いち。ご都合っぽいよね、この状況
「此処、何処よ……」
私、確か海に居なかったっけ?
うん。水着姿だ。
事故防止に準備体操をしなかったと言えばそれまでなんだけど。小学生や中学生じゃあるまいし、この年齢で海に入る前の準備体操! なんて、誰がやると言うんだろうか。なーんて考えていたバチが当たったのか、完全に足が攣った。そりゃあもう変な風に指を曲げた瞬間、片足の脹脛まで一気に攣って、あまりの痛さに声も出ずにのたうちまわりたかった。……けれど海の中。周りにはそこそこ人が居る。そんなのたうちまわるなんて出来るわけがないよね。でも助けて欲しいとも思わなくてどうするかな、と考えていたらそのまま水の中に沈んだ。
……正直に言えば、まぁ死んでもいっか。
とは思った。死にたいわけじゃない。でもどうしても、という生きたい想いもなかった。
……そこまでは覚えてる。で、目が覚めた。
当然、誰かがさ、助けてくれたって思うでしょ?
どう見ても違う。
だって、一人もいない。影も形も見えない。抑々海どころか水も見えない。レンガだよ? レンガで出来た道の上。
いくらなんでも水着姿でレンガの道の上で寝てるって、夢でも見てるのか、私? というか海やプールなら兎も角、なんか此処でこの姿って痴女っぽくない?
あれ、私、実は自力で泳いだか何かして、此処まで来てから意識を失ってたとか? それとも誰か助けてくれたけど、一向に意識が回復しない私を見て、死んだ、と思われて放置された? それはないか。人道的に。助けた相手が死んでいても助けようと思ったのなら、放置はしないよね、多分。
えー。
じゃあこの状況って何よ。
そしてちょっと、いやかなり肌寒くない?
夏は? 熱帯夜は? 酷暑や猛暑は何処?
やだなぁ風邪引きそう……って、アレ、そういえば海の中だったのに、私の身体、濡れてない。なんで? 髪も身体も乾く程、此処で寝てたってこと? それはそれでどうなんだろう、私。世間から見れば酔っ払って水着姿を晒して道で寝てる痴女ってとこ?
うーわ、それは益々嫌だけど? いくら死んでもいいやって思っていたからと言って、生きてしまった以上、世間から酔っ払いの痴女に思われるのは勘弁だわぁ。
そして本当に寒いし。
鳥肌立つし。
二の腕やら足やら摩りまくりながらキョロキョロと周囲を見る。人影無いどころか、こんなに森が生い茂る場所を知らんな、私。あの海はもっと都会でしたけど? 森の中にレンガの道って……ヨーロッパの古い街並み的な? よく分かんないけど、想像で。
「怪しい奴!女?此処で何している!」
なんて思っていた私の背後から声が掛かって振り向いた。馬に乗った王子様……いや、違うけど、白馬に乗った王子様ってどんだけメルヘン思考だよ、私。そうじゃなくて、いや馬に乗っているのは確かだよ? 馬を間近で見たのが初めてなら乗った人を間近で見たのも初めてなんだよ! 混乱しても仕方ない!
その上、金髪なんだよ、金髪! 私、外国人の知り合い居ないから! 日本語が上手いから情報交換出来ればいいけどなぁ。というか、馬から降りて来て近づいてきた金髪の外国人。エメラルドみたいなグリーンでキラキラしていてビックリだし、顔も随分と美形だ。でも私はこんな優男顔よりワイルド系がいいけど、美形鑑賞ならばまぁ別に。……いや、ちょっと? 外国人だから? やけに背が高くてガッチリしてない? ちょっと怖いんだけど。しかも、怒ってるという表情が分かるから余計。えっ、なんで怒ってんの?
あれか? 痴女っぽいから? いや、なんて説明すれば納得してもらえるのかな。
そんな事を考えつつ、寒くて震えて両腕をさすっていた私の首に刃物が突き付けられていました。……これって、剣?えっ?本物?いや、そんなわけ無いよね。いや、だって日本で剣を持つなんて、銃刀法違反でしょ。そんな事を思った私が少しだけ身動ぎしたら、スッと紙で指を切ったかのような鋭い痛みが首に走った。
「イタッ」
「動くな! なんだそのはしたない格好は! 娼婦でももう少し服を着てるぞ!」
「娼婦⁉︎ 私、娼婦じゃないわ!」
「何を言う! そんな下着? みたいな格好でこんな道に居るからには娼館から逃げ出した娼婦だろう! というか、なんだ、その髪色と目の色は! 何処の国の手の者だ!」
ヒリヒリと痛む首。ツウっと温かいものが落ちてる感覚。血でも出てる……? 目の前の男性は怒ってるし、娼婦扱いするし、髪と目の色は元からだし! 日本人の大半は黒い髪に黒い目だってば! というか手の者って何!
痛む首のせいか、私の思考回路もよく分からなくて、怒りと羞恥の所為なのか、なんだか視界がぼやけてくる。泣きたくないのに、悔しくて唇を噛んだのに、頬を熱いものが伝ってく。
「あー、アラン、ちょっと下がれ」
また男性の声が聞こえて来て、チラリと視線を向ければ、厳つい顔……というか、身体付きも厳つい男性が剣を持つ男の後ろから現れた。同じ金髪にグリーンの目だけど、剣の男よりも髪は硬そうで短い。遠くから見るとヤンチャしてるような感じの。でも、こっちの人の方が私は好みの見た目。
「しかし、殿下!」
「いいから!」
何やら押し問答をした二人はやがて立ち位置を入れ替える。見た目が好みの男性が、私から少しだけ距離を取ってしゃがみ込む。ぼやけた視界の私に視線を合わせるようにして、ニッと笑った顔は太陽を思わせて、涙が止まる。
「もしかして……異世界からの客人、で、合ってる?」
その彼が口にした言葉に、目が点になった。
ーー異世界からの客人?
「えっと……? 日本ではないの?」
「ニホン? それなに?」
「私の国の名前……」
「ああ、そうか。うん、ニホンではないよ。それにそんな国名は聞いたことがない。少なくても、この国の周辺にそんな国名は無い。この国はフォルトラ。フォルトラ王国という」
「聞いたことない、国名……」
現在のところ知っている国名じゃない。まぁそこまで世界に詳しくないけど、何となく思う。どうやら外国でもないらしい、と。……本当に異世界転移ってこと? 一応、ネットでそういう概念が存在することは勉強した。小説とかゲームとかよく分からないから、概念は知っていても詳しくないんだけど。
でも、この目の前の人は私を異世界からの客人と言ったし、国名は知らないし、状況としてはおかしくない、のかもしれない。
でも、待って。そうだとするならば。
随分とご都合っぽいよね、この状況。
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