ループ・時を借りる魔女
異様な戦いは一瞬にして幕を閉じた。
僕は過去の世界に残存し、大学生から中学生とはなってしまったものの、生き残ったらしい。
空き教室にある椅子を2つ持ち出し、対面状態で僕と『破壊の魔女』は席に着く。
「間に合ってよかったわ。それとも、精神は摩耗しすぎているから間に合ってはないのかしら?」
「ギリギリでしたけど間に合ってますよ。助けてくれてありがとうございます」
土下座する勢いで頭を下げる。『破壊の魔女』には人生を救われたといってもいい。『時の魔女』に精神を殺され続け、絶望のどん底に落とされ続け、自殺してもいいとあきらめていた。しかし、『時の魔女』がいなくなったこの瞬間、死にたくない気持ちが溢れかえった。『破壊の魔女』には感謝しすぎても足りないくらい、感謝している。
「お礼なんてしなくていいわ。むしろ『時の魔女』を倒せたし、私としては万々歳よ」
『破壊の魔女』は気分がよさそうだった。
『時の魔女』とは敵対していたようだったし、当然といえば当然か。
「それにしても、君。魔女を見ているのだし、もっと恐怖してもいいと思うんだけど」
「魔女かもしれないですけど、助けてくれた恩人ですよ? 恐怖するわけにはいかない。それに、その姿で恐怖するのは少し難しいですよ」
彼女は独特な姿、全裸の姿なのだ。健全な男子であれば照れてしまうかもしれないが、いかんせん、殺されかけたあとでは照れるとかそういった感情はまだ取り戻せそうにない。
「この姿は『破壊の魔女』ゆえんの弊害だからね。魔力がない衣服は弾け飛んでしまうんだよ。いつもは魔力のある衣服を着て弾け飛ぶのは防ぐけれど、この過去の世界に跳躍したときに、魔女帽子以外は爆散してしまったわ。それほど、過去の跳躍には耐えられなかったということね」
「そうなんですね。それにしても――」
――『破壊の魔女』も過去の世界に跳躍できるんですね。
といいかけて、ふと、違和感が襲う。
過去の世界から跳躍する? 『破壊』しかできない魔女がどうやってこの過去の世界に跳躍したのだろう。
ふとした疑問から、途端、この状況の不自然さに気づく。
どうして『時の魔女』と敵対してるとはいえ、『時の魔女』を殺して僕を助けた?
どうして過去の世界の”この時間”に『時の魔女』がいる目星が付いた?
どうして『破壊の魔女』は僕と対談する機会を設けているんだ?
「どうしたの?」
『破壊の魔女』は小首をかしげてこちらを見た。
僕が思った不自然さを言葉にするべきではない。言葉にしてしまったら、『破壊の魔女』との対談は一瞬で終わり、『破壊』されるかもしれない。
「助けてくれた命の恩人、いえ、恩人ならぬ恩魔女の表情を目に焼き付けたいと思いまして」
とりあえずは対談し続け、魔女が帰るように仕向けるしかない。それが僕の目下目標だ。
僕の帰る場所は実家で変わらないし、今日さえ乗り切れば、いつも通りの日常を――
「今日さえ乗り切れば、いつも通りの日常を送れるかもしれない――ですか?」
「え?」
「残念ですが、そんな日は金輪際来ないですよ」
途端、背筋が凍った。
彼女は、否、その『破壊の魔女』は本性を表した。
心を読まれたと思った瞬間、彼女の瞳は赤く発光し、僕は金縛りにあったように指先一つ動かない。さらには、彼女の――『破壊の魔女』の過去が僕の脳内に流れ込み様々な情景が脳裏に描写されていた。
「”久しぶりに”『時の魔女』を倒せて気分がいいから教えてあげるわ。私は『時の魔女』も『心の魔女』も『超能力の魔女』も『記憶の魔女』も『千里眼の魔女』も『再生の魔女』も――多くの魔女たちを取り込んだ魔女。元をたどれば『破壊の魔女』だったけど、それはもう一部に過ぎないわ」
僕に使った能力は、他の魔女から奪ったことを暴露する。それはもう、僕を恐怖させるための言葉よりも、彼女自身の今までの歴史を語りたいがゆえの暴露だった。
それにしても、『破壊の魔女』が他の魔女の能力を『奪う』なんてこと、できるわけが――
「普通は、魔女は一つの能力しか持ってないけどね。そんな常識、私だけは『破壊』したわ。その程度の制約を『破壊』できると分かったら、もう何をすればいいか分かるわよね? そう、魔女の頂点に立てばいいのよ!」
魔女は赤裸々に、嬉々として語り続ける。話が飛躍しすぎて、僕にはイマイチ状況も理解できない状態になっている。
「相手の魂だけ『破壊』して魔女の脳を食べて、『破壊』して魔女の脳を食して、『破壊』して魔女の脳を喰らって、他の魔女たちの能力を得てきたわ。人間の脳を食している魔女を食べる――これこそが一番成長しやすいし、能力も得られるからね。そして、魔女すべての能力を手に入れるのも時間の問題。……そのはずなんだけど、『時の魔女』を始めとした異分子がいてね。『時の魔女』なら、別時間軸に存在していれば、複数の魔女として存在することが可能といったパターン。結果として『時の魔女』は様々な時間軸に多くいる。『個別』に同じ能力を持った『魔女』が存在するイレギュラーがあるのよ。
まあ、それぞれの『時の魔女』は人間を食べさせて成長させて、それを私が食べて、より能力の強化ができているから便利なのよね」
『時の魔女』よりか冷静さは保っているものの、魔女は話すことが大好きなようで一方的な話の押し付けが止まらない。と思ったが、急に僕の方を凝視した。
「ただ、最近になって、能力を分配できる魔女もいることが分かってね。誰だと思う?」
分からない。まぁ分からなくても僕はもう死ぬしかないから関係ない。
「そう、『記憶の魔女』よ。彼女は自身の記憶を圧縮して、人に植え付けた。」
『記憶の魔女』が記憶を圧縮して人に植え付けた? そんなことが可能――
「可能なのよ。記憶が圧縮されて本人が忘れていても、最後は記憶を解凍してしまえば『記憶の魔女』は再誕するわけだしね。そして、その一部――もしかしたらバックアップかもしれないけど、少なくとも『記憶の魔女』の断片的な記憶は貴方が持っていると確信したわ」
「は?」
意味が分からない。僕はそもそも『記憶の魔女』の断片だという記憶もない。それなのに、『破壊の魔女』は僕を『記憶の魔女』の一部だと……いや違うか。記憶がないからこそ、僕は『記憶の魔女』の可能性があるということか?
魔女の自覚がない人間が『記憶の魔女』になる可能性がある。そうだとしたら、誰にでも該当する可能性がある。だけどここまで興味津々に語る限り、珍しいようで、そうなると誰にでも該当しているわけではないだろう。
それなのに、どうして僕を『記憶の魔女』の一部だと――
「貴方、記憶の定着がおかしいのよ。貴方の『記憶』を見て思ったわ。『時の魔女』に何度も世界戦をループさせられたとき、記憶を少しずつ取り戻していったわよね?」
『時の魔女』に殺され続けていた過去はほとんど覚えていなかったけど、どうやら僕の記憶以上に彼女は僕の記憶を見ることができるようだ。それはもう、記憶というより記録に近いし、そこまでの記録を見ている『破壊の魔女』は、やはり人間ではなく魔女の領域にいるのだと実感させられる。
「『時の魔女』が繰り返し過去を経験させても、常人であれば記憶が定着しない。それにも関わらず、貴方は記憶が定着しかけていた。『時の魔女』は違和感を覚えていなかったようだけどね。私は気づいた。そして、貴方が『記憶の魔女』の欠片だと確信したわ!」
「……『記憶の魔女』の欠片だとするなら僕をどうするんですか?」
いや、問うまでも分かっている。
彼女は、『記憶の魔女』の再誕とやらを防ごうと、僕を破壊して存在ごとなかったことにするのだろう。
「その通りよ、甲斐田信くん。それじゃあね。君に罪はないから痛みなんて感じることなく、『壊して』あげるわ」
彼女は右手をパーの状態から、ギュッと握って僕の心臓は破裂――
*****
レンタルタイム屋。それは、人間が過去をやり直せるだとか、そんな夢物語ができるものではなく、ただただ『破壊の魔女』が私利私欲の目的のために必要とする場所。
『時の魔女』は今日も何も知らずに、人間を食べることを目的としている。最後には『破壊の魔女』に平らげられるとも知らずに。
|take○○|
「君、人殺ししようとして失敗したでしょ?」
今日も『時の魔女』たちは、あたかも人間の心を読みすかしたかのように、常人たちを狂気させ、追い詰める。