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よん。胸が引き裂かれる想い

「大変だ!」


 あのご婦人にダンナの不貞を突き付けた翌朝。

 慌てた顔をしてユディット王子とアランさんが現れた。その慌て振りに私の上司であるディオさんが良くない事が起きた、と察したのか、二人と私を奥にある小部屋に押し込むようにして、更に自分も入る。ディオさんは小部屋のドアの前に立って、多分、この部屋に侵入者が来ないように取り計らっているんだろう。それだけユディット王子とアランさんの表情が険しいのだ。


「どうしたんですか、殿下」


 血相を変えるユディット王子に、敢えてゆっくりと問いかけた私。ユディット王子は深呼吸をしてから


「落ち着いて聞いて欲しい」


 と切り出した。


「昨日のご婦人が、睡眠薬を摂取した」


 それだけで私は事態を察した。


「それって死のうとしたってことですか!」


 ユディット王子に詰め寄ればアランさんがその前に立つ。アランさんの腕にギュッと力を入れて掴みながら彼を見る。


「その、可能性が高い。……よく分かったな?」


 私の顔をジッと見るアランさんに、頷く。


「そういう話を本で読んだことがある。……ご婦人は、夫の不貞が許せなかった?」


「違う」


 私の考えを即座にユディット王子が否定した。


「どうして」


「彼女は、許せなかったんじゃない。夫の幸せを願ったんだ。……手紙があった」


 つまり、夫が浮気相手と結ばれるようにご婦人は身を引くことを選んだ。その方法が睡眠薬ということ。こんな、こんな胸が引き裂かれる想いをする結末になるなんて、誰が思う。


「夫の幸せが自分との夫婦生活じゃなく、浮気相手と一緒になることだって思って、彼女は死をもって身を引くことを考えたってこと?」


 私の確認にユディット王子が頷く。

 否定すらしてもらえない。


「私が……私がご婦人を追い込んだ……」


「違う! それは違うぞアオイ。選んだのは彼女であり、彼女をそこまで追い込んだのは夫だ。君は事実を突き付けただけ」


 ユディット王子は、慰めるではなく、私に現実を教えてくる。簡易的に慰めの言葉を紡がない辺り、人の心を理解している王子のようだ。

 こんな時なのに感心する。


「それでご婦人は」


 ユディット王子の冷静さに釣られて深呼吸をしてから彼女の容体を尋ねる。


「その日は夫が真っ直ぐに帰宅していて、自分の部屋に置かれていた彼女の手紙に気付き慌てて彼女の部屋を訪れて、彼女が睡眠薬を飲んだことに気づいて医者を呼んだ。そして医者の懸命な治療により一命を取り留めたが、まだ意識は戻っていない」


 それはつまり助かったとは言い切れない状態ということ。昨日、泣いて泣いて泣いたご婦人が、妙にスッキリした表情をしていたことを思い出した。

 もしかしてあの時には決意を固めていたのだろうか。


「それで、ユディット殿下は何故、このことをご存知で」


 ずっと黙っていたディオさんが尋ねる。


「夫君が私の元を訪れたのだよ。手紙には、私が後ろ盾になっているアオイが不貞の事実を突き止めたこと。元々疑っていたが、その疑いが真実だと理解して悲しみで胸が引き裂かれそうな想いをしたこと。疑ってしまった自分が情けないこと。不貞をしている夫君を許せそうにない、と怒りたい気持ちと不貞相手を怒りたい気持ち。でも夫君を尊敬し愛していた想いを汚したくないこと。裏切られた悲しみを忘れられそうにないこと。詰ってしまいそうなこと。様々な気持ちが入り混じったけれど、泣く自分を上辺だけの言葉で慰めるでもなくただ寄り添ってくれたアオイの存在に感謝したこと。泣いてスッキリして考えたのは、夫君を責めたくないし、夫君の幸せを願うこと。となると、夫君との離縁が望ましいけれども離縁をしたくない。身を引くにしても離縁によることは自分が嫌だとの思いからこの世とお別れすることを選んだ、と書かれていたらしい。最後に夫君の幸せと夫婦生活に感謝が綴られていて夫君は慌ててご婦人の部屋を訪い、発見が早かったから命は取り留めたのだ、と私に話してくれた」


 ユディット王子の話を聞いて胸が痛む。

 そんな思いをしていたなんて気づかなかった。

 私は人の感情を読み取るのに長けていたはずなのに。

 そう思い込んでいただけの、ただの道化。

 人の感情なんて簡単に見透かせるわけがない。


「ご婦人の夫さんは、私を恨んでいるのでしょうか」


「いや。そうじゃない。彼はね、自身の所業を反省していたよ。どうやらご婦人に不貞を気付かれていたことに彼もまた気付き、不貞相手と別れてご婦人とやり直そうと思っていた所だったらしい。けれどもアオイに依頼をしてハッキリと事実を知ったご婦人の心情を考えて、その上この世から去ることで身を引こうとした自分の妻の深い愛情を知って、彼はアオイに感謝を伝えて欲しいと言っていた」


「感謝?」


「ご婦人が泣いている時に黙って寄り添ってくれたこと。彼自身は、ご婦人に謝ることもしないで何食わぬ顔をしてご婦人の元に帰ろうとしていたから、アオイがご婦人にきちんと事実を突き付けたのは、結果はこうだけど、良かったのではないかと思ったこと。己が妻に何も言わずに元通りになるなんて都合が良過ぎることなのだ、と知れたこと。妻の愛情を知れたこと。だから感謝をするそうだよ」


「そう、ですか」


 なんだか随分と自分勝手なことを並べ立てたのだな、と私はご婦人の夫に対して思う。でもそういった気持ちを飲み込んで私は頷くしか無かった。

 ただ。

 この一件は私自身への戒めになった。

 事実を突き付けたことによる結果。

 人の感情を読み取ることに限りがあること。

 自分を過信しないこと。

 ……この仕事がどういう結末を迎えるのか、常に予測出来ないからこそ、気を抜けないこと。


 それでも、続けていくこと。


 そうして私は改めて他人の人生に関わることを決意した。

 尚。

 このご婦人は意識を取り戻したけれど引き換えに記憶を無くしていたことを知る。

 睡眠薬を飲んだ影響なのか、忘れたいと心が願ったことなのか。それは分からないけれど、夫君は自身の行いによって妻が記憶を失くしたのだろう、と妻を支える覚悟を決めたと後々知るのだが、私に出来ることは、無い。

 私に出来ることなんて本当に少ないと分かりつつも、今日も私は依頼者に事実を突き付ける。


「で、どーすんの?」


 と。

 そうして、私はこの世界で自分の居場所を自分で作って生きていくしか、出来ることはない。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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