時借り
気づけばそこにいた。
学校の二階。空き教室として使われる場所だ。部屋の後ろ側に机は片付けられていて、僕以外はそこに誰一人としていない。
窓の側まで歩き、窓の外側を見る。
グラウンドでは陸上部やサッカー部を始めとした運動部の人間が、様々なスポーツで青春を謳歌している。耳を澄まさずとも彼ら彼女らの声は、この二階の空き教室にも届く。
さらには吹奏楽部の喧騒――喧騒なんて言い方をしたら怒られるだろうが、僕にはそう聞こえてしまう。この学校にいる限り、音イコール喧騒と考えてしまう。
中学生活全ての時間が、そういうふうに変換されてしまう。その変換されてしまう理由は、虐められた記憶が鮮明に残っているからだろう。ある程度疎まれていた高校生時代は中学生時代よりも感性が幾ばくかマシだった。まあ、それも今日で終わりだ。
中学生時代の虐めなんて世間からしたらどうでもいいだろう。否、正確には無くすべきだが、それに着手するのは最重要事項じゃない。むしろ、虐めなんてあってはいけないという風潮が虐めを助長させる。反抗期真っ最中の中学生。当然、虐められている側が辞めろと言っても虐める。そしてそれが日常になったとき、相手に罪悪感はなくなる。ストレス発散のために虐めを行う。相手は虐めこそがストレス発散の最短の方法だと、無意識ながらも考えている。だから正直なところ、中学生時代の虐めは仕方ないと思ってしまうのだ。
それらと同時に、僕は自分が虐められているという事実を話すのは嫌いだ。だから誰にも助けを求めないし、むしろ虐めを隠ぺいする。虐められる側の気持ちなんて虐められたことのある奴にしか分からないだろう。だからこそ反論させてもらうが、虐められる側にもプライドはある。ちっぽけで、だけどそれがあるだけで日常からかけ離れてしまうほどのプライド。これを捨てるかどうかは当事者の問題だけど、僕はこのプライドを捨てない。このプライドは捨ててはいけないと本能が叫んでいる。
そう思った僕でもここ最近はそのプライドを捨てたいと思っている。どうせ捨てるなら、盛大に捨てよう。自分の今後の人生なんてどうでもいい。最悪、死んだっていい。短絡的に考えると気が楽になる。短絡的な行動がこの虐めを完膚なきまでに捻り潰し上げるのだ。
だから今日も虐められよう。
「よう、今日も虐めにきたぜ」
いたって普通の帰宅部たちの人間が、僕を虐めてきた。
*****
制服が汚くなっていた。手で埃を払いのけるけど、完全には落ちない。それだけ虐められたらしい。まあ、蹴られ殴られで床に転がり、そのままさらに虐められれば服装が汚くなるのは仕方ない。切り替えて…………切り替えて…………切り替えて…………
「はあ…………」
ため息が漏れる。日常感ある虐め。今まで耐え続けてきたけど、限度ってのはある。そして限度を迎えると短絡的な起こしてしまう。もしもその短絡的な行動を実行してしまえば、誰も僕に逆らわなくなる。
自殺するフリのために、この二階から飛び降りる。その短絡的な行為はあまりにも常人ではない。こんなこと、実行に映したら僕は人ではない存在になるかもしれない。
「…………」
短絡的な行為自体起こすのは、本来実行すべきことじゃない。僕だって、好き好んで自殺を演出したいわけじゃない。だけど、だけど、だ。虐めてきた奴らがここまで追い詰めたのも事実だ。僕の心を読めなくて、虐めてくる奴ら。彼ら彼女らには何も覚悟がない。虐めることはできても、虐められる覚悟は持っていない。僕が自殺しようとしたと回りが知ったら、彼ら彼女らはこの学校にいられなくなるだけでは済まないだろう。人生において、完全な汚点を付け、挙句に精神が不安定になる可能性がある。僕もそこまでしたいわけじゃない。ただただ、虐めを終わらせたいだけだ。
だから総合的に判断して、自殺の演出を実行するか迷う。迷いの極致にいるといってもいい。
『いやいや、迷うってのは逃げだろ? 迷うってのは先送りだ。虐めの解決を先送りにするってことだろ? それなら――さっさと行動して終わらせるべきだ』
急に何かが吹っ切れた。
そうだ。さっさと事を済ませれば、僕は虐められなくなるじゃないか。
気づくと移動していた。|take3|
気づくと窓を開くために、カギを回す。|take5|
気づくとサッシに足をかけていた。|take44|
風が心地よい。ここから落ちれば死ぬことはない。
中学生は先生たちからしたら子供も子供だ。守るべき対象だ。そういった存在が、何か耐えれない状況に陥っている。先生が助けなければ、そいつは死んでしまうらしい。それも先生たちが最も後悔する方法で、虐めをしてきた側も最も後悔する方法で、だ。
下を見る。一応、生きることは簡単だろう。地面はコンクリートではなく土。ある程度姿勢を崩して死んだように落ちてしまえば、あとはどうにでもなる。
だけどどうしてだろう。僕はどうして、二階から飛び降りるということに拘っているのだろうか。
|If you go to the third floor――|
いや、二階から飛び降りたら自殺しようとなんて先生たちは考えないんじゃないだろうか。二階なんてせいぜいあったとしても五メートルくらいだ。例えば……例えばだけど、パルクールをする人たちにとって見たら二階から落ちても傷一つつかないはずだ。僕はパルクールについてあまり知らないけど、きっとパルクールに詳しい人たちは、僕が自殺したくなかった真意くらい見透かされてしまう。きっとそうに違いない。
それなら、三階から落ちたらきっと自殺したと思ってくれるだろう。
そんな考えが新しく思い浮かび、三階に行くために階段を駆ける。上の階の同じ位置にある教室。そこもまた空き教室だ。無我夢中と言っていいほど、何もかも気にせずに窓を開けた。そのままの勢いで三階から三階から…………。
「……………………」
死んだらどうなるのだろうか? 死ぬつもりはない。死ぬつもりはないけど。もしも死んでしまったら僕はどうなってしまうのだろう。――そんな杞憂は忘れないと、いつものように落ちることができなくて本当に死ぬ。
息が乱れつつも、思考は一方向に伸ばし、自殺を演出することだけを考える。
足から落ちれば死ぬことはない。捻挫か骨折か、あるいはもっと酷い結果になってしまうかもしれない。だけど、だけど、だ。僕はこの虐めを僕だけの解決方法で解決する。どこにもおかしなところはない。
本当におかしなところはないのか?
そもそも、自殺を演出しようとしたことはおかしいのでは?
そもそも、なんで三階に行ったんだ?
そもそも、自殺の演出なんてしないで先生に相談すれば解決するのでは?
そもそも、『僕』は、いつもの僕らしくない行動ばっかり取っているのでは?
そもそも、虐めてきた相手は少し前は友達だったのでは?
そもそも、僕が虐められるように友達に色々仕向けたはずでは?
そもそも――そもそも、僕という性格は優しくて正義感ある人間だったはずでは?
そもそも、僕はこんなに捻くれてない性格だったはずでは?
「じゃあ、今の僕はなんだ?」
おかしい。僕は高校生時代にはすでにこの性格で…………いや今は中学生だ…………! なんだこの思考。なんだこの考え。なんで未来が分かってる!?
僕は一体誰で、何者だ!? 数日前まで僕はこんな性格じゃなかったぞ!? 数日前まで僕は大学せ…………い…………。
「…………」
記憶が徐々に戻り――僕は○○〇〇に消された事実を思い出した。
大学生時代。僕は魔女に――『時の魔女』に会った。何もない場所で、『レンタルタイム屋』で出会った。一度だけでなく二度も三度も何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも――出会った。
魔女は手始めに、時間をかけて、彼女は僕の性格を壊した。
次に、彼女は僕の性格を新しく作り上げた。
次に、彼女は僕を中学生時代に飛ばした。その結果、新しい人格のもと、かつての友達に虐められるように仕向けた。
次に、虐めに一矢報いることを建前に、虐めてきた相手を――友達の精神を崩壊させた。
そして最後――
「魔女は僕を殺そうとしている」
相手の思考を操ることさえ容易い魔女。ましてや『時の魔女』。いついかなる時間軸を超越し、何もかもを自由に操ってしまうほどの魔女。僕の思考を固定して、飛び降り自殺を演出して虐めを止める算段。それを僕の思考ではなく、魔女がそう仕向けているのであれば納得してしまう。こんな醜いことを僕が考えられるはずがなかった。全てが全て魔女のせいだ。
「あれ、また気づいちゃったか。『時の魔女』の名が廃れるよ」
目の前に最悪な魔女が現れた。