中編 「少年時代の映画体験」
京花も大好きな「お願い!バケねこん」のアニメは何十年も前からテレビでやっていて、子供の頃のお父さんも大好きだったんだ。
未来ロボットのバケねこんが引き起こす日常のドタバタは面白かったし、バケねこんが亜空間ポケットから取り出す未来道具は夢と希望に満ち溢れていたからね。
だけど何より心惹かれたのは、バケねこんと同居している小学生の伸也君が、本当に何処にでもいそうな普通の男の子だったという事なんだよ。
宿題を忘れて先生や親に叱られたり、ガキ大将にタジタジになったり。
平凡で冴えない伸也君の毎日は、子供の頃のお父さんにそっくりだったから、どうしても他人事とは思えなくて、つい自分と重ねて感情移入してしまうんだ。
そんな普段は情けない伸也君が大長編で頑張っていると、「僕だって、頑張れば何でも出来るんじゃないか!」って勇気が湧いてきちゃってね。
今の京花と同じように、大長編をアニメ化した劇場用映画の封切りを指折り数えて待ち侘びた物さ。
そうして一日千秋の思いで待ち侘びたバケねこんの劇場用映画「宇宙大探検」は素晴らしい物だったんだけど、この映画には別の意味でも思い出深くてね。
その思い出というのが、同じ堺市立榎元東小学校の同級生達と一緒に観に行ったという小学生時代のノスタルジーなんだ…
小学生の頃のお父さんが「お願い!バケねこん」の映画を観たのは、堺東駅から歩いてすぐの堺電気館だったんだ。
今でも堺電気館は名画座として健在だけど、お父さん達が子供の頃は封切り館だったんだよ。
「面白かったわね、枚方君!最初は女の子の友達と行こうかとも考えたけど、枚方君達と一緒に行って良かったわ。」
劇場から外に出て真っ先に口を開いたのは、一緒に観に行った友達の中で唯一の女子生徒である小倉メグリちゃんだった。
美人で優等生のメグリちゃんは、男子にも女子にも人気の子だったんだ。
「い、いやぁ…僕はただ、メグリちゃんが喜んでくれたら、それで良かったんだよ…」
そして御多分に漏れず、子供時代の私もメグリちゃんには憧れていた。
映画の余韻に浸っていた私は、我に返るのも束の間、メグリちゃんの声に頬を弛ませてしまったんだ。
だけど、楽しい時間は長くは続かない。
一緒に映画を観に行った友達は、あと二人いるからね。
「おいおい!何を締まりのない顔をしてんだよ、修久!」
「うっ…!」
野太いガラガラ声が頭の上から降ってきたと思ったら、今度はキャッチャーミットみたいに大きな掌が肩に重くのしかかったんだ。
「真っ赤になってフニャフニャしちゃって、まるで茹でダコじゃねえか!」
サッと振り向いた先では、まるでゴリラみたいに厳つい顔が、面白そうにニヤニヤ笑っていた。
「わ、鰐淵君…」
厳つい同級生に応じる僕の声は、微かに震えていた。
大柄でスポーツ万能な鰐淵君には、同級生とは思えない程の貫禄があり、近所の子供達の界隈ではガキ大将として君臨していたんだ。
「お前もそう思うだろ、黄金野?」
「ほんと、ほんと!鰐淵君の言う通り!女の子相手にデレデレするなんて、修久の癖に生意気だぞ!」
子供時代の私を鰐淵君に同調する形で囃し立てたのは、プレッピースタイルに身を包んだ小柄な少年だった。
実業家のお父さんを持つ黄金野桂馬君は、気障で皮肉屋のお坊ちゃんで、鰐淵君と気の合う腰巾着だった。
この二人は同級生の友達ではあるけれど、子供時代の私みたいに大人しい性格の子をからかって遊ぶ悪い癖があったんだ。
「良いか、修久?メグリちゃんは誰にでも優しいから、お前なんかにも親切にしてくれてんだぞ。言ってみるなら『遮光器土偶』ってヤツだ。」
「それを言うなら『社交辞令』だよ、鰐淵君!」
鰐淵君の嫌味の中にあった言い間違いをすぐさま見つけ出し、的確にツッコミを入れる黄金野君。
この漫才みたいな掛け合いは、あの二人の会話の恒例行事みたいな物だったよ。
もっとも、当時の私に笑う余裕なんて無かったんだけど。
「もう!止しなさいよ、二人とも!枚方君が困ってるじゃないの!」
そんなガキ大将と腰巾着の遣り取りに水を差したのは、まるで庇うように前へ出てくれたメグリちゃんだった。
勝ち気で正義感の強いメグリちゃんは、ガキ大将の鰐淵君であろうと恐れずに立ち向かえる勇気の持ち主だったんだ。
「わ…悪かったよ、メグリちゃん…ちょっとからかっただけだって。」
そんなメグリちゃんには、鰐淵君も頭が上がらない。
子供時代の私の肩に置いていた手を、慌てて引き剥がしたんだ。
そして照れ隠しに頭を掻いたんだけど、そのユーモラスな姿は動物園のゴリラ其の物だったよ。
「修久、今日の所はメグリちゃんに免じて勘弁してやるけど、お前ももう少ししっかりしろよな…」
皮肉屋の黄金野君はまだ言い足りないようで、こんな捨て台詞を吐いてきたけど。
「気にしないで、枚方君。鰐淵君や黄金野君も、決して悪気があって言ったんじゃないの。枚方君を友達だと思ってるからこそ、つい遠慮なしに言っちゃうのよ。」
ここまでメグリちゃんに言われちゃうと、あの二人も何も言えなかったね。
遠い目をして口笛を吹いたり、俯いたりするのが関の山だったよ。
ガキ大将に皮肉屋の坊っちゃん、そしてクラスのマドンナ。
バケねこんみたいな不思議な友達はいなかったけど、当時の私の交友関係は、「お願い!バケねこん」の伸也君の友人達にそっくりだったんだ。
だからこそ、少年時代の私は「お願い!バケねこん」に入れ揚げていたんだろうね。