後編 「家族の思い出として受け継がれた、少年時代の思い出」
映画を見終えて榎元東小の校区に帰って来た私達は、そのまま解散するのも名残惜しくて、黄金野君の御屋敷へ集まる流れになったんだ。
ショートケーキとオレンジジュースで小腹を満たしたら、大富豪やポーカー等のパーティーゲーム。
そうして一通りワイワイ遊んだタイミングで、来場者プレゼントをみんなで開封する流れになったんだ。
「あれ…おかしいな?僕の宇宙バギーだけ、ネジ巻きが出来ないよ…」
この時に漸く、子供時代の私は自分の来場者プレゼントに異変がある事に気付いたんだ。
他の友達は時計回りにネジを巻いて宇宙バギーを走らせているのに、私のだけゼンマイがピクリとも動かなかったのだから。
ダメ元で逆向きにゼンマイを回すと、今度はキチンとネジ巻きが出来たんだ。
「良かった、回せた!」
だけど、喜んだのも束の間。
ゼンマイの向きが逆だったせいか、私の黄色い宇宙バギーは後ろ向きにしか走れなかったんだ。
「修久の宇宙バギーだけ、バックしか出来ねえでやんの!」
「修久のドジが伝染したんじゃないの、アハハハ!」
この珍事を目の当たりにした鰐淵君と黄金野君は、「しめた!」とばかりに囃し立ててきたんだ。
「ひどいよ、二人共…」
「そんな事、言うもんじゃないわ!」
直ちに私を庇ってくれたメグリちゃんの正義感は、確かに有り難かった。
だけど、メグリちゃんが来場者プレゼントで貰ったピンク色の宇宙バギーを見ると、ますます惨めな気分になってしまったんだ。
何故ならメグリちゃんの宇宙バギーは、テーブルの上で順調に前進していたからね。
それに引き換え、バックしか出来ない私の宇宙バギーは、とんでもない落ちこぼれの劣等生に見えてしまったんだ。
バギーの上で無邪気に笑っているバケねこんの人形が、何とも可哀想だったよ…
この気まずい雰囲気に風穴を開けてくれたのは、意外な人物だった。
「桂馬坊ちゃま、定期購読の雑誌が届きましたよ。」
それは、黄金野君に漫画雑誌を届けに来たお手伝いさんだったんだ。
「ああ!姉や、ありがとう!今月号のケラケラコミック、楽しみにしてたんだ!」
漫画雑誌を受け取った黄金野君は、夢中でページを繰り始めたんだ。
バックしか出来ない私の宇宙バギーの事なんか、すっかり忘れてしまったかのようにね。
「えっ…何だって?」
ところが黄金野君は、あるページを開いた瞬間に大きく目を見開いたんだ。
「おい、修久!宇宙バギーで困ってるのは、お前だけじゃないみたいだぞ。」
黄金野君が僕達に突き付けてきた、ケラケラコミックのカラーページ。
そこには「お願い!バケねこん 宇宙大探検」の来場者プレゼントに不良品が混ざっていた事に対する謝罪文と、返品交換の受付窓口が書いてあったんだ。
「良かったじゃない、枚方君!交換して貰えるんだから。」
「う、うん…」
メグリちゃんが言うように、キチンと前進する宇宙バギーに交換して貰えるのは、確かに嬉しかった。
だけど当時の私には、どうにも引っ掛かる事があったんだ。
「ねえ、みんな…もしも僕が交換窓口に連絡したら、このバックしか出来ない宇宙バギーはどうなるのかな?」
子供時代の私が投げ掛けた質問は、三人の友人達にとっては予期せぬ物だったようだね。
「そんなの決まってんだろ、修久。前に走る宇宙バギーに交換されるだけだ。」
「違うわよ、鰐淵君。枚方君は、あの不良品の宇宙バギーの扱いが気になっているのよ。」
ただただ呆れたような顔をしている鰐淵君に、メグリちゃんは私の質問の真意を分かり易く説明してくれた。
賢くて思い遣りのあるメグリちゃんには、子供時代の私は何時も助けられてばかりだったよ。
「分解されて部品取りにでも使われたらまだマシだけど、十中八九は廃棄だろうね。」
黄金野君の理詰めで皮肉屋な所は子供心に苦手だったけど、それも見方を変えれば「理知的な現実主義」という長所にも成り得るんだよね。
「それだと、この宇宙バギーが可哀想だよ…」
だけど子供時代の私にとっては、黄金野君の現実的な答えは何とも冷酷な物に感じられたんだ。
「おいおい…何言ってんだよ、修久?このケラケラコミックに書いてあるけど、それはバックしか出来ない不良品だぞ。俺や黄金野が馬鹿にしたからって、根に持つ事はねえじゃんかよ?」
「そんなつもりは無いよ、鰐淵君。だって、僕が返品したら捨てられちゃうんだよ。そんなの、まるで僕がこの宇宙バギーを見捨てるみたいで嫌なんだ…」
ムッとした顔をする鰐淵君にも、今回ばかりは怯まなかった。
「本当に良いのか、修久?交換しなくても。」
「日本中の子達がみんな交換して貰ったら、前に進む宇宙バギーだけになっちゃうよね…だけど、バックする宇宙バギーが一つ位はあっても良いと思うんだ。」
ケラケラコミックのページを開いて念押ししてくる鰐淵君に、少年時代の私は力強く頷いたんだ。
「妙な物に情が移ったんだな…まあ、確かに修久らしいけどよ。」
「良いじゃないの、黄金野君。そういう修久君の優しい所、私は良いと思うけどな。」
黄金野君の皮肉やメグリちゃんのフォローは少し照れ臭かったけど、それ以上に嬉しかった。
自分の気持ちを友人達に理解して貰えたのもあるけど、このバックしか出来ない宇宙バギーが存在を肯定して貰えたように思えたからね。
話を聞き終えた妻と娘は、二台の宇宙バギーと私の顔とを交互に見比べていた。
子供時代の私の思い出と、若き父親としての真新しい思い出。
その二つの思い出が時を越えて、私の家族の前で向かい合っている。
それが何とも不思議な感じがして、思わず頬が緩んで来るよ。
「ふぅん…この宇宙バギーには、お父さんの子供の頃の思い出が詰まっているんだね。」
「そうよ、京花…子供の頃のお父さんみたいに、京花にも良いお友達が出来ると良いわね。」
こうして樟葉と京花に由来を語った事で、このバックしか出来ないネジ巻き式宇宙バギーもまた、私達家族の共通の思い出になったみたいだ。
宇宙バギーの交換手続きを思い留まった事を、少年時代の自分に感謝しないといけないなぁ。