時狩り
真実を知った瞬間に『時の魔女』が現れたとき、この存在には勝てないことを魂で理解した。
即座に逃げようとしたが行動には移せない。足の震えが尋常ではなく、立つこともできず鎖に縛られたかのようにその場に転んだ。
教室の床だったからいいものの、これがもしも飛び降りる瞬間であれば、3階の窓から態勢を崩して飛び降り、死んでいた。
やはり『時の魔女』は僕を殺そうとしている。
「君にばれたのは計二十八回か。初めて自殺の演出を行えるようになったのが八十八回目。今回、四百四十四回目で自殺できそうだった……か。いやはや、道のりは長いね」
「…………どうして僕を殺さないんだ」
あまりに危険な状態でも、否、危険な状態だからこそ気づいた。
僕を自殺させるように仕向ける。そんな行為、あまりにも回りくどすぎる。全知全能と思えてしまう魔女が、どうして間接的な人殺しをさせようとするのか何も理解できなかった。
「君は檻の中にいる化け物に、どうやって殺されるっていうんだい?」
……よくわからない。どうしてそんな例えを出すんだ。
「どうしてそんな例えを出すんだ? と君は思っているんだろうね。過去、君は何度かそう質問していたよね。今回は言ってないけどね。君が心の中できっとそう思ってることを前提に話すとね。事実、檻の中にいるんだよ――私がね」
その瞳に嘘は感じられない。相手が魔女でもそう言い切れるほどに、彼女の瞳はまっすぐこちらを見ている。
「私は君を殺したいんだけどね。殺したら、別の魔女に殺されるんだよ。私は大罪を犯した存在だからね。これ以上人間を殺してはいけないんだ」
「それとお――」
「それと檻に何の関係があるのか。これはもう少し私の話を聞いてほしいね」
シニカルな笑みを浮かべて、嬉々としながら彼女は僕に語りかける。
「まずは人間を殺す理由からだね。人間を――とりわけ男を殺すとね、魔女は強くなるんだよ」
この魔女が何を話しているのか理解はすでに諦めている。それくらい、この状況は絶望的だ。
その絶望の表情を『時の魔女』は嬉しそうに眺めながら続きを話す。
「正確には脳だね。脳を食べると能力の拡張性が上がる。人間の脳には空間把握能力を始めとした――他の生き物には乏しい部分を補える。だから脳を食し、魔女自身の能力の拡張性を上げる。そうすると、魔女は言語を話せるし、何より人間より強くなる」
「え?」
人間より強くなる。僕はその言葉に反応していた。あれだけ、人間を超越しすぎた存在が、人間を食べないと人間より弱いことに納得できなかったからだ。
「魔にやられた女、それが魔女だよ。なんらかの魔――劣等感でも優越感でもなんでもいい。普通の人間よりも一点が突出しすぎる。その突出した部分は本来、人間には会得不可能な領域。その領域に踏み込むと魔が得られるんだ」
魔女はまるでいつも話しているように僕に説明する。
何度も、何度も、何度も説明しているように、気だるげに、だけどどこか嬉々として僕に語りかける。
「そして魔に魅了されている存在が魔女になる。魔女はなんらかの一点に依存しすぎて、だから普通の人間よりも弱い。そして強くあろうと、魔の導くままに人間の脳を食べ始めた。食し貪り喰らうままに人間を食べ――魔女は地球生命体で一番の強者に君臨した。そういった出来事があったんだよ」
嬉々として話していた魔女だが、一変して真剣な表情に切り替わる。
「だけどね。最近は人間を食べるべきではないという論調が強い。人間でいうところの、弱者を守る風潮があるように、強者になった魔女たちは、人間を弱者として保護すべきであり、殺すべきではない。そんな最悪な法律が適用されたんだ。
ただし、それは殺した場合だけだ」
魔女は僕と目と目がぴたりとくっつく距離で、言い放つ。
「自殺した人間を食べるのは別だ」
魔女の真意を聞いて、ただただ納得した。
僕を殺して食べることはできない。だけど自殺さえしてしまえば脳を食べることができる。
「自殺に導くのもご法度だけどね、生憎、過去まで飛んでしまえば『時の魔女』の領域さ。現在にいる魔女たちには感知されない」
……なるほど、だから檻の中か。法律によって彼女は僕を殺したくても殺せない。だから自殺へと導いた。たしかに自殺に導けば、完全犯罪なのかもしれない。完全犯罪のまま、僕の脳を食すという目的は達成できる。
しかし、腑に落ちない点がある。
もっとも、この疑問を話せば僕は殺されるかもしれないが――僕は言わずにはいられなかった。
「それなら、僕を殺せるはずじゃないのか?」
「へ?」
キョトンとした表情をした彼女を見て確信した。魔女は何も理解していないようだ。
自殺を導くのも、"現在"であれば駄目なのだと彼女は言った。だから過去にタイムスリップし、自殺に導く。道理は分かりそうだが、それならもっと直接的な方法がある。
過去の世界で、人殺しをするという行為だ。
現在の時間軸のみ、魔女の法が適用されているのなら、過去に飛べば何でもありだ。彼女にはその思考が存在しない。
「……なんでもない。戯言だ」
魔女ゆえに思考に偏りがあって、その考えに至らないのか。あるいは他の魔女の――いや、辞めておこう。単体の魔女でも逃げ切れない状況で、それ以上の最悪を考える必要はない。
「その戯言、非常に興味があるね。自殺以上に楽であればそれに越したことないし、自殺よりは面白そうだ。次の君に聞いてみよう」
「へ?」
魔女は指を鳴らす。
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「ようやく、話してくれたね。過去にいるんだから、直接殺してしまえばいい。確かにその通りだ」
『時の魔女』は悪辣な笑みを浮かべた。
僕はもう、自殺してもいいんじゃないかと考えていた。
心はすでに疲弊しきっていた。何度も同じ質問をされているらしく、その記憶は忘れているが、刻み付けられた精神的痛みはいつまでも付きまとっているようだった。
既に反抗する意思も、抵抗する意思も、防戦する意思も――すべての意思が消えていて、何もかも受け入れていた。
「では君との長い長い長話もこれで終わりだ。今後、多くの人の脳を食べるとしよう。そしていつしか、時の能力が、あの『破壊の魔女』たちの力を超えたら、魔女界隈の法律を変えよう」
『破壊の魔女』? などと問う気はすでになかった。
魔女世界の法律もどうでもいい。
『時の魔女』の強さだってどうでもいい。
早く殺してくれと思っていたほどだ。
『時の魔女』は僕の額に手を当てる。
「有益な情報ありがとうね。じゃあね」
言葉は優しく、しかし悪辣なせりふは、やっぱり魔女だと思うばかりだった。
そこで僕は死――
「そこまでよ、『時の魔女』!」
突然の第三者の声に、『時の魔女』は後ろを振り向いた。
そこにいたのは全裸の少女だった。金色の長髪をゆらしながらも、とんがり帽子を被っているその独特な存在感は人間にできる格好でも、間違いなく人外だと理解できた。
「『破壊の魔女』、どうして君がここに?」
過去の世界まで別の魔女が現れないと予測していた『時の魔女』の考えは瓦解した。
僕は心底安堵した。ようやく、ようやっと助けが現れた。さらに、その相手は『時の魔女』と思想が敵対し、相対している『破壊の魔女』だ。
「それはこっちのセリフよ。貴方、人間を殺そうとしたでしょ? 魔女法第1条、生きている人間を食す魔女は、悪であり破壊してもよい。というわけで、貴方を破壊します」
その瞬間、『破壊の魔女』は右手をパーの状態で、『時の魔女』に向ける。
『時の魔女』は姿を消した。きっと時をかけて別の時間軸に飛んだのだろう。それでも『破壊の魔女』は先ほどの態勢を変えない。否、右手をパーの状態から、グッと、モノを握り潰すようにグーにした。
「時間跳躍を『破壊』する!」
凄まじい轟音、そんなものはなかった。だが、『時の魔女』は再びこちらに姿を現した。いや、現したというよりも、時間跳躍したことを破壊され、逃げ切ることができなくなったといった方が的を射ているかもしれない。
「『破壊の魔女』、私が悪かった。投降する――
「駄目よ。貴方は禁忌を犯した。野放しにも投降にも応じない。『個』の『能力』を『破壊』するわ、『時の魔女』」
『破壊の魔女』の言葉に僕は違和感を覚えたが、彼女が右手をぎゅっと握りしめたことで、『時の魔女』はひび割れ、粉々に砕け散って、完全に破壊されていた。