なのだから、政治と結婚を切り離すことができないと理解している。
故に私達の間に愛という感情など育たなくとも、実際には大きな問題はないとも思っていた。
クレオとイベリスの恋情も、クレオが婚約、結婚となれば自然に収まるだろうと楽観していた。
だが、私の考えは甘かったと言わざるを得ない。
妹は、夫にとっては婚約者の家族、だったのだ。
将来の義妹とならば、若い男女が二人きりになることがあっても、さほど周囲は警戒しない。
当人たちの想いは他人に知られなくとも、男女の仲を深める機会はいくらでもあったのだ。
ことが重大になった今の今まで、私はそのことに全く気づかなかったのだ。
二人は私が知らぬ間に、おそらくは幾度か逢瀬を重ねていたのだろう。
二人も互いの恋情が真っ当な社会に受け入れられるものではないことは分かっていたのだろう。
他人の前でお互いの思慕が見えるようなやり取りをすることは殆どなく、私以外に二人の思いに気づいていた者はいないようだった。
両家の立場からいって、他に知るものがいないのは幸いといえば幸いだったろう。
だが妹のお腹の中に、二人の行き過ぎた恋情は、命という尊い果実となって顕現してしまった。
「お姉さま……ごめん…なさい……」
衝撃の告白から、しばらく呆けて返事のできなかった私の膝に、妹のクレオが泣きながら縋り付いた。
「私……どうしたら……。お姉さま…ゆるして……」
許しを請い涙を流し続けるクレオの背中をポンポンと、幼い子供の頃にあやしたときのように、宥めるように撫でる。
驚いている場合でも、嘆いている場合でもない。
許すとか許さないとか、そんなことを議論する場合でもない。
早急に、どうすべきかの結論を出すべきだ。
「イベリスは、知っているの?」
常と変わらぬ私の声音に、少し安心したように妹は涙に濡れた顔を上げ、私としっかり目を合わせて首を振った。
「イベリス様には、まだ会えていないの…。お仕事がお忙しいと、さっきこちらのお屋敷の執事に聞いたわ」
「そうね。今朝も早くからお出かけになったし、昨夜も深夜にお戻りになったわ」
「そんな…お姉さまとお義兄様は、まだ結婚して何日も経ってないのに…」
新婚夫婦が新婚初日から殆ど二人で過ごす時間を取れなかった。
などということは、今はどうでも良いことだと、私は強く頭を振った。
イベリスは今日もおそらく帰宅が遅くなるのだろう。
今朝の出かけに、先に寝て良いと言いおいて出仕している。
そしてきっと、明日も早くから出仕するのだろう。
そうなると、相談できるのは明日の早朝を待たねばならない。
一度固く目をつむり、私は大きく息を吐き出しながら勢いよくその目を開いた。
パンと両手を合わせて音を立てると、驚いたようにクレオが私の膝から身を起こす。
大きな瞳を常よりも少し大きくして驚いている妹に笑みを見せ、私はうなずいた。
「大丈夫よクレオ。私に任せておきなさい」
そうハッキリと言いながら、私は椅子から立ち上がり、文机に向かった。
イベリスを呼び戻し、今すぐに、三人で話し合わねばならない。
夫に至急戻って欲しい旨、クレオの名前もさり気なく文面に入れながら手紙を書く。
香りのついた封筒に手紙を入れ、封蝋をしてクレオを振り返る。
「大丈夫だから、貴方は椅子に掛けて、ゆっくり紅茶を飲みなさい。落ち着いて。いいわね?」
柔らかい笑みを形作りながら、人を呼んでも良いように、取り乱したクレオを落ち着かせる。
大事が起きたと、使用人たちに知られてはならない。
それにしてもと、不意におかしくなる。
人生とは思わぬときに思わぬことが起きるものだ。
新婚3日目に夫の浮気と、浮気相手の妊娠が発覚。
本来ならば、妻として烈火の如く怒り、嘆いてよいのかもしれない。
だが浮気相手は実妹で、私自身はまだ夫を愛しているのかすら分からないのだ。
それほど不幸な出来事ではないと、むしろ実妹の妊娠は祝福すべきことなのだと、
わずかにチクリと胸に刺す痛みを感じながらも、私はもう一度妹に温かい笑みを向けた。