光の紋章と厄災のドラゴン
昔々、あるところに王子様と王女様がいました。
王子様は剣の達人、王女様は回復魔法の才能がありました。
お父さんの王様は、国民みんなから慕われる立派な人でした。
お母さんの王妃様は優しい人で、いつも王子や王女のことを見守っていました。
国は平和で、とても繁栄していました。
しかし、王子様は18歳、王女様は14歳のときのことです。
王国の西にある炎の山脈に、一匹のドラゴンが現れました。
そのドラゴンは、なんと、古代に封印された言われる「厄災のドラゴン」でした。
ドラゴンは、何の前触れもなく突然復活し、突如として王国の西の街を襲いました。
平和がつづき、たいした防備もないその街は、あっという間に壊滅しました。
事態を重く見た国王は、ただちにドラゴンと戦うための軍隊を編成しました。
しかし、ドラゴンはとても強く、人間がまともに太刀打ちできる相手ではありません。
ドラゴンは、王国の辺境の街を次々に襲い、人々はただ逃げ惑うしかありませんでした。
このままでは王都も危ないと見た国王は、王子と王女を東の森にある隠れ城に避難させることを決意します。
「お父様も一緒に避難しましょう!」
「いや、国王が王都から逃げるわけにはいかん。」
「では、お母様は・・・」
「わたくしは、国王陛下にどこまでもついていきます。貴方たちは避難しなさい。」
「そんな!父上と母上を置いて、俺たちだけ逃げるなんて、できません!」
「いけません。あなたたちが死んでしまえば、この国の王家は途絶えます。必ず生き延びるのです。」
「お父様!お母様!!!」
王子と王女は、家臣たちに強引に馬車に乗せられ、そのまま東の森にある城まで連れていかれました。
森の城は、強力な結界で守られていて、王家の紋章をもつ者でなければ、見つけることができません。
たとえドラゴンといえども、王子と王女が城にこもってさえいれば、見つけることはできないだろうと、国王は言いました。
王子と王女が森の城に到着するころ、ドラゴンはついに王都にまで迫りました。
王都の人々は、恐ろしいドラゴンの姿を目の当たりにして、恐怖でパニックに陥りました。
国王軍は応戦しましたが、はるか上空から火の玉を無数に打ち込んでくるドラゴンには、なすすべもありません。
絶望かと思われたその時、空からすさまじい雷がドラゴンにつきささりました。
さしものドラゴンも、少なからずダメージを受けたようで、どこへとなく去って行きました。
雷魔法で撃退したのは、魔導士学院随一といわれた、天才魔法使いが率いる宮廷魔導士団でした。
彼らのおかげで、王都はドラゴンから救われたのです。
このときから、魔法使いは王国の英雄となりました。
国王は褒美をとらせるといって、ドラゴンを追い返した魔法使いを呼びました。
すると彼は、ならば王宮の地下にある、古代の宝杖を使いたいという。
それがあれば、またドラゴンをきても容易に追い払えるはずだと。
宝物庫の地下は、王家の紋章がなければ入ることができません。
その扉をあけるために、国王は、王妃、魔法使いとともに地下の宝物庫へと向かいました。
地下へたどり着くと、魔法使いは宝杖を手にしました。
「ふはは、ついに、ついに手に入れたぞ。」
「・・・おぬし、いったい何を・・・ぐお!!」
魔法使いは、宝杖を使って王様と王妃に呪いをかけました。
それは、他人の体を自由に操る、強力な呪いだったのです。
魔法使いは、この宝杖を手に入れ、国王を操って国を思い通りに動かすためだけに、ドラゴンを復活させ、王国を襲うように仕向けたのです。
宝物庫から出てきた国王の目は、すでに虚ろでした。
一方、王子と王女は、王都がドラゴンに襲われたという報せをうけていました。
いてもたってもいられなくなった王子は、こっそり抜け出して、王都にいくと王女にいいました。
「だめよ。お父様が、隠れているようにいったじゃない」
「こんなところで、こそこそ隠れているなんて、王子として恥ずかしい。俺は王都へ行く。おまえはここにいろ。」
「わたしだって、ここで隠れているのは嫌よ!」
「お前まで死んだら、本当に王家はついえて、国が滅んでしまう。それはだめだ。」
「わたし、一人になったらとても生きていけない。そうなったら、きっと哀しみのあまり死んでしまうわ。だから、お兄ちゃんを回復魔法で守る。お兄ちゃんが生きている限り、わたじは絶対に死なない、そして、絶対にお兄ちゃんを守るから!」
そう言って、王女は王子についていくことになりました。
夜遅く、二人は城を抜け出して、徒歩で王都をめざしました。
すでに季節は冬にさしかかっていました。
着の身着のまま、食料も十分ではない上に、王都で不自由なく生活してきた二人は、道中で大変苦労しました。
何も食料が見つからず、水だけを飲んで何日も過ごしたこともありました。
王女が体調を崩し、王子が背負ったまま雪の中を歩いた日もありました。
魔物の群れに襲われ、一晩中死闘を繰り広げたこともありました。
そうやって、いつしか二人はたくましくなっていったのです。
森を出てから二か月。
身分を隠し、冒険者として商人の馬車に護衛として乗り込み、ようやく彼らは王都へたどりつくことができました。
王都はドラゴンの襲撃で荒れていましたが、魔法使いが撃退したおかげで、人々はどうにか暮らしていけていました。
とはいえ、王国の西の穀倉地帯が、秋の収穫の時期にドラゴンに燃やされてしまったことで、食料不足が深刻になっていました。
王都の中も、盗賊や強盗がはびこるようになり、治安が悪くなっていました。
そんな王都の様子をみて、王子と王女は心をいため、すぐにでも王宮に向かわねばと思いました。
城についたときには、すでに日が暮れていました。
月のない夜で、周囲は闇につつまれています
王家の紋章のおかげで、彼らはすぐに王子と王女だと認められ、王宮へ入ることができました。
「よく、帰ってきたな」
「無事でうれしく思います」
ひさしぶりに会った国王と王妃は顔色がわるく、二人ともよそよそしい感じでした。
王女は母親に抱きつこうとしましたが、王妃はそれを拒みました。
「お母様・・・?」
「いけません。こんな時期ですから。控えなさい。」
王妃の言葉は冷たいものでした。
「今日はゆるりと休むがよい。」
国王はそういうと、すぐに退出してしまった。
王子は、国王のその様子に違和感を覚えるも、王も疲れているのだろうと、そのときは深く追及しなかった。
「わたくしがお話を伺いましょう。」
国王夫妻の代わりに、王子と王女の前に進み出たのは、あの魔法使いでした。
「あなたが、英雄の魔法使いですか。国を救っていただきありがとうございます。」
「いえ、当然のことをしたまでです。」
王子の言葉に、魔法使いは表情をかえることなく答えます。
その様子をみて、王子は魔法使いが謙遜しているのだと思い、好印象をもちました。
しかし、王女は魔法使いから漏れるわずかな邪悪な気配を感じていました。
それは、魔法使いが使った呪いの魔法による、魔法使い自身への「反動」でした。
ドラゴンを復活させたり、国王夫妻を操ることのできる「闇魔法」は、使う者の魂を黒く汚してしまいます。
その「汚れ」が、邪悪な気配となって周囲に漏れ出していたのです。
魔法使いは、古代の宝杖を使ってその気配を隠していました。
光魔法を使える王女はその気配に敏感で、僅かながら魔法使いから気配を感じ取っていました。
王女の表情をみて、魔法使いは気が付かれたことを悟ります。
「実は、重要なお話があります。」
「なんでしょうか?」
「ここでは何ですから、こちらへどうぞ。」
そうやって、二人を部屋まで案内するとみせかけて、見晴らしのいい城の回廊へ連れ出しました。
すると、回廊には何故か、さっき退出したはずの国王と王妃がいます。
見回すと、すでに英雄の魔法使いの姿がありません。
「父上?こんなところで、何を・・・」
近づこうとする兄を、王女が静止します。
「気を付けて!何かおかしいわ!」
次の瞬間、国王が王子に剣を振り下ろしていた。とっさに自分の剣で受け止める王子。
「父上!何を・・!」
「くくく、わざわざ殺されに戻るとはな。」
国王はそういいながら、尋常ではない速度で剣を振り回しました。
剣の達人の王子ですら、国王の剣圧の前にじりじりと押し込まれていきます。
「やめてください、父上!!」
カキーン!!
王子の説得もむなしく、国王の剣が王子の剣をはじきとばしました。
「終わりだ!」
「やめて!お父様!!!」
王女がとっさに光魔法を使います。その魔法で、国王にかけられた闇の呪縛魔法がわずかにとけたました。そして、国王から、黒い靄のようなものがたちのぼりました。
「ぐおおおおお!?!?」
苦しむ国王。
「邪魔をしてはいけませんよ。」
王妃から、黒い触手のようなものが伸びてきて、王女に巻きつきます。
その反動で、王女の光魔法がとまりました。
「今度こそ・・・終わり・・・だ・・・」
体中から黒い靄を立ち上らせながら、国王が剣を握り、王子へと近づいていきます。
「やめて!お父様!!」
「ぐ、ぐおおおお!」
王女が叫ぶと、国王は再び苦しみ始めました。そして、わずかながら国王の表情に正気がもどります
「お、おお、息子よ、逃げるのじゃ・・・今すぐ、逃げよ・・・」
「父上!?」
驚く王子に、国王が告げます。
「わしと王妃は、操られておる・・・もはや、抗うことはできぬ。このままでは、王国を滅ぼしてしまう。わしを殺せ、そして妹を連れて逃げるのじゃ・・・!」
「そんなことはできません!!」
「やるのじゃ・・・それが、王族の、つとめ・・・ぐおおおお!」
王妃から触手がのびて、国王に刺さります。そして、ずぶずぶと触手がめりこんでいきました。
「ち、余計なことを・・・さっさと殺すのです。」
国王の体が、みるみる黒ずんでいきました。
それとともに、国王の意識も失われていくようでした
「に、逃げろ・・・!」
「やめてえええええ!!!」
王女が絶叫する。すると、それに反応するかのように、王女と王子のもつ王族の紋章が輝く。同時に、国王のもつ紋章も輝きだしました。
「な、なんだ、これは・・・!」
王がその光に怯み、触手の力が緩みます。そのすきに、王子は剣を拾って国王に刺さっていた触手をぶった斬りました。
「ぐああああ!」
王妃は衝撃で、その場に倒れてしまいます。
隙をついて、王子は黒い影のようになった国王を担ぎ上げようとしました。
しかし、国王はその手を払いました。
「わしはもうだめじゃ。逃げろ。そして、あの魔法使いを、魔法使いを、倒すのじゃ・・・」
「まさか、あの英雄の魔法使いが!?」
驚く二人の前に、魔法使いが姿をみせました。彼はひょうひょうとした様子で、黒ずんだ国王を見ています。
「ふん、紋章が呪縛を阻害したのか。計算外だったな。」
「きさま、父上に何を・・・」
「その質問に、私が答える意味はない。なぜなら、君はここで死ぬのだから。」
ずがーーん!!
凄まじい炎が燃え上がります。
魔法使いが、爆炎魔法を使ったのです。
「そうはいきません!」
だが、王女が使った結界魔法で、その魔法は防がれました。
「ふむ、やはり危険なのは君のほうか。先に排除すべきだったな。」
魔法使いが宝杖をふるいます。
すると、回廊の床から何体もの骸骨騎士が出現しました。
骸骨騎士は、まっすぐ王女をめがけて襲いかかりました。
「させるか!」
王子が骸骨騎士の攻撃を防ごうとします。しかし、数が多すぎます。
いかに王子といえど、これだけの数を相手にするには無理がありました。
「お兄ちゃん、逃げて!わたしはどうなっても・・・」
「だめだ、絶対に、絶対に生き残るんだ!お前がいったじゃないか、私は絶対に死なない、そして俺を守るって!!」
「お兄ちゃん・・・」
「くくく、美しい兄弟愛だね。だけど、いつまでもつかな?」
魔法使いが冷たい目線を向けました。
王子はすでに傷だらけです。王女が必死に回復しますが、次第に間に合わなくなりました。王子の動きが、みるみるうちに悪くなっていきます。
「ぐっ!」
ついに王子が膝をつきました。
「お兄ちゃん!」
骸骨の剣が、無情にも王子へと振り下ろされます。
・・・ここまでか
「お、お父様・・・」
王女の声を聞いて、王子は目の前を見上げました。
そこには、骸骨の剣を体でうけとめた、国王の姿がありました。
剣がささったところから、血がとめどなく流れ出ています。
「わしが食い止める。おまえたちは回廊から飛び降りて、逃げるのじゃ。」
「ですが・・・」
「長くはもたん。すぐに飛び降りろ。国王命令じゃ!」
「・・・父上。」
王子の瞳から涙がこぼれました。
「たくましくなったな、息子よ。さあ、妹を連れてにげるのじゃ。」
国王の紋章に光があつまっていきました。そしてその光が、二人をつつみこみます。
「邪悪なる魔法使いよ、わしの最後の力、とくとみるがよい!!」
国王は、ぐっと両手を開いて立ち上がりました。
「・・・ほう、その体で何ができると・・・まさか!?」
「飛び降りろ!」
その瞬間、王子は王女をかかえると、城の回廊から下の川へと飛び降りました。
ずがーーん!!!
すさまじい爆音が轟き、あたりは閃光につつまれました。
「お父様!!!!」
王女の声が響きます。
どぼーん!!
大きな水しぶきがあがりました。
王女と王子の二人は、城をとりまく深い川へと落ちたのでした。
「くそ、まさかそんな力を残していたとは。」
煙が晴れた後には、結界魔法につつまれた魔法使いの姿がありました。
「王家の紋章、侮れぬな。」
魔法使いは周囲を見回してそう呟きました。
目の前の回廊は、爆発で大きくえぐれています。
城壁や天井の岩が崩れ、あたり一帯が廃墟のようになっていました。
すでに、国王の姿はどこにもありません
ただ、国王が身に着けていた王冠の破片が、城壁の残骸の上に散らばっているだけでした。
「川におちたか・・・。この高さでは、生きているとも思えん。だが、念のためだ。」
魔法使いは、杖をつかってコウモリを大量に出現させました。
「川を徹底的に探せ。絶対に見逃すな。」
コウモリたちは、魔法使いの命令をうけて、川へと飛んでいきます。
「奴らが死ねば紋章をもつものは、この世にはいない。あとは、せいぜいお前に働いてもらうぞ。人間を滅ぼすためにな!」
魔法使いはそういいながら、倒れている王妃をじろりと見ました。
◇
王国がドラゴンに襲われるより、20年近く前のことです。
王国の北のはずれに、エルフが住む森がありました。
エルフの女性は見た目が美しく、温和な性格をしていることから、人間に捕まって奴隷として売られる者が多かったそうです。
そのため、エルフたちは森の奥に潜み、人間とかかわりを持たないように、ひっそり暮らしていました。
エルフたちの森は魔法に守られているおかげで、人間が探しに来ても、里までたどりつくことはできません。
そのおかげで、エルフたちは人間たちから身を守ることができました。
だが、その平和は長く続きませんでした。
あるとき、エルフの奴隷を大量に捕まえたいと考える、狡猾な盗賊団の団長が、何とかしてもエルフの里の秘密を暴きたいと、罠をはりました。
その盗賊団は、エルフを捉えては、わざと逃がすということを繰り返しました。
そうして、エルフたちがどうやって里にもどるのか、粘り強く観察し続けたのです。
1年をかけて、ついに盗賊団はエルフの里へとたどり着く方法を見つけました。
無防備なエルフの里は、アッという間に火の海になりました。
女性は全員、奴隷として捕えられ、男性のエルフは皆殺しにされました。
地獄のような光景の中、ひとりの少年が奇跡的に生き残りました。
彼は両親につれられ、里のはずれにある小さな洞窟に隠されました。
入口を岩でふさぎ、真っ暗なまま、少年はじっとそこで待ち続けました。
どのくらい経ったでしょうか。
のどの渇きにたえられなくなり、少年は洞窟の入口をくずして、外へでました。
そこで彼が見たものは・・・
まさに地獄でした。
彼は、焼け野原の中に父親の死骸をみつけました。
父親のすぐ横には、焼け焦げた弓が落ちていました。
ただ逃げ惑うエルフが多かった中、父親は勇敢にも戦ったのです。
そして、彼は襲撃者に一矢報いました。
父親の近くには、焼け焦げた王国の旗と、人間の焼け焦げた死骸があったのです。
その死骸には、父親の放った矢が刺さっていました。
「父さん・・・」
父の骸を前に、彼は誓ったのです。
この旗を持つ連中に、復讐をしてやると。
「絶対に・・・絶対に許さない。」
復讐をとげるまで、決して涙を流さないと。
そのエルフの少年は、魔法の才能に長けていました。
里では、幼少のころからその才能を認められていました。
ただ、エルフの里で教えてもらえた魔法は、低位の風魔法だけでした。
彼は教わった魔法をひたすら使い込み、人知れず膨大な魔力量を獲得していました。
ただし、その膨大な魔力量のことは、自分を含め里の誰も気が付きませんでした。
里が襲撃にあった後、彼は森の中で魔法、弓、剣の訓練をしながら、ひっそり暮らしていました。
しかし、あるとき強い魔物に襲われ、必死で森の中を逃げ回る羽目になりました。
そうして、急な坂で足をふみはずし、谷底にまっさかさまに転げ落ちました。
「お母さん、気がついたよ!」
エルフが目をあけると、目の前には人間の少女がいました。
慌てて起き上がろうとしましたが、体中がいたくて身動きがとれません。
「だめよ、まだ動いでは!」
少女にそういわれ、エルフはあたりを見回しました。
そこは人間の家でした。
自分は藁のベッドにねかされていて、全身あちこちに打ち身の傷があることがわかりました。
「これをお食べ。」
少女の母親がおかゆをもってきました。
エルフは警戒していましたが、あまりの空腹に我慢することができず、思わずひとくち食べてしまいました。
「うまい・・・」
思わず声が出ました。
「よかった、言葉は分かるのね。」
そんな彼の様子をみて、少女がにっこり微笑みました。
その村は、王国のはずれにある小さな村でした。
住んでいるのは、全員人間です。
狩りと森での採取を中心に生活をしている、貧しい村でした。
エルフは自分には帰る場所がないというと、少女の母親はここに住むようにと言いました。
行く当てもない彼は、傷が治るまではと、村に住むことにしました。
ただ村民たちは、エルフである彼のことを、快く思っていませんでした。
というのも、エルフは盗賊に狙われることから、何かとトラブルの元になることを知っていたからです。
エルフは、村民たちには何かと邪険に扱われました。
村の中にいても居心地が悪いので、彼は森にでて狩りをしたり、薬草を集めたりしました。
彼が、他の人間には見つけられない、貴重な薬草やキノコを見つけてきました。
そのおかげで、少女とその母親の暮らしは、すこしだけ以前よりよくなりました。
しかし、そのことを羨む一部の村民からは、風あたりが次第に強まっていきました。
時折、人間の子供たちから石を投げられることもありました.。
彼はそれでも、今は雌伏の時だと心に誓い、どんな仕打ちにも耐えていました。
いつか、必ず復讐してやる。その思いだけが、彼の心を支えていました。
しかしそんな時でも、少女は必ずエルフの味方になってくれました。
投げられた石に当たり、彼女が怪我をしたことも、幾度となくありました。
人間を憎む彼ではありましたが、少女とその母親に対してだけは、少し異なる感情を持ち始めていました。
村で暮らすようになり、5年近い月日がたちました。
エルフもずいぶんと大きくなりました。
剣の腕もたつようになり、村の人たちはエルフを蔑むようなことはなくなりました。
ただ、彼はいないものとして「無視」されるようになっていました。
そんな中、少女とその母親だけは、エルフに対する態度を変えることはありませんでした。
ある日のことです。
いつものように森に狩りに出かけると、森の中で倒れているエルフの女性をみつけました。
その女性はすでに死んでいましたが、彼女の持ち物のなかに「小耳の指輪」がありました。
人間の世界でエルフだと見破られないように、耳を短く見せることができる魔道具です。
エルフ以外には意味のない魔道具ですが、今の少年にとっては価値があるものでした。
「これで、人間の世界にもぐりこめる。」
彼は、倒れていた女性に感謝し、彼女を丁重に葬りました。
そして、すぐに村を抜け出し、人間の住む町を目指すことにしました。
「彼女に別れを告げるべきだろうか。」
そのとき彼は、少女とその母親のことが脳裏に浮かびました。
彼女たちには、少なからず世話になってきた。
たとえ人間とはいえ、彼女たちには恩がある。ひとこと、礼を言ってから去るべきか。
しかし、彼は頭を大きく振りました。
いや、彼女たちも所詮は人間だ。いつかは、俺の敵になる。
挨拶をして出ていけば、未練が残る。復讐に影響がでるかもしれない。
そう考えた彼は、少女たちには何も言わず、ある日突然姿を消したのでした。
それからさらに5年が経ちました。
彼は人間として、王都にある魔導士学院へ入学を果たしました。
人間の冒険者として名をはせ、冒険者ギルドから入学の推薦をとりつけました。
そうして、成績優秀ということで、特待生の扱いで入学することに成功したのです。
彼は魔導士学院の書物を、熱心に読み漁り、めきめきと魔法の腕を上げました。
ストイックでイケメン、冷静で温和、そして成績優秀な彼は、学園の人気者です。
あるとき、女学生の一人が、勇気を出して彼に告白しました。
もちろん、彼の答えは「否」でした。
彼は、村を焼いた人間になど、わずかばかりも興味はなかったのです。
しかしその女学生は、エルフが自分の過去を偽っていることを知っていました。
彼の過去を探り、エルフが過去にいたという街が、存在しない街であることをつきとめていました。
「私と付き合ってくれたら、黙っていてあげる。」
彼女はそういって彼を脅しました。
そして、それが彼女の遺言となったのです。
しばらくして、王都の外の森で魔物に襲われた女学生の死体が見つかりました。
「なぜ、あんなところに一人でいったのだろう。」
学生や教師たちは、みな不思議に思いました。
しかし、その謎が明かされることは、ついにありませんでした。
その事件があった後、エルフは偽装工作にさらに念をいれるようになりました。
今では、誰がどのように調べても、エルフの過去が偽装であると見抜くことなどできないでしょう。
彼は3年の学園生活を終えると、その才能を見込まれ、王国の宮廷魔導士団へ入団することになりました。
それから、どれほどの時間がたったでしょうか。
彼の魔法の腕前は、卓越したものとなっていました。
もはやこの王国には、いや、この世界全体を見回しても、魔法にかけては、彼の右に出る者はいません。
「この者を、宮廷魔導士団長に命じる。」
ついに彼は、国王から宮廷魔導士団長の地位を授かりました。
そのときには、エルフの里が焼かれてから、20年が経過していました。
しかし、長命なエルフにとって、それは長い月日ではありませんでした。
「やっとだ、やっと、ここまで来た。」
国王の背後に掲げられた、王国の国旗を見た彼の脳裏には、あの日のことがまざまざと浮かび上がっていました。
これまで彼がひた隠しにしてきた、王国と、そして人間に対する復讐の炎が、ついに大きく燃えあがる日が来たのです。
◆
国王の姿が見えなくなってから、3年がたちました。
国王、王子、王女の三人は、王家の紋章の暴発に巻き込まれ、命を落としたということになっていました。
爆発を目にした、魔法使いと王妃・・・今は女王の二人が、そう説明し、王冠の破片を見せたので、王国のだれもがそれを信じました。
女王は、国王が行方不明となった日から、その身に王族の紋章を宿すようになりました。
無論、それは魔法使いが作った「偽の」紋章でした。
しかし魔法使いは「紋章をもつ王族が全員死んでしまったので、新たな王族を神が選んだ」といい、王妃が女王となる正当性を主張しました。
誰もそれに反論することができず、結局王妃が女王となりました。
こうして、王国は魔法使いと、彼が操る女王に完全に乗っ取られました。
これ以降、ドラゴンは忘れたころに王国の街を襲いにやってきました。
その都度、魔法使いと女王が迎撃に向かい、ドラゴンを追い返しました。
魔法使いは魔法を駆使し、女王は「偽の紋章の力」をふるい、ドラゴンを追い返しました。
もはや、王国の防衛はこの二人に頼り切りとなり、二人なしでは王国はたちゆかなくなっていたのです。
しかし、このドラゴンを復活させた張本人は、あろうことか魔法使いその人でした。
彼は古代の封印を解き、ドラゴンに幻惑の魔法をかけました。
人間がドラゴンを襲うという幻覚を定期的に見せ、ドラゴンに街を襲わせるように仕向けたのです。
そうして、彼がそれを撃退することで、国民の信頼を厚いものとしていきました。
マッチポンプとはまさにこのことです。
彼は、ドラゴンに対抗するという名目で、軍備を進めていきました。
立派な武器防具を揃え、それを装着した騎士団を作りました。
騎士団は、足の先から頭のてっぺんまで、白く美しい鎧に覆われていました。
しかし、その中身がすべて魔法使いの操る骸骨騎士だとは、誰一人疑う者はありませんでした。
ましてや、その骸骨騎士が、ドラゴンに襲われて死んだ王国の人たちであることなど、知る由もありません。
そのころ、王国の東にある帝国では、旅商人の一団が旅をしていました。
旅商人たちを率いている会長は、狼の頭をした「人狼族」とよばれる種族の人物でした。
人間以外の種族がほとんど住んでいない王国とちがって、帝国には多くの種族がすんでいました。
その旅商人の一団にも、ドワーフ、エルフ、人間、人狼族とさまざまな人たちがいました。
その中に一人、金髪の少女がいました。
彼女は、王国を訪れた時に休憩した湖の岸で、意識を失っていたところを旅商人たちにたすけられました。
少女には記憶がなく、自分がどこの誰なのかわかりませんでした。
しかし、彼女は大変珍しい光魔法や回復魔法が使えたので、きっと何か深い事情があるのだろうと会長は思いました。
帰る場所もなかったので、旅商人たちは自分達と一緒にいかないかと少女に言い、少女もそれを願いました。
そう、この少女こそ、王国の王女だったのです。
王女が旅商人の仲間になって3年がたちました。
王女はすっかり旅商人のメンバーと仲良くなり、いまでは商会の看板娘といわれるようになりました。
あるとき、旅商人たちに大きな仕事の依頼がありました。
その仕事は、武器や防具を王国の北西にある街まで届けて欲しいというものでした。
その頃の王国は、ドラゴンにたびたび襲われるだけでなく、魔物の襲撃儲けるようになっていました。
そのため、どの町でも自衛のために武器や防具を必要としていました。
今回の仕事は、その中でもドラゴンの本拠地の山脈に近い、王国北西の町へ荷物をとどけるというものでした。
とても危険な仕事でしたが、報酬もとても良いものでした。
人狼族の会長は、仕事をひきうけるか悩みましたが、結局ひきうけることにしました。
この世界の旅商人たちも、いつかは大きな町に店をもつことを夢にしていました。
旅商人は危険な商売で、いつ盗賊や魔物におそわれるかわかりません。
それでいて、自分たちは大きな町の中で店を開くことができませんでした。
町で商品をうれるのは、その町に店をもっている商店だけです。
だから、旅商人たちは店をかまえる商人たちの言いなりになって、商品を町から町へと運ぶ仕事しかできませんでした。
だから、旅商人たちは。いつか自分たちで店を構えたいと、誰しも思っていました。
人狼族の会長は、自分は商店をひらいたら、王女をその店で働かせたいと思っていました。
旅商人はとても危険な仕事です。
この仕事をつづけていたら、いつか王女も危険なことにまきこまれて、死んでしまうかもしれません。
そして彼は、店をかまえることができたら、いつも一緒に旅をしている人狼族の女性と結婚したいと思っていました。
今度の危険なしごとの報酬があれば、町で店をひらく権利を得るだけのお金が手に入ります。
さんざん悩み、仲間たちにも相談しました。
みんなは、危険を承知で引き受けることに賛成しました。もちろん、王女も賛成しました。
無事に仕事をやりとげて店をひらこうと、みんなで誓い合いました。
そして、彼らは運命の旅に出発することになったのです。
旅の前半は順調でした。帝国から王国南部にはいり、彼らは進んでいきました。
ドラゴンの襲撃のこともあり、王国の町はどこも以前ほどの活気はありません。
そのせいか、人狼やエルフといった人間じゃない種族への風当たりは、前にもまして強くなっていました。
町によっては、どこの宿でも一泊することを拒否されることもありました。
町についたのに、町の外で野宿をしないといけないことも、たびたびありました。
そういう町では、王女と何人かの人間のメンバーが食糧や日用品の買い出しにいきました。
王女はとても愛嬌があり、それでいて強い芯がありました。
商人に騙されることもなく、脅されても屈することもなく、彼女はしっかり仕事をやりとげました。
そうして、彼らは西へ西へと進んでいきました。
とうとう、目的の町へつきました。
その町は、ドラゴンに最初に襲われた町でした。
噂では、ドラゴンの攻撃で街は壊滅したといわれていました。
前の街をでるときも、あの街へはいかないほうがいいと、たくさんの人に言われました。
さすがの会長も心配になり、街で冒険者を用心棒として雇うことにしました。
しかし、どの冒険者も嫌がって引き受けてくれません。
みんなは、ここで引き返すか、それでも進むのか、悩みました。
でも、ここまできて引き返すことなんて、できるわけがありません。
彼らも、長いあいだ旅商人をつづけるあいだに、何度も盗賊や魔物におそわれました。
しかし、彼らはそれをすべて撃退してきました。
ちょっとした冒険者よりも、彼らはずっと強かったのです。
今度も、きっと大丈夫だ。彼らは皆そう思いました。いえ、そう思い込みたかったのです。
「行こう。」
会長は悩んだ末に、目的の街へと向かうことにしました。
その町は、噂では町の人はほとんど住んでおらず、町もあちこち破壊されていると噂されていました。
夜になると、死んだ人たちの死霊が街の中を歩き回るとも言われていました。
しかし、その町は活気こそないものの、見た目には普通の町とあまり変わりなく見えました。
通りを歩く人影はまばらで、空き家になっている家も目立ちました。
しかし、会長は妙な匂いを感じていました。
他の町にはかんじない、嫌な匂いでした。王女も、ただならぬ気配を感じていました。
彼女は、自分では忘れていましたが、邪悪な気配を感知する能力をもっていました。
その能力で、町にただよう邪悪な気配を感じ取っていたのです。
彼らは、武器と防具を届けにいきました。
領主の館に武器防具をもっていくと、たくさんの金貨をもらいました。
これだけの金貨があれば、店をひらくことができます。
夢に近づいたことを実感したみんなは、喜びました。
依頼が達成できたので、できるだけ早く、町をはなれたいと思いました。
しかし、その日は運悪く、雨が降り始めてしまったのです。
雷がとどろき、雨もひどく、とても町の外へでていける状態ではありません。
仕方なく、彼らは一泊だけして町を出ることにしました。
夜がふけていきました。
雷の音で、王女は目が覚めました。
しかし、目が覚めた理由がそれだけでないことに、王女はすぐ気がつきました。
当たり一体に、邪悪な気配がただよっていたのです。
王女は絵も言われぬ危険をかんじ、いつも使っている杖を手にとりました。
ごろごろごろ!!
そのとき、雷が落ちました。
雷の光で、町の中が明るく照らされるのが、窓から見えました。
そのとき王女はきがつきました。町の中を、骸骨が歩いていることに。
「きゃあああ!!」
王女の悲鳴で、仲間たちも起きました。そして、街の中が骸骨だらけになっていることに気がつきました。
あわてて宿の主人を探しに行くと、そこには主人の服をきた骸骨がいました。
そしてその骸骨は、包丁をふりあげて襲ってきました。
「逃げろ!」
会長は骸骨を棍棒でなぐりながら、全員に逃げるように言いました。
幸いなことに、馬と馬車は無事でした。
馬はとても怯えていましたが、王女の光魔法のおかげで落ち着きを取り戻しました。
全員がすぐに馬車にのりこみ、街から逃げ出そうとしました。
じゃまをしてくる骸骨は、かたっぱしから棍棒でなぐっておしのけました。
王女も光魔法をつかって、骸骨を撃退しました。
ようやく、街の出口がみえてきました。
脱出できる、そう思った時です。
街の入り口から、たくさんの武器と防具をもった、骸骨の軍団があらわれました。
あの武器は、自分たちがもってきた武器でした。その先頭には、骸骨になった領主の姿もありました。
「騙された。」
会長はやっときがつきました。最初から彼らを生かして返すつもりはなかったのです。
みんなは必死で応戦しましたが、骸骨の数がおおすぎました。
「ここまでか」
諦めかけた、そのときでした。
「業火爆炎!」
その叫びとともに、すさまじい炎がまきおこりました。
商人たちをとりかこむ骸骨たちが、いっきに炎につつまれたのです。
これだけ雨が激しく降っているというのに、その炎は勢いガオと問えることがありません。
「鬼餓暴食!」
別の声がして、こんどは竜巻がおこりました。骸骨の一段が竜巻にのみこまれ、そのままどこかに吸い込まれていきました。
「今のうちに逃げろ!」
そう叫んだのは、両手に2本の剣をもった女剣士でした。
旅商人たちは、命からがら町から逃げ出しました。
彼女は、今では二刀流使いとして名をはせる冒険者になっていたのです。
その女剣士は、若い青年の剣士をひとり連れていました。
その剣士は、風の魔法が使える剣士で、女剣士ほどではないにしても、とても腕の立つ剣士でした。
実は女剣士は、あのエルフと一緒に暮らしていた少女でした。しかし、そのことは一緒にいる剣士にも話していませんでした。
商人たちは、彼らに助けてもらったことを感謝し、町から持ち出した謝礼の金貨をわたすといいました。
しかし、女剣士はそれを断りました。
聞けば、商人たちを助けようと言ったのは、青年の剣士だったそうです。
「今回は、弟子のわがままにつきあっただけだ。報酬はこいつからもらう。」
「酷いです、師匠。」
みんなが笑う中、青年は真面目な顔で王女へ近づきました。
「え?」
驚く王女の腕を掴んだ王子は、彼女の腕にある王家の紋章を確認しました。
「間違いない。君は俺の妹だ。」
「えええ!?」
その剣士は、生き別れになっていた兄の王子だったのです。
◆
まったく覚えのない青年に、自分の妹といわれて、王女は驚きました。
記憶がないので、目の前にいる剣士が兄だとはわかりません。
王子は、王女が記憶を失っていることを悲しみました。
しかし、王家の紋章は王家の人間しか持っていません。
王子はその紋章こそが、自分がずっと探していた妹である証拠だと言いました。
王子と女剣士は、たまたま旅商人たちが前の町にいるところを見かけたのです。
そのとき、旅商人の一団にいる少女が、とても王女に似ていることに気がつきました。
ためしに、目の前までいってみたのですが、王女はまったく知らない人のような反応でした。
王子は、彼らの護衛をやりたいと女剣士にいいましたが、女剣士は危険だからやめたほうがいいと言いました。
それで一度は引き下がりましたが、どうしても気になった王子は、ひとりで旅商人のあとを追いかけました。
それをみた女剣士は、仕方ないやつだなと言って、青年剣士と一緒にきてくれました。
結局、旅商人たちはピンチになり、女剣士と青年剣士に助けられることになりました。
王女は、王子からこれまでの話をききました。
王子は川に落ちた後、王様が最後にかけた光魔法に守られて、しばらく川底に潜んでいました。
そうして、魔法使いが王子たちが死んだと思い、引き上げた後に、川から出ました。
見つかったら殺されると思ったので、王都をはなれて、むかし王女と二人で隠れていた、東の森の城へと向かいました。
できるだけ人目を避けて、険しい山や暗い森の中をすすんだので、なかなか着きません。
あるとき、森の中で魔物の群れに襲われました。
王子は戦いましたが、敵が多すぎてかないません。
必死で逃げていくと、魔物にきがついた女剣士がやってきて、魔物をあっという間に倒してしまいました。
それを見た王子は、女剣士に弟子入りさせてほしいと願いました。
女剣士は最初はことわりましたが、あまりに熱心なので、ついに折れて弟子にしました。
青年の熱心さに、彼女の師匠に剣を教えて欲しいと言った、過去の自分の姿をみたのです。
それから王子は、女剣士と冒険者になりました。
女剣士のことは「師匠」と呼びました。
ただし、自分が王子であることは、その時は女剣士には隠しました。
女剣士に、迷惑をかけると思ったからです。
一方の女剣士も、自分の素性については多くを語りませんでした。
「ある人を探している。」
王子が冒険者を続けている目的について尋ねたとき、女剣士はただそう答えました。
「そんな人なんですか?」
「そいつは、私が子供のころに、一緒に住んでいた。年は、私と同じくらい・・・いや、今は私より若く見えるかもしれんな。」
「それは、どういうことですか?」
「無駄話をした。忘れてくれ。」
女剣士は、それ以上はその人物について、教えてくれませんでした。
それから王子は、女剣士と二人で魔物退治をしながら腕をみがきました。
すでに、一流の冒険者となっていた女剣士は、多くの冒険者たちから尊敬されていました。
その一方で、女剣士に倒された盗賊が逆恨みで襲ってきたり、女剣士の名声を妬んだ他の冒険者に襲われることもしょっちゅうでした。
しかし、どんな魔物がやってきても、どんな刺客に襲われても、女剣士は決して負けることはありませんでした。
女剣士はいつでも弱いものを助け、どんな人が相手でも分け隔てなく接しました。
王子は、そんな女剣士の強さ、優しさを見て、これこそ王族が、いえ、力を持つ者が目指すべき姿だと思いました。
二人で冒険者稼業をするようになり、一年ちかくが経過しました。
その間にもドラゴンが街を襲い、王国は少しずつ荒れていきました。
王子は早く魔法使いを倒さねばと思いつつも、魔法使いを倒せばドラゴンを追い返せなくなることもわかっていました。
そのためには、自分は魔法使いを倒すだけなく、ドラゴンよりも強くならないといけないと考えていました。
時間が過ぎていく焦りはありましたが、女剣士と一緒にいることで、着実に強くなっていく実感はありました。
そう遠くない未来に、魔法使いもドラゴンも倒せるだけ強くなれると、彼は信じていました。
あるとき、王子と女剣士がいた町をドラゴンが襲いました。
女剣士は逃げるといいましたが、王子は街の人たちを見捨てて逃げられないと言いました。
そして二人はドラゴンと戦いました。しかし、ドラゴンの強さは驚異的でした。
二人がかりでも、ドラゴンの相手にはなりませんでした。
しかも、ドラゴンは本気で戦っているように見えませんでした。
ドラゴンが吐く猛烈な炎の風で、二人は大きく吹き飛ばされてしまいました。
二人が苦戦しているところへ。あの魔法使いと、操られた女王がやってきました。
魔法使いは雷魔法をつかい、女王は光魔法をつかい、ドラゴンと戦いました。
激しい戦いの末、ドラゴンは大きく咆哮をあげると、山のほうへと帰っていきました。
ドラゴンを追い返したことで、街の人たちは魔法使いと女王に感謝しました。
彼らは城壁の上から、黙って人々を見下ろし、手を振って答えました。
その様子を、王子と女剣士は、少し離れた城壁の上から見ていました。
ドラゴンに吹き飛ばされてから、どうにか体制を立て直して街まで戻ってきたのです。
そのときには、すでに魔法使いと女王がドラゴンを撃退していました。
人々は、魔法使いと女王に喝采を送っていました。
しかし、王子はひと目みて、彼が自分を殺そうとした魔法使いだとわかりました。
操られている母親の姿を目の当たりにして、王子はいてもたってもいられなくなりました。
今すぐ母親を救おうと、魔法使い目掛けて飛び出そうとします。
「む?」
そのとき、女剣士は魔法使いが首から下げているペンダントに気が付きました。
そして王子が飛び出す瞬間に、女剣士は王子をとめました。
「師匠!止めないでください!あいつは、親の仇なんです!」
「まて、今はドラゴンと戦って消耗しすぎてる。そうでなくても奴は強い。今のお前では勝てんぞ。」
「それでも、やらなきゃいけないんです!」
それでも再び飛び出そうとする王子を、女剣士は無理矢理気絶させました。
魔法使いは、気配を感じて王子たちのほうへ振り返りました。
そこにはすでに二人の姿はありませんでした。
「・・・あれは、もしや。」
しかし、魔法使いは何かに気が付いたようでした。
魔法使いは急ぎ、女王を連れて王宮へと戻っていきました。
気がついた王子は、再び魔法使いを倒すと言って、飛び出そうとしました。
「焦るな。」
女剣士にとめられました。王子は女剣士を押しのけて行こうとしますが、女剣士はがんとして動きません。
「いくなら、わたしを倒してからにしろ。あの魔法使いは、私より強い。私を倒せなければ、あの魔法使いは倒せない。」
女剣士はそういって、二本の剣を抜きました。
王子は全力で女剣士に挑みました。しかし、女剣士には全くかないません。
あっという間に、王子は草原の上に転がされる羽目になりました。
「ちくしょう、ちょくしょう!なんで俺はこんなに弱いんだ!」
王子は嘆きました。
王子の様子をみた女剣士は、彼にただならぬ事情があることを察しました。
「事情を話してみろ。」
女剣士にそういわれ、王子はぽつぽつとこれまでの出来事について話しはじめました。
自分は王子であること。国王は、魔法使いに殺されたこと。
女王は操られていること。行方不明の妹がいること。
操られている母親を助けるために、魔法使いを倒したいと思っていること。
「おまえの話はわかった。そういうことなら、わたしも協力しよう。」
「師匠、本当ですか!」
「ああ、だが今のおまえでは勝てない。わたしが良いというまで、修行をするのだ。それが約束できなければ、わたしは何度でもおまえをとめる。」
「約束します。でも、時間がありません。はやくとめないと、王国が滅んでしまいます。」
「修行はこれまでより厳しくなるぞ。」
「覚悟はできています!」
「あの魔法使いは強い。だが、倒すための秘策がある。」
そういって、女剣士は南西の砂漠に眠る秘宝の話をしました。
南西の砂漠の奥地には、砂嵐に守られた巨大な塔があるそうです。
そこには、魔法を無効化できる「虚無の剣」という、伝説の剣があると言われています。
「その剣を使えば、魔法使いの攻撃のほとんどを無効化できるだろう。女王にかけられた呪いの魔法も、それで解けるかもしれない。」
女剣士は、王子にそう言いました。
その話を聞いて、王子は希望をもちました。
「だが、南西の砂漠は厳しいところだ。魔物も強い。生きて帰れぬかもしれぬ。剣はないかもしれない。それでもいくか?」
「行きます。一人でもいきます!」
「弟子を一人でいかせるわけにはいかん。それに、わたしも協力するといったではないか。」
「ありとうございます、師匠!」
そうして、二人は南西の砂漠を目指したのでした。
砂漠の旅は、実に過酷でした。
昼の焼けるような暑さと、夜の凍えるような寒さ。方向感覚を失いそうな砂ばかりの風景。
砂の中から襲いくる数多の魔物たち。伸ばした手の先もみえないほどの砂嵐。
何度も倒れかけた王子でしたが、それでも歯を食いしばって、塔にたどりついたのです。
塔には、砂漠にいたよりも強い魔物がたくさんいました。
しかし、ここまでの旅をのりきってきた二人には、魔物たちはもはや敵ではありません。
ついに彼らは最上階へと上り詰めました。
「ここに、虚無の剣があるのか?」
王子は、最上階の部屋の扉を開きました。
「え?」
中に入って、王子は自分の目を疑いました。
「おかえり、お兄ちゃん!」
そこには、美しいドレスをきた王女がいたのです。彼女はにっこりと微笑みました。
「遅かったですね。もう夕食の準備はできていますよ。はやく席につきなさい。」
そう言ったのは、母親の王妃でした。王妃もとても嬉しそうな顔で王子をみています。
よく見ると、そこはいつも食事をしていた王宮の食堂でした。
テーブルの上には、おいしそうなご馳走がならんでいます。
そのテーブルの端には、国王である王子の父親が座っていました。
「なにをしておる。今日はおぬしの誕生日ではないか。皆で驚かせようと、まちかまえておったのに。おぬしがそれでは、拍子抜けだ。ささ、はようすわれ」
王子は何がなんだかわからず、席につきました。
席に着くと、家族や家臣たちが、一斉に自分を祝ってくれました。
「誕生日、おめでとう!」
「おめでとうございます!」
「王子も、20歳になられたのですね!」
「王子様なら、きっとよい王になられますよ!」
「王子様がいれば、王国はずっと安泰ですね。」
皆が口々に王子をほめます。
「ささ、はよう食べるのじゃ。せっかくの好物がさめてしまうぞ?」
王様にいわれて、王子は食事を口にはこぶ。
うまい!
なんという美味さだ。こんなに美味しい食事は、久しぶりだ。
味もいいけど、それだけじゃない。
家族と一緒に、平和な国で食べる食事がおいしいのだ。
王子は、王宮で暮らしているときには、それに気がついていなかったのです。
失って、初めて、平和な暮らしと、自分を迎えてくれる家族が、いかにありがたいものか、王子はしみじみと感じたのです。
そして王子は、これまでの辛い生活を、この幸福で紛らわせようとして、夢中で料理をたいらげました。
本当に、脇目も振らず食べました。みるみるうちに料理が減っていきます。
「ああ、おなかいっぱいだ。」
料理を平らげた王子は、とても幸せな気分になりました。
そうして、心地よい眠気に襲われました。
「あの辛い日々は、きっと、悪い夢だったんだ。」
王子は、薄れゆく意識の中で、ぼんやりとそう思っていました。
父親が死に、母親は操られ、妹とは生き別れになり、厳しい冒険者生活を送り、西の塔への苦しい旅を続けた。
そんな辛い記憶は、一夜の夢だったのだ。
目が覚めたら、笑顔の家族がいて、平和につつまれたお城があり、今日も一日ひまだなあといいながら、王国の街並みを眺める。
そんな日々に戻るのだ。
王子はそんなことを考えつつ、ゆっくりとまどろみに落ちていきました。
「・・・!」
誰かの声が聞こえた気がしました。
「うるさいなあ。俺は疲れたんだよ。もう、寝てもいいだろう?」
王子はそう言って目を閉じようとしました。
「・・・だめだ。おまえはまだ、やることがあるんだろう?そのために、ここにきたんじゃないのか?」
また、誰かの声がしました。
「いいんだよ、それは夢だったんだから。目が覚めたら、退屈だけど、楽しい日々が待ってるんだよ。」
「目を逸らすな。現実を見ろ。幻想に惑わされるんじゃない。お前は、そこにはいない!」
王子はそこで気がつきました。
頭の中に美びくその声は、女剣士の声でした。
「師匠?いったいどこに?」
「目をさませ、立ち上がれ、剣をとるんだ!」
「・・・!」
王子は、反射的に剣を抜いたのです。
カキーン!
ぎりぎりのところで、王子は自分に向かって飛んできた剣をはじきとばしました。
飛ばされた剣は、くるくると回りながら宙を舞い、そのまま床にぐさりと刺さりました。
王子がみわたすと、そこは塔の最上階にある、小さな部屋でした。
部屋の中央には台座があり、そこには何かが刺さっていた形跡がありました。
王子は、床にささった剣を見ます。
その剣は、刀身の部分が真っ黒で、まるでそこに穴があいているように見えます。
それほどまでに、真に黒い剣だったのです。
「もう少しで、おまえはあの剣に飲み込まれるところだった。」
女剣士が剣をひき抜きながら、そう言いました。
「これが、伝説の剣?」
「そうだ。これが、あらゆる魔法を無効化する、虚無の剣『ヴォイドイーター』だ。ただし、使う者の魂をも食うと言われている。無暗に使ってはいけない。」
「分かりました。」
そう言うと、王子は床から剣を引き抜きました。
こうして王子は、魔法使いを打ち倒せる、伝説の剣を手に入れたのでした。
帰りの旅も、決して楽なものではありませんでした。
しかし二人は、王国を出たときよりも、ずっと強くなっていました。
そのおかげで、行きに比べると、半分ほどの時間で帰ってくることができました。
それでも、王国をでてから二年近い月日がたっていたのです。
そうして二人は、ようやく王国の西の端にある街までたどりつきました。
その町で、王子は自分の妹によく似た人物と、行動を一緒にする旅商人たちを見かけたのです。
◆
王子と女剣士の壮絶な冒険譚を聞いて、王女と旅商人たちは、言葉がありませんでした。
王子は、王女の話をきいて、旅商人たちと幸せにくらしていることをしりました。
帝国に戻れば、今回手に入れた金貨で、店を出せることも聞きました。
王子は考えた挙句、王女にいいました。
「おまえは、旅商人と帝国にいってくらすんだ。そのほうが、おまえのためだ。」
「剣士さん・・・いえ、お兄様はどうするのですか。」
「俺はあいつを倒しに行く。そして母上を助ける。」
王女はじっと考えてから言いました。
「私も行きます。」
「いや、記憶がないままでは危ないだけだ。それに、戦いにいけば辛い過去を思い出すかもしれない。忘れたまま、平和に暮らすほうがおまえのためだ。」
「いえ、やっぱり行きます。ドラゴンに襲われて、悲しんでいる人をたくさん見ました。この悲劇を止められる紋章の力があるのに、それを使わないで逃げ隠れするなんて、私にはできません。一人で戦うお兄様を守るのは、わたしの務めです。わたしはお兄様を守ります!」
「・・・妹よ」
王子は、記憶がない王女が、昔と同じ言葉を言ったことに感激しました。
そうして、王女は王子と一緒に行くことになったのです。
「及ばずながら、私も力を貸そう。」
「師匠・・・!」
「あの魔法使い。少し確かめたいことがあってな。」
「確かめたいこと・・・師匠は、あの魔法使いを知っているんですか?」
「分からん。それを確かめに行くのだ。」
女剣士はそれ以上は答えてくれませんでした。
その頃、王城の地下室で、魔法使いがひとりの男を呼び出していました。
その男は、大きな黒い鎌を背負った男でした。
男は、魔法使いの影の中から、まるで黒い泥のように溶けだしてきました。
「お呼びですかぁ、旦那?」
「ある人物を探し出して、殺してほしい。炎の魔剣をもつ女が連れている、金髪の男の剣士だ。」
すると、その男はへらへらとした顔で魔法使いにいいました。
「へえ、その女ってのは『業火雷帝』のことですかねえ?」
「知っているのか。」
「おっと、旦那がしらねえほうが驚きですぜ。やつは有名な冒険者だ。俺もあいつにゃぁ、ちょいと因縁がありやてねえ、うひゃひゃひゃ!」
男はおどけて見せました。しかし魔法使いは表情ひとつかえません。
「ならば、連れている男も知っているか?」
「噂で、連れがいるってぇのは聞いたことはあるなぁ。しかしよぉ、俺が知ってる頃のあいつは、一匹狼だったんでさあぁ。その男ってのは知らねえな。」
「女がどこにいるか、わかるか。」
「さあな。だが、目立つあいつのことだ、すぐ見つけられまさぁ!」
「行け。そして男を殺せ。」
「女も殺るんですかねぇ?」
「女は好きしろ。邪魔だてする奴がいれば、すべて殺しても構わん。」
魔法使いのその言葉をきいて、男はいやらしい笑いを浮かべた。ぺろりと長い舌をだす。
「うひゃひゃ、皆殺したぁ、剛毅なこった。こいつぁ楽しくなりそうだぜぇ?」
「男を殺したら、腕に紋章があるかを見ろ。それから、もし同じ紋章をもつ女が一緒にいたら、それも殺せ。確実に。いいな。」
「了解ですぜ、旦那!くっくっく・・・さあて、今度の得物は、どんな声で鳴くのかなぁ?」
そういうと、男はすうっと闇の中へと消えていきました。
そのころ、旅商人の一向と王子、王女、女剣士は、王国の南部を旅していました。
王女がずっと世話になった旅商人たちを、無事に帝国までおくりとどけると、王子がいったからです。
旅商人は、自分たちはいいから、一刻も早く魔法使いを倒しに行きなさいといってくれました。
「魔法使いと戦って、生き残ることができる保証はない。恩は、返せるときに返しておきたい。」
王女も同じ意見でした。
「おまえたちは、私が死なせやしないがな。」
女剣士がそういいましたが、女剣士にも王女と王子の気持ちがよくわかりました。
それに、今すぐ魔法使いを倒しに行くことが難しい事もわかっていました。
王都に近い町には「千眼烏」と呼ばれている、体中に眼がある烏がいて、魔法使いに反抗する人たちを厳しく監視するようになっていたからです。
魔法使いは王国をドラゴンから救う英雄だと、国民の多くは思っていました。
ですが、魔法使いは破壊された街を修復したり、国民の生活が楽なるようなことをなにひとつしませんでした。
彼は、今はドラゴンをたおすため、力をたくわえるときだといって、国民に重い税金をかけたり、厳しい作業をさせたりしました。
それに不満を持つ人たちが、だんだんと魔法使いに反抗するようになってきたのです。
魔法使いは、自分にたてつく人物を見つけて暗殺するために、魔法で召喚した「千眼烏」を各地に放ちました。
ただ、使い魔の「千眼烏」は魔法使いから遠く離れて行動することができません。
そのため、使い魔がいるのは王都の近くの街だけでした。
女剣士は、冒険者仲間や商人たちから情報を集め、そのことを知っていました。
魔法使いは、王子の顔を知っています。
王都へとむかえば、どこかで使い魔に見つかるかもしれません。
女剣士は、魔法使いを倒すなら、魔法使いドラゴンを倒すために王都から離れた街へと出てきたときが、チャンスだと思っていました。
ドラゴンがどこへ来るかは、過去の行動パターンから、かなり絞り込むことができます。
律義にも、ドラゴンは襲う街の順番を決めているようでした。
ドラゴンが襲ってくるタイミングも、おおむね二か月に一回と分かっています、
つい最近、ドラゴンの襲撃があったことから考えると、次に来るのは二か月後です。
その間は、魔法使いを襲う機会はありません。
一方、帝国までここから一か月弱かかるので、往復すれば二か月です。
ちょうど、王国に戻ってくる頃に、戦うチャンスが訪れるはずでした。
◇
王子たちが旅商人たちと旅をはじめて、しばらくたった頃のことです。
ドラゴンに襲われた、王国のある街の中でのこと、一人の少女が、何人もの人さらいに追いかけられていました。
その街は、ドラゴンの攻撃で大きな被害を受け、半分ほどが廃墟になっていました。
廃墟には貧しい人たちが住みつき、一部の住民は犯罪に手を染めていました。
中には、元は冒険者だった連中や、兵士だった人間も混じっていました。
少女は、その廃墟に住む人さらいの一団に追いかけられていました。
街の中を逃げていきましたが、入り込んだ通路は行き止まりでした。
「もう逃げられんぞ」
人さらいたちは、じりじりと少女に近づいていきます。
「おい、てめえら、このあたりで二刀流の冒険者を見なかったかぁ?」
突如として少女の前に、黒い鎌を持った男が現れました。
「なんだ貴様は?獲物を横取りする気か!?」
人さらいのリーダーらしき男が、突如として現れた男に剣を向けます。
「くそども、俺の言うことが聞こえなかったのかぁ?」
男はへらへらとした表情で、そう言いました。
「それはこっちのセリフだ!そこをどけ!さもなければ、この俺の牙狼剣が火を吹・・・」
しかし次の瞬間、その男は真っ二つになってその場に倒れました。
「・・・あの有名な銀狼団の元冒険者が、一撃で!」「何者だこいつ・・・」
人さらいたちは怯みました。
「さて、俺の質問に、答えてくれるよな?」
鎌の男に睨まれ、人さらいたちは震えあがりました。
「み、見ました!西の森で!」「た、たしか、旅商人の用心棒の女が、二刀流でした!」
「あぁん?本当だろうな?」
男は人さらいの一人に顔をぴったりくっつけると、鎌をぺろりと舐めました。
「ほほほ、本当です!」「えらく強い奴で、襲った盗賊団が返り討ちにあったとか!」
「・・・うひひ、そうかぁ。そいつは間違いねえ。」
男は満足そうに、にやりと笑いました。
「そんじゃ、礼をしねえとな!」
男の鎌が、人さらいの一人を貫きました。
「ぐわあ!」
「うひゃひゃ、いい声で鳴くじゃねえか!もっと鳴け!もっとだぁぁ!!」
「うわわああ!」「助けてくれえ!」「ぎゃああああ!」
男は何度も鎌を振り上げました。そのたびに、大きな悲鳴が響きます。
しかし、すぐにあたりは静かになりました。
少女は、凄惨な光景を見て、恐ろしさのあまり、声もでません。
腰を抜かし、その場にしゃがみこんでいました。
しかし、鎌の男は少女を振り向くことはありませんでした。
不気味な笑い声だけを残し、すうっと、どこかに消えてしまいました。
◇
一方、王子たちは街から町へと旅をつづけました。
その旅は、旅商人にも、王子にも王女にも、そして女剣士にとっても、楽しいものでした。
魔物や盗賊はあいかわらず襲ってきますが、このメンバーの敵ではありません。
返り討ちにして、盗賊をつきだして賞金をもらったり、魔物を大量に仕留めて街で素材を売ったりしました。
「こりゃ、商売するより儲かってまうな!本店どころか、支店も出せるぞ!」
人狼族の会長は、賞金と素材の代金で儲かるのでウハウハです。
そんな旅を続け、あとふたつの街をこえたら帝国というところまできました。
次の街へいく間には、大きな山をこえる必要がありました。
山には強い魔物が多いので、普通の商人たちは通らないルートです。
しかし、これまで魔物や盗賊をたおして儲かっていた旅商人たちは、あえて山ルートを選びました。
「強い魔物、でてきてくれへんかな?そしたら、めっちゃ儲かるし!」
旅商人の会長は、そんな軽口を叩いていました。
しかし、そうは問屋が卸さなかったのです。
山ルートに入って二日目。
馬車は険しい山道にさしかかりました。
「・・・何か来る」
女剣士は、不穏な気配に気が付きました。
カキーン!
女剣士は剣をふって、飛んできた何かを弾き飛ばしました。
「盗賊か?」
「また賞金がっぽりでんがな。」
楽観的な会長に対して、女剣士の表情は険しいものでした。
「出てこい!」
女剣士が剣をかまえていうと、岩陰から鎌をかついだ、へらへらした表情の男が現れた。
「こんなところでお会いするとは、奇遇だなぁ、おい?」
「黒蠍か・・・」
「おやぁ、俺っちの名前、覚えててくれたんだぁ。いやぁ、光栄だぜぇ!」
鎌の男は、ぎょろりとした目を女剣士に向けました。
「師匠、この男を知っているんですか?」
「ああ、こいつは西の森を根城にしていた、黒蠍盗賊団のボスだった男だ。ろくな男じゃない。何年か前から姿が見えなくなっていたが・・・魔法使いに飼われているのか?」
「うひゃひゃ、おめえは相変わらず、いい女じゃねえか。俺の女になりゃ、おまえだけ見逃してやるぜぇ?」
女剣士の表情が厳しくなりました。
へらへらした表情のまま、男が近づいて来ます。
「止まれ!それ以上、近づくな!」
王子が剣を構えて立ちふさがりました。
「威勢がいい兄ちゃんだねぇ。はて、近づいたら、どうなるのかなぁぁ??」
男は馬鹿にした表情で王子へと近づいて来ます。
「警告はしたぞ!」
王子は剣を振りかぶりました。
「迂闊に出るな!」
女剣士がいうよりも早く、王子は鎌の男に切りかかります。
「ぐ、はっ・・・!?」
しかし次の瞬間、王子はその場に倒れ込みました。
その光景をみて、全員が息をのみます。
「おいおい、兄ちゃん、てめえの力はそんなもんか?ずいぶんと、期待外れだなぁ。ちったあ遊べると思って、楽しみにしてたのによぉ!」
男が王子に鎌をふるいます。
カキーン!!
その鎌を、女剣士が剣でうけとめる。その剣からは炎がたちのぼっています。
「きさまの狙いは、私ではなく、少年か・・・まさか、魔法使いの差し金か?」
「ご名答ぉぉぉぉっ!!さすがは、豪火雷帝。といったところかなぁぁぁ?」
「きさま・・・」
女剣士は剣を構えました。
「おおっと、おめえの相手をしてやりてえところだがなんだが、残念ながら、てめえの相手はこっちだ。俺は、この坊主に用がある。」
男はそういうと、地面に向かって何かを放り投げました。
すると、そこに人の三倍ほどの大きさのある、巨大な石像が現れました。
「ゴーレムだと!?」
ゴーレムは巨大な石のこん棒を、女剣士めがけてふりおろします。
「くう!」
ずずーーん!
女剣士の避けたあとの地面には、巨大なくぼみができました。
女剣士は炎の剣で切りつけます。
しかし、岩の体をしたゴーレムには炎がききません。
「ならば!」
今度は雷の剣できりました。ですが、石は雷を通しません。
ゴーレムは平然としています。
「こいつは厄介だな・・・」
「俺たちも戦うぞ!」
旅商人たちは、武器をもって馬車から出てきました。
王女も杖をもって臨戦態勢です。
「おいおい、気の短けえ奴らだねえぇ。安心しろ。この坊主を片付けたら、てめえらの鳴き声も聞いてやらぁ。それまで、こいつらと遊んでろ!」
男はそういうと、再び石のようなものをいくつも投げました。
すると、地面に落ちた石は骸骨騎士に変わりました。
何体もの骸骨騎士が、商人たちを襲います。
骸骨騎士の一撃をうけ、商人の一人がふきとびました。
「大丈夫ですか!」
王女がすぐに近づいて回復魔法をかけます。
「こいつ、強いぞ・・・!油断するな!」
こうして、激闘が始まったのです。
男が鎌を振り回します。
王子は必死で避けますが、鎌が王子をかすめていきます。
「ひゃははは!ほれ、しっかりよけねえと、穴があいちまうぜぇ?」
王子は明らかに遊ばれていました。
悔しくて歯ぎしりをしましたが、実力の差はどうしようもありません。
「・・・体が?」
そのうち、王子は体がすこしずつ重くなることに気が付きました。
「それは奴の鎌の毒だ。攻撃を受けすぎだ。」
女剣士を聞いて、少年はポーチから毒消しの薬をだして急いで飲みます。
「無駄だぜぇ?こいつは魔法の毒でなぁ。薬はきかねえ、ひゃははは!」
男はそういいながら、容赦なく王子に切りつけます。
傷口が紫色に変色していきます。
目に見えて、王子の動きは悪くなっていきました。
「くそ!」
女剣士が近づこうとしますが、ゴーレムが邪魔で近づけません。
王女も回復魔法をかけようとしますが、骸骨騎士にはばまれて近づけません。
「ひゃははは、無駄だ無駄!てめえらは、そっちでおとなしく遊んでろ!」
鎌の男は、王子をいたぶるように責め立てます。
「はぁ、てめえ弱ぇな。もうちっと遊べるかと思ってたのによぉ。飽きた、あーきたっ。」
男は王子を蹴とばしました。
体がほとんど動かない王子は、そのままごろごろと転がります。
「そろそろ、終わりにしようぜぇ?」
男が大鎌を振り上げました。
「お兄様!」
王女の叫びが聞こえます。
そのときでした。
「魔法を喰らえ、虚無の剣!」
王子は最後の力をつかって、虚無の剣を引き抜くと、それを腕の傷口に刺しました。
「ぐはああ!」
王子の叫び声が響きます。
「なんだぁ?こいつ、とち狂ったか?」
だけど、王子は自暴自棄になったわけではありませんでした。
次の瞬間、王子はすばやく立ち上がり、ゴーレムに向かって走り出しました。
さきほどまで体が動かなかったのが、嘘のようです。
「なんだと!なぜ俺の毒が効かねえ?」
鎌の男の顔から、へらへらとした笑いが消えました。
「喰らえええ!!!」
王子は「虚無の剣」でゴーレムに切りかかりました。
すると、突如としてゴーレムの動きが止まりました。
「・・・そうか、魔法を剣に食わせたのか!魔法で動くゴーレムなら、魔法を吸い出せば・・・」
女剣士は、ようやく王子の行動の意味を理解しました。
そうして、動かなくなったゴーレムの上を飛び越え、二本の剣を振りかざしました。
「くらえ、必殺!業火迅雷!」
猛烈な炎と雷が、同時に鎌の男に襲い掛かりました。
ずがーーーーんん!!!!
とてつもない爆炎が立ち上りました。
「魔法の毒なら、虚無の剣で吸いだせる。よくぞ考え付いたな。」
その爆炎を振り返ることなく、女剣士はしゃがみこんでいる王子のところへ近づきました。
女剣士がすっと手を出すと、王子がその手をつかみました。
女剣士は、ぐっと腕を引き上げ、王子が立ち上がります。
「ふふふ、師匠、初めて褒めてくれましたね。」
「人聞きが悪い。いつも褒めてるではないか。」
傷だらけの二人は、そう言いながら笑いあいました。
「お兄様!」
王女が王子に駆け寄ります。
「すまねえ、ちいとばかりてこずってしまってよ。」
旅商人たちも、ようやく骸骨をすべて倒し、王子のところまでやってきました。
王女はすぐに回復魔法をかけました。
王女の腕の紋章が光りました。同時に、王子の紋章も呼応するように光ります。
みるみるうちに、王子の傷がなおっていきます。
「さあて、反撃させてもらうぞ?」
次第に薄れていく煙を睨みながら、女剣士は油断なく剣をかまえなおしました。
煙の中から、鎌をもった男の姿が現れました。
男は額から血を流してはいましたが、致命傷とはいいがたいダメージです。
王子も剣をかまえました。旅商人たちも武器をかまえます。
そして、王女は光の結界をはりました。
「そうか、おまえら、そういうことか・・・」
鎌の男は、血が流れることを気にする様子もなく、王子と王女をぎょろりと睨みました。
「虚無の剣に光の紋章持ちたぁ、さすがの俺っちも分が悪い。旦那も、先にいってくれりゃぁよお。」
王女と王子の光の力をみて、鎌の男はぽりぽりと頭を掻きました。
その男に向かって。女剣士がじりじりと近寄ります。
すると、男は懐から何かを取り出し、地面に投げつけました。
「まだ何かを出すのか!?」
しかし、それはただの煙幕でした。あたり一面、煙で包まれて視界が遮られました。
「今日は楽しかったぜ。また、会おうぜぇ・・・うひゃひゃひゃ!!」
男は高笑いだけを残して、煙の中に消えていきました。
煙が晴れた後には、男のすがたはもうありませんでした。
◇
辛うじて鎌の男を退けた王子一向は、警戒しながら旅をつづけました。
しかし、男はあれから襲ってきませんでした。
そして無事、帝国へと入ることができました。
さしもの黒蠍も、帝国の中で暴れるようなことはしないだろうと女剣士は言いました。
旅商人たちは帝都につき、商店を開く権利を買いました。
「じゃあ私たちは行きます。」
旅商人が落ち着いたのを見て、王女と王子は王国へいって魔法使いを倒すと言いました。
「いつでも帰って来いよ!」
「ばか、この子たちは、王子様と王女様なのよ?王国に帰るに決まってるじゃない。」
会長は奥さんにたしなめられます。
「そうかぁ残念だ。」
「でも、もし帰るところが無かったら、うちに来るのよ。あんたはもう家族なんだから!」
「ありがとう、おかみさん、会長さん!」
おかみさんと王女は抱き合って泣きました。会長も、おんおんと泣きました。
他の旅商人も、全員泣いていました。
王子は空を見上げ、女剣士は後ろを向いていました。
そうして、王女は旅商人たちと別れたのです。
◆
三人は、魔法使いを倒す計画をたてました。
次にドラゴンが現れる町を予想し、二か所に絞り込みました。
女剣士が、そのうちの片方に張り込もうといいました。
特に反対する理由もなかったので、三人はその街を目指すことになりました。
王国へ戻ってからは、できるだけ道や街を通らないように、森や山を進みました。
フードをかぶって、三人とも顔を見られないように注意しました。
そうやって、普通の二倍近い時間をかけて、ようやく目指す街につきました。
「ここへ、戻ることがあろうとはな。」
女剣士は、ドラゴンに襲われて荒れ果てた街をみて、溜息をつきました。
その街は、女剣士にとって思い出深い町だったのです。
これよりさかのぼること15年。
エルフの少年のいた村でのことです。
一緒にすんでいた少女は、突然エルフの少年がいなくなったことを悲しんでいました。
村の人たちは、少年は魔物にやられたか、崖から落ちたんだといいました。
でも少女は、少年が死んでいないことを確信していました。
いつかエルフを自分で探し出すために、彼女は剣の修行をはじめました。
もともと彼女の父親が、名のある傭兵だったこともあり、彼女にも剣の才能がありました。
またたくまに、村でも屈指の剣の使い手になりました。
しかし、それ以上は彼女に剣を教えられる人がいませんでした。
彼女は森で魔物をたおして、一人で研鑽をつんでいました。
あるとき、武装した兵士たちが村をとおりかかりました。
村人が何事かと警戒していると、白髪のまじる気のいい老騎士が出てきました。
彼は年をとっているとはいえ、がっちりした体と、するどい眼光をもっていました。
老騎士は、訓練のために森の魔物や獣と戦った帰りに通りかかっただけだと言いました。
そして、村人にたくさんの獣の肉をあげました。
大喜びした村人は、騎士団を肉と酒でもてなすと言ったので、兵士たちは村の広場で野営することになりました。
老騎士は、王国最強といわれた、王宮の元騎士団長だったのです。
老騎士が宴の後に散歩をしていると、少女が剣の稽古をしている姿が目に入りました。
老騎士が近づいて、アドバイスをすると、少女はすぐにそれができるようになりました。
その姿をみて、老騎士は少女に剣の才能があることをみぬきました。
少女も、老騎士がただものでないことが、すぐにわかりました。
彼女は、自分を一緒に連れて行って、訓練してほしいといいました。
母親は少女が村を離れることには反対しました。
しかし、彼女は強くなってエルフの少年を探しに行きたいと言いました。
その意志はとてもかたく、母親はそれをとめることはできませんでした。
そうして、彼女は老騎士と一緒に街へいくことになったのです。
そして、彼女が向かった街こそが、三人が今しがた到着した、この街だったのです。
老騎士はこの街の「名誉衛兵隊長」でした。
女騎士は衛兵隊にいれてもらい、老騎士や衛兵たちに鍛えられました。
めきめきと腕をあげ、二年もしないうちに衛兵隊長より強くなりました。
「おまえに教えられることはもうない。あとは一人で研鑽を詰め。」
女剣士は、15歳の若さで老騎士のお墨付きをもらいました。
それから女剣士は、冒険者をはじめました。
あっという間に、凄腕の若い女冒険者がいるという噂が広まりました。
あちこちのパーティからメンバーにさそわれましたが、彼女はいつも一人でした。
誰の誘いも受けないので、人々は「彼女は想い人を探している」と噂しました。
本人はその事を聞かれても、ただ「人を探している」と答えるだけでした。
しばらく彼女は、王国の街をめぐりました。
しかし、もともと王国はエルフや獣人には暮らし辛い国です。
彼が生きているのならば、他の国にいったかもしれない。
彼女はそう思いはじめました。
彼女は、それから隣りの帝国にいきました。
帝国にはエルフやドワーフ、獣人もたくさん住んでいるからです。
しかし、彼女の探し人は見つかりませんでした。
彼女は帝国から海を越えて、南の大陸にまで行きました。
その大陸にある、炎の洞窟で「炎の魔剣」を手に入れました。
次に彼女は、東の海の島々を渡り歩きました。
その中のひとつに、嵐の島とよばれる、いつも嵐に包まれている島がありました。
彼女はその島に力づくでたどり着き、そこで「雷の魔剣」を手に入れました。
そうして、彼女は雷の魔剣と炎の魔剣をもつに至ったのです。
炎と雷を同時にあやつる彼女の戦いを見た人たちは、彼女を「業火雷帝」と呼びました。
各地を放浪していた彼女は、王国がドラゴンに襲われたという話を聞きました。
王国ときいて、自分の師匠の老騎士のことを思い出し、王国に一度戻ろうと考えました。
彼女はふたたび長い旅を続け、ようやく王国にたどり着きました。
しかし、その時にはすでに老騎士は死んでいました。
街がドラゴンに襲われたときに、先頭に立って戦い、戦死したと聞きました。
女剣士は悲しみ、そして間に合わなかった自分に怒りました。
そして、老剣士のかたきを討とうと、ドラゴンのいるという山へと一人向かいました。
ドラゴンは強大でした。女剣士といえど、まったく歯が立ちませんでした。
自分は、人間としては最強に近いレベルに達していると、自分ながら思っていました。
しかし、そんなプライドは一瞬で打ち砕かれました。
ドラゴンの強さは、人知をはるかにこえたものだったのです。
命からがら逃げ出すと、女剣士は王国の東の森に籠り、再び修行をはじめました。
彼女は、剣だけでは勝てないことを悟り、魔法の修行も始めたのです。
そうして、魔法と剣を組み合わせ、新たな技を生み出そうとしました。
そのためには、魔力の豊富な東の森が最適だったからです。
あるとき、修行を終えて森の中の小屋へ帰る途中、魔物と人の気配を感じました。
行ってみると、少年がたくさんの魔物に襲われていました。
女剣士は駆けつけると、魔物をあっという間に倒しました。
その様子をみていた少年は、自分を弟子にしてほしいと言いました。
最初は断わっていた女剣士でしたが、あまりに熱心に頼み込む少年をみて、過去に老騎士に弟子入りを願った自分の姿と、少年の姿が重なって見えた気がしました。
ああ、この少年も、自分と同じ、強い信念をもっている。
命に代えても、やり遂げたいと思う願いがある。
彼女はそれに気が付きました。そして、彼女は少年を弟子にしたのです。
彼女は、老騎士の墓を前に、王子と王女に自分の過去の話をしました。
王子と王女も、波乱万丈の人生ではありましたが、女剣士のそれも凄まじいものでした。
二人は、女剣士の冒険譚を聞き、しばらく呆然として何もいえませんでした。
ただし女剣士も、この街へと来る前の話はしませんでした。
エルフを探していることも、二人には伏せました。
彼女は、いつかそれも話そうと思っていました。
しかし、それは今じゃない。まずは、確認をしてからだ。
そのとき、彼女はそう思っていました。
三人はそれから、ドラゴンと魔法使いがやってきたときのために準備を始めました。
一週間もすることなく、女騎士が予想した通り、彼らのいる街にドラゴンがやってきました。
ドラゴンは炎をうちこみ、街のいたるところで火の手があがります。
しかし、逃げ惑う人の姿はありません。
街の人たちには、予めドラゴンの襲来を知らせてありました。
ほとんどの人は、すでに街の外に避難していました。
誰もいない街に向かって、ドラゴンが上空から火の玉を打ち込みます。
ただ、ドラゴンの攻撃は散発的です。
本気で街を焼き払うつもりなら、ほんの少しの時間でできるだけの力があるはずです。
しかし、ドラゴンは何かを待つかのように、ゆっくりと街を攻撃していました。
その様子を、王子と女剣士が物陰から見ています。
ドラゴンの緩慢な攻撃が半日ほど続いたところで、魔法使いがやってきました。
彼は飛行魔法で、空を飛んできました。女王をつれてきています。
街にたどりつくと、魔法使いは城壁の上に女王と降り立ちました。
いつものようにドラゴンに向かって魔法を使おうとした、そのときです。
突如として、街をドラゴンごとおおう結界が現れました。
「なんだこれは!」
驚いたのは魔法使いです。
結界が出現すると、ドラゴンの動きが鈍り、攻撃がとまりました。
「魔法阻害結界だと!?」
魔法使いは飛行魔法をつかおうとしますが、結界の影響のせいか、うまく飛べません。
空中でよろめきながら、地面に落ちていきます。
「こんな結界をいったいだれが・・・まさか?」
魔法使いは、周囲を見回しました。しかし、見える範囲には何の気配もありません。
「外か!」
魔法使いは、城門から外へと走り出ようとしました。
そのときです。
城門の影に隠れていた王子が、魔法使いめがけて斬りかかりました。
「む!」
とっさに魔法使いは魔法の盾で防ぎます。
しかし、結界のせいか防御の力が十分ではありません。
「貴様!王子だな。やはり生きていたのか!」
「よくも、よくも父上を、母上を!許さない!」
王子の鋭い剣は、魔法使いを着実に捉えます。
魔法使いは魔法で反撃しようとしますが、やはり魔法がうまくつかせません。
放った火の玉は、明後日の方向へ飛んでいきます。
防御結界はところどころが欠けていて、王子の剣で容易に砕かれます。
魔法使いは、王子の攻勢に耐えきれず、防戦一方でした。
「この私を、罠にかけようとは・・・」
魔法使いの顔に、苛立ちの表情が浮かびました。
「おい、どういうことだ、生きてるではないか!」
魔法使いが叫ぶと、魔法使いの影の中から、鎌をもった男があらわれました。
「うひゃひゃ、すみませんねえ。探すのが面倒になって、旦那を囮にしたんすよ。」
鎌の男は悪びれずにそう言った。
「貴様・・・」
「まあまあ、俺っちが相手をますんで、それで勘弁してくださいよぉ。」
おどける男を睨だものの、魔法使いは鼻をならして言いました。
「ふん、まあ良い。さっさと始末しろ。」
魔法使いは、そういうとその場を離れようとします。
「逃がすか!」
王子が斬りかかります。しかし、その剣は鎌で防がれました。
「てめえの相手は俺だ。今度は、楽しませてくれるよなぁ?」
鎌の男は、ぺろりと鎌の刃を舐めました。
魔法使いは、王子が現れたことで、光の結界を王女が張っていると確信します。
こんなことができる人間は、他に心当たりがありません。
「一刻もはやく排除しなければ。」
魔法使いは、結界の壁に近づきました。
「ファイアー!」
火魔法を結界に打ち込みます。しかし、まほうは結界に当たる前に消えました。
魔法使いは、今度は杖で結界を叩こうとしました。
しかし、結界に近づく前に、杖は弾き返されてしまいました。
結界に体当たりを仕掛けますが、それもむなしく、結界に当たる前に弾かれます。
「無駄だ。外にでることはできん。」
背後からした声に、魔法使いは振り返ります。
そこには、赤く燃え盛る剣と、青白く光る剣を持った、女剣士の姿がありました。
「貴様は・・・」
「おまえの相手は、わたしだ。」
「そうか、二刀流の女剣士・・・貴様があの小僧を連れているという冒険者か。」
魔法使いが杖を握りなおしました。
それを見ても、女剣士も剣を構えます。
「おまえにひとつ聞きたいことがある。」
女剣士はそういいながらも、剣で切りかかります。
魔法使いは、それを古代の宝杖で受け止めます。周囲に魔剣の炎が飛び散りました。
二人は、お互いの息がとどくほどまでに接近しました。
そのとき、不意に女剣士が言ったのです。
「その胸のペンダントを、どこで手に入れた。」
「ペンダント・・・だと?」
魔法使いの胸には、木でできた粗末なペンダントがありました。
予想もしなかった言葉に、魔法使いは動揺しました。
女剣士は、以前に王子が魔法使いに切りかかった時、魔法使いの胸にあったこのペンダントに気が付いていたのです。
「そうだ。それは、私がある人物に渡したものだ。何故、お前がもっている。」
「なんだと・・・今、何といった!」
女剣士の言葉に、魔法使いは驚愕しました。慌てて、大きく距離をとります。
「それは、エルフの少年に渡したものだ。おまえは、その少年を知っているのか?」
「・・・まさか、おまえは・・・あのときの、少女・・・?」
その魔法使いの言葉を聞いて、女剣士は確信しました。
「そうか、やはり、そうなのか。姿は違うが、おまえが、あのエルフなのだな。」
魔法使いは答えません。
「私が、どれだけおまえを探したと思っているのだ。どれだけ苦労して・・・だが。」
魔法使いは、殺気を感じて杖を構えました。
しかし、驚いたことに彼女は剣をその場におとしたのです。
次の瞬間、女剣士は魔法使いの胸に飛び込んでいました。
「あなたが・・・生きていて・・・良かった・・・・」
「どうして、どうして、黙って行ってしまったの!」
女剣士の瞳からは、涙がぽろぽろと零れ落ちます。
これまで、どれだけ辛い時でも、一度たりとも涙を流さなかった彼女が、まるで幼児のように泣きじゃくりました。
「何故、姿をかえてまで、王国を乗っ取ろうなど・・・」
「・・・」
魔法使いは、無言のままです。
「帰ろう、おまえのいる場所は、ここじゃないはずだ。わたしと一緒に、森へ帰ろう。」
女剣士は、潤んだ瞳で魔法使いをじっと見上げました。
「母さんは、もう死んでしまった。おまえのことは、ずっと心配していたんだ。」
しかし、魔法使いは、何も応えません。
「でも、あの家はまだ残っている。もう、誰もおまえのことを悪くいうやつはいない。」
魔法使いは、そっと目を閉じました。
「さあ、帰ろう。こんな馬鹿なことをするのは、もう・・・・ぐはっ!」
突然、女剣士は口から血を吐きました。
女剣士の背中からは、剣の先が突き出ていました。
魔法の剣が、彼女を貫いたのです。
すっと剣が消えると、彼女はよろよろと魔法使いから離れ、そのまま床に倒れこみました。
彼女の周囲には、じわじわと血の染みが広がります。
「わたしは、おまえら親子を利用しただけだ。最初から、そのつもりだった。」
「・・・」
女剣士は、倒れたまま、声にならない声を上げました。
「村を焼き、両親を殺した人間は、わたしの敵だ。皆殺しにする。おまえも例外ではない。」
最後の力をふりしぼって、手を伸ばそうとする女剣士を、魔法使いは見下ろしました。
そう言うと、胸のペンダントを引きちぎると、女剣士の前にぽとりと落としたのです。
「さらばだ。」
魔法使いは、くるりと振り返ると、その場を去って行きました。
女剣士は、落とされたペンダントに触れようと、腕を伸ばします。
しかし、無情にも彼女の腕は、わずかに届きません。
「愚かな女よ。」
そう呟いた彼は、地面に倒れた女剣士のほうを、二度と振り返ることはありませんでした。
一方の王子は、鎌の男と激闘をくりひろげていました。
「へえ、ちったあ様になったじゃねえか。」
口ではそういいながらも、男には余裕があるようにみえました。
しかし、ある瞬間、男の体を王子の剣がかすめました。
「なに?」
男は、自分に攻撃があたるとは、露ほどもおもっていなかったので、王子の剣先がかすったことに驚きました。
「きっちり避けたはずだが・・・な!?」
今度は、男の頬を剣先がかすめました。そして、ようやく男は気が付きました。
王子の剣が、だんだんと速度を増していることに。
男は、鎌の刃をぺろりと舐めると、歪んだ笑みをうかべました。
「うひょひょ、少しは、楽しめそうだなぁ?」
しかし、男が余裕でいられたのは、それから僅かの間でした。
次第に王子の剣先が、男の体を捉えるようになります。
一方で、男の鎌は王子を捉えることができません。
しかも、王子の動きはどんどん早くなっていきます。
王子は、紋章の力をつかっていたのです。
紋章を通して、王女の結界から魔力を受け取り、それを力にかえていたのです。
これは、三人で対策を考えたときに、編み出した新しい戦い方でした。
一人では勝てなくても、二人なら勝てる。
男の首を狙って、王子が剣を突き出します。
「ちい!」
男は身をよじってそれをかわします。わずかに剣先が体に触れました。
そのとき、男は王子がにやりと笑ったことに気が付きました。
「てめえ・・・ぐがっ!」
王子の蹴りが、男の腹を捕らえました。
ついに、王子が有効打を男に与えたのです。
そのころ、魔法使いは、王女を探そうと街中を移動していました。
街のどこかで結界を張っていることは、間違いないはずです。
しかし、魔法使いは王女をみつけることができません。
それもそのはず、彼らは一週間かけて、王女が隠れながら結界をはるための、秘密の地下室を用意していたのです。
魔法陣が描かれた地下室の中央で、王女は紋章の力をつかっていました。
紋章の力が街の周囲に設置された魔法陣へ転送され、そこから町中を覆うように結界がはられました。
そして、魔法陣の中心には、虚無の剣が刺さっています。
虚無の剣の力が加わったことで、結界の中での魔法の力が大きく弱められるのです。
「くそっ、小賢しい真似を!」
業を煮やした魔法使いは、骸骨騎士とコウモリを召喚しました。
魔法が乱されているせいで、数を多く出すことはできません。
しかし、それでも数体の骸骨とこうもりが呼び出されました。
そして、街中をくまなく探すように命令しました。
「くぅ・・・」
血だまりの中、女剣士は最後の力をふりしぼって、腕を伸ばしました。
辛うじて、指先がペンダントにあたりました。涙が頬を伝います。
「お母さん・・・」
彼女は、そのままゆっくりと目を閉じました。
そのときです。
ペンダントがゆっくりと緑色に光り始めたのです。そして、光は女剣士を包み込みました。
柔らかな緑色の光が、彼女の体を癒していきます。
魔法の剣が背中に開けた傷穴も、みるみるうちにふさがっていきました。
光がきえると、女剣士はゆっくりと立ち上がりました。
「母さんと二人で込めた、まじないが。まさか、こんな形で救われるとはな。」
彼女は光を失ったペンダントを握りしめました。
「あいつを止めるのは、私の役目だ。」
女剣士は、床に落ちている二本の魔剣を拾いました。
「こいつは、やべぇな・・・」
次第に劣勢になる鎌の男は、額から汗を流し始めていました。
先ほどまでの、へらへら笑いはもうありません。
王子の剣が頭上から振り下ろされます。
男は鎌で受け止めようとしますが、腕が思うように動きません。
体を捻って剣をかわします。かわしきれず、王子の剣先が男の腕に傷をつけました。
「くそが・・・っ!」
王子を狙って鎌を振りました。しかし、王子はそれをたやすく避けます。
男の動きは明らかに鈍くなっていました。
「王子にしちゃ、やり方が汚ねえな。罠に嵌めて、動きを鈍らせるたぁ」
「黙れ。おまえも、やったことだろう。今更、何を言う!」
男の言葉にも関わらず、王子は問答無用で斬りかかってきます。
「俺としたことが、見くびってたなぁ。ぼっちゃん王子なんぞ、手玉にとるのは簡単だと思っていたんだが・・・」
突然、男は懐から何かを取り出すと、床に向かって放り投げました。
警戒した王子は、一瞬後ろにさがりました。
「・・・煙幕!?」
鎌の男が投げたものが地面に当たると、もうもうと煙がたちこめました。
そして、あたり一面が煙でつつまれました。その煙の中から、男の声がします。
「今日のところは、ここまでにしてやらぁ。次はこうはいかんぞ、せいぜい、首を洗って待ってろや。ひゃはははは!!・・・ぐあっ!」
煙の中から、唐突に男の悲鳴が聞こえました。
何事かと、王子が警戒していると、煙の中からは見慣れた人物があらわれました。
「詰めが甘いぞ。修行のやり直しだな。」
「師匠!」
煙から現れたのは、ぐったりとした男を引きずる女剣士の姿でした。
「魔法使いはどうしたんですか。」
「わたしは、一度あいつにやられた。だから、やつは私が死んだと思っているはずだ。」
血に染まった鎧を見て、王子は戦慄しました。
「どうやって、助かったんですか?」
「昔のまじないのおかげだ。だが、詳しいことは後だ。今は、やつを止めることが先決だ。」
「魔法使いはどこへ?」
「王女を探しにいったはずだ。そう簡単に見つかるとは思えんが、のんびりしている暇はない。」
「分かりました。」
「この男はどうしましょう。」
「こいつは、極悪人だ。多くの人を殺し、盗み、騙してきた。生かしておく価値などないのだが・・・聞きたいことがある。」
女剣士は、そういいながら取り出したロープで男を縛り上げました。
そのとき初めて、男の姿が戦っているときと少し変わっている事に王子は気が付きました。
「この男、もしかして・・・」
「ああそうだ。エルフだ。」
男の耳は、明らかにこれまで見たより長くなっていました。
「魔法の鎌の力で、姿を偽っていたのだろうな。だが、鎌から離れたことで、魔法の力が弱まって、本当の姿が現れたのだ。」
「エルフだったんですか・・・」
「おそらく、ハーフエルフだろう。純粋なエルフに比べると、耳が短い。魔力量も少なく見える、」
女剣士は、気絶している男の顔をみてそう言った。
二人は、縛り上げたハーフエルフを城門にくくりつけると、エルフの気配を追いました。
「よくあの男がハーフエルフだと分かりましたね。師匠は、エルフに詳しいのですか?」
王女のいる場所へと向かう途中で、王子が女剣士に言いました。
「・・・ああ、昔、一緒に暮らしたことがある。」
「一緒に・・・もしかして、師匠が探している人は、エルフなのですか!?」
王子は驚いて女剣士を見ます。
すると、彼女はついに重い口を開きました。
「おまえに一つ、話さねばならんことがある。」
女剣士は、覚悟を決めて、王子に話しはじめました。
「おまえの仇のあの魔法使いこそ、わたしが探している人物だ。」
「・・・え!?」
驚く王子に、女剣士は自分がこれまでのことを話しました。
そのエルフが突如として村からいなくなったこと、そして、それを探すために自分が冒険者になったということも話しました。
「それじゃ、俺の仇は、師匠の・・・」
王子は、その話を聞いて戸惑いました。
「でも、あいつはエルフじゃないですよ!?」
「何らかの方法で変装しているのだろう。さっきのハーフエルフと同じだ。奴ほどの魔法の使い手なら、造作もないことだ。」
「それなら、師匠は、もしかして・・・」
「心配は無用だ。」
王子が言いかけた言葉を、女剣士は遮った。
「あれは、もはや私の知る人物ではない。奴に、わたしの正体を話した。しかし、奴は躊躇なくわたしを刺した。もはや、闇の魔法に取り付かれた、復讐の悪魔となってしまったのだ。倒す以外、あれを救う手立てはないだろう。」
「そんな・・・・」
「良いか、奴が何を言っても、躊躇してはならん。私は、とっくに覚悟ができている。」
「・・・分かりました。」
王子は女剣士の固く結ばれた口元を見て、彼女の並々ならぬ決意を感じ、剣の柄を強く握りなおしました。
◆
地面に落ちている黒い鎌に、野良犬が近づいていきます。
食べ物かと思って近寄ると、鎌の匂いを嗅ぎました。
鎌が食べ物ではないと分かると、犬は通り過ぎようとしました。
その時、真っ黒な鎌の刃に、ぎょろりとした目が現れました。
鎌から紫色の茨のツルのようなものが伸びて、犬の足をつかみます。
「きゃん!きゃん!」
犬は驚いて逃げようとします。しかし、黒い靄に捕まってしまい逃げられません。
そうしているうちに、犬はよだれをたらしはじめ、目の色も赤くなりました。
「ぐるるるるる!」
犬は鎌の柄を咥えると、ずるずるとどこかへ引きずって行きました。
◇
「見つけたぞ。」
魔法使いがあやつる骸骨騎士の一体が、強い結界の力の出ている場所をみつけました。
骸骨騎士は、結界の力をまともにうけ、バラバラになってしまいました。
しかし、その直前に、王女の気配を察知してしまったのです。
そこは、街の崩れた聖堂でした。その聖堂の地下室で、王女は結界をはっていました。
魔法使いが崩れた聖堂へ入ると、そこには王子と女剣士が待ち構えています。
「魔法が使えないおまえに、勝ち目はない。おとなしく降参しろ。」
王子がいう。
「ふふふ、はははは、はっはっはっは!」
その言葉を聞いて、魔法使いは大笑いしました。
「わたしが、それくらい対策をしていないとでも思っているのか?」
魔法使いは、古代の宝杖を握ると、懐から何かをとりだし、それを飲み込みました。
「ぐあああああっ」
魔法使いの体が、みるみるうちに、巨大化していきます。
「まずい。あれは、魔力を自分に流し込んで力を増幅させる魔法だ。杖から直接魔力をとりこむことで、結界の影響をうけることなく、使うことができる。そんな魔法まで・・・」
女剣士の表情が強張ります。
人間の数倍はあろうかという、角のある牛、ミノタウロスのような姿になりました。
「ぐるるるるあああ!」
ミノタウロスは、聖堂の中に落ちている巨大な瓦礫を拾うと、それで二人に殴りかかりました。
「いかん!」
ずがーーーん!!
凄まじい音がして、巨大な瓦礫が床にあたり、周囲に土煙がまきあがります。
「いない!?」
次の瞬間、ミノタウロスの姿が視界から消えました。
「上だ!」
女剣士が叫びます。
ずごーーーん!!
王子のいた場所めがけて、ミノタウロスが飛び降りました。
王子はどうにか避けましたが、もしその場所にいたら、確実に踏みつぶされていました。
「巨体のくせに、すばやいな。」
「そんな中途半端な魔法を、わたしが使うと思うのか?」
魔法使いの口調でミノタウロスが言います。
その口元には、不敵な笑みが浮かんでインした。
女剣士は、王子に目配せをします。作戦通りにやれという意味でした。
王子はうなずきました。
女剣士が魔剣できりかかります。
しかし、魔剣も魔法の力が弱まっていて、ミノタウロスのぶ厚い皮膚を通りません。
雷も結界のせいで威力が出ず、ミノタウロスの動きをとめることすらできません。
「ふむ、これが策士、策に溺れるというやつか。せっかくの魔剣も、結界のせいで形無しだな。その魔剣の力なくしては、おまえなぞ大したことは無い。」
「それはどうかな?」
女剣士は、再び雷の剣で斬りかかります。
ミノタウロスが掌で受け止めようとしました。
「無駄だ・・・なに!ぐわ!!」
剣が掌に当たった瞬間、ミノタウロスは大きくうしろにのけぞりました。
「まだだ」
女剣士が炎の剣で、ミノタウロスの足を突き刺します。
「ぐあああ!」
咆哮を上げると、ミノタウロスは大きく後ろに飛び下がりました。
その巨体の足には、小さいながらも焦げた穴があいていました。
「ふっ」
女剣士がにやりと笑いました。
「魔法を一点に集中させれば、威力は十分に出る。おまえなら、知っているだろう?」
「くうう、小賢しいやつめ。」
ミノタウロスは、女剣士の挑発をうけて、ぎりぎりと歯ぎしりをしました。
しかし、すぐに冷静さを取り戻すと、目の前におちている瓦礫の破片を持ち上げました。
「おまえらと遊んでいる暇はない。」
そういって、ミノタウロスは祭壇のあたりに、巨大な瓦礫を投げつけます。
「しまった!」
ガラガラと祭壇がくずれ、あとにぽっかりと穴があきました。それは、王女のいる地下室へとつづく通路です。
「そこか!」
「まずいな。奴を地下にいかせるわけにはいかん。次で仕留めるぞ。」
女剣士は王子に素早く近づくと、耳打ちしました。
「いくぞ!」
瓦礫を投げようとするミノタウロスの足元に、女剣士と王子が左右から飛び掛かりました。
王子が先に剣をつきだすと、ミノタウロスがそれをかわします。
「くらえ」
女剣士が、ミノタウロスに向かって何かを投げつけます。
「むう!」
それは破裂して、煙をまき散らしました。
彼女が投げつけたものは、鎌の男の持っていた煙幕玉でした。
「もらった!」
怯んだミノタウロスの目をめがけて、女剣士が斬りかかります。
「がはっ!」
しかし、女剣士はふきとばされてしまいました。
そのまま壁にぶちあたり、ずるずると床に落ちました。
「げふっ」
「師匠!」
彼女は血を吐きました。女剣士の動きは、ミノタウロスに読まれていたのです。
「そんな子供だましのような手が、わたしに効くとでも思ったのか。」
目くらましからの奇襲。
それは、女剣士が子供のころに、エルフの少年に使ったことのある悪戯でした。
「・・・まさか、覚えていたとはな。」
そう言う女剣士の表情は、なぜか笑っています。
彼女は、よろめきながらもゆっくりと立ち上がりました。
「ふむ、手加減しすぎたか。次は、確実に息の根をとめてやろう。」
ミノタウロスが大きく振りかぶります。
「終わりだ!」
「わたしの覚悟が中途半端だったようだ。不甲斐ない師匠ですまん。」
「師匠ぉぉぉ!!!」
そのとき、王子の右手が輝きました。
今度こそ、ミノタウロスの巨大な拳が、女剣士を確実に捕らえました。
瓦礫とともに、女剣士は空中へと舞い上げられていきます。
そのまま、女剣士は聖堂の崩れた屋根を超えて、建物の外へと落ちていきました。
「師匠!!!」
王子は壁の向こう側へ消えていく女剣士を追って、走っていきます。
「ふん、最後まで目障りな女め・・・」
ミノタウロスはそう呟くと、体の大きさが再び縮まりはじめました。
そうして、もとの魔法使いの姿へと戻りました。
いえ、完全に元通りではありません。
彼の姿は、人間の姿ではなく、エルフの姿でした。
体が大きくなった時に、変身の指輪がちぎれ、壊れてしまったのです。
しかし、彼は自分の体がエルフに戻ったことに、気が付いていませんでした。
「王女を始末しなければ。王子はその後だ。」
エルフの姿となった魔法使いは、祭壇の下に開いた穴から、地下へと降りていきました。
女剣士は、紋章の力で守られていました。
そのおかげで、致命傷を避けることができ、どうにか生きていました。
「奴を追え。王女が危ない。」
「ですが、師匠を放っておけません!」
「わたしなら大丈夫だ、王女の結界のおかげで、すこし待てば回復する。だが、王女が捉えられては、元も子もない。すぐに向かうのだ。」
「・・・わかりました、師匠!」
王子はそういうと、急いでエルフの後を追います。
地下室に降りると、すでに魔法使いは青白い光を放つ魔法陣の前にいました。
その中央に、王女が座っています。
王女は瞑想状態に入っていて、目を閉じています。
エルフが近づいてもきがつきません。
エルフが、王女へと近づこうとしたときでした。
光の矢がエルフめがけて飛んできます。
「しつこいやつめ。」
エルフは、振り向きざまにその矢を宝杖で弾き飛ばします。
王子は、魔法使いの姿をみて、女剣士の行ったことを思い出しました。
「やはり、エルフだったのか・・・それが、魔法使いの本当の姿なのか?」
そう言われて、エルフは自分の指をみました。
そこには変身の指輪がありません。
その時に初めて、自分の姿がエルフに戻っていることに気が付きました。
「そうだ。」
エルフは、王子の言葉を認めました。
「なぜ、エルフが王国を乗っ取ろうとするんだ。」
すると、エルフはじろりと王子を見ました。王子は身構えます。
「・・・ふむ、良かろう。少し昔話をしてやる。」
しかしエルフは、予想に反して静かな声で答えました。
それから、エルフは自分の過去について話しはじめました。
暮らしていた村が人間に焼かれたこと。
父親は、王国の旗をもっていた人間に殺されたこと。
母親は連れていかれてしまい、未だにどこにいるかも分からないこと。
王国の旗を持っていたということは、襲ったのが盗賊の連中だけではなく、王国の正規の兵士も一緒にいたということ。
自分は洞窟に入れられて無事だったが、それからも生きていくだけで必死だったこと。
それらを、滔々(とうとう)と王子に語りました。
「おまえらが、のうのうと生きている間、俺の村は焼かれたのだ。奴らの欲を満たすために、女は奴隷として攫い、男は子供すら殺し、村は焼き払われた。人間の村でも、俺はエルフというだけで暴力を振るわれ、暴言をあびせられ、無視された。俺の苦しみ、悲しみが、おまえにわかるか?」
王子は、あまりに予想外の話をきいて、何も答えられません。
「俺は、同じことを人間にしてやるだけだ。それの何が悪い。」
「王国の兵士が、そんなことをするわけがない。父様がそんなことを、許すはずが・・・」
「だが、事実だ。おまえが知らないだけ・・・いや、知ろうとすらしなかっただけだ!」
王子は絶句します。
「家族や住む町を奪われることが、どれほど辛いことか。まずは、王家の連中に思い知らせてやろうと思ったのだ。父親が死に、母親を奪われ、少しは思い知っただろう?」
「なんてことを・・・」
「だが、本番はこれからだ。あのドラゴンに、じわじわとこの国を滅ぼさせる。そうだな、50年ほどかけて滅ぼしてやろう。それが終わったら、次は周りの国だ。人間がすべて滅ぶまで、わたしの復讐は終わらない。」
「・・・そんなことは、そんなことはさせない!」
「人間のお前に、わたしの復讐を止める権利などない!」
「王国の兵士が関わっているのなら、王族の俺たちには罪がある。盗賊団も、関わった兵士も同罪だ。だから、俺は彼らを見つけ出し、必ずあなたに償いをさせる。もちろん、俺たちもあなたに償いをする。でも、王国の他の人たちは関係ない。ましてや、王国の外の人たちは・・・」
「もう遅いのだよ。わたしの復讐は止められない。ドラゴンを操る呪縛の魔法を使い続けたことで、わたしの魂はすでに闇に染まりつつある。完全に染まり切るまでの時間は、そう長くはない。このまま染まり切れば、わたしの意識は失われ、あとは魂に刻まれた怨念だけを原動力に、復讐を続けるだろう。人間が滅び、世界のすべてが灰燼と化し、わたしの体が完全に滅び去るまで。」
「世界全てが消える・・・エルフの人たちすら、巻き添えにするつもりなのか?」
「わたしの家族はもういない。見知らぬエルフになど、わたしにはどうでも良い。」
王子は、ぐっと剣を握りました。
「・・・ならば、俺がそれを止める。いや、王女と俺で必ず止める!!」
王子が右手を大きくかかげます。
「つああああ!!」
すると、魔法使いの手足に、四方から白い光の筋のようなものが伸びました。
そして、それがエルフの体に巻き付きます。魔法使いは、身動きがとれなくなってしまいました。
「まだ、こんな手を残していたのか・・・だが」
エルフがそういうと、エルフの影の中で何かが蠢きました。
ぞぞぞぞ・・・と音がして、影の中から黒い鎌が現れます。
その鎌の刃には、ぎょろりとした目がついていました。
さらに、その鎌の柄をもつ人物が、影の中から続けて現れました。
驚くべきことに、王子はその人物に、見覚えがありました。
「まさか・・・」
王子はその人物の姿を見て、衝撃のあまりよろめきました。
「母上・・・」
それは、紛うことなく、王子の母親の王妃の姿でした。
とても顔色が悪く、生気は感じられません。本当に生きているのか、わからないほどです。
「さて、貴様はこの女と戦ってでも、わたしを止めるというのかな?」
エルフは、縛り上げられているというのに、余裕の表情で王子を見ました。
「きさま・・・汚いぞ!」
「切り札は、最後に使うものだよ。」
エルフはそういいながら、王妃の視線をうつしました。
「さあて、女王陛下。この束縛をとくように、ご子息に命令していただけませんかね。」
エルフは皮肉たっぷりにそう言いました。
王妃は鎌を握ったまま、黙って王子のほうへ向き直ります。
「束縛を解きなさい。王子よ」
王妃は、感情のこもらない声でそう言いました。
「母上!今、お助けします!」
王子は前に出ようとしました。
「おっと、動けばどうなるか、分かっているのか?」
すると王妃は、自分のもつ鎌の刃の先を、自分の首へとあてます。
「・・・!」
王子はそれを見て、慌てて動きを止めました。
「分かったようだな。ならば、さっさと拘束を解くのだ。」
「く・・・」
それでも、王子は躊躇しています。
「早くしろ!これが見えないのか!?」
エルフが叫ぶと、王妃が自分に向かって鎌を大きく振りかぶりました。
「くそ・・・」
王子の額から汗が流れました。剣の柄を握る力が緩みます。
ガキーン!!
その時、何かが弾かれる音がしました。
カラカラカラ・・・
続いて、何かが転がる音がします。
「貴様!何を!」
エルフの声が響きます。
そのとき、王子の目には王妃が床に転がった宝杖を拾う光景が映りました。
王妃の鎌が、エルフの持っていた宝杖を弾き落としたのです。
「くくく・・・ひひひ・・・うひゃひゃひゃひゃ!!!
王妃が、とても本人の口から出ているとは思えないほど、下品な声で笑いました。
「やっと手に入れたぜぇ・・・旦那には、礼を言わなけりゃな、うひゃひゃひゃ!」
「き、きさまはいったい・・・」
「あー、えーと、ちーす!俺っちは、旦那に操られてる・・・いやー、旦那がそう思い込んでるだけの、ドラゴンどぇーっす。いやぁ、はじめましてぇ?」
王妃は下をぺろりと出しました。
その下品な仕草をみて、王子は思わず顔を背けます。
「ドラゴンだと・・・そんな馬鹿な!」
エルフは驚愕のあまり、目を見開きました。
「すみませんねえ、驚かせちまって。でも、本当なんでさぁ。俺っち、ドラゴンっすよ。こいつが証拠でさあ!」
王妃がそういうと、突如として頭上で大きな爆発音がした。
「ちょいと、外の本体に火を吐かせてみやしたぜ。いやぁ、結界のせいで、ちいっとばかり威力がでねえ。だけどよぉ、ここいらを消し炭にするこたぁ、造作もないことだぜ?」
「おまえは・・・いったい、何が目的だ・・・」
魔法使いは絶句しました。
すると、王妃の姿をしたドラゴンは、ほがらかに話し始めました。
「いやね、ずっとずーっと前、ニンゲンの国を襲いまくって、楽しくなりすぎたことがありましてねぇ。ちょいと疲れたんで、休憩してたときのことでさぁ。光の紋章とかいうものを持つ、クソムカつくニンゲンどもがやってきて、俺っちを封印しやがってよぉ。そんときに、クソの一匹が持ってたこいつに、魂だけ逃げ込んだんだけどな。なーにせ、自分で動けねぇもんでな、俺っち苦労したんだぞ?」
エルフは、身動きができないまま、黒い鎌を見つめます。
「この鎌そのものが、貴様の・・・ドラゴンの魂だったのか。」
「大正解ぃぃ!いやー、あんな、何もいねぇ山の中にいたんでよぉ。獣でもくりゃ、操って運ばせることもできたんだがなぁ。来るのは虫ばっかでよぉ。」
それから、ドラゴンを名乗る「黒い鎌」に乗っ取られた王妃は、自分の過去について語り始めました。
封印されてから、百年ちかい月日が流れたころ、ようやくニンゲンの冒険者がやってきました。
彼らは、無造作に岩場に落ちている黒い鎌を見て、価値のある武器だと思って拾いました
その瞬間、ドラゴンは拾った冒険者の体を乗っ取り、一緒にいた他の冒険者を殺しました。
すぐに自分の封印された体へと向かい、封印を解こうとしました。
しかし、光の紋章の力で封印されており、ドラゴンにはそれを解くことができませんでした。
封印を解く方法を探るために、ドラゴンは人間を操り街へと降りました。
そして情報を集めて回った結果、光の紋章をもつ人間は、この国の王族になっていることが分かりました。
ドラゴンは、様々な人間を操り、王族を暗殺しようとしました。
しかし、光の紋章をもつ王族と、その配下たちはとても強く、本来の体を失っているドラゴンには、倒すことができませんでした。
そうしている間に、ドラゴンと鎌の距離が離れすぎたせいか、だんだんと自分の本来の意識をたもてなくなっていきました。
時間がたつうちに、ドラゴンの魂は完全に眠りについてしまい、人間への恨みだけが鎌に残りました。
歪んだ欲望をもつ人間や、人間に恨みをもつ種族が鎌をもつと、鎌が持ち手をあやつって、人間を殺させたり、悪事を繰り返させました。
時には、持ち手が人里はなれた場所で死んで、百年単位でみつからないこともありました。
前の持ち手は、そうやって死んだので、百年近く放置されていました。
そこに、ハーフエルフの少年が通りかかったのです。
そのハーフエルフは、奴隷として人間に売られたエルフの母親が、人間との間に生んだ子供だでした。
彼は、人間からもエルフからも、仲間として受け入れてもらえませんでした。
小さいころからいじめられ続け、耐えかねて母親と二人で森の中でひっそり暮らしていました。
しかし、たまたま森の家の近く通りかかった盗賊に見つかり、家が襲わました。
少年は母親をつれて、森の奥へと逃げました
そして、そのままエルフの里へと逃げ込もうとしました、エルフは「人間入れない」と言い張って、追い返されてしまいました。
逃げ場を失った二人は、盗賊たちに追い詰められました。
少年は抵抗しました。
しかし、盗賊に殴られて、簡単に気絶してしまいます。
気が付いたときには、母親は殺されていました。
彼女も盗賊に頑なに抵抗したことで、盗賊の怒りを買い、殺されてしまったのです。
少年は泣きました。
そしてそのとき、心の中に怨念の炎がともったのです。
エルフも人間も許さないと。
それから、ハーフエルフの少年は、あてもなく森の中をさまよいました。
あるところで、ふと誰かに呼ばれたような気がして、足を止めました。
呼ばれたと思った方向へ近づいていくと、岩肌に黒い鎌がささっていました。
少年がそれにさわると、鎌の怨念が少年に流れ込みました
「ふふふ、ははは、うひゃひゃひゃ!!!」
薄暗い森に、狂気の笑いが響きわたりました。
それからしばらくして、王国の西の森に、黒い鎌をもった棟梁のいる盗賊団が出現するようになりました。
少年は、ごろつきをあつめて盗賊団を組織したのです。
鎌の力をつかって、商人たちを襲い、街を襲い、人を攫い、殺し、悪事の限りをつくしました。
もちろん、王国は彼らを取り締まるため、兵士を派遣してきました。
兵士と戦って、多くの盗賊団のメンバーが死ぬこともありました。
しかし、決して棟梁がつかまることはありませんでした。
生き残った彼は、すぐに不満をもつ若い連中をあつめて、盗賊団を再結成しました。
その盗賊団は、森の中でみつけたエルフを捕まえて、奴隷として売ることもしていました。
あるとき、捕まえたエルフを見て、棟梁はエルフに復讐することを思いつきます。
それは、鎌がそうさせるように仕向けたのかもしれません。
鎌の男は、エルフをわざと逃がして、エルフの里への入り方を調べさせました。
一年ちかく、その調査は繰り返されました。
気が短い人間の多い盗賊団の連中は、棟梁がなぜこんなことまでしてエルフを捕まえようとするのか分かりません。
だが、棟梁は恐ろしい人物だということは分かっていました。
手下たちは、棟梁のいうがまま、エルフをつかまえては逃がすことを繰り返しました。
そうして1年がたつころ、ついにエルフの里への侵入方法がわかったのです。
棟梁は、襲撃の計画をたてました。
そして、わざわざ王国の旗や兵士の装備を用意させました。
エルフの連中に、王国の仕業にみせかけるためです。
「何故そんなことを・・・」
魔法使いは、初めて聞く話に驚愕しています。
「知れたこと、人間とエルフを争わせるためじゃねえかよぉ!?うひゃひゃひゃ!」
そこから先は、エルフも知っている通りでした。
エルフの村は焼かれ、男は殺され、女は連れていかれました。
王国の旗をわざと置き去りにして、王国の兵士のしわざ、つまり国の命令で襲わせたのだと思わせたのです。
鎌の男は、その後もしばらく、盗賊団の棟梁を続けていました。
しかし、あるとき王都で優秀な魔法使いを見かけました。
彼が、心の内側に強い怨念をいだいていることを見抜きました。
鎌の男は魔法使いに近づき、汚い仕事をする手下として雇わないかともちかけます。
最初は、魔法使いも男のことを胡散臭い男だと思っていました。
しかし、鎌の男は自分が反抗できないように、従属魔法で縛っても良いと言いました。
そのかわり、いい思いさせてくれよというので、魔法使いは従属魔法をかけて手下にすることにしました。
鎌の男は、しばらくは忠実に仕事をこなしました。
魔法使いを陥れようとする貴族を暗殺したり、魔法使いの野望の邪魔になりそうな商店を壊したり、旅商人を襲わせたりしました。
そうして、魔法使いは鎌の男を頼るようになったのです。
頃合いを見て、鎌の男は話しをもちかけます。
これだけ優秀な貴方なら、封印されているドラゴンを操れるだろうと言ったのです。
最初は半信半疑の魔法使いでしたが、何度も言われる間に、その気になってきました。
封印されているドラゴンの場所まで、男は案内しました。
魔法使いは、実験を繰り返した挙句、本当に操れると確信したのです。
彼が人間に復讐をする上で、紋章をもつ王族の力が邪魔になると、魔法使いは予想していました。
紋章の力は、あの厄災のドラゴンすら封印することができるのです。
いかに魔法使いであっても、紋章の力に抗えると考えるほど、楽観的ではありませんでした。
しかし、紋章の力を制限できる「古代の宝杖」という杖があることを、魔法使いは知っていました。
そして、それが王城の宝物庫にあることも、つきとめていました。
そこで、ドラゴンを操って街をおそわせ、自分が撃退したように見せかける狂言を思いつきました。
その褒美として、宝物庫に入ることを国王に願えば、国王も疑うことは無いだろうと。
・・・それから後のことは、王子も良く知っている話でした。
「なんということだ・・・」
魔法使いは、全身の力が抜けていくのを感じました。
自分が操っているつもりが、ドラゴンに自分が操られていたのです。
魔法使いが、ドラゴンを操るために本体に近づいたときに、黒い鎌は完全にドラゴンとしての意識を取り戻しました。
あとは、魔法使いから古代の宝杖を奪い取り、王家の紋章をもつ者を滅ぼすのを待つだけです。
そうすれば、ドラゴンが本体の封印を解くことができるからです。
鎌の男は、その機会をずっと狙っていました。
そして、ついにその機会がやってきたのです。
「礼をいうぜ、この杖がありゃ、俺っちの封印は解けるってもんだ。なぁに、心配しなくていいぞぉ。俺っちもニンゲンにはムカついてんだ。お前がいなくても、滅ぼしてやるよ。ま、恨みがなくても滅ぼすけどな。虫けらを踏みつぶすのは、おもしれえからよぉ!うひゃひゃひゃひゃ!!」
王妃が、ぺろりと黒い鎌の刃をなめました。
「さあて、俺っちの復活に邪魔なのは、光の紋章だけだ。こいつらを始末すりゃ、あとはゴミみたいなもんだ!」
刃に開いた大きな目が、ぎょろりと王子を睨みつけます。
「さてと、おまえは俺っちに、攻撃できるのかぁ?」
王妃は、ゆっくりと王子へと近づくと、鎌の刃先を振り上げました。
「死ねぇぇぇ!」
「くう!」
王子が身構えた、その時だった。
突如として、王妃の体が光りだしたのです。
「な、なんだ、これは・・・うぎゃあああ!!!!!」
黒い鎌が、大きな音をたてて地面に落ちました。
◆
「・・・きれい。まるで、流れ星みたい。」
王女はひとり、空中に浮いたような場所にいました。
そこは、薄暗い夜空のような光に包まれた場所で、魔法陣以外は何もありません。
もちろん、それは現実の場所ではありませんでした。
「虚無の剣」と魔法陣によって作り出された、魔力だけに包まれた「魔法世界」でした。
魔法陣から、無数の光の粒が上空の彼方へと登って行きます。
その反対に、足元のずっと下のほうからは、黒くゆらめく炎のようなものが登ってきます。
黒い炎は、魔法陣に当たると消滅し、光の粒へと代わりました。
その変換がなされるときに、淡い虹色の光を放つのです。
その光が、魔法陣を光の渦のように彩ります。
幻想的な光景に、王女は見とれていました。そして、彼女はぽつりと言いました。
「・・・お兄様たちは、無事なのでしょうか。」
王女がここにいるということは、結界が破られていないことを意味しています。
しかし、ここからでは外の様子はまったく分かりません。
時折、王子に流れ込む強い力を感じることだけが、外の世界との繋がりを感じられる瞬間でした。
王女はただ結界魔法を発動させつづけ、王子と女剣士の無事を祈るしかありませんでした。
「あら?」
ふと気が付くと、魔法陣の反対側に、全身が真っ白な女の子の姿がありました。
彼女の足は地面についていません。
ふわふわと漂いながら、魔法陣へと近づいてきます。
「あなたは・・・ううん、ごめんなさい、わたしはこの国の王女です、あなたはどなたですか?」
「あたちは『遍く在りし者』。そう呼ばれてまちゅ!」
真っ白な女の子は答えます。彼女の言葉の難しさに反して、彼女のしゃべり方は、まるで幼い子供のようです。
王女は、そのギャップに少し動揺したものの、すぐに気を取り直しました。
「神秘的なお名前なのね。あなたは、神様なの?」
「違うでちゅ!あたちは、この世界のバランスをとる役割を、創造主様から与えられているんでちゅよ!」
「創造主・・・神様のことかな?神様から命令されるなんて、あなたは精霊さんなのかしら。」
「精霊・・・そう!あたちは精霊よ!」
その幼子は、胸を張ってそう答えました。
「そうなんだ。だから空が飛べるの?」
「あなたも、浮かんでいまちゅよ?」
そういわれて、王女は自分の足元を見ました。
たしかに、自分の足も魔法陣にはついていません。
「うふふ、そうみたい。じゃあ、私も精霊になったのかな?」
「そうかもちれないでちゅ!」
王女と精霊は、にっこりと笑いあいました。
「あなたは、どうしてここにいるの?」
「それは、あたちの役割を果たちにきたんでちゅよ!」
自称「精霊」は、自分の役割と虚無の剣について話をしはじめました。
虚無の剣は、負の感情を浄化して正の感情に変換する魔道具なのだと言いました。
「負の感情には、強いエネルギーが含まれていんでちゅ。そのエネルギーを抜き取った残りが、正の感情なんでちゅよ!」
「まあ、それでは正の感情が、まるでいらないものみたい。」
「ううん。それは、捉え方の問題でちゅよ。砂金が流れてる水から、砂金だけ取り出したら、後には水が残りまちゅよね。でも、そのきれいな水は、飲み水に使えまちゅ。だから、いらないものではないでちゅよ。」
「確かに、そうだわ。どちらも役に立つ物ね。」
「でも、負の感情は、あなたたちには有害なものでちょ?それを取り除かないと、この世界は負の感情で包まれてしまうでちゅ。」
「精霊さんは、とても大切なお仕事をしているのね。」
「そうなんでちゅよー。あたち、偉い!」
精霊は、偉そうに胸を張って見せます。その仕草に、王女は思わずくすりと笑いました。
精霊の話によれば、虚無の剣は本来は吸い込めるものに制限はないのだそうです。
持ち手がはっきりイメージさえできれば、形があるもの、ないもの、何でも吸い込めるのだとか。
そのイメージがはっきりしないと、単に魔力だけを吸い込むそうです。
虚無の剣は、負の感情を吸い込むことで、それをすべて正の感情に変換するのだそうです。
負の感情ではないものを吸い込んだときは、単にそのまま吐き出すだけです。
ただし、吐き出すには時間がかかる上に、どんな順序で出てくるかは分かりません。
ですから、収納魔法のように使うことはできないそうです。
「今のこの世界は、負の感情が多すぎるんでちゅ。だから、少し減らそうとちてたんでちゅよね。ちょうどあなたたちが魔法陣を使って、虚無の剣の力を増幅ちようとちているのが見えたんでちゅよ。虚無の剣の力を強めれば、負の感情の変換速度が早まって、正の感情とのバランスが取れるでちゅよ。」
「じゃあ、わたしを手伝ってくれるのね?」
「そうでちゅ!」
そこで精霊は、王女の右手にある紋章に軽く触れました。
「この紋章は、変換された正の感情の力を取り出すことができる、取り出し口みたいなものなんでちゅよ。創造主様が、あたちの仕事を楽にするために、ずっと昔に作ってくれたんでちゅ。」
「創造主様・・・神様が?え、でも、正の感情には、エネルギーは残っていないのよね?」
「うーん、あたちもよく分からないのでちゅけど、取り出しているエネルギーは、火を出したり雷をおとすような、あなたの世界でいうところの『力』とは違うものなんでちゅ。」
「違う力・・・」
「これから、その紋章と虚無の剣を接続するでちゅ。そうすれば、あなたの世界で、たくさんの正の感情の力を使えるでちゅよ・・・じゃあ、つなぐでちゅよ!」
「待って!」
精霊が、自分の紋章に何かをしようとしているのを止めました。
「お兄様の紋章に、その力をつなぐことはできるの?」
「えっと、ちょっと待ちゅでちゅよ。」
精霊がそういうと、ぼんやりと空中に光の紋章が二つ現れました。
ひとつは、王女の腕で光っている紋章とおなじくらい、明るくはっきりとしたものでした。
もうひとつは、かすれて消えそうな紋章でした。
「二つ、あるでちゅね。どちらにつなぐでちゅか?」
「ふたつ・・・どうして二つも?紋章をもつのは、わたしとお兄様だけのはず。」
「この消えかけているのは、あなたの父親の紋章でちゅね。その力を、一時的に他の人に与えているでちゅよ。ただ、無理矢理はりちゅけてあるから、力がよわいでちゅ。それに、時間がたちすぎて、消えかけていまちゅね。」
「・・・まさか、お母様に?この紋章につなげたら、お母様の呪縛は解けるの?」
「呪縛は、負の感情でできているでちゅ。そこに、正の感情の力をぶちゅけたら、相殺できるでちゅね。」
「つなげてください!」
「いいでちゅけど、もう消えかかっていまちゅから、少し流せば紋章はきえちゃうでちゅよ。」
「消えたら、そのあとは、お兄様の紋章につなげてください。」
精霊が考え込む様子を見せたので、王女がじっと見つめると、精霊は大きく頷きました。
「それが、手っ取り早いでちゅかね・・・わかったでちゅ!」
◇
王妃の紋章から、眩い光があふれ出します。
「なに!そんな馬鹿な!これは偽の紋章じゃなかったのか!?」
「あの方が・・・国王陛下が、わたくしに最後の力を託したのです・・・この紋章の力を!」
「ぐわああああ!!!」
紋章から鋭い閃光が迸ります。
鎌の男は、たまらずよろめきました。
「母上!」
「さあ、あとはあなたがやるのです。私の力は、ここ・・・まで・・・・」
どさっと、王妃が倒れました。
「母上!」
「・・・早く!」
その時、王子の紋章が、激しく光りだしました。
溢れんばかりの光が、王子の体を包んでいきます。
「このぉぉぉ、くらええええええ!!!」
「うわああああああ!」
どがーーーーん!!!!!
すまさまじい光の柱が立ち上ります。
「ぎゃああああああ!!!」
黒い鎌と古代の宝杖の両方が、光につつまれてボロボロと欠けていきます。
そうして、ついには粉々になり、光の柱の中で完全に溶けてしまいました。
「・・・・」
光がきえたときには、男の姿もなくなっていました。
ただ、男が身に着けていた服だけが、そこに落ちていました。
「母上!」
王子が倒れている王妃にかけよります。
「よくぞ、よくぞ倒してくれました。」
王妃はじわじわと、紫色に変色していきます。
「これは・・・」
「闇の力に蝕まれすぎました。お父様の光の紋章で、崩壊することは防げていましたが、その力もなくなりました。もう、消えてしまうでしょう。」
「・・・そんな、母上・・・!」
「大丈夫です。あなたは、いえ、貴方と王女は、立派にやりとげました。どれだけの苦難があったでしょう。あなたのその、たくましい姿を見るだけで、その苦難が壮絶なものだったことは分かります。わたしは、それをまったく助けることができませんでした。」
「そんな・・・そんなことは・・・!」
「我が子を守ることもできない、不甲斐ない母親で、ごめんなさい。」
王妃の涙が、頬を伝いました。
王子の瞳からも涙がこぼれました。
父親の仇を撃つまでは、絶対に流さないと誓った涙が、つぎつぎと彼の瞳からこぼれます。
「母上!!!」
「お兄様、これを使えば、お母様はまだ助かります。」
いつのまにか、王女が虚無の剣をもって、王子のすぐそばに立っていました。
「虚無の剣・・・これで、どうするんだ?」
「虚無の剣は、魔法を吸う剣ではなかったのです。持ち手が想像できるものなら、何でもすいこむことができます。それが、魔法でも、闇の力でも。」
「・・・!これで、闇の力を吸えば・・・」
「そうです。私たちの紋章の力で剣の力を増幅すれば、お母様に取り付いた闇の魔力をうち払えるはずです。さあ、急がないとお母様が消えてしまいます!」
王女はそういいながら、剣を王子に差し出しました。
「できるのだろうか?」
その王子の言葉に、王女は目を伏せました。
「違いますよ、お兄様。お父様なら、こんなとき、何といいましたか?」
「・・・そうだったな。」
王子は、王女と一緒に剣の柄をつかみます。
そして、かっと目を開いて言いました。
「やるぞ!我が妹よ!」
「お母様!!!」「母上!!」
覚悟を決めた二人は、虚無の剣を王妃にゆっくりと差し込んでいきます。
「・・・!」
王妃の表情が歪みます。
そして、王妃の体から黒い靄のようなものが大量に湧き上がりました。
「ぐぅぅぅぅぅ・・・」
「あああああ・・・」
「おおおおお・・・」
黒い靄の小さな粒はそれぞれ、人の顔のような形に変わり、怨嗟の声をあげた。
それが、一斉に王女めがけて飛んでいく。
「王女!」
大量の黒い怨霊のようなものが、王女を囲ってしまいました。
「大丈夫です。わたしは負けません!」
王女の声が聞こえた。
「やああああ!!」
王女が剣を引き抜き、高々と掲げる。
「ぐぅぅぅぅぅ・・・」
「あああああ・・・」
大量の怨念が、真っ黒な刃の中へと吸い込まれていきます。
そうして、瞬く間にすべての怨念が吸い込まれてしまいました。
「母上!?」
王子は王妃に近づきました。
王妃は気絶しているようでしたが、顔色はさきほどよりずっとよくなっていました。
透けて消えていくような様子もありません。
「ふう、何とかなりましたね、お兄様!」
「ああ、よくやった、おまえは本当にすごい奴だ。」
「お兄様ほどじゃないですよ。」
二人は微笑みあいました。
「あのエルフさんは?」
その時になって、ようやく二人はエルフの姿が見えないことに気が付きました。
二人はあたりを見回します。
すると、壁際に二人の姿がありました。
女剣士が、倒れたエルフを膝の上に乗せていました。
エルフは、至近距離で光の爆発に巻き込まれたせいで、体中が傷だらけです。
このままでは、到底助かりそうにありません。
エルフはすでに、息もたえだえでした。
王子と王女が近づいていくと、エルフは目を開けました。
「おい、しっかりしろ!」
エルフは、王子と王女の腕で光る紋章の光を見て、それから女剣士の顔をみました。
「どうやら、愚かだったのは私のほうだったようだ。操り、利用していたつもりが、操られ、利用されていたのだからな。」
エルフは自嘲気味に、そう呟きました。
「剣士さんは、このエルフさんを知っているんですか?」
「・・・ああ、こいつが、私が探していた人物だ。」
「・・・!そうだったんですね。」
王女は、その女剣士の言葉で、二人の関係を理解しました。
「・・・何故、村を出ていったのだ。」
「怖かったのだ。」
エルフは、女剣士の問いに、ぽつりと答えました。
「怖かった?」
「怨念の感情が、失われることが。わたしは、君と暮らしているうちに、復讐なぞしなくても良いのではないかと、思うようになった。」
「・・・それでよかったじゃないか!」
「そうだな、今思えば。その通りだ。だが、恨みを忘れるということは、村や両親のことを忘れることでもあった。家族を無残に殺されたというのに、わたしだけが、君と幸せに暮らして良いものか。わたしは葛藤した。」
「誰もおまえを恨みなどせん。おまえの両親も、そのために逃がしたんだ。」
「そうだな、そうかもしれん。だが、気が付くのが遅すぎた。」
エルフは、そっと目を閉じました。
「宝杖を失った私は、闇の力にのまれて、怪物となりはてるだろう。この世界を破壊しつくすまで止まらない悪魔の姿になる。そうなる前に、それでわたしにトドメをさせ。」
エルフは虚無の剣を見ました。
「虚無の剣なら、母上のように助けられるのではないですか?」
「いや、彼女は国王の紋章の力で守られていた。だから、魂までは浸食されていなかった。だが、わたしはそうではない。闇の力を抜ききれば、わたしの魂は消滅する。」
「そんな・・・」
「それに、わたしは多くの人を殺しすぎた。今更この罪を、消すことなどできない。たとえ、この身が消滅したとしても、わたしは地獄で、未来永劫、贖罪を続けることになるだろう。」
エルフの言葉に、三人はただ俯くしかありませんでした。
「もはや躊躇している暇はないぞ。」
エルフの体から、紫色の煙のようなものが出始めます。
「おまえたちには、本当に申し訳ないことをした。両親を奪われる苦しみを、一番よくわかっているのは、わたしだったというのに。」
王子と王女は、黙ってエルフを見つめました。
「さあ、その剣で闇の魔力を吸いだせ。そうすればわたしは消える。両親の仇を討つがいい。」
しかし、王女は虚無の剣を女剣士に差し出しました。
「剣士さんなら、このエルフの人を救えるかもしれません。」
「どういうことだ?」
「この剣は、持ち手がイメージしたものを消し去ることができます。精霊さんが言いました、持ち手がイメージさえできれば、『どんなものでも』消すことができると。わたしには思いつきませんが、エルフさんを一番救いたいと思っている剣士さんなら、何を消せばいいか分かるのではないでしょうか。」
「そうか、どんなものでも、か・・・」
女剣士は、虚無の剣をじっと見つめます。
しかしすぐに、はっとした表情になって王女を見ました。
「そうか。分かった。分かった気がする。ありがとう、」
女剣士は虚無の剣を強く握りました。
「すまない。君には、辛い思いをさせた。」
「詫びなら地獄で聞く。もうしゃべるな。」
「わかった。やってくれ。」
エルフは目を閉じます。
「ゆくぞ!」
女剣士の握る剣が、ゆっくりとエルフに差し込まれていきました。
「ぐあああああ!!」
王妃のときとは比べ物にならないほどの、大量の黒い靄があふれだしました。
王子と王女は、思わず後ずさりをします。
「師匠!」
あたり一面が靄につつまれ、エルフと剣士の姿は見えなくなりました。
「師匠ぉぉぉ!!」
煙が晴れたときには、エルフの姿も、女剣士の姿もなくなっていました。
ただ、女剣士のもっていた虚無の剣だけが、その場所に落ちていました。
「師匠・・・」
王子はがっくりと膝をつきました。
呆然としながらも、王女は虚無の剣を見ました。
すると、虚無の剣がゆっくりと消えかかっていることに、王女は気が付きました。
「これは、いったい・・・」
思わず、王女は剣を握ります。
突如として、王女の視界が暗転しました。
「また来まちたね。もう、来ないとおもっていたでちゅよ。」
周囲をみると、そこは先ほどの魔法世界でした。
目の前には、先ほどと変わらない精霊の姿があります。
「剣が消えそうだったから、触ったの。そしたら、またここへ来たの。」
「その剣が、容量をこえそうなほど、たくさんのものを吸い込んだからでちゅよ。剣は元の場所へ戻るんでちゅ。空きができるまでは、元の場所で安置されるでちゅね。」
「・・・ありがとう、精霊さん。教えてもらったおかげで、お兄様もお母様も助かりました。でも、あの剣士様と、エルフの人はどこへ行ってしまったのでしょう。」
「あの二人は、無事でちゅよ。でも、あのちと、途方もない量の『時間』を吸い込ませたんでちゅ。そんな使い方をしたニンゲン、はじめてみたでちゅね。」
「『時間』・・・そんなものも吸い込めるの?でも、無事なのね・・・精霊さんがいうなら、きっとそうなんでしょう。また会えるのかな?」
王女は、女剣士が思いもしないものを吸い込んだことに驚きながらも、二人が無事と聞いて胸を撫で下ろします。
「ちょっと遠い所へ行ったから、会うのはむずかちいでちゅ。でも、きっと、いつか会えるでちゅ。」
「ありがとう。会えることを楽しみにしておくわ。」
王女はたちのぼる光の粒をみながら、静かにそう言いました。
「さて、あたちは、役目を果たちたから、もう帰りまちゅ!」
「あ、待って。」
王女は、どこかへ去って行こうとする精霊をひきとめた。
「ねえ、精霊さん。あなたの力があれば、負の感情を全部消すこともできるのよね?」
「たぶん、できるでちゅ。やったことはないでちゅけど。」
「お願い、全部消してほしいの。そうしたら、みんな幸せが続くでしょう?」
すると、精霊の表情がすっと消えました。
「それはできないでちゅ。」
「どうして!?」
「それは、あたちの役割ではないからでちゅ。」
「あなたの役割って、いったい・・・」
「あたちの役割は、負の感情と正の感情のバランスをとることでちゅよ。負の感情が溜まりちゅぎると、この世界の生物は生きる気力を失うでちゅ。そちて、滅んでちまうんでちゅよ。だから、負の感情が溜まりすぎないようにするんでちゅ。」
「だったら、すべて、正の感情に変換してしまえばいいじゃないの。そうすれば、そんな心配も必要なくなるでしょう?」
「だめでちゅ。正の感情が多ちゅぎると、ニンゲンは幸福に浸ってちまって、負の感情を生まなくなるでちゅよ。負の感情がなくなったら、虚無の剣はエネルギーを取り出せないじゃないでちゅか。」
そのとき、王女の背筋に寒気が走りました。
精霊の言葉を聞いて、はじめて虚無の剣と、精霊の存在理由が分かった気がしたのです。
「あなたは、ずっとエネルギーを取り出すために、負の感情をわざとなくさないようにしている・・・それが役目ということなの!?」
「その通りでちゅ。」
「じゃあ、もし正の感情が多くなりすぎたら・・・」
「負の感情を増やすだけでちゅ。」
精霊は、悪びれることなくそう言った。
「それじゃ、いつまでたっても、悲しむ人が減らないじゃない!」
「そんなことは知らないでちゅ。あたちは、役割をはたちているだけでちゅよ。」
王女は改めて、精霊の姿をみた。
それは、見た目は人間のに似ている姿をしている。
しかし、やはり人間とは異なる存在なのだ。
それも、相容れないほどに異なる考えを持つ存在だ。
人間の都合など一切気にしていない。自分たちの都合で人々が苦しんでも、意に介さない。
ある意味、あの鎌の男・・・ドラゴンよりも、ずっとたちが悪い。
見た目は可愛らしい幼子の姿だ。しかし、その内面は計り知れないものがあるのです。
彼女は、精霊を正面から見ることが恐ろしくなり、思わず視線を逸らせました。
「そうでちゅね。あたちの仕事を手伝ってもらったお礼に、あなたの忘れている記憶をもどちてあげるでちゅよ。」
戦慄する王女に構うことなく、精霊は王女にそう告げました。
「・・・え?記憶を?」
不意をつかれ、王女は顔を上げます。
「あなたの記憶は、まだ虚無の剣に残っているでちゅ。あなたの父親の紋章の力で、まだ消滅しないまま残っているでちゅ。それを、戻すでちゅよ。」
「そんなことが、できるの?」
「できまちゅよ。その代わりといっては何でちゅが、あたちの記憶はけちまちゅ。」
「え!?」
「余計な情報をしゃべりすぎたでちゅ。このままでは、創造主様から大目玉をくらうでちゅよ。だから、ちゃっちゃっと消ちまちゅね!」
「ま、まって!」
「もう時間がないでちゅ。また、会いまちょう!」
「精霊さん!!」
王女は慌てて手を伸ばしました。しかし、そのときはもう、精霊の姿はありませんでした。
目の前には、ただ呆然としている王子の姿があるだけでした。
王女は、王子に二人は遠いところに行ったけど、無事だと伝えました。
それを聞いて、王子はようやく我にかえったようでした。
「帰ろう。」
「うん。」
王子は、気を失っている王妃を背負って歩き始めました。
「騒ぎがひと段落したら、二人を探したい。」
「もちろん、わたしも一緒よね?お兄ちゃん!」
そのとき王子は、王女の自分を呼ぶ呼び方が、これまでと違うことに気が付きました。
「・・・おまえ、記憶が戻ったのか?」
「うん、戻ったみたい。」
「もしかして、その代わりにその後の記憶がないとか?」
「ううん、ちゃんと覚えてるよ。全部、全部覚えてる。」
王女はそういうと笑いました。しかし、笑顔なのに、なぜか目からは涙がこぼれます。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
王女はたまらず、王子に抱きつきました。
王子と別れたときの、恐ろしい記憶が彼女を襲ったのです。
「お父さんが・・・!!」
「・・・」
王子は無言のまま、彼女の頭を優しくなでてやりました。
こうして、王国を破滅に導こうとした魔法使いはいなくなりました。
王国を襲っていたドラゴンは、街の外で巨大な骨となっていました。
ドラゴンは魂を失ったことで、体を維持することができなくなり、骨になってしまったのです。
帰ってきた街の人たちは、王女と王子が「厄災のドラゴン」を倒したと言い、二人を褒め讃えました。
「俺たちだけの力じゃないけどな。」
王子は喝采をあびせる人たちを前に、女剣士のことを思い出していました。
それから、荒れ果てた王国を立て直すため、二人で王都へと戻っていきました。
「・・・そういえば、精霊って言ってたけど、それはいったい何者なんだ?」
王都へ帰る帰路で、王子が王女にそう尋ねました。
「わたし、そんなことを言ってたの?」
「ああ、虚無の剣の使い方を教えてくれたって。」
「そうだったかなあ。」
王女は唇に手を当てて考えます。しかし、何も思い出せません。
「覚えてないのか?」
「うん、ごめん、忘れちゃった。お兄ちゃん!」
無邪気な笑顔でそう答える王女をみて、王子は肩をすくめるしかありませんでした。
◇
それは、王国のはずれの西の森の中にある、小さな村での出来事です。
エルフの少年が、森の中を進んでいきます。
そのとき彼は、その森の木陰に何かがあるのを見つけました。
「これは・・・?」
それは、エルフの女性の死体でした。その死体の指には、小指の指輪がはめられています。
その指輪は、エルフの姿を人間のように見せることができる指輪でした。
エルフは指輪をそっと、自分の手に嵌めます。
みるみるうちに、耳が小さくなり、顔つきも人間にちかい柔らかな輪郭になりました。
心なしか、髪の毛の色も変わった気がします。
彼は、水の魔法をつかって水たまりをつくり、それに自分の姿をうつしました。
「これなら、人間の世界に紛れ込める・・・」
それは、彼の念願でした。人間の世界に紛れ込み、人間の魔法の技術を学ぶ。
そして、人間の世界を内側から滅ぼす。
それは彼が考えていた、人間を滅ぼす計画のひとつでした。
今ここで、小耳の指輪を拾ったことで、彼の計画を実行するチャンスが訪れたのです。
「・・・」
そのとき、彼の脳裏には一人の少女の姿が浮かびました。
その少女は、エルフである彼のことを、いつでも守ってくれました。
両親を殺し、村を焼いた人間を、エルフは恨んでいました。
ですが、彼女のだけは・・・
「いや、違う。」
俺は、あいつを利用しているだけだ。
人間に復讐するだけの力を得るまでの、隠れ家として利用しているにすぎない。
いつか、それが終わる日が来る。
それが、たまたま今だというだけだ。
エルフは、死んだエルフの女性を丁重に葬りました。
そして、森の外へと向かって歩き出そうとしました。
「・・・・」
ふと気配を感じ、エルフは振り向きます。
「・・・行かないで」
そこには、少女の姿がありました。
驚いたエルフですが、咄嗟に自分が人間の姿であることを思い出しました。
「誰だ?」
「トボケてもだめよ、あなたがエルフだって、わたし、知ってるから。」
少女はそう言って、少年に近づいてきます。少年はたじろぎました。
「なぜ、なぜ、おまえがここに。」
「ずっと、ずっと、あなたを探していたの。」
「・・・俺を?」
「うん、もう、ずっと、二十年も。」
「二十年?何いってんだ。今朝も一緒だったじゃないか。」
「うん、そうだね。」
少女は少年に駆けよると、ぎゅっと彼の手をつかみました。
「・・・どうしたんだ?」
いつもと違う少女の態度に、少年は戸惑います。
「行かないで!お願い。わたしと一緒にいてほしいの。」
「だ、だめだ、俺は・・・」
そのとき、少女は少年を見上げて言いました。
「好きなの、わたし、あなたが、好き!だから、行かないで!お願い!」
あまりにも予想外の言葉を聞き、少年の頭の中は真っ白になりました。
「わたし、言おうと思ってたの。ずっと言おうと・・・でも、勇気がなくて。言えなかったの。でも、そのせいで、私もあなたも不幸になったの。わたしはあなたを探して、世界中をあるきまわって、あなたは悪い人に騙されて、闇にのまれてしまったのよ!」
「おまえ、何を言って・・・」
「やっと、やっと、取り戻したの。長い、長い時間をかけて・・・今度こそ、あなたを一人で行かせない!あなたが行くなら、わたしも一緒に行く!」
叫びながら、少女は少年の胸に顔を押し付けます。
そのとき、彼女の涙の一粒が、少年の首から下げているペンダントに落ちました。
「・・・!」
ペンダントが、淡い緑色に光ります。そうして、その優しい光は、二人をつつんでいきました。
強張った少年の表情が、ゆっくりと緩んでいきます。
「すまない。勇気がなかったのは、わたしのほうだ。」
少年は、少女をしっかり抱きしめながら、彼女の耳元でそういいました。
「わたしは、恨みを捨てる勇気が持てなかった。君のその瞳を見るたび、わたしは自分の意気地のなさを、思い知らされるような気がしていたのだ。」
少女は、涙で潤んだ瞳で少年を見上げました。
「だけど、やっと気が付いた。君の瞳を見て、わたしが思っていたことは、そんなことじゃない。」
そこで彼女は、少年が指輪を外したことに気が付きました。
彼の耳は、いつものように長いエルフのそれだったのです。
「君の瞳は、美しい・・・そう、ただそう思っていたんだ。」
少女が見上げた時、エルフの表情はこれまでになく穏やかでした。
「好きだ。わたしは、君が好きだ。」
森の中に、エルフの声が響きました。
◇
・・・王国の伝説には、こうあります。
昔々、ある王国に、王子と王女の兄弟がいました。
事故で父を亡くした彼らは、若くして国王と宰相となりました。
彼らは、人間以外の種族を奴隷にしたり、攻撃するようなことを固く禁じました。
王国は、人間、エルフ、獣人の区別なく、能力のある人材を登用しました。
それが徹底されたことで、さまざまな国から有能な人が王国に仕官するようになりました。
王都には人狼族の商人が、大きな店舗を構えていたそうです。
昔の王国では、とても考えられないことでした。
そして、王国はかつてないほどの平和と、繁栄を得ることができました。
二人は、稀代の名君として、後の世に長く伝えられることになったのです。
その二人の傍らには、彼らを支えた二人の姿がありました。
一人は、二振りの魔剣をもつ世界最強の女騎士団長です。
そしてもう一人は、史上最高の天才魔法使いと言われたエルフの宮廷魔導士団長でした。
おわり